見出し画像

【包公案・名判事包青天の事件簿】第十三鍘 靴を盗む

話說江州城東水寧寺有一和尚,俗姓吳名員城,其性風騷。
 さて、江州城こうしゅうじょうの東にある水寧寺すいねいじに一人の和尚がおり、俗姓を、名を員城いんじょうといい、好色な不埒者であった。

 水寧寺の檀家のである張徳化ちょうとくかは南村の韓応宿かんおうしゅくの娘である蘭英らんえいを妻に迎えていたが、多年にわたり子がいないことを深く悩み、跡継ぎを授かるよう切に願っていた。上元、中元、下元のたびに祭壇を設けて祈祷を行い、毎月の新月と満月の日には、もっぱら呉員城を家に招いて読経をさせていた。
 しかし、呉員城は韓蘭英の容貌が美しいのを見て、常々邪な心を育み、密通を企てていた。

 ある夜、寺に戻ると、心に一つの計略が生じた。
 翌日、張徳化が外出した折を見計らい、布施の食糧を乞うことを口実に張家を訪れ、侍女の小梅しょうばいを賄賂で抱き込み、韓氏の睡鞋すいか(就寝時に使うスリッパ)を盗ませた。
 呉員城は靴を手に入れると、この上なく喜び、寺に戻ると、毎日その靴を弄んでは思案に暮れては、どうしようもない思いに囚われた。
適次日張檀越來寺議設醮事,員城故將睡鞋一隻丟在寺門,德化拾起,心甚驚疑。
 たまたま翌日、張徳化が寺へ厄払いの相談に来た際、呉員城はわざと睡鞋の一方を寺の門に落としておいた。何も知らない張徳化はそれを拾い上げると、心に甚だしい疑念を抱いた。
 呉員城との話を終えるや、家に戻り激怒して、睡鞋の出所を厳しく追及し、ついに韓夫人を実家へと追い返し、役所の手続きを経て離縁してしまった。

 呉員城は計略が成就したことを知ると、西村の太平原たいへいげんへと逃げ帰り、姓名を馮仁ふうじんと改め、二年の間髪を伸ばした。

 韓応宿が娘・蘭英を再婚させようとしていた折、馮仁は汪欽おうきんという隣人を買収して頼み込み、そのまま韓家へ縁談を申し込んでもらった。
 韓応宿は汪欽と普段から親しかったため、ついにその縁談を承諾した。
 汪欽が馮仁に返事をすると、すぐに結納を交わして迎え入れ、そのまま晴れて夫婦となった。

 月日は稲妻のように過ぎ去った。時は中秋の佳節であり、月の光は輝きわたり、音楽の音は沸き立つようであった。
 馮夫妻は四阿で向かい合って酒を飲み、情愛は睦まじく、馮仁は酒を楽しんで深く酔い、妻の手を取って笑って言った。
「かつて小梅の功がなければ、今日のこの楽しい夜もなかっただろうな」
  韓氏はこの言葉を不審に思い、その理由を尋ねると、馮仁はこれまでの経緯を一つ残らず話し出した。
 韓氏はこれを聞き、怒りに燃えたがあえて口には出さなかった。
  体は計略によって馮仁のものになってしまったが、心では彼を骨の髄まで恨んだ。
 酒宴が終わり馮仁が眠りにつくと、時は三更となり、韓氏は首を吊って亡くなった。

 翌日、韓応宿はこれを知り、無念を晴らすべく県に訴え出ようとしたとき、たまたま包公ほうこうが江州を巡察しており、韓応宿はすぐに訴状を書いて差し出した。

『貞節を穢し命を殺めたことについての訴状
 痛ましくも娘の蘭英は婿の張徳化の妻となり、久しく睦まじく、夫婦の道に恥じることはございませんでした。
 不幸にも、悪僧の呉員城、すなわち今の名を馮仁という者が、娘の美貌を覗き見て、侍女を買収して靴を盗ませ、罠に陥れ、離縁させたのです。
 娘の行状に怪しいところもなく、もともと貞節を守っていたことを察し、また不義の証拠もないため、ひとまず疑念を抱きつつも、仮に連れ戻して養っておりました。
 しかしあろうことか、あの悪人は髪を蓄えて名を変え、隣人に託して縁談を求めてきたのです。私は真実を知らず、誤って奸計に陥ってしまいました。
 昨夜、突如として馮仁の威圧により娘は命を絶ってしまいましたが、無念は晴らされず、伏して願わくば法の威厳を以て、天の網から漏らさず、悪人を万死に処してようやく心安まるものでございます。
  哀れみをもって上告いたします』

 その時、馮仁もまた虚偽の事情を捏造して反論したが、包公は直ちに二人を投獄した。
 その夜、包公が後堂に座っていると、突然一陣の黒い風が吹き込んできた。
 包公は尋ねた。
「いかなる怨念か」
 やがて一人の女子が堂の下に現れ、跪いた。
 包公は女性に尋ねた。
「お前はどこの者だ。いかなる申し開きがあるのか、ありのままに申せ」
 その女子はこれまでの経緯をひと通り訴えると、不意に姿を消した。

 翌日、包公が法廷に臨み、張龍ちょうりゅう薛覇せつはを遣わして獄中から韓、馮の二人を引き出して審問し、すぐに馮仁を縛り上げて打ち、睡鞋の件を追及した。
 馮仁は心に驚き顔色を変え、うつむいたまま言葉もなく、ついにありのままに白状した。 包公は馮仁の家産を没収して国庫に入れ、馮仁を死罪に処して命で償わせる判決を下した。
 これによって韓氏の無念は晴らされ、遠近の者は皆これを快く思った。

いいなと思ったら応援しよう!