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【包公案・名判事包青天の事件簿】第十九鍘 血染めの衣

 包公ほうこう肇慶ちょうけいを治めていた頃、城から三十里離れたところに宝石村ほうせきそんという村があった。
 この村に住むこう長老の家は頗る富み栄え、先祖代々もっぱら農業を営んでいた。二人の息子がおり、長男を黄善こうぜん、次男を黄慈こうじといった。
 黄善は城中の陳許ちんきょの娘である瓊娘けいじょうを妻に娶った。 瓊娘は温和な性格で、黄家に嫁いでからは舅姑に仕えて孝道を尽くしていた。

 彼女が黄家に嫁いでから一年も経たぬある日のこと、陳家が下男の進安しんあんを遣わしてきた。
「陳の旦那様が別荘より戻られた際、ふとしたことで重病を患われました。数日のうちに見舞いに戻って来てほしいとの事でございます」
 瓊娘は父の病を知ると居ても立っても居られなくなり、進安には台所で食事をするよう言いつけ、すぐに夫に知らせた。
「父が病にかかり、人をやって私に見舞いに来るよう申しております、義父様と義母様に事情を説明し次第、すぐに出かけたいと思います」
 それに対して黄善は言った。
「今はちょうど収穫の時期で、二人とも暇がない、数日待ってから行っても遅くはないのではないか」
 瓊娘はこれに反論した。
「父は床に伏して私の帰りを待ちわび、一日千秋の思いで過ごしているというのに、どうして待つことができましょうか」
 しかし、黄善は頑なに彼女の言葉を遮り、行かせることを承知しなかった。 瓊娘は夫に邪魔をされ、鬱々と過ごすこととなった。

 その日の夜にこのように思案した。
(父には私一人しか子がなく、頼るべき兄弟もいない、もしものことがあれば、悔やんでも後の祭り。
 いっそ夫には知らせず、密かに進安と共に帰るしかないのではないか)

 翌朝早く、黄善はそのまま起きて稲の刈り入れに出かけた。瓊娘は起きると、身なりを整え、進安に命じて裏門を開けさせ、外へ出た。瓊娘が前を行き、進安が後に続いた。
 その時はまだ空が暗く、二人が数里行くと芝林しりんに至ったが、霧が深く立ち込め、向かい合う相手の姿も見えないほどであった。
「日の出はまだで、霧も非常に深うございます。いっそ近くの村に入って身を隠し、霧が晴れるのを待って行きましょう」
 瓊娘は機転の利く女性であったため、こう言った。
「ここは険しく人里離れた場所で、人に鉢合わせては不都合です。この先にある亭まで行って休みましょう」
 進安はその言葉に従った。

 突然前方に三人の屠殺人が歩いて来た。彼らは豚を買いに行くため、やはり朝早くに出発していた。瓊娘らが近づいてくると、彼女の頭に金銀の首飾りが数多く差してあるのが見えた。
 その内の一人のちょうという姓の男が最も凶悪で、二人の仲間に密かに言った。
「この娘は城内へ親戚の見舞いに行くところだろうが、小僧が一人付いているだけだ。彼女の首飾りを奪って分ければ、数日商売より余ほどもうかるぜ」
 りゅうという姓の男が答えた。
「まさにその通りだ。おれが前へ行ってあの小僧を捕らえ、張兄貴が娘っ子の目と口を塞ぎ、呉兄貴が首飾りを奪ってしまえばいい」
 瓊娘は彼らの様子が尋常でないのを察すると、すぐに首飾りを抜いて袖の中に隠そうとしたが、そのまま呉に手を袖の中に突っ込まれて奪われそうになった。瓊娘はしっかりと抱きかかえ、どうしても手を離さなかった。張は人が通りかかるのを恐れて、屠殺刀を抜くと瓊娘の左手を一太刀浴びせた。彼女は痛みに耐えかねて地に倒れ伏し、三人に首飾りを残らず奪い取られた。

 進安が近くへ寄って見ると、瓊娘は意識を失い、全身血まみれであったため、急いで黄家へ駆け戻り知らせた。 折しも黄善が両親と食事をしていた時で、この知らせを聞くや大いに驚いて言った。
「あれほど止めたというのに……。このような毒牙に掛かってしまうとは」
  慌てて三、四人を呼んで駕籠を芝林まで運ばせると、瓊娘がわずかに目を覚ましたので、黄善はそのまま抱きかかえて駕籠に入れた。
 家に担ぎ帰って見ると、左手に刀傷を負っていたため、家来に命じて医者を呼び治療させると共に、訴状を整え、進安を連れて役所へ行き、包公に泣いて訴えた。

 包公は訴状に犯人の姓名が記されていないのを見て、進安に尋ねた。
「お前は首飾りを奪った賊の顔を覚えているか」
 進安は言った。
「奴らの見た目は他の者とは異なり、豚を買い付けに行く屠殺人の仲間のようでありました」
 包公は言った。
「賊は遠くに行ったとは思えぬ。未だ城内には入っていないのではないか」
 そこで包公は黄善に命じて妻の血に染まった衣を持ってこさせた。そして、このことは決して外部の者に漏らしてはならないと言い含めた。
 更に当番の役人の黄勝こうしょうを呼び寄せ、見知らぬ男を一人連れて来させると、この衣を男に着せ、街中の至る所を触れ回ってこう叫ぶように指示した。
 すなわち、今朝芝林を通りかかった際、三人の屠殺人が略奪に遭い、一人の屠殺人は賊と戦って林の中で殺され、残る二人の仲間はそれぞれ逃げ去った、と触れ回るように言い含めた。

 黄勝は指示に従い、血染めの衣を着た見知らぬ男を連れて、城内に触れ回った。
 東街の路地の入り口にある張蛮ちょうばんの門前まで来ると、その妻の張氏が噂を聞きつけ、急いで門を出てきて尋ねた。
「私の夫は早朝に豚を買いに出かけましたが、誰と一緒にいたのか分からず、また確かなことを聞く術もございません」
 黄勝はこれを聞くと、向かいの酒店に座って待つことにした。
 屠殺人の張蛮が午後にちょうど戻ってきたところを、黄勝が近寄って捕らえ、包公の前へ連行すると、すぐに数点の金銀の首飾りを押収した。
 包公は言った。
「すぐに同行した仲間を白状せよ。そうすれば罪を許そう」
 張蛮はついに呉、劉の二人の屠殺人の名を白状した。
 包公はすぐに黄勝と李宝りほうを遣わし、手分けして捕らえに向かわせた。

 ほどなくして、呉、劉の二人の屠殺人を捕らえて連行してきた。
 呉と劉ははじめ、役人が自分たちを捕らえた理由を知らなかったが、張蛮が広間に跪いているのを見るや、驚きのあまり言葉を失った。 彼らからもまた、それぞれ数点の首飾りが押収された。
 三人は言い逃れができず、ついに略奪を謀った経緯をありのままに供述した。
 包公は役人に命じて調書をまとめさせ、張蛮ら三人全員を斬首の刑に処すと判決を下すと、首飾りを黄善に返還して受け取らせた。後に瓊娘もまた名医によって治療され、以前のように黄善と夫婦睦まじく暮らした。

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