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【包公案・名判事包青天の事件簿】第十四鍘 衣を乾かす

 さて、東京とうけいから二十里ほど離れた新橋しんきょうという地域に、秦得しんとくという一人の富豪がおり、南村の宋澤そうたくの娘である秀娘しゅうじょうを妻に娶った。
 その秀娘は性格が優しく穏やかで、幼い頃から書を読み、十九歳の時に秦家へ嫁ぎ、人への応対や使用人の扱い、食事の差配に優れ、夫は非常に満足していた。


 ある日、秦得の従兄が結婚することになり、人を遣わして秦得を招いたので、秦得は秀娘に話し赴いた。
  数日間続けて滞在したため、秀娘は帰りを待ちわび、門の前に出て様子をうかがっていた。突然、一人の僧が遠くからやって来るのが見えた。
 僧は秦家の門前を通り過ぎる際、秀娘が簾の下に立っているのに気が付いた。僧は秀娘に気を取られていると、石の路が凍って滑りやすいことに気づかず、足を滑らせ沼の中に転がり落ちた。季節は冬で寒さが厳しく、僧が這い上がってくると、全身が水浸しで、震えが止まらなかった。
 秀娘はこれを見て憐れに思い、彼を呼んで軒下に座らせると、急いで台所へ行き火鉢を持ってきて僧に暖を取らせた。
 その僧は口々に感謝し、火で衣を乾かした。
 秀娘はまた一杯の熱い白湯を僧に飲ませた。
 秀娘がどこから来たのか尋ねると、和尚は言った。
「貧僧は城内の西霊寺さいれいじに住んでおりますが、先日、師父が東院へ行ったまま戻られないため、小僧が迎えに参る途中でした。
 御宅の門前を通りかかったところ、思いがけず路が凍り石が滑り、沼に落ちてしまいました。今日、奥様が徳を施してくださらなければ、危うく命を落とすところでした」
 秀娘は答えて言った。
「お前の服も乾いたようだから、もう行きなさい。もし夫が帰ってきて勘違いされても良くないでしょう」
  僧は承知した。
 まさに別れを告げて行こうとしたとき、ちょうど秦得が戻ってきて、一人の和尚が家の外で火に当たり、妻もまたその傍らにいるのを見て、心穏やかではなかった。僧は恐れを抱き、そのまま立ち去った。
 秦得は家に入ると妻に尋ねた。
「あの和尚はどこから来たのだ」
 宋氏は隠すことなく正直に答えた。
 秦得はこれを聞くと激怒して言った。
「女というものは徒に門を出るべきではないし、近所には多くの人がいるのだ、お前が僧に火を与えたと知れば、噂にならないはずがない。
 この私は清廉潔白な男と呼ばれており、お前のような破廉恥な女は許せぬ。今すぐ実家へ戻れ、二度と我が家の門をくぐることは許さぬ」
 秀娘はうつむいて言葉もなく、言い返すこともできず、夫が自分を追い出す決意を固めたのを見て、仕方がなく実家へ戻った。

 母親は娘が捨てられた理由を知ると、娘の不謹慎さが醜い噂を招いたと恨み言を言い、ひどく蔑んだ。
 近隣や親族でもその事が醜聞となり、秀娘は自らの身の潔白を証明することもできず、悔やんでも後の祭りで、連日悩み悶え、ひたすら門を出ずに過ごした。

 気づけば光陰矢のごとく月日は過ぎ、実家で一年余りが過ぎた。
 あの僧は秀娘が夫に追い出されたことを知ると、一つの計略を巡らせ、西霊寺を去り、還俗して髪を蓄え、名を劉意りゅういと改め、秀娘を妻に迎えようと企てた。
 髪が生え揃うと、近所の老婆に頼んで宋家へ縁談を申し込ませた。
 老婆はまず秀娘の父にまみえて言った。
「お嬢様と秦旦那は仲が睦まじからず、ゆえに醜聞を盾に無理やり追い出されましたが、わずか二ヶ月も経たぬうちに、早くも劉家の娘を妻として迎え入れました。
  これほどまでに恩を背き義を忘れるような男を、何を未練に思うことがありましょうか?
 わたくしは縁談の相談に参りました。お嬢様に再び良き縁を成して差し上げたいと存じますが、お考えはいかがでしょうか」
 父は笑って言った。
「娘は名節を守れず夫に捨てられた身なれば、今は我が家で静かに過ごさせております。
 嫁ぐか嫁がぬかは娘の心次第であり、私が口出しすることではございませぬ」
 老婆は次に母親にまみえ、秀娘の縁談の話を伝えた。すると母は喜び、老婆に言った。
「娘が追い出されて戻ってより一年余り、前夫がすでに再婚したと聞き、かつての疑いも未だ晴れぬ中、こうして縁談があるならば、喜んで娘に嫁ぐよう勧めましょう。そうすれば世間の噂も止むでしょう」
 老婆は承諾を得ると、すぐに劉意に報告すると、劉意はひそかに喜んだ。

 翌日、劉意は手厚い結納の品を宋家に備え、結婚の申し込みを行った。
 秀娘はこの事を知ると、終日悲嘆にくれ、飲食も喉を通らぬほどであったが、母の強い勧めに抗うすべもなく、ただ従うしかなかった。
 婚礼の夜、劉意はこの上なく喜び、親戚一同が祝いに集まり、数日の間客をもてなしたが、劉意が老婆に厚く礼をしたことは言うまでもない。

さて、秀娘は前夫に追い出されたとはいえ、自らやましい行いはないと考えており、いつの日か再びよりを戻すことを願っていたが、図らずも他人に身を許すこととなってしまった。
 劉意は秀娘を深く愛したが、秀娘は終日、前夫を思い忘れることはなかった。

 半年が過ぎたある日、劉意は知己に招かれて酒を飲み、ひどく酔って帰宅した。折しも秀娘が窓下で鏡に向かって座っていた。劉意はもともと僧侶であったが情欲に狂いやすく、秀娘を見るなり興に乗じて抱きしめ、からかって言った。
「お前は私を覚えているか」
 秀娘は答えた。
「何のことでしょう。存じ上げませぬ」
 劉意は言った。
「沼に落ちた際、お前が火を持ってきて衣服を乾かしてくれた、あの僧侶のことを忘れたというのか」
 秀娘は驚いて尋ねた。
「なぜ還俗されたのですか」
 劉意は答えた。「お前は聡明だが、私の計略には気づかなかったな。
 あの日、お前が夫に捨てられて実家に戻ったと聞き、私は髪を蓄えて老婆を遣わし縁談を進めたのだ。まさかお前がこうして私の枕元にいるとはな」
 秀娘はこれを聞くと、心に深い恨みを抱いた。

 数日が過ぎ、彼女は実家へ逃げ帰り、父にこの事情を打ち明けた。 父は怒りに震えながら言った。
「我が娘が徳を施してやったというのに、あやつはかえって邪な心を抱いたのか」
そして訴状を整え、そのまま開封府かいほうふの役所へ赴き、訴え出た。

  包公ほうこうは役人を遣わして劉意と宋氏を呼び出して証言させたが、劉意は強弁して認めなかった。
  さらに西霊寺の僧侶を召し出して取り調べたところ、果たして寺を逃げ出した者が還俗した本人であることに相違なかった。包公は枷をはめて獄に監禁するよう命じ、ついに判決を下した。
『足を滑らせて転んだことさえ、実はすでに下心があったのである。更に髪を蓄えて求婚するなど、正に大法に背く行いである』
 劉意を棒打ち刑に処した上で千里の遠方へ流刑とし、秀娘には実家へ戻るよう言い渡した。
 秦得はこの事を知ると、再び人を遣わして復縁を求めた。しかし秀娘はもはやその思いを断ち切り、家に戻ることを考えなかった。こうして宋氏の名節の恥は、ようやくそそがれたのである。

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