兼六園の緑に染まる、あまくて苦い背徳感
【登場人物紹介】
・兼六 航(けんろく わたる):金沢の美しさに迷い、将来の進路に悩む大学生。
・ハピル:緑の庭園に現れた、長くて白い耳を持つ不思議なウサギ。
【風の抜ける古都、揺れる青葉と迷い道】
初夏の強い日差しを遮るように、木々が深い影を落としている。
石川県金沢市、兼六園。
大学三年の兼六航は、歴史ある徽軫灯籠の前に立ちつくしていた。
周囲の観光客はみな笑顔でスマホを掲げ、新緑を写真に収めている。
しかし、航の心はどんよりと曇ったままだった。
就職活動の足音が迫る中、自分が本当にやりたいことが見つからない。
スマホの画面を滑らせると、ネットのタイムラインには「ギルティ消費」というトレンドワードが躍っていた。
あえて高カロリーなものを食べて自分を甘やかす、そんな流行らしい。
「自分を甘やかす資格なんて、今の僕にあるのかな」
航は小さくため息をつき、画面を消した。
【茶屋の縁側、背徳感と黄金の癒やし】
歩き疲れた航は、園内にある古い茶屋の暖簾をくぐった。
注文したのは、金沢名物の「金箔ソフトクリーム」だ。
目の前に運ばれてきたのは、濃厚なミルクソフトを包み込む、眩いほどの純金箔。
一口食べると、ひんやりとした上質な甘みが口いっぱいに広がった。
金箔自体に味はないはずなのに、贅沢な気分が心をじんわりと満たしていく。
これこそ今の自分にとって、最高に贅沢で、少し後ろめたい「ギルティ消費」かもしれない。
「うまいなぁ……」
冷たさと甘さに身を委ねていると、張り詰めていた肩の力がすうっと抜けていくのを感じた。
金沢の豊かな伝統が、お腹の中から心へと染み渡っていくようだった。
【緑の芝生、耳の長い相棒からのテレパシー】
ソフトクリームを食べ終え、千歳台の木陰のベンチで休んでいた時のことだ。
ツツジの植え込みから、不自然なほど真っ白で丸いお尻がのぞいた。
ひょこりと顔を出したのは、長い耳を揺らす一羽のウサギだった。
ウサギは航の足元まで来ると、くりくりとした赤い目でじっと見上げてきた。
驚く航の頭の中に、直接、鈴の鳴るような愛らしい声が響く。
『ねえ、航。どうしてそんなに、自分を責めるような顔をしているの?』
航は周囲を見回したが、誰もウサギに気づいていない。
『僕、将来が不安で。周りはみんな進んでるのに、僕だけ足が止まってる気がして』
航が心の中で返すと、ウサギ――ハピルは、鼻をヒクヒクと動かして微笑んだ。
『立ち止まることは、悪いことじゃないよ。兼六園の木だって、じっくり根を張る時期があるから、こんなに綺麗な緑になれるんだ。
心が美味しいって感じるものを食べる時間も、全部これからの航の栄養になるんだよ。もっと自分を、たくさん愛してあげて』
【動き出す景色、新しい一歩を踏み出す時】
ハピルの言葉が、航の胸の奥にストンと落ちた。
焦って何かになろうとしなくていい。
まずは今の自分を受け入れ、じっくりと進めばいいのだ。
「ありがとう、ハピル」
航が声に出して呟いた瞬間、ハピルは嬉しそうに一跳びし、緑の奥へと姿を消した。
まるで、最初から幻だったかのように。
見上げると、木漏れ日が航の手のひらを温かく照らしていた。
金沢の美しい新緑の風が、航の背中を優しく押し出す。
航はスマホをポケットにしまい、今度はしっかりと前を向いて、歩き始めた。
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