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潮風のストローハット

【登場人物紹介】
・船橋海斗(ふなばしかいと):仕事の重圧から逃れるため、銚子を訪れた20代後半の会社員。
・ピピ:不器用な人間の心をふわりと耕す、言葉を操る真っ白なウサギ。

【地平線に沈む迷いと、最東端の風】
東京での激務に追われ、心がすっかりすり減ってしまった船橋海斗は、突発的に有給休暇を取り、千葉県銚子市にある犬吠埼へと向かった。

どこまでも続く太平洋と、白亜の灯台。しかし、どれほど美しい景色を前にしても、頭の中を占めるのは仕事のミスや人間関係の摩擦ばかりだった。

スマホのタイムラインには、テレビの音楽番組で大バズりした「なにわ男子のテレビ初披露曲」の話題が溢れている。華やかな世界と、何もかもが停滞している自分。

海斗はため息をつき、潮風を避けるように近くの古びたカフェへと逃げ込んだ。

【磯の香りと、黄金色に輝く奇跡のキャベツ】
カフェの窓からは、初夏の陽光に照らされたキャベツ畑がどこまでも広がっていた。銚子名物、春キャベツのシーズンだ。

海斗はメニューにあった「銚子キャベツと地魚のアンチョビパスタ」を注文した。

運ばれてきた一皿を口に運んだ瞬間、海斗の目が丸くなった。じっくり火の通ったキャベツが、驚くほど甘い。みずみずしい水分と、磯の塩気を含んだアンチョビの旨味が絡み合い、凍りついていたお腹の底がじんわりと温まっていく。

美味しいものを美味しいと感じられる感性が、まだ自分に残っていたことに彼は少しだけ救われた気がした。

【白い耳の哲学者が語る、結び目のほどき方】
「食べたら少し、心のトゲが丸くなったみたいだね」

頭の中に、直接響く軽やかな声がした。驚いて足元を見ると、テーブルの下から一羽の真っ白なウサギが顔を覗かせていた。名前はピピ、というらしい。ピピは長い耳を揺らしながら、じっと海斗を見つめてテレパシーを送ってきた。

『人間は、まだ起きてもいない未来の心配や、過ぎ去った過去の反省で頭をいっぱいにしがち。でもね、今この瞬間、目の前にあるキャベツの甘さを全力で味わうことだけで、世界は十分に完結しているんだよ。自分を責めるのはおしまいにして、ただ風を感じてごらん』

その優しい言葉に、海斗の肩からすっと余計な力が抜けた。

【犬吠埼の空に誓う、新しい明日の歩き方】
店を出ると、夕暮れの空がドラマチックな茜色に染まり始めていた。海斗は深く息を吸い込み、潮の香りを胸いっぱいに満たした。

完璧でなくてもいい、まずは自分のペースで今日という日を心地よく生きればいいのだ。

ピピの姿はいつの間にか消えていたが、胸の奥には確かな温もりが残っていた。

海斗は、久しぶりに自分の意志でしっかりと地面を踏みしめながら、帰りの銚子電鉄の駅へと歩き出した。その表情には、小さく、けれど力強い希望の光が宿っていた。

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