世代論が見落とす、苦労の重さ
他世代を裁く言葉は、自分の経験から出ている
世代をめぐる言葉は、すぐに荒くなる。
若い世代は甘い。上の世代は古い。氷河期世代はこじらせている。バブル世代は得をした。そう言いたくなる場面は確かにある。
実際、世代ごとに育った環境は違い、その環境が振る舞いや価値観に影響することもある。
だから、世代論そのものが無意味だとは思わない。
ただし、世代を叩く言葉の多くは、相手を見ているようで、実際には自分の経験を基準にして相手を裁いている。
自分たちは苦労した。自分たちは逃げられなかった。自分たちは我慢した。だから、そうしていない他世代は甘い。
あるいは、自分たちは理不尽から距離を取れる時代に生きている。だから、そこから逃げなかった上の世代は古い。
この感覚は、どの世代にも起きる。
問題は、苦労の種類が違うことだけではない。
その苦労の重さも、同じではないということだ。
戦後世代の苦労は、欠乏の苦労だった
戦後を生きた世代の苦労は、まず欠乏の苦労だった。
生活の基盤そのものが不安定で、食べること、住むこと、家族を支えることが切実な問題だった。暮らしを立て直すことが、そのまま人生の前提になっていた。
その世代から見れば、後の世代の苦労は軽く見えるだろう。
学校に行ける。物はある。街は整っている。飢えはない。そういう時代に生きていながら、「仕事がない」「報われない」「非正規に流れた」と言われても、それは生存の苦労とは違うように見える。
だから、「自分たちの時代に比べれば甘い」となる。
しかし、ここで見落とされるのは、戦後の苦労と氷河期世代の苦労が、同じ形をしていないということだ。
戦後の苦労は、欠乏の中で生きる苦労だった。氷河期世代の苦労は、豊かに見える社会の中で、参加する入口を閉じられた苦労だった。同じ物差しで比べれば、必ずずれる。
氷河期世代の苦労は、入口を閉じられた苦労だった
氷河期世代の苦労は、戦後のような欠乏ではない。
物はあり、学校もあり、社会は豊かになったように見えた。だが、その豊かさの中に入っていく入口が細かった。
学力があっても、真面目でも、正社員の入口に届かない。一度外れると、戻る道も細い。不本意な仕事に就き、そこで生活を組み立てざるを得なかった人も少なくない。
これは本人の努力不足だけでは説明できない。入口そのものが狭かったのである。
ここでいう入口の狭さは、単なる景気の悪さだけではない。雇用機会が、世代間でどう配分されたのかという問題でもある。
一橋大学の「世代間問題の経済分析」は、年金や医療だけでなく、雇用機会の世代間分配を重大な社会問題として扱っている。世代間問題は、気分や価値観の対立だけではなく、制度の中で資源や機会がどう配られたかという問題でもある。
上の世代が既存の雇用慣行の中に残り、企業も年功序列や新卒一括採用を前提にしたまま採用を絞れば、若い世代に回る入口は細くなる。
氷河期世代が直面したのは、個人の努力だけでは動かしにくい、雇用機会そのものの配分の偏りだった。
しかも、当時は今ほど情報が開かれていなかった。進路も転職も相談先も見えにくく、弱い立場に置かれた人を守る制度や言葉も、今ほど実用的には届いていなかった。
ここには、上の世代が作った人生モデルの問題も重なっている。
中央公論.jpの永田夏来氏と西田亮介氏の対談「世代論の困難と2025年問題」では、団塊世代が、サラリーマンの夫と専業主婦の妻という家族像を一般化したことや、団塊世代の大きな人口ボリュームが下の世代の「重し」になったことが語られている。
高度経済成長期に一般化した、会社に入り、年功序列の中で賃金を上げ、結婚し、家族を持つという人生の標準形は、氷河期世代の前にもまだ残っていた。
だが、その標準形に入るための入口は、すでに細くなっていた。
見えているのに入れない。
社会の側は古い成功モデルを掲げたまま、そのモデルに参加する回路だけを狭めていた。だから氷河期世代の苦労は、単に仕事が少なかったという話ではない。
上の世代が作り、維持してきた標準的な人生モデルを前にしながら、そこへ入る入口を閉じられた苦労だった。
教育や職場には、昭和的な根性論も残っていた。上の世代には、バブル期の成功体験を引きずった人たちも多かった。努力すれば報われる、会社に従えば守られる、我慢すれば道が開ける。
そういう前提で語られる一方で、現実には入口が閉じていた。
そして、仮に入口に入れたとしても、その先が安全だったわけではない。
職場には、ハラスメントも露骨に残っていた。
それはワンマン経営の小さな職場だけの問題ではない。大企業ですら、性差による扱いの違いは残っていた。
むしろ大企業ほど、男性を基幹的な働き手、女性を補助的な働き手として配置する仕組みが強く、性別による役割分担が職場の秩序として残っていた面もある。
若い女性は、仕事の能力だけで見られていたわけではない。愛想や容姿、結婚や出産の予定まで、当然のように職場の視線にさらされた。
今なら明確に問題化される発言や接触も、当時は「そのくらい流せ」「社会人ならうまくかわすもの」とされやすかった。
つまり、氷河期世代は、単に就職が大変だっただけではない。
社会は豊かに見えるのに入口は狭く、情報は少なく、逃げ道も細かった。見えていた標準的な人生モデルには入れず、入った先には根性論や性差やハラスメントが残り、上にいたのは古い成功体験を持った世代だった。
この条件を抜くと、氷河期世代の苦労は「就職が大変だった」程度に薄まってしまう。
実際には、入口が狭かっただけでなく、入った先の空気もかなり荒かった。
Z世代の不安は、同じ重さではない
一方で、Z世代は初期条件が大きく違う。
物も情報も、最初から生活環境に組み込まれている。分からないことは検索できる。便利なサービスも身近にある。ハラスメントを説明する言葉があり、困ったときの相談先も昔より見つけやすい。合わない環境から距離を取る方法も可視化されている。
これは、氷河期世代から見るとかなり恵まれている。
自分たちが喉から手が出るほど欲しかった入口や選択肢を、若い世代は最初から持っているように見える。
だから、Z世代が仕事を軽く扱ったり、すぐに辞めたり、嫌なことから距離を取ったりすると「何もかも揃っているのに、なぜ重みを分からないのか」と見える。
この苛立ちは、単なる中年の愚痴では片づけられない。
Z世代の苦しさは、軽いというより、別の場所にある。
彼らは、足りない社会ではなく、過剰に見える社会にいる。
情報は多く、比較は絶えず、選択肢は増え、失敗すれば「自分で選んだ結果」として返ってくる。
会社も制度も、昔のように人生を預ける先としては見えにくい。
その不安は確かにある。
朝日新聞の「Re:世代論」でも、世代でくくることへの抵抗や、若い世代が世代として社会課題を語りにくい傾向が取り上げられている。
「世代間分断より心配な『語らない』若者」という記事では、若い人たちが社会問題に無関心なのではなく、自分たちの世代の問題として語ることに慎重になりやすいという視点が示されている。
Z世代は、社会課題に無関心なのではない。むしろ多くの問題を情報として見ている。
ただ、それを「自分たちの世代の問題」として語ることには慎重になりやすい。
世代で括られることへの違和感が強く、問題を集団の言葉より、個人の選択や感覚として処理しやすい。
だから、上の世代から見ると、何を考えているのか分かりにくい。そこに「軽い」「社会性がない」という誤読が入り込む。
ただし、それは、戦後の欠乏や氷河期世代の入口の閉鎖と、同じ重さの苦労ではない。
Z世代の不安は、揃っている社会の中で自分を選ばされ続ける不安である。氷河期世代の苦しさは、社会に入る入口そのものを閉じられる痛みだった。
この差は大きい。
「どの世代にも苦労がある」と言えば、聞こえは公平である。
だが、その言い方は、ときに重い構造を薄めてしまう。
苦労の種類は違う。そして、苦労の重さも同じではない。
初期条件は、生存戦略をつくる
世代間の摩擦は、単に価値観が違うから起きるわけではない。
それぞれの世代が、自分の初期条件から生まれた生存戦略を、社会の常識として持ち込むから起きる。
入口を閉じられた世代にとって、仕事は失うと戻れないものになりやすい。最初から選択肢や逃げ道が見える世代にとって、合わない場所から距離を取ることは自己防衛になりやすい。
この二つが出会うと、片方には軽さに見え、もう片方には古さに見える。
互いに相手を見ているようで、実際には自分の初期条件の文法で相手を読んでいる。
その読み違いが残るかぎり、世代論は何度でも人格批判へ戻っていく。
Z世代から見える氷河期世代
Z世代から見れば、氷河期世代の振る舞いは理解しにくいだろう。
なぜ、そんな理不尽に耐えたのか。なぜ、もっと早く逃げなかったのか。なぜ、自分たちが苦しんだ職場文化を、今も正しいもののように語るのか。
そう見えるのは自然である。
Z世代にとって、合わない環境から距離を取ることは、自己防衛の一つである。
ハラスメントを拒むことも、権利を主張することも、過度に会社へ自分を預けないことも、時代に合った行動として理解できる。
だから、氷河期世代が「我慢した」「逃げなかった」「理不尽でも働いた」と語ると、それは責任感ではなく、古い価値観への服従に見えることがある。
だが、それもまた一面的である。
氷河期世代は、逃げなかったのではなく、逃げにくかった。会社を信じていたというより、他の道が見えにくかった。
理不尽に耐えることを美徳として選んだ人ばかりではなく、生活のためにそうするしかなかった人も多い。
今なら見える逃げ道が、当時は見えにくかった。
今なら名前を付けられる被害が、当時は個人の我慢に押し込まれていた。
今なら使える情報や制度が、当時は届きにくかった。
そこを見ないまま氷河期世代を叩くと、単に今の条件から過去を裁いているだけになる。
氷河期世代から見えるZ世代
一方で、氷河期世代から見れば、Z世代は世間知らずに見えやすい。
仕事があること。教えてもらえること。ハラスメントを訴えられること。辞めても次を探せること。情報をすぐ得られること。生活を支える便利な仕組みが整っていること。
それらが最初からある世代に対して、「何もかも揃っているのに、なぜそんなに軽いのか」と感じる。
この感覚も分からなくはない。
Z世代の中には、確かに組織の中で働く感覚が淡い人がいる。確認や報告が弱く、謝罪や相談の重みが分からない。嫌なことへの耐性が低く、すぐに距離を取ろうとする。自分の権利は知っていても、仕事上の責任の取り方が弱い人もいる。
そこは否定しなくていい。
ただ、その未熟さを見て「Z世代は甘い」「社会性がない」「苦労を知らない」と括ると、話は粗くなる。
Z世代は、氷河期世代が知っている種類の苦労を知らない。それは事実に近いと思う。
だが、その事実を人格否定に使っても意味はない。
物も情報も制度もある時代に育てば、それらが最初からあるものとして身体に入る。
苦労して手に入れたものではないから、その重みを実感しにくい。
だからこそ、必要なのは叩くことではなく、言語化することである。
仕事にはなぜ確認が必要なのか。報告を怠ると、誰に負荷が移るのか。
権利を守ることと、責任を引き受けることはどう両立するのか。
逃げることが必要な場合と、踏みとどまって学ぶべき場合は何が違うのか。
それを「昔は大変だった」という経験談ではなく、今の環境でも通じる言葉に翻訳しなければならない。
比較を避けるだけでは、重さが消える
世代間の議論が難しいのは、苦労を比較するとすぐに歪むからである。
戦後世代は欠乏を生きた。氷河期世代は、豊かさの中で入口を閉じられた。Z世代は、揃っている社会の中で別の不安を抱えている。
それぞれの苦労は違う。
しかし、「違う」と言うだけでは足りない。違うだけでなく、重さも違う。
食べるものがないことと、選択肢が多すぎて迷うことは同じではない。社会が豊かに見えているのに、就労の入口だけが閉じていることと、最初から物も情報も逃げ道もある環境で不安を抱えることも同じではない。
とくに氷河期世代は「豊かさが見えているのに、そこへ参加する回路を閉じられる」という形の苦労を負った。
これは、単なる不便や不安ではなかった。
「どの世代にも苦労がある」と言えば、聞こえは公平である。だが、その言い方は、ときに重い構造を薄めてしまう。
比較を避けるだけでは、重さが消える。
かといって、重さを認めることが、他世代を叩く理由になるわけでもない。
世代論を結論にしてはいけない
ただし、世代論はあくまで入口であって、結論ではない。
朝日新聞の「年齢差が消える日本 希望か危機か これからの『世代論』が問う未来」では、世代で人をくくることへの抵抗や、好みや価値観における世代差が縮まっているという問題意識が示されている。
たしかに、いまは好みや価値観だけを見れば、世代差は以前より見えにくくなっているのかもしれない。
若い人でも古いものを好む人はいるし、上の世代でも新しい働き方や距離感に馴染む人はいる。
年齢だけで人を判断することは、ますます難しくなっている。
だが、価値観の差が縮まったとしても、社会に入ったときの初期条件の差まで消えるわけではない。
同じ世代の中にも、職種、地域、性別、雇用形態、家の資産によって見える景色は大きく変わる。
バブル世代といっても、民間の景気に近い場所にいた人と、公務員や地方の職場にいた人では受けた恩恵は違う。
氷河期世代にも、正社員で踏みとどまれた人と、入口から弾かれた人がいる。Z世代にも、家庭環境や学歴や地域による差はある。
だから、世代論は使えるが、そこで止まってはいけない。
世代を語る意味は、誰かを一括りにすることではなく、その時代に社会へ入った人たちが、どの初期条件を背負わされたのかを見ることにある。
何を持って始まり、何を持たずに始まったのか。
何を選べたのか、何を選べなかったのか。
どの言葉があり、どの言葉がまだなかったのか。
その差は、好みや価値観よりも深いところで、その人の仕事観やリスク感覚を形づくる。
世代を語るなら、初期条件と重さを見る
他世代を叩きたくなることはある。
若い世代が甘く見えることもある。上の世代が古く見えることもある。同世代の稚拙さが恥ずかしくなることもある。
だが、その感覚だけで語ると、世代論はすぐに人格批判になる。
見るべきなのは、その世代が社会に入ったときの初期条件である。何を持って始まったのか、何を持たずに始まったのか。何を選べたのか、何を選べなかったのか。どの言葉があり、どの言葉がまだなかったのか。
そして、もう一つ見るべきものがある。
その差が、どれほど重かったのかである。
世代論が役に立つとすれば、それは他世代を叩くためではない。
自分とは違う初期条件の中で、人がどう振る舞うようになったのかを考えるためである。
その世代が、何を持って始まり、何を持たずに始まったのか。
そして、その差がどれほど重かったのか。
そこを抜きにして世代を語れば、どの言葉も結局はただの不満の置き場になる。
参考:
中央公論.jp
永田夏来×西田亮介「世代論の困難と2025年問題」
朝日新聞デジタル
年齢差が消える日本 希望か危機か これからの「世代論」が問う未来
朝日新聞デジタル
世代間分断より心配な「語らない」若者 社会課題の「自分ごと」化を
一橋大学 世代間問題研究プロジェクト
世代間問題の経済分析 研究の目的
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