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株式会社タイトーの歴史

①1950年 創業者ミハイル・コーガンが個人営業の輸入会社「太東洋行」を設立(後のタイトーの基盤)。主に雑貨輸入。

②中国・上海で運営していた前身企業「Taitung」(太東)の日本語表記「太東」に由来。この「太東」は「Far East」(極東)を意味する漢字で、社名はこれを基に付けられた。

③初代社長ミハイル・コーガンは、ユダヤ系ウクライナ人の実業家。1953年に会社を設立し、1984年に急性心筋梗塞で亡くなるまで社長。死後、息子のアブラハム・コーガンが会長に就任し、中西昭雄が社長となる。

④1953年 東京都港区に「太東貿易株式会社」を資本金300万円で設立。ウォッカの輸入・醸造・販売(日本初の純国産ウォッカ生産)、自動販売機・ジュークボックスの輸入・販売、雑貨輸入が主業。衣類配布事業も開始したが失敗。

⑤1955年 競争激化によりウォッカ事業を放棄。自動販売機とジュークボックスの輸入・販売に集中。米軍基地から壊れたジュークボックスを購入・修理して販売。

⑥1956年 純国産ジュークボックス1号機を開発。AMIジュークボックスの日本公式ディストリビューターに。1960年までに1,500台以上販売。

⑦1960年代 Seeburg Corporationと提携、日本での独占代理店に。エレクトロメカニカルゲーム(EMゲーム)の製造開始。例: Crown Soccer Special (1967)、Crown Basketball (1968)。ピンボールや機械式ゲームも生産。

⑧1972年 社名を「株式会社タイトー」に変更。日本自動販売機株式会社を買収し、アミューズメント施設を強化。

⑨1973年 最初のビデオゲーム「Elepong」(ピンポンアーケードキャビネット)をリリース。これを機にゲーム業界へ本格移行。

⑩米国にTaito Americaを設立。同年、西角友宏が開発したSky Fighter (1971)などのEMゲームから移行し、Speed Race (1974)、Western Gun (1975)などを開発。

⑪1978年 「Space Invaders」が大ヒットし、ビデオゲームの黄金時代を象徴。
1986年 京セラグループ入り
2000年 京セラマルチメディアと合併してモバイルコンテンツ事業を開始。

⑫2005年 スクウェア・エニックスに買収され、子会社化(2006年完全子会社)。現在はアーケードゲーム、玩具、ゲームセンター運営が主で、従業員821名(2025年3月現在)、代表取締役社長は岩木克彦。


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