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通院日記037_地域病院_通院30日目   朝Line通話が入った。腸からの排出液について、今朝看護師から聞いた・・

20250419(土) 地域病院 通院30日目

 今日もお見舞いの日。また1人で病院へ向かう。

 朝Line通話が入った。
 腸からの排出液について、今朝看護師から聞いたという話。
 「やっぱり今出てる黄色のは、腸の分泌液らしい。これってずっと出るものだから、ひょっとすると鼻のチューブって、もう抜けないんじゃないの?」
 電波状態が悪い中で、とぎれとぎれの会話で聞き取れた内容だ。

 妻の気持ちになると、眩暈がしてきそうだ。
 こちらからの話は、途切れなくよく聞こえているようだった。
 僕の考えを伝える。
 「その腸の分泌が、どのくらいの量になるかわからないし、定期的に入れたり出したりとかできないかな?ひょっとすると腸から直接出せるような、処置があるのかもしれない。治療がはじまれば、癌が後退して、通じるようになるかもしれないし・・・。」
 結局、堂々巡りのことしか答えられない。
 とにかく診察の機会に、医師と話し合おうということにする。

 部屋を移ったと、連絡が入った。
 以前と同じ部屋になったということだ。
 これでWiFiも途切れず繋がるようになる。
 確かに部屋は以前の部屋だった。
 妻の誕生日と、同じ部屋番号だ。

 腸からの排出液については、土曜で医師もいないから確かめようがない。
 とりあえずその件について、妻の気持ちは落ち着いていた。
 でも病院に1人でいるから、思いが頭を駆け巡っている。
 
 「元気になってくるとさ、いろいろ考えちゃう。」

 「日々のね、いつも普通にできている生活がね、とっても幸せな事なんだってわかったよ。」

 「だからね、前の生活に戻りたい。」

 「治るって分かってたらさ、頑張るよ。カテーテル付けててもいいしさ、腸閉塞だってこういうの付けててもいいしさ。でも治らないのに頑張る必要ってあるの?」

 「ご飯が食べたいよ。おなじ癌の人だって普通に食べてるのに。私、本当に食べられるようになるの?」

 「もう頭がおかしくなりそうだよ。」


 答える事のできる疑問は無くて、叶えてあげられる願望もない。
 妻の涙を見て、手を握っているくらいしか、できることがない。
 ひどく疲れた気持ちだけが残る。

 僕の顔を見て、妻が謝ってしまう。
 「ごめんね。」
 あやまる必要なんてない。
 吐き気で苦しむだけの時より、悲観の言葉が溢れてくる方がずっといい。


 頼まれたタンクトップを無印で買ってから家に帰る。


 今日の夕食
 豚肉とキャベツと玉ねぎの炒めもの、味噌汁の残り、ぬか漬け、キムチ


 電波状況が戻って、夜の通話もスムーズだ。
 映像も綺麗だし会話も途切れない。

 昼間に落ち込んで、気持ちを吐きだしてしまったからか、妻の会話も少し明るい。
 「その時その時にやっていることにさ、集中しているのがいいらしいんだ。日課みたいなやつ?」
 「なら、退院したら日課を作ればいいんだよ。立川に出かける日はこことここに寄って・・・とか、今日は散歩だけの日とか。ドライブのコースを決める日を作って、次の日にそこに出かける。」
 「そういうの、いいかも。」
 けれど出かけた先では、何かを食べたくなってしまう。
 「あぁ、食事ができるようになればな。」

 「そういえば、お願いはしてくれたの?」
 「何?」
 「70まで寿命をシェアして、一緒に死ぬっていうのだよ。」
 80までではなかったか。
 「それは・・・、うん、してあるよ。」
 今した。
 まぁ、僕の寿命も70まででもいいだろう。

 「本当にさ、私が70まで生きたら凄いことだよね。そんな事ってあるのかな。」
 「可能性が、ゼロだとはいえないね。」
 「そしたら何か、記録を残さないとね。でも写真は撮ってない・・・。写真は撮って欲しくないな。」
 妻の写真は、僕も撮っていない。
 治療の前から、やせ細ってしまったから。
 それでも、気分転換に出かけたりすれば、以前のような笑顔が戻ってくる。そんな時に撮ればいい。
 「それを読んだらさ、同じ病気の人の励ましになるよね。ちびころも、生きた業績を残せるってこと。ふふ。」
 「そうだよ。きっと励みになる。」
 ちびころというのは、妻が気の小さいのを、僕が冗談めかしてそう呼ぶ。


 この日記を書いていることは、妻に話していない。
 伝えにくい内容が書いてある。
 それに、結局は傍観者のようにしか書けない文章を、妻が快く思わないかもしれないから。


 でも、もし妻が同意してくれれば、その時々の妻の気持ちを綴ってもらいたいと考えている。
 後日でもいい。この日記の日々の冒頭に。


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