「走る」から「生きる」を学ぶ
今年こそは書くぞ〜!!
私が走ることを通して得た人生訓。
というのも・・・昨年に引き続き、今年もなんとかフルマラソンを走り切りました!
中間地点で折り返した後の”永遠”のように感じる長〜い時間、終わった後の激しい筋肉痛…毎度終わった直後は「もう二度と走りたくない・・・」と一瞬思いますが、時間が経つとその時間すらも感慨深いような、愛おしいような時間になる不思議。
それに、普段はなかなか挑まない”究極”(言い過ぎ?笑)に挑むからこそ見えるものが多いなぁと、今回も強く思い、やっぱり書こうと思い立ちました。
「走る」と「生きる」ってなんだか似ているなぁと、私は感じています。
目的地に向けて、コツコツと走り抜くところとか、アップダウンのあるところがそう感じさせるのでしょうか。
昨年、初めてのフルマラソンに向けて早朝にコツコツとランニングをしていたころ、ふと「ランニングを通しての気づきって、人生に通じるものがあるよなぁ」と思ったときから、なんとなくずっとそう思っていて。
走れば走るほど、その思いが強くなるようにも感じています。
一体、どんなところでそう思ったのか。
そんなことをぽつりぽつりと書いてみようかなぁと思っています。
「いつか、いつか」は絶対来ない

(ちなみに、とかしきマラソン、景色と沿道の声援がとっても素敵でおすすめです♡)
「いつか〇〇したい」
「いつか〇〇に行こう」
そんな風に思ってはずっと実現しないままでいること、ありませんか・・・?
(恥ずかしながら)私にはたくさんあります。
「フルマラソン完走!」もまさにそのひとつでした。
7年前、当時営業で担当していた沖縄で、「仕事で沖縄の市場を盛り上げるのはもちろん、個人として何か面白いことをしたい!」と思ったことがきっかけで、沖縄でハーフマラソンにトライ。
「超」がつくほどの運動音痴で、ランニングともまったく無縁のところからハーフマラソンを走り切れたことで、
「半分行けたから、フルマラソンも行けるのでは?」
「いつか、どこかでフルマラソンに挑戦したいなぁ」
と、なんだか自然に思えている自分がいて…!
ただ、そう思いはしたものの、海外暮らしの間は「常夏のアジアでマラソンはなぁ…」を言い訳にまったく動かず、コロナ禍で帰国してからは各地でフルマラソンを完走している弟を応援しながら「私もいつかは…」とぼんやり思うだけで、何もできないまま・・・。
気がつけば、6年近くが過ぎていました。
そんな中、昨年の春から夏にコツコツとノートに向き合い続けるうちに、「Bucket Listを全部叶える生き方を!」という思いが見えたんです。
そこで、「フルマラソン完走」がずっと「やりたいこと」に入っていたことを思い出します。
ちょうどその前年に、階段を降りるときや下り坂で踏ん張れなくなるぐらいに膝を痛めていた時期があり、
「このまま先延ばしにしてたら、”よし、やろう!”と思ったときにはもう遅くて、後悔するかもしれない。やるなら、今やろう!」
そこから思いきって、フルマラソンにエントリーしたのが昨年の夏。
さて、エントリーしたら、もう走り出すしかありません。
実際、昨年の秋は2日に1回ペースぐらいで、早起きしてコツコツと走り続ける日々を過ごしました。
そうやって走り続ける日々を過ごすうちに、あるときふと思ったんです。
「いつか、いつか」は絶対来ない。
「やる!」と決めて、一歩を踏み出さない限り。
私にとって、「フルマラソン完走」はまさにそうで。
「チャレンジする」と決めてからは本当に早く、「えい!」で申し込んでしまえば、自然と「やるしかない!」と思って、グッズを揃えてコツコツ練習。
実際やってみると、「完走」という目標に向けてコツコツと自分を高めていく時間も、振り返ってすごく楽しかったなぁと思っています。
苦しいときも”ひとり”じゃない。そっと応援してくれている人はたくさんいる!

個人的に、フルマラソンは中間点を超えたあたりからがとにかくキツい…!
トレーニングの甲斐もあって、中間地点まではほぼ立ち止まらず走れるようになってきましたが、特に25kmを過ぎると途端に足が前に出なくなります。
「残り15kmか・・・長い。制限時間に間に合うのか?」
「もうダメだ・・・身体がキツイ。ここで諦めてしまいたい」
などなど、自分の頭の中に浮かぶネガティブな言葉たちと格闘しながら、前に前に進み続ける時間。
昨年、初めてのフルマラソンにチャレンジする場所として選んだのは、またも沖縄でした。
ハーフマラソンを初めて走った場所でもあり、過去に仕事でお世話になった方々がたくさんいらっしゃる街。
当時お世話になった方の中に、今でも交流が続いている方がいらっしゃり、マラソンの前日に会いにいくことに。
懐かしいお話はもちろん、近況のシェアで話に花を咲かせ…そろそろお別れというときに、その方から「明日さ、終わったら連絡してよ!」と言われました。
このとき私は「はい」とは答えつつも、「どうしてそんな風におっしゃったんだろう…」と思っていたんです。
というのも、マラソンの会場となった場所とその方が住んでいる場所はわりと距離があるので、さすがに2日連続でこちらまで来てくれるとは思えずにいたからです。
そして、迎えた翌日のレース。
中間地点までは懐かしい景色を楽しみながら走っていましたが、25kmぐらいから徐々にペースが落ち始めます。
歩いたり、立ち止まって休んだりすることもしばしば。
「甘かった・・・やっぱり私にフルマラソンなんて無理だったんだ」
そんな思いが頭に浮かび始めます。
ただ…そこで私の頭をよぎったのが、前日にお会いした方のことでした。
「あんな風におっしゃるということは、どこかでこっそり見ているかもしれない」
「(もし本当に見に来てくださっていて)途中でへこたれた私を見たら、〇〇さんなら絶対私に喝入れるだろうなぁ…」
それが私にとって走り続ける力となり、苦しかった最後の10〜15kmを無事に乗り越えることができたんです。
そして、後から知りましたが、なんと…その方は応援にかけつけてくださっていました!
ランナーも、沿道の声援も多く、私自身はまったく気がついていませんでしたが、私が一番苦しいと感じていた上り坂のところで、「ぺく〜走れ!!!」と、沿道で伴走しながら応援してくださっていたとのこと。
それを知った私は、じわりと胸が熱くなりました。
それと同時に、
マラソンと同じように、人生でも、ツラくて苦しいときに、自分では気がついていないかもしれないけど、そっと応援してくれる誰かがいるのでは?
そんな風に思いました。
マラソンの後半は脚の痛み、「間に合うのか…」という不安と焦り、体力の限界…を感じながら、ゴールを目指してコツコツと走り続けなければなりません。
痛みやツラさを乗り越えながら、前に前に足を進めることだけに目が行きがちですが、沿道の方々の声援はもちろん、このときの私のように、身近な方がそっと伴走してくださっているかもしれません。
人生もそれと同じで…!
苦しみやツラさの渦中にいるときは、そこから抜け出すことにしか目が行かなくなることもあるかもしれませんが、少し視野を広げてみると、応援してくださる方や気にかけてくださる方がたくさんいることに気づくこともあるのではないでしょうか。
ちなみに・・・この話は今年の春先にラジオでもお話しました!
ラジオの方が伝わりやすいかも…なので、よろしければ^^
ゴールはありありと描けているか?

こちらは特に今年のレースで強く感じたこと。
「ゴールするときのイメージをありありと描けているか」が歩みを止めないうえでは、すごく大切なんだなぁと思いました。
私が掲げるフルマラソンのテーマは、「お世話になった街で走りたい」で、昨年は沖縄、今年は地元で走りました。
思い入れの強い場所で走るからこそ、
「ここで、何かひとつ”やりきった!”と言えるものを残したい」
という思いは強く、それを体現する具体的な目標として
・ゴール地点にある定点カメラに笑顔で写る
・ゴールした後に、深々とお辞儀をする
の2つを掲げていました。
特に今年は、昨年ゴールしたときの感覚や心の動きを再現しながら、笑顔でゴールし、綺麗にお辞儀をするシーンを、レースの前から何度も何度も頭でイメージしていました。
中間地点を超えると、気力・体力の限界で、「諦める?」と自分に問うては、「いや、もう少し頑張ろう」の繰り返し。
何度か「もう諦めよう」に思考が傾きかけましたが、そのときに「いや、走り続けなきゃ!」に引き戻されたのは、ゴールで味わいたい感覚が自分の中で明確に描けていたからでした。
「あの感覚を味わいにいくのだ…!だから、今諦めるわけにはいかない!」
そんな感じでしょうか。
今回のフルマラソンを走り終えた後、この話をしたときに、
フルマラソンっていわば”究極”に追い込まれた状況じゃない?
その苦しい局面で「自分に何があれば頑張れるのか」が見えたのはすごく良かったね…!
と言ってくださった方がいて、ハッとしました。
人生でもやはり同じで、明確なゴールこそが、ツラくて苦しいときに前に進む原動力になります。
逆に、それがないと「あれ…なんのために頑張っているんだっけ」と立ち止まったり、迷ったり…。
「わたしが人生においてたどり着きたいゴールってなんだろう? どんな状態なんだろう?」
そこをクリアにして前に進む大切さを、期せずしてフルマラソンを通して実感した今年の秋でした。
歩みを止めるな!

ゴールを描けている前提で、もうひとつ大切なのが、至極当たり前ですが「歩みを止めない」こと。
もうさすがにくどいかもしれない(苦笑)ですが、中間地点を超えたあたりからの限界との戦いについて。
昨年も今年も、少し走ってみては立ち止まり、少し走って歩いたり…の繰り返しの時間が続きました。
特に、昨年については、途中から「もしこの姿を見たら、かつてお世話になった方に喝を入れられるかもしれない…!」と思い、走っては立ち止まりを繰り返していたところから、残り2つの関門での制限時間に間に合うよう、コツコツと走り続けた末にゴール。
このときに意識したのが、
・歩幅は少なくてもいいから、とにかく前に前に足を出し続ける
・足が動かないように感じるなら、とにかく腕を振って前に進もうとする
の2つでした。
もちろん、それでも苦しくはありましたが、コツコツと前に進んでいる実感が湧き始めると、「苦しい」「ツラい」という気持ちも少し薄れていった気がします。
昨年の経験があったので、今年も苦しい区間はとにかく
「歩みを止めるな! 止まると余計にしんどいぞ!」
と自分自身を鼓舞し続けていました。
まぁ・・・
そんなこと書きつつ、結局はもう完全に「休みたい」という誘惑に負けてしまい(苦笑)、途中でかなりへこたれていた局面もありましたが…!苦笑
とはいえ、
「歩みを止めさえしなければ、ゴールに必ず辿り着ける」
を昨年のフルマラソンを通して体得できたのは、とても大きな気づきであり、2回目のフルマラソンを走り切るうえでの自信やよりどころになっていたと思っています。
そしてきっと・・・人生もこれと同じなんでしょうね…!
紆余曲折もたくさんあると思いますが、諦めさえしなければ、必ず描いたゴールにたどり着けるはず。
「思っていたのと違った…」
「なんでこの選択したんだろ…」
なんてこともありますが、諦めずにトライし続ければ、きっと道は拓けていくし、なんとかなります!
ちなみに、完全に余談ですが・・・
初めてハーフマラソンを走ったときは、スタートから5kmで「なんでマラソンなんてエントリーしたんだろ…」と思っていた人です。笑
(ですが、結論、とても楽しかったです!)
おわりに|ランニングは最高の自己対峙
昨年、今年と「走る」とともに過ごした秋となりました。
自分で決めたコースを淡々と、コツコツと走り続けるなかで、ふと頭の中に”人生訓”となる言葉が浮かぶ瞬間が多々。
「なんでだろう・・・不思議!」とは感じますが、きっと日常の喧騒から離れ、「走る」こと以外に何も向き合うことのない状態で、自分の身体と心にきちんとフォーカスする時間だったからじゃないかなぁと思います。
だからこそ、「ランニングは最高の自己対峙!」と思っています。
あとは、なんとなく目の前の日常が上手く行っていないなぁと感じている時期でも、「決めたコースを走り切る」だけで、「今日も頑張ったぁ、私!」と自然と思えるのも、心の支えになるなぁと感じています。
昨年より今年の方がキツかったので、フルマラソンのチャレンジはいつまで続くのかは謎。
ただ、あと1箇所だけ、どうしても走ってみたい街があるので、そこだけはチャレンジして終わりたいなぁ…!
チャレンジを続けるなかで、今度はどのような気づきが生まれるのか。
また何か気づいたら書こうと思います。
それでは・・・!
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