“意味のある話”じゃなくていい。あなたの話が聴きたい。
こんばんは、ぺくです。
対話やインタビューを通して、
楽しみながら自分を知り、
自分のストーリーを捉え直す
時間を届けています。
今日は、
対話の時間に対する
個人的な“願い”の話です。
“意味”を求めすぎていませんか?
あるとき、
とある場でふと出てきた
自分の言葉にハッとしました。
「仕事」とか「ビジネス」とか、
正直、どうでもいい。
ただ目の前の人の話を聴いていたい。
自分でも驚いてしまうぐらい、
自然と出てきた言葉で、
紛れもなく私自身の本音でした。
なぜあえて
“紛れもない自分の本音”として
取り上げるのか。
それは、
私自身が人一倍、
「この会話に意味があるのか」に
とらわれてきたからです。
いや…
過去形で書きましたが、
今でも
職場にいるときの私は、
合理性・生産性・効率が大好きで、
それにそぐわない時間や業務に対して
露骨に拒否感を示している節は
あるかもしれません。
(大変恥ずかしながら…)
もちろん、
職場にいると、
「限られた時間で成果を出す」が
一番に求められることなので、
仕方がない部分もありますが…。
でも、
ときどき思うんです。
「これって意味あるのかな?」
そればかり考えているって、
なんだか寂しくないか、って。
みなさんはいかがですか?
「相手の時間をもらう以上、
意味のある時間にしないといけない」
そんな風に思っていること、
ないでしょうか・・・?
ただただ“聴くこと”が好きだった
かつての私にとっては、
「本筋じゃない話」
「何気ない雑談」
「他愛もない話」
を聴くことこそが、至福の時間でした。
たとえば、
旅するインタビュアーとして
対面で取材をしていた頃のこと。
「ちょっと話、逸れるんですけど…」
という言葉から余談が始まると、
内心いつも「キター!!!」と
思っていました。
ご本人が「脇道に逸れた」と
思っているお話にこそ、
大切なキーが隠れていることもあるし、
そこから垣間見える
その方“らしさ”に胸が温まることも
たくさんあったからです。
だからこそ、
たとえ本題から逸れていても、
無理に本筋に戻そうとせず、
目の前の方のお話に耳を傾け続ける…。
ときに、
予定していた時間を
少し過ぎてしまうこともありましたが、
変に時間を気にし過ぎて
“コントロールされた感”を持たれるよりも、
「ちゃんと自分の話ができた!」と
思ってもらえることの方が、
正直、私にとっては大切でした。
もちろん、
ビジネスパーソンとしては
「お約束した時間を守る」ことや
「最短距離で最大の成果を」が
“正しさ”ではあるので、
誇れる話ではないのは、百も承知ですが…。
念のため断っておくと、
相手に後のご予定の有無などは
事前に確認してましたよ〜!
当時はお食事がてらの取材も多く、
それが実現しやすかったのもあります。
場づくりでも、
それは同じことでした。
かつてセブで勤めていた
日本人向けの語学学校で
「スナックぺく」と称して
毎週、対話の場をひらいていました。
場をひらいたきっかけには
「留学後の方向性を考えるうえで
自分自身を知るきっかけを持ってほしい」
という想いはありましたし、
話しやすいように、
毎週テーマは設けていましたが、
その場に溢れる、
その生徒さんだからこそ紡ぎ出せる
エピソードやストーリーに耳を傾けることが、
私はたまらなく好きでした…!
なんだろう…
その場がなければ知ることのなかった
その方の魅力や想いに触れると、
自然と応援したくなる感じが、
私にはたまらなかった…!
そして、
その魅力や想いの背景には
どんな経験があったんだろう?
そこも気になって、
無限に話を聴きたくなってしまっては、
寮の消灯時間を気にして
もどかしくなることもしばしば。
誰かと対話する時間は、
人生をいろどり豊かにしてくれる時間。
当時はそう強く思っていました。
気軽さが増したからこそ
簡単には頼めない気がした
そんな私でしたが、
海外生活を終えて
日本に戻ってきてから、
「対話に意味を求める自分」が
いつの間にか、大きくなっていて、
一時期、とても苦しみました。
ときはコロナ禍。
オンラインの流れは
一気に加速しました。
“会えない時期”に
オンラインで簡単につながれるのは、
最初は嬉しくもありました。
でも、
気軽につながれてしまうぶん、
それで自分の時間が圧迫されると、
私自身が少し気疲れする部分も
あったのでしょう。
だからこそなのか、
「相手の時間を奪っていないか」が
やけに気になるようになり、
気がつけば、
目的が明確ではないまま、
誰かとオンラインで話すことに
ハードルを感じるようになっていました。
極めつけは、ちょうど4年前。
一度、インタビューの活動を
おやすみすることに決めたときでした。
「インタビューも辞めたし、
何をしているでもない私と話しても、
相手に何のメリットもないよね…」
「誰かの時間をいただく以上、
相手を利する話ができないと…!」
そう強く思いすぎるあまり、
対話が求められる場に飛び込むことが
だんだん怖くなったんです。
そこから3年ほどは
自分の殻に閉じこもりがちな
日々を過ごしていました。
(今は、抜け出しました)
タイパも、コスパも関係ない世界で
私自身、
冒頭にも書いたように、
今でも、
生産性や合理性、効率は
とても気になる人ではあります。
身近な方から
「ぺくちゃん、
タイパとコスパ、好きだよね〜」
なんて言われることもあります(笑)。
でも・・・
そればかりを
追い求め過ぎなくてもいいんじゃない?
最近は、
そう思うようになってきました。
むしろ、
タイパやコスパ…が
求められ過ぎるからこそ、
そう“じゃない”時間が必要なのでは…
とも思っています。
キャリアが…
業務効率化が…
それが大切ではない、とは言いません。
私自身、いまも大切にはしています。
でも、
「私にとって何が大切なんだっけ?」
「いま、私はどうしたいんだっけ?」
「〇〇だと思うのはなぜだろう…」
そんな風に
日常のなかで立ち止まって、
自分を紐解くことで、
見えてくることも必ずあると思うんです。
そして私は、
そんな“あなただからこそ”が
垣間見える時間が、たまらなく好きです。
「結論から話してください」
職場では、そう言われることも多い。
だから、
「まとまらない話を
誰かにしてはいけない」
そう思ってしまうかもしれない。
友人や家族に
モヤモヤを吐き出してばかりなのは
なんだか気が引ける。
オチを求められている気がして、
脈絡のない話はしづらい。
めちゃくちゃ、わかります・・・!
私が、そうだったから。
でも、
そのまとまらない話やモヤモヤのなかに、
“あなたらしさ”が隠れていることだって、
たくさんあるんです!
そして、私は、
ただただ、そんな話を聴いていたい!
もしかしたら…
タイパも、コスパも良くないかもしれません。
でも、
「この話、何につながるんだろう?」と
自分では思ってしまう話でも、
言葉にして放ってみるからこそ、
「こんなこと思っていたのか!」と、
新しい自分に出会ったり、
そこから次の一歩につながったりすることも、
きっとあります。
誰かといると、
聞き手に回りがちで、
なかなか自分の話ができていない方、
「意味のある話をしないと!」と思うと、
上手く話せなくなる方、
世の中的な“正解”に流されて、
自分の気持ちに耳を傾けられていない方…
まとまらない話こそ、ぜひ聴かせてください!
日頃お忙しくて時間が取りづらい方も、
来たるゴールデンウィークなどにぜひ。
(ほぼ毎日、枠を開ける予定です!)
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