【短編小説】チョコミント愛好会
鮮やかなミント色、そこにアクセントとして散りばめられたクラッシュチョコ。ひとくち口に入れれば爽快感と甘さがさっと広がり、人々を虜にして離さない。
いま、おれの目の前には期間限定のパフェメニューが。
チョコミントパフェ、と書かれている。なぜか筆文字。そして達筆。
「これ、お願いします」
店員が水とおしぼりを持ってきてくれたタイミングですぐに注文。あまりの即決具合に、大抵の店員は目を丸くする。かしこまりました、と丁寧に一礼し、落ち着いたジャズが流れている店内に「ミントパフェ、イチ、お願いします」とのオーダーが聞こえた。
しばらくして、背の高い、すらりとしたパフェグラスに盛り付けられたチョコミントパフェが現れた。断面を見ると、選りすぐりのスイーツたちが行儀よく重ねられていて、最下層から、チョコがけパフ、チョコミントアイス、チョコアイス、チョコフレーク、ミントソース、バニラアイスとなっていた。口直しのウエハースとポッキーが添えられた中央にはチョコミントアイスが恭しく鎮座し、それをぐるりと囲むように角切りのゼリーも乗っている。
てっぺんに、ひらがなの「み」のかたちをしたダークチョコ。
「わお」
五十代半ばのオッサンひとり、チョコミントパフェ単品の注文、そして小さく感嘆の声を出したが、内心はけっこう心躍っていた。
(かわいいじゃないか)
すぐにご賞味することにした。
ところでおれは、いつもカフェや喫茶店で座る席を、選べるのであれば厨房の近くを選ぶ。それは断然、作り手の様子を盗み見できるからだ。あとはその店独自の用語を聞きたいから。
カフェオレの注文を厨房スタッフに言うときに、オレ、イチ、お願いしますと言っている店もあれば、ワン、オーレ、入りましたと言う店もある。イカスミパスタであれば、イカ、イチ、なのだろうか。どのような略称にするのか、なぜその呼び名にしたのか、料理はどうやって作っているのか、想像するだけでおれはニヤニヤが止まらない。
うだるような暑さの季節にぴったりのこのパフェは、口のなかがスースーして爽やかになり、もうひと口、あとひと口、とスプーンが進む。
「おいしいね。最近たべたなかで一番おいしいよ」
感想を述べると、若い青年スタッフはふわりと微笑んで嬉しそうな顔をした。おれが迷わずチョコミントパフェを注文していたので、このパフェがあるから来店したのかと尋ねられた。こたえは、イエス。
「実はワタクシ、こういう者でして……」
懐からやおら名刺ケースを取り出し、紙を青年に渡す。いつも通り、相手は目を丸くして驚いた。
「……この名刺、とても素敵ですね。チョコミントへの愛を感じます」
「おぉ、分かってくれますか。ワタクシ、チョコミントのスイーツを求めて全国各地を飛び回っている変わり者でして……」
「……そうなんですか」
仕事柄、津々浦々を旅している。もしくは、いろんな場所に行けるから選んだ仕事といってもいいくらいだ。
表に淡いチョコミント色の背景に名前を、裏にチョコレートを模した濃茶色に自分のSNSに誘うQRコードを載せているこの名刺は、完全オリジナルだ。ざらりとした手触りの紙を選び、なんなら仕事で使う名刺よりも値が張っている。はっはっは、おれはチョコミント愛好会に所属しているのだ。
「ちょこみんとあいこうかい、えくぜくてぃぶ・あなりすと・すーぱー・ちょこみんとまいすたぁ……」
(肩書き、全部ひらがなで読み上げられた……)
ユーモア溢れる長ったらしい肩書きはネタなので笑ってくれて構わない。名刺の色合いだって印象に残りやすいこと間違いなし。
「…………そして、お名前がミント様なんですね……!」
青年は感極まった表情で店長に名刺を見せながら言った。
「ミトです」
「あっ! 大変失礼しました、ミト様ですね。三戸 大好様」
おれは満足そうにニヤリとした。親から授かった天性の名と言ってもいいくらいだと思っている。厨房にいる店長がおれに向かって言った。
「エグゼクティブさん」
「ミトです」
「あんた、運が良かったよ。チョコミント好きなんだってな。このパフェ、期間限定にしてるのには理由があってよ。まぁあんたなら薄々感づいているかもしれねぇが、理由、分かるかい?」
初対面でしかも客相手に「あんた」と呼んだのは貴方が初めてですよ店長さん。と、おれは心のなかでそっとツッコんだ。理由……ねぇ。
「そうですねぇ、夏が過ぎたら清涼感を求める客が減るから……とか、限定と打ち出すことで販促効果を高めたいから……などがありますかね」
おれの言葉に、店長はうんうんと大きくうなずいた。
「それもあるね。さすが全国を回ってそうなミトさんだ」
「ええ」
「だがな、もっと大きな理由があるんだよ。だからおれは今週いっぱいでこのチョコミントパフェを終了する予定なんだ」
店長の発表は突然だったようだ。隣で食器を拭いていた青年がぎょっとして目を剥いた。
「えぇっ!? え、縁田さん、このパフェ、もうおしまいにするんですか!? でもまだ始めてから二週間くらいしか経ってないですよ!」
「だがなぁ、遼くん。考えてみてくれよ。この色とりどりのゼリーを仕込むのに、おれが一体どれだけ苦労をしているのかということを!」
おれはパフェのゼリーをロングスプーンでつついた。ピンクや薄紫、水色のゼリーにしたのは、たぶんこの店の名が「喫茶 あじさい」だからなのだろう。各色別に作るとなると大した手間である。
チョコレートで作られた「み」をたくさん絞り袋で用意するのも手間だ。おれはいつしか店の裏側も想像するようになっていた。趣味が深まる。
「疲れたんだよー、遼くーん! もー、おれやだぁー!」
縁田という店長が困った顔で体をくねらせた。おれは面白がって眺め、青年は絶句していた。
「これぞまさしく『超、めんどくさい』パフェだなっ!」
……
…………
なんと! 店内の湿度が二度ほど下がってしまった!
「え…………えんださん…………」
呻く青年。ニカッと爽やかな笑顔の店長。
おれはこの店を気に入った!
急に涼しくなった店内には他にも客がいて、興味津々に店長とおれのいる厨房付近のカウンターを注目していた。にしても、この店長は思ったことをそのまんま口にするタイプだな!
「……すいません、わたしにも、チョコミントパフェ、ください……」
店の奥でそっと手が上がり、追加注文が入った。
「えっ? あ、はい……!」
青年がさっと伝票を手に取り、客のところへ駆け寄った。
「さっき僕たち、チョコバナナパフェを注文したんですが、それをチョコミントに替えてもらうことはできますか?」
「こっちもチョコミントパフェ、ふたつ!」
何やら急にチョコミントパフェが大人気。
青年が店内のあっちこっちを小走りに回っていた。
なるほど、店内を寒くしてまで言いたかったのか、このギャグを。
しかも、これももしかして作戦なのだろうか? 限定、というキーワードに弱い人はいるものだ。もうたべられないかもしれないのなら、いまここでたべてみたい。だから限定商品を求めておれだって様々な店を巡るのだ。
「縁田さん、と言ったかな?」
ゆらり、うつむきながらおれは立ち上がり、店長に視線を上げる。
つぶらな瞳の妙齢店長とバッチリ目が合う。
「おう」
「……おれ、あんたのような人……嫌いじゃないぜ」
お互いニヤリと笑い、両手をがっしりと握り合った。
おれは再び、手の込んだ色鮮やかなチョコミントパフェに喰らいつく。
うまい……! うまいぞ……!
ザクザク食感につめたいアイスの爽快感あふれる味、ちょうどほしい場所にゼリーを詰めるという優しさで、口のなかがキンキンに冷えすぎてしまうのを絶妙に防いでくれている。
「エグゼクティブミントさん」
「ミトです」
このやりとりも爽快だ。また明日もここへ来よう。
「ほんと、うまそうにたべるなぁ」
「おいしいですから」
「そりゃあ愛を込めて作ってるからなぁ」
チョコミント愛。
「明日はチョコミントパフェ、ありますよね?」
そう店長に尋ねると、返ってきたのは「さあな」という曖昧さ。
頬杖をついておれの食いっぷりをニヤニヤ眺めているその隣では、アホ毛がぴょんと立っている青年が黙々とパフェを何個も作っていた。
最後の仕上げ、お箸でそっと「み」のテンパリングチョコをトッピング。
喫茶店のあちこちで、わいわいガヤガヤ、チョコミントパフェをたべる客であふれている。みんな何だかとても楽しそうだ。
明日も来よう。チョコミントパフェはないかもしれないが、な。
(おしまい)
Talesにて、喫茶店やスタッフやお客様や家族の日常あれこれを短編小説に仕立て、一話読切のかたちで公開中。どのお話から読んでも大丈夫です。
今回の「チョコミント愛好会」も後日Tales↑にて公開予定。
創作とは楽しむためのもの。
わたしが日々感じている、嬉しかったこと、辛かったことをめいっぱい盛り込んで、大好きな喫茶店を舞台に書き綴っていこうと始めてみました。
不定期更新。各話2,000〜7,000文字程度。
Talesでは今まで、コメントを受け取らない設定にしていましたが、慣れてきたのでコメントできるよう変更いたしました。
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