長編小説「3色だんごの子連れ旅」 1-2
地平線の向こうからぴょこんと明るいものが頭を出した。光り輝くそれは、ゆっくりと煌めきを増し、あたりが幾分明るくなったころは既に、レンは——ミルキーピンク色の短髪の男——寝起きのストレッチと戦闘に備えた一連の準備運動を終え、歯磨きも完了していた。灰のたまった焚き火に、もう一度炎を灯す。
ボウッ……!
一瞬で火の粉が舞い上がる。
着火剤などは不要だ。なんなら枯れ枝でも湿った木の板でも構わない。レンは火おこしの名人なのだ(自称だけど)。
赤々とした揺らぎを眺めながら、レンは武器の手入れをする。
レンの武器は右腰にさした短剣、それからナックルダスター。これは皮の黒手袋のなかに仕込んでいるだけなので手入れはしない。あとは調理用のキッチンナイフ。ゆっくりと丁寧に砥ぐ。
昨夜の、たった一度の夕餉で、ミントの持っていた肉の半分が消えた。
レンは改めてその恐ろしい事実を噛みしめた。
ミントという幼い少女は、食事量がすごい。
もっともっととせがまれて、あまりにうるさいので食わせてやった。口に頬張るとすぐのみこむ。「噛めー!」と何度言ったか分からない。
今日の最重要ミッションは、と……レンは短剣を一旦置いて天を仰いだ。ミントのきったない全身と、できれば服も洗濯したい……! 心に誓う。臭すぎて一緒のテントで寝るのがどれほど苦痛だったことか。
短剣とキッチンナイフを砥ぐと、残りの肉を串焼きにするのと簡単なスープをこしらえた。干した肉を軽く炙り、黒いパンを半分に割ったものに挟んだ。におい消しの香草をすこしポイッ。いつミントを起こそうか考えていると、飯の支度ができるころに自分でごそごそと起き出してきた。
目覚まし代わりの便利な鼻をお持ちのようだ。
おはよう、とレンが言う前に、ミントの腹が盛大に鳴った。
「おは……ぐぅううぅぅ〜〜〜〜」
「……お前、昨日寝る前、あんなに食っただろ……」
「レン、おなかすい…………ぎゅるるぅぅううぅ〜〜〜〜」
話にならない。とにかくたべさせて、それから水浴びをした。
一刻も早く洗濯したかった。ミントの洗濯。泡が黒い。
町で石鹸を買うと割と高価なのだが、今回ばかりは惜しみなく使った。
三度の洗濯により、ミントの髪は美しく輝きだした。
「おぉ……! お前、けっこうきれいな髪、してんだな……!」
レンは驚き、正直な気もちを口にした。ミントはドヤ顔をしてふんぞり返った。レンの替えの服を着たミントは、袖をたくさん巻き上げ腰を紐でしばり、どうにか転ばないように丈を調整しなくてはならなかった。
「ふふん! ミントはね、おとなのおねいさんのような髪なんだよ!」
「大人じゃないけどな」
間髪入れず、レンはツッコんだ。
「もっとほめたたえて! あっ、レン、ミントの服、きれいになった?」
レンはたくさん洗濯したミントの——これはローブだった——服が干されている木を振り返って、大きくうなずいた。あれだけこっぴどく汚れていた本人を見ていたので、服も相当擦り切れていると思ったのだが……。
——ローブの紋様……あれは、祈りの魔法が施されたものだ……
太陽、星、そして女性の像が、複雑かつ緻密に編み込まれていた。紋様が布地全体に刺繍されており、まるで魔法陣のように着た者を守る力が備わっていた。レンは、レン自身の遠いむかしの記憶を呼び覚ましてみる。かつて岩穴の祭壇に恭しく掲げられていたローブやケープ、マントといった身を包むものにも、似た紋様があったのではなかったか。
それを着た、少女。
——こいつは一体……?
レンは、頭をぶんぶんと振りながら、水浴び後の犬のように水滴を取ろうとしているミントを見て思った。
モンスターの大群に追いかけられていた事実。
爪の餌食にもならず、逃げ続けていた脚力とスピード、そして持久力。
それもローブの力なのだろうか。あんなにたべるのは体力維持のため?
ぴかぴかに生まれ変わったミントの頬はふっくらしてお餅のようだ。レンは餅菓子の中でも、特にだんごが好物だ。世界中で米という作物が穫れる地域は決して多くはない。ここ最近横断中の草原では、だんごなどとは出会わない。
串に刺した、もちもちだんご。
——あれを、また食いてぇ……!
レンはよだれをのみ込んだ。ミントは隣でぶかぶかの男用シャツを着て頭を振り続けている。……それもそう、ちっとも乾かないのだ。
「ミント、髪の毛多すぎじゃね?」
「……うー、びちょびちょだよぉー」
レンは手際よく焚き火のあとを消し、木に吊り下げて乾燥を試みていたミントのローブを回収した。それを長い棒にくくりつけ、背中に背負う。旅に必要な大きな荷物も背負い、それからミントを肩ぐるました。
「行くぞ」
「わー! 高ぁーい!」
旅人たちは出立する。
予定よりもかなり増えてしまった荷物、そして子供。
わりと速いスピードでレンは走った。
レンの肩に尻を乗せ、おでこをがっしり掴んだミントの髪がなびく。
ゆるやかにウェーブしたミント色の長い髪。風をうけ、たくさん走ればそのうち乾くだろうとレンは覚悟を決める。ついでに棒にくくりつけたローブも乾いてほしいと願う。生乾きの臭いになるのだけは御免だ。
草原を駆ける二人は、その後すこしの休息と、狩りをした。
「レン。これはなぁに? ミントたべていいやつ?」
狩られた巨大な肉塊を前にして、さっそくミントが食欲を発揮した。
「だめだ。これは、町に着いたら売りに出すものだ」
「売るの?」
「そうだ。だから、たべちゃだめだ」
「……ちょびっとでも?」
「だめだって! ってか、生はアウトだろ!」
レンは譲らない。レンの生きる糧は懸賞金のかかった凶悪なモンスターを討伐して得る報酬や、町の困った人々を助けた御礼など。町によくある掲示板上の依頼は様々なものがあり、鉱物や鉱石を捜索・収集したり、研究などに必要な物質を採取したり、内容は多岐にわたる。
目の前の肉塊は、もとは牙獣族のモンスターだった。この骨と皮は武具の素材にも使えるため、町に行けばまとめて売ることができる。ほかにもレンとミントは突如襲ってきた大きい鳥のモンスター(それはクチバシだけが大きく発達した見た目をしている)も何匹か倒しており、それらは、羽を持てるだけ袋に詰め込んで、レンの荷物の両サイドにくくりつけていた。矢羽根として利用すれば飛行精度がぐんと上がるので重宝される羽だった。
「鳥さんのお肉も、売っちゃうの?」
ミントはどうしてもたべたいらしい。
食い意地の神……! とレンは心底呆れて目を閉じた。
そんなふうにモンスターを倒しつつ、ミントのたべたい攻撃をかわしたり、かわせずにごはんを調理しつつ、二人は走りながらどうにか町へたどり着いた。
ミントの豊かな長い髪はすっかり乾いていた。緑の瞳がとろんとしてきて、レンの頭にミントのあごがこつんと当たった。
草原を越えた先の町。そこはイバラで巻かれた木の柵で囲まれた、小さな集落だった。宿も食事処も一軒しかなかった。だがまずレンは、ほとんど寝そうなミントを肩ぐるましたまま、荷物をすこしでも減らすべく武具製造工房へと足を運んだ。
「武器防具がたくさん揃ってます! たくみ屋」の暖簾をくぐり、レンは顔なじみの店主に挨拶した。
「はいはい……レンさんのご持参いただいたフォレストバードの羽およそ四キログラムのうち、矢羽根に使えそうなものとやや質が落ちる布団用とに仕訳させていただきました。……こちらがお見積書となっております。ご確認いただきたく…………」
レンはミルキーピンクの髪をポリポリとかきながら、見積書を一読する。値上げの交渉をしてもいいけれど、今日はミントが一緒なので時間が惜しかった。
見覚えのある武具であふれている木造の店内、一代前の店主の面影を残した目の前の小太りの店主を見て、レンは微笑む。武具はもちろん、技術の進歩によってデザインや性能、価格なども変わっているものの、ダガーは昔からずっとダガーだし、弓もむかしからさほど大きさや形状などは変わらない。ソード類のグリップにはどれも精巧な印影が施されており、ここにあるすべてが、技師たちのこだわりが詰まった一点ものだということが分かる。
「いいですよ、こちらの金額でお願いします」
レンが言うと、店主はやや驚いたのち、嬉しそうに破顔した。
いま、店の隅にテントやタープ、替えの衣類などを詰め込んだ大きなリュックサックを置かせてもらっている。もちろんミントもレンの肩から降ろし、イスに座って待っててもらっているのだが。
「……ん?」
レンは誰も座っていないイスを見た。
そして店内をぐるりと見回す。
レンと店主、それ以外には人影は見当たらない。
ざわっ……と店の外で人々のざわめく声が聞こえた。
それからガッシャーンという木製の何かが割れるような音。
誰かの叫ぶ声。そして、怒鳴り声。
***
ミントはレンのぬくもりがなくなってしばらくして、お腹が空いていることに気がついた。ぐうぐうと腹の虫が盛大に鳴っている。
たくさんの剣や杖、弓矢が飾られた店内はなにやら油臭く、ミントは鼻が曲がりそうだと思った。イスに座って待っていたが、レンと店主はちっともごはんの支度などはしそうにないので、それでもじっと待ってはいたのだが、ついにミントは飽きた。
「つまんない……」
そっと扉を開けて店を出た。
ちょびっとだけ、気晴らしのつもりだった。
そして見つけたのが向かい側で果物を売っている露店。見たことのないつやつやした果実に目を奪われて、ミントは思わず赤い実を手に取り、そっとにおいを嗅いだ。爽やかな、みずみずしいものはミントの小さな手のひらにはずっしりと重く、思わず口をつけた。牙でかぷりと噛んでみる。
「あらら、おじょうちゃん、たべちゃったのかい」
声のするほうを見上げると、困った表情の優しそうなおばちゃんがいた。
牙を伝ってじゅるりと果汁が口に入り、ミントの喉が潤った。
「おかあちゃんは?」
「…………いない」
「あら、そうなの……。じゃあ、おとうちゃんは? 近くにはいないのかい?」
おばちゃんがキョロキョロとあたりを見回していると、三人の黒いメガネをかけた男たちが露店の前を通り過ぎた。そしておもむろに床に置いてあった木箱を蹴り飛ばした。
「ふぁっ!」
木箱が粉々に砕け散る。幸い商品は入っていなかったので空箱が壊れただけのようだった。だが店の備品のそれは大破し、ミントはびっくりして果実を胸に抱きしめた。
「なんだぁー! この箱のせいで、兄貴の足が怪我したぞぉッ!」
「邪魔クセェ店だなここはッ! どういう了見で店出してるんだぁッ!」
野次馬がわらわらとやってきた。怖くなったミントがおばちゃんのエプロンの裾をぎゅっと掴む。そっと見上げると、おばちゃんは口に両手を当てて真っ青な顔をしていた。
おばちゃん、これおいしーよ。そう言おうとしたのにミントは言えず、緑の瞳をうるませて三人の強そうなおじちゃんたちと泣きそうなおばちゃんを交互に見るしかなかった。
「クソガキッ! お前も邪魔だッ!」
三人の男たちのうち、背の低い口ひげをたくわえた人間がミントを掴もうと手を伸ばした。
ミントはじっと男を見上げた。汚れが落ちていまや身売りされてもおかしくないほど可愛らしい少女は、この瞬間はローブを纏っていなかった。レンが貸してくれた丈の長過ぎるシャツを、頑張って着ていた。守りの加護はない。
「そのガキは連れてけ。売っ払って金に変えてやる」
「……了解、兄貴。高く売れるといいなぁ」
口ひげの男が下品な笑顔でミントに近づいた。
「おじょうちゃん……! 逃げなさい……!」
露店のおばちゃんが小さく叫ぶ。
男の、毛の生えたごつい手。
ミントの顔が翳る。視線は逸らさぬまま、ミントはじっと見上げている。
男がミントを捕まえた瞬間、その腕が反対の方向へと曲がった。
(つづく)
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