【雑感】人生伏線回収という考え方、やり直せるのなら
「人生伏線回収」
この言葉を知ったのは、ついこの間。
4月の中旬ごろだったでしょうか。
わたしは趣味で小説を書いているせいか、この「伏線」という言葉が妙に心にすーっと入ってきて、なんとなく、ですが、前向きに捉えました。
人生においてどんなに辛いことも、苦しいことも
もちろん嬉しいことも、楽しいことも
時が来ればいつか自分の糧になる
自分を成長させるための大切な出来事になる
困難も後の伏線だと思えば乗り越えることができる
物語でも、伏線というものは最終話より前に散りばめられているもので、読者が読み進めていって最後に「あぁ、あれはそういう意味だったのか!」と、膝をぽんと叩くような気もちになるために使われますね。
ふく‐せん【伏線】
1 小説や戯曲などで、のちの展開に備えてそれに関連した事柄を前のほうでほのめかしておくこと。また、その事柄。「主人公の行動に—を敷く」
2 あとのことがうまくゆくように、前もってそれとなく用意しておくこと。また、そのもの。「断られたときのために—を張る」
ひとつ、心に「人生伏線回収」という言葉を残しておけば、これからの人生をもっと強く生きられるぞ。そう思いました。
この言葉は、ある方がコーチングの最中にいただいた言葉だそうです。
素敵な言葉をいただいたな、と思いました。
でも、じゃあわたしが誰かにこの言葉を贈るときってどんなとき?そう考えてみると、決して気軽に言えるものではないことに気が付きました。
もし、ご家族が、ご自身が、とても辛い時期だったら?
現在闘病中の方だったら?
命に関わる大切な治療や手術を控えた方だったら?
死んでしまいたいと思うほど苦しい状況だったら?
言うことなどできません。
でも違いました。
この言葉は、いつかの未来の自分に向けての言葉ではありますが、わたしが最初に思っていたのとニュアンスが違っていて、無理にポジティブ思考にするようなものではありませんでした。何というか、出来事をまるっと受け容れるのではなく、出来事に対する心の在り方の新しい見方、のようなもの。
ところでわたしは先日、
婦人科で診察をしていただき、
ある病気だ、ということが判明しました。
それは、手術もなく、薬で治療できるものでした。
一方、薬を使わないと治らないもので
自力では(自然治癒では)極めて難しいものでした。
むかしのわたしなら、
仕事を休むわけにはいかない
ストレッチやヨガ、食生活で心身は日々整えている
毎朝のセルフチェックもしているし、未病に気づいたら休んでいる
薬に頼らず自然に任せたい
こういう気もちが強く、病院は後回しでした。
今回も最初は未病だと思い、市販薬で様子をみていたんです。
でも良くはならなかった。
いまの時代、検索すれば該当する病気の候補が出てきます。
調べれば調べるほど、不安は大きくなり、迷いも生まれます。
そこで冒頭の言葉を思い出しました。
実際にコーチングを受けて言葉を受け取った方とお話をする機会があり、それがあって病院で診察を受けることを決めました。迷っている時期から通院まで、人生で最速の行動だったかと思います。
同じような出来事が過去にあり、そのときはできなかったこと
家族に心配をかけさせたくなくて、どうにか自分で治してみせると病院に行かず、結果倒れたことがあった(それか完治まで時間がかかった)
今回はできたこと
家族に心配をかけさせたくない気もちは同じだけど、前に倒れたことがあるので、何が大切なのかを一度考え直してみた
大切なこととは、長引かせないこと。
病気なのか、そうじゃないのか、自力で治せるものなのか、治せないのか、判断できずに迷うくらいならお医者様に検査や診察などをお願いし、教えていただいたほうが早い。
迷っている間も心はすごく疲れてしまい、家族には全然関係がないのにイライラが出てしまうこともあります。迷う期間も短いほうがいい。
それで、今回はすぐに病院に行きました。
むかしの、失敗したな、こうすれば良かったな……ということが再びやってきたときにどう活かすか。心に留めておくだけで、似た出来事が起きるたびに「これって、もしかして」と気づくことができ、やり直すことができる。
そんな素敵な言葉が「人生伏線回収」でした。
やり直して、またうまくいかないことだってあると思います。
それなら次のチャンスを待つ。
いつか来るかもしれない困難が、やり直せるきっかけと捉えられる。
でもやはり……
これは誰かに贈る言葉ではないのかもしれません。
自分のなかで、そっと、残しておくもの。
強い自分になるための、ひとつのお薬。
ですが、わたしは知って良かったと思っています。
わたしが誰かを励ますためにこの言葉は使うことはありませんが、それでも少しでも何か気づきを得られた方がいましたら幸いです。
人にものを言うことをひどくためらいます。
聖人君子でもなんでもない、ただの迷い人。
わたしが辛いと思うことも、誰かにとっては大したことない。
ちいさなちいさな人間です。
noteを書いている
いまこの瞬間でさえ
この世界のどこかでは
事故や災害や貧困で誰かが息を引き取ったり
辛いこと、悲しいことがあるのも知っています。
食品ロス、
ありえないほどの残飯が捨てられています。
いまこの瞬間に、どこかでは。
それを頭の片隅にありながら、
今日も嬉しいことがあって良かったと思うわたしは
偽善、欺瞞、そうも感じています。
世界中のすべての人が幸せになる瞬間なんて
きっと叶うはずもない。
でも、だからといって、誰かの悲しいことを
自分事のように悲しく思い、笑顔を伏せて
目の前のことをおろそかにするのは
ちょっと違う、とも思います。
せっかく知った言葉なら、上手に取り扱って、より笑顔で、より穏やかに生きながら、お店に来られるお客様をお迎えしたいものです。
「人生伏線回収」
使い方は自分次第。
最後までお読みいただき感謝申し上げます。
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