長編小説「3色だんごの子連れ旅」 3-01
第一話 ドラゴンの加護と人間
この世界は残酷で、美しい。
たくさんのモンスターや動物、そして人間が暮らすこの世界は、ドラゴンと共に在るといってもいいほど、古代よりドラゴンを感じながら営みを続けてきた。
特に、四大ドラゴンと呼ばれる存在とは。
ブルードラゴン、恵みの加護。
レッドドラゴン、力の加護。
グリーンドラゴン、守りの加護。
そして、ホワイトドラゴンは、幸運の加護を与える。
恵みや力は人々にとって分かりやすい。
清らかな水によってたくさんの糧が収穫され、お腹が満たされた人々は皆、笑顔で暮らすことができる。
力を欲する者はレッドドラゴンの聖地を訪れ、己を強靭にするために精神と鍛錬を積んでいく。闘技場のあるこの地は、世界中から自分の力量を知るために多くの強者らが集まる。彼らは戦い、そして知見を広げてまた元の場所へと帰っていく。
守りは? それから幸運は?
曖昧さを含む加護。
モンスターから守られている。それは、どのくらい? いつまで?
わたしは運が良い、ぼくは運がない、その基準は人による。
もっとも、守りや幸運の加護は誰しも受けたいと願うだろう。
***
「……オークの残党をついに殲滅。作戦立案、計画を先導していたフラウ大佐は悲願達成で次のようなコメントを残している。しかし、オークがいなくなっても別のモンスターによる被害が相次ぎ…………」
手に持っていた新聞をたたみ、男は天を仰いだ。
旅の途中で立ち寄った定食屋。客が自由に読むことができる新聞や雑誌が店に置いてあったので、男は読んでみた。
ミルキーピンク色の短髪の男は長い足を組み、熟読したあと、大きくため息をついた。
「んまんま、んまぁー!」
男の向かいでは、ミントが両頬いっぱいに肉を頬張っていた。
香辛料をふんだんに使った褐色のソースに、添えられたパンをつけながらたべるスタイル。パンは注文のたびに焼かれるため、ほっかほかで湯気が立ちのぼっていた。
色とりどりの野菜が素揚げされてソースの上に鎮座している。その野菜はひとまず置いといて、ほろほろと骨から崩れるほどやわらかな肉を、ミントはめちゃくちゃ堪能していた。
「ふふ。ミント、そのごはん、気に入ったんですね。けっこう辛味がありますが、ミントがたべられているなんて意外ですね」
ミントの隣でトレイが微笑んで言った。
トレイは辛味が控えめのココナツ入りのソースを選んでいた。
淡いクリーム色の液体は、トレイの髪色とそっくりだった。
「水の入ったコップ、倒すなよーミントー」
「はぁーい!」
男の忠告に片手を上げたミント。
さっそくミントの肘がコップに当たりそうだったので、トレイがさっとコップを移動して、テーブルが水浸しになるのを防いでくれた。
たくさんの旅人で賑わうこの町は、海に面した貿易都市エトラだ。
陸の三方が海に面しており、また海流の寒暖が交わり豊富な魚種が集まる豊かな漁場を持っている。海産物で栄え、旅人が集い、そして世界各国の名物料理が立ち並ぶグルメの町としても有名だった。
ミルキーピンクの頭の男——レンは、新聞を丁寧に折りたたんで元の場所にしまった。
そして、辛さを最大レベルに指定した料理をがぶりと食らう。
「レン! その辛そうなの、辛いですか?」
トレイが目をまるくして尋ねた。レンは眉を片方だけ上げ、
「そりゃ辛くしてんだから、辛いよ」
と、平然とこたえた。香辛料を使った料理はレンの故郷の郷土料理でもあった。あくまで人間たちの、ではあるが。
レンは、勉強のためにと木のスプーンの先端にちょび〜っとだけ真っ赤なソースをすくい、トレイに試食させてみることにした。トレイは口元に掲げたスプーンを凝視し、ごくりと喉を鳴らした。
「赤い…………」
辛いよ、めちゃくちゃ辛いよ、とソース自ら宣言している。
ミントもわりと辛いソースをたべているんだ、自分も頑張るぞ、と頑張り屋のトレイは、意を決してぱくっと激辛ソースを口にした。
トレイは飛んだ。
イスから飛び上がった。
舌も飛び出た。
目玉も吹っ飛んだ。
「わぁああぁぁぁあぁ—————————!!」
「お、おい! トレイ! どこへ行く……!」
トレイはどこかへと走り去っていった。
この日、激辛料理をなめた瞬間……
レッドドラゴンの火吹体験をしたと彼は後に告白した。
『ぼくは火を吹くことができました。夢が叶った瞬間 ——トレイ談』
そんな雑誌の一面を飾れるほどの体験談を、レンは聞くことになる。
貿易都市エトラでの小話。
ミントはずっとたべていた。トレイが火を吹いても、レンがトレイを町中探し回っている間も、ずっとたべていたという。
マイペースで大食漢のミント。
気配り上手で頑張り屋のトレイ。
子供二人を連れて旅をする。
三人が出会ってから一年半が経過していた。
保護者役のレンは、人間の姿に変化しているレッドドラゴン。
レンたちの旅の目的は、一体どういうものなのか。
——オークを一匹残さず殲滅させたものの、今度はオークを食糧としていたもっと凶悪なモンスターたちが人間たちを襲っているという。同時に、オークが日々食糧にしていた下等モンスターが爆発的に増殖し、民家の畑や家畜に被害が出ているという報告もある、か……
レンは拳を握りしめた。
この世界は残酷だ。いつだって、どこかには争いが存在している。
——フラウには前に忠告したはずなんだがな
人々を守るため、そのために何かを殲滅するのは短絡的な考えだ。よく考え直したほうがいいとレンは隊長クラスの人間に忠告していた。
いまレンたちがいるエトラ町はいたって平和に見える。子供たちが元気に広場を走り、路上では植栽がのびのび育ち、井戸端会議をしている大人たち、和やかに町を散策している旅人たち、たくさんの人間が闊歩していた。
「トレイ、口のなか、落ち着いた?」
ミントが、手を繋いでいるトレイに尋ねた。
トレイの唇は痛々しく腫れており、魚卵の集まりのように膨れていた。
「ふぁい、にゃんとくぁ」
——全然落ち着いてねぇ……!
トレイに何度も謝りつつ、レンは吹き出しそうになるのを必死で堪える。
笑いを堪えたレンを見て、トレイはぷうと頬を膨らませた。
平和が何より。
だが、町の外ではざわざわと何かが這っていた。
世界の裏側では、何色かのドラゴンが激怒していた。
聖地のどこかでは、贄が今日も魔力と命を削っている。
この世界は。
残酷で、美しい。
(つづく)
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