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村上春樹の『ノルウェイの森』を久々に再読してみて / 『君』という呼び方



「  ねえ、ねえ、ねえ 何か言ってよ  」
 と緑が僕の胸に顔を埋めたまま言った。

「  どんなこと?  」

「  なんだっていいわよ。
  私が気持ちよくなるようなこと  」

1987年 村上春樹
『ノルウェイの森』下巻151p〜


太字はこの物語の主人公「ワタナベ」。
彼には恋人のようなひとがいるが、そのひとは精神を病んで遠くの療養所に行ってしまった。
そんなワタナベ、大学で知り合った風変わりだけど魅力的な女の子  緑と仲良くなります。


「  すごく可愛いよ  」

「  ミドリ  」 と彼女は言った。
「  名前付けて言って  」

「  すごく可愛いよ、ミドリ  」
 と僕は言い直した。


緑のワガママが可愛い。。

「 すごくって どれくらい?  」

「 山が崩れて、海が干上がるくらい可愛い」

  
緑は顔を上げて僕を見た。
「 あなたって表現がユニークねぇ  」


山が崩れて、海が干上がるとは一大事です。
そこまでオーバーな表現をするワタナベ

「  もっと素敵なこと言って  」
「  君が大好きだよ、ミドリ  」

「  どれくらい好き?  」

「  春の熊くらい好きだよ  」
「  それ何よ、春の熊って?  」


「どれくらい好き?」これは男性にとっては、なかなか答えずらい質問かも。それにしてもワタナベ、いきなり「春の熊」とは…


「 春の野原を君が一人で歩いているとね、
向こうからビロードみたいな毛並みの 
目のくりっとした可愛い小熊がやってくるんだ。そして君にこう言うんだよ。


小熊がなんと?
二人の会話は楽しい。直子の時とは違う

  『 こんにちは、お嬢さん、
  僕と一緒に転がりっこしませんか 』って。

 そして、君と小熊と抱き合ってクローバーの茂った丘の斜面をころころと転がって一日中遊ぶんだ。そういうのって素敵だろ?  」


「すごく素敵」


小熊と抱き合って転がって一日中遊ぶことが素敵かどうかは、わたしには分からないけど、そんな発想するユニークなワタナベには惹かれるかも…

「  それくらい君のことが好きだ  」


きゃー 

誰も思いつかない、クスッと笑ってしまうような例えをさらりと言う。ワタナベって面白そうな男だ。緑とのテンポの良い会話は、他にもたくさん見られる。

シニカルなところもあるし、読書ばかりしてて人とは群れないワタナベだけど、とにかくモテる。映画化されたとき(2010年)は、松山ケンイチさんが演じてた。今なら誰だろう。



結婚した時実家から持ってきてた、村上春樹の 『ノルウェイの森』を再読した。1987年の大ベストセラー。

断っておくが、わたしはこの小説が大好きだとか、村上春樹が大好きというのではない。『ノルウェイの森』でも、このシーン嫌なんだよね…というところが幾つかある。

なのだけれど、2・3年に一度くらいで何となく読みたくなって読み返してしまうのである。

だから10回は読んでるので話はわかっているつもりなのに、久しぶりに読むとこんな文あったっけ?とか こういうこと言ってたっけ?逆に、確かにそうそう…こんなことあったなとか。

タイトルとなったビートルズ始め、文中たくさんの曲名やアーティストがでてくる。小説家になる前にジャズバーを経営してた村上さんらしくジャズが多い。





この小説の影響で、「 君 」とか「 僕 」という言葉遣いがわたしは好きになった。

 
子供のころから、そして今でも誰からも「ちゃん  」づけで呼ばれてて(息子たちからは お母さんと呼ばれている、そりゃそうだ)夫からも出会った頃からずっと「◯っちゃん」と呼ばれているわたし。

付き合ったひと、みんな私のことをちゃん付けで呼んだが、一人だけ 『 君(きみ) 』と呼んでくれたひとがいた。

 

  「 君は… 」

  「 今、君は何してたかなと思って」

  「 君の声が聞きたくて…」


「 君 」と呼ばれたことがなかった わたしだったから、初めてそう呼ばれた時は嬉しくて頭がクラクラした。そう呼ばれるたびに切なさが増した。

わたしのことを 君 と呼んだのは、村上春樹が好きな男であった。けれども今、わたしのことを 君 と呼ぶひとは誰もいない。


 


さこうさん作 やらかし帯




『ノルウェイの森』の話だったのに、ふぅ…


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