私たちが“生まれながらにして持っている権利”と境界線
訪問看護では、
ときどき、
対人関係の相談を受けることがあります。
みなさん、
本当に優しい方が多いのです。
だからこそ、
相手を優先しすぎてしまう。
我慢してしまう。
自分と相手との境界線が、
少し曖昧になってしまう。
そして、
心がしんどくなってしまうのです。
私はまず、こんなお話をします。
相手と自分、
「二人は“他者”なんですよ」と。
そして、その間には
境界線というものが存在しているんですよと。
これは、
たとえ身近な夫婦であってもそう、
お互いは他者であり、
目には見えないけど境界線があるのです。
自分と相手は、
生まれ育った環境が違います。
これまで、
歩いてきた人生も違う。
だから当然、
価値観も、
感じ方も、
考え方も、
物の見方も違います。
好きなものも、
嫌なものも、
欲求も違う。
もちろん、
似ている部分があるからこそ、
一緒にいるということもあります。
でも、
実は、
それもほんの一部分。
2人は、
違って当たり前の存在なのです。
そして次にお伝えするのが、
「私たちには、
生まれながらにして、
持っている権利がある」、
ということです。
これを知らない方が本当に多いのです。
例えば、
「私はNOと言っていい、断っていい」
「私は間違えていい」
「私は自分の意見や気持ちを伝えていい」
「私は考えを変えていい」
「私は他人の問題まで背負わなくていい」
「私は対等に尊重されるべき人間である」
こうした権利です。
私がこの話をすると、
「えっ、そんなことしていいんですか?」
と驚かれる方が少なくありません。
断っていいんだ。
遠慮しなくていいんだ。
間違ってもいいんだ。
自分の気持ちを言っていいんだ。
そう。
本当は、
当たり前のことなのです。
思考も、
感情も、
行動も。
本来は、自分で決めてよいもの。
他者から支配されてよいものではないのです。
最近、こんな場面がありました。
長い間、
我慢を重ねてきた奥さま。
ずっとご主人から境界線を越えられたまま、
生きてこられたのでしょう。
先日の訪問で、
この話をすると、
奥さまがハッとしたような表情をされました。
奥さまは、
長きに渡り、
アルコールに依存し、
入院となった方でした。
飲酒という方法は間違っていたと思います。
でも、
それほど、心が苦しかったのだと思います。
心の隙間を埋めたかったのだと思います。
今はお薬で落ち着いています。
けれど、
根本にある、
男尊女卑という関係性が変わらなければ、
また苦しくなってしまうでしょう。
衝突を避けるために抑圧する。
言いたいことを飲み込む。
我慢を続ける。
それは、
少しずつ心を削ってしまいます。
境界線を越えられています。
だから私は、
奥さま自身が
「私はこう思う」、
と言えるようになってほしいと願っています。
尊重されるべき人なのですから。
家族は、
人間関係は、本来、
苦しめるものではないはず。
縛るものでも、
支配するものでもないはずです。
「わかってくれていると思った」
「察してほしかった」
そういう気持ち、あると思います。
でもそれは、
境界線があいまいになっている、
ということ。
「言わなきゃわからないの?」
ぜひ、言ってください。
言葉を介して伝えてください。
尊重してください。
どんな関係でも、
境界線を土足で踏み込んではいけないし、
自分も越えられたままでいてはいけない。
お互いの価値観、背景を尊重しながら、
言葉を介して
関係を築く。
「わたしはわたし。あなたはあなた。」
そのうえで、
「私はこう思うけれど、
あなたはそう思うのですね」と歩み寄る。
そして、
お互いが少し心地よくいられる
“第三の案”を探していけたら…。
自他尊重、
そんな関係が、
本当の意味で優しい関係なのかもしれません。
すべての対人関係において、
境界線を大切にすること。
また、誰もが、
生まれながらにして持っている、
基本的人権があるということを、
ぜひ、
心に留めていただきたいと思っています。
これらは、あなたの、
対人関係においてのストレスや罪悪感を軽くします。
自分を大切にできるようになります。
自己肯定感が高まります。
どうか、
しんどさが和らぎますように。
今日も暑くなりそうですネ🌞
こまめな水分摂取を😊💧
今日も最後までお付き合いくださり
ありがとうございました🙂↕️🌹🐾

