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ボクは「悪い犬」じゃない。ポメとせんせいが解き明かす、空売りの知的な誠実さ

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〜9月12日 12:30



シーン1

柔らかな午後の日差しが差し込む公園の片隅で、ポメは生け垣の影に身を潜めるようにして、広場で騒ぐ仲間たちを眺めていた。「わんわん投資クラブ」の面々は、いま街で一番人気の「キラキラ・ボーン社」の株という、虹色に光るおもちゃに夢中だ。みんなが「もっと高く飛ぶぞ!」「ずっと輝き続けるんだ!」とはしゃいでいる中で、ポメだけが、そのおもちゃから漂うわずかな、腐ったような匂いに鼻をひくつかせていた。

「せんせい、僕、やっぱり意地悪なのかな」

ポメは隣に座るせんせいを見上げ、小さく耳を垂らした。みんながこんなに喜んでいるのに、自分だけが「あれはいつか壊れるし、中身はボロボロだ」なんて思ってしまう。下がることに賭けるなんて、まるで誰かの不幸を願っているみたいで、自分がひどく悪い犬になったような気がして、胸がチクチク痛むのだ。

せんせいはポメの頭を優しく撫で、広場の方を静かに見つめた。 「誰かの不幸を願っているわけじゃないよ、ポメ。もし、公園の真ん中でみんなが『このキノコ、キラキラして美味しそう!』って毒キノコを食べようとしていたら、ポメはどうする?」

「そんなの、全力で吠えて止めるよ! だって、みんながお腹を壊しちゃうもん」

ポメが即座に答えると、せんせいは深く頷いた。 「そうだよね。周りの人は『せっかく楽しんでいるのに水を差すな』って怒るかもしれないけれど、ポメが吠えるのはみんなを助けたいからだ。空売りっていうのは、まさにその『吠える犬』の役割なんだよ」

市場には、上昇や成長を「善」とする強いバイアスがある。何かが高く積み上がり、株価が右肩上がりに伸びていく様子に、人は本能的な安心感を覚える。けれど、その「鏡」が経営者の嘘や過剰な期待で激しく歪められている時、空売りという「否定の力」がなければ、市場にはブレーキが存在しなくなってしまう。せんせいは、ポメの抱く違和感こそが、市場の安定を守るために必要なものなのだと静かに語りかけた。

「誰もが陶酔しているパーティー会場で、ただ一人冷徹に矛盾を突く。それは不道徳なことじゃなくて、真実を白日の下に晒すための知的な誠実さなんだ。空売り投資家は、市場が詐欺や粉飾の無法地帯にならないように監視する、いわば『近衛兵』のような存在なんだよ」

ポメは少しだけ顔を上げ、もう一度広場のおもちゃを見た。自分があの時感じた嫌な匂いは、正義感からくる警告だったのかもしれない。誰かが困るのを願うのではなく、嘘に騙されて損をする人をこれ以上増やさないための戦い。そう思うと、少しだけ勇気が湧いてくる。

「僕、もっとちゃんとあの匂いの正体を突き止めたい。でも、どうやったらその『嘘』を見破れるの?」

せんせいはポメの鼻先に指を立て、悪戯っぽく微笑んだ。 「いい質問だね。どんなにきれいに着飾っていても、本当のところはどうなのか。次は、会社の偉い人たちが隠している『数字の魔法』を暴く、探偵の仕事について教えてあげるよ」

ポメが身を乗り出したその時、広場からはまた一段と大きな歓声が上がった。けれどその影で、虹色のおもちゃの表面に、小さな、けれど確かなひび割れが走るのを、二人はまだ知らない。


シーン2

街外れにある古い図書館の隅で、ポメは机の上に広げられた分厚い決算書と格闘していた。数字がびっしりと並んだページを前脚で押さえながら、ポメは大きなため息をつく。

「せんせい、やっぱりわからないよ。キラキラ・ボーン社の決算書には、こんなにたくさんの利益が出ているって書いてある。数字は嘘をつかないって、みんな言っているじゃない?」

窓から差し込む埃の舞う光の中で、せんせいは静かにページをめくった。 「みんなそう信じたいんだよね、ポメ。でもね、決算書っていうのは数学の教科書じゃないんだ。どちらかというと、経営者が書いた『自分たちをいかに立派に見せるか』という物語に近いんだよ」

「物語? でも、1たす1は2でしょ?」

ポメが首を傾げると、せんせいは悪戯っぽく微笑んで、ポメの鼻先にペンを向けた。 「それが会計の世界では、1たす1を3に見せたり、あるいは将来の1を今持っているように見せたりする『魔法』が許されているんだ。経営者は大きく分けて7つの嘘をつくと言われているんだよ。例えば、まだお手伝いをしていないのに『明日やるから、今すぐご褒美をちょうだい!』って言うようなものだね」

せんせいは、利益を前借りしたり、架空の売上をでっち上げたり、あるいは本来は経費として捨てるべきものを「資産」という名の宝箱に隠したりする手口を、一つひとつ丁寧に解き明かしていった。ポメは耳をピンと立てて聞いていたが、途中でたまらず割り込んだ。

「それって、ただのズルじゃない! 隠していても、いつかはバレちゃうのに」

「その通りだね、ポメ。でも、その場しのぎの称賛が欲しくて、一度魔法に手を染めると、次はもっと大きな嘘をつかないと辻褄が合わなくなる。経営者はあたかも、家の家財道具をこっそり売って生活費を稼いでいるのに、『給料が増えたよ』って家族に嘘をついているような状態なんだ。ポメなら、そんな家の中の異変に気づけるかな?」

ポメはくんくんと決算書に鼻を近づけた。 「……なんだか、この数字、お腹の底が空っぽな匂いがする」

「いい鼻だね。実は、どんなに言葉で飾っても、嘘をつけない場所が一つだけあるんだ。それが『現金』だよ。帳簿上の利益がいくら増えていても、実際の手元の財布に現金が増えていないなら、それはどこかに魔法が隠されている証拠なんだ」

ポメは、目の前の数字の羅列が、急に仮面舞踏会のマスクのように見えてきた。きらびやかな数字の裏側で、経営者が苦しい呼吸をしながら必死に仮面を支えている姿が浮かんでくる。

「じゃあ、この仮面が剥がれる瞬間って、どうやってわかるの?」

せんせいは立ち上がり、窓の外の広場を指差した。そこではまだ、仲間たちが虹色のおもちゃに群がっている。 「数字の嘘は、いずれ動きとなって現れる。次は、お祭りの裏側で『王様』たちがこっそり逃げ出す足音の聞き方を教えるよ。誰よりも先に逃げ出す人たちの足跡が、実はある場所に残されているんだ」

ポメは決算書を閉じ、せんせいの視線の先をじっと見つめた。お祭りの賑やかな笛の音に混じって、何かがパキリと割れるような音が聞こえた気がした。


シーン3

お祭りの騒ぎは、夜になっても続いていた。広場ではまだ「キラキラ・ボーン社」の虹色のボールが飛び交い、仲間たちの歓声が夜空に響いている。けれど、ポメは広場から少し離れた、薄暗いダンスホールの裏口に座り込んでいた。そこには、きらびやかな馬車が次々と音もなく止まっては、着飾った「王様」たちが足早に乗り込んで、闇の中へと消えていく。

「ねえ、せんせい。お祭りはあんなに盛り上がっているのに、どうして一番偉そうな人たちは、あんなに急いで帰っちゃうの?」

ポメが不思議そうに首を傾げると、隣に立つせんせいは、遠ざかる馬車の轍を見つめた。 「彼らはもう、パーティーが終わることを知っているんだよ、ポメ。空売りの世界では、この動きを『分配』と呼ぶんだ。表向きはお祭り騒ぎで賑やかだけど、裏側では大きなクジラたちが、こっそりと自分の持ち物をみんなに売り払って、逃げ出している状態だね」

「でも、あんなにたくさん取引されて、みんなが『欲しい!』って言っているんだよ? 元気がいい証拠じゃないの?」

ポメの問いに、せんせいは地面に残された無数の足跡を指差した。 「いいところに気づいたね。取引の数、つまり『出来高』は、市場に残された足跡なんだ。普通、みんなが元気なら、足跡が増えれば増えるほど、ボールはもっと高く飛んでいくはずだよね? でも、過去の大きな相場の天井を見てごらん。出来高が急増しているのに、なぜか価格がそれ以上上がらなくなっている時期がある。これを『かき混ぜ』と呼ぶんだよ」

それは、まるで見えない壁に向かって全力で走っているようなものだ。買いの勢いがどんなに強くても、プロたちが裏側で放つ巨大な「売り」の圧力にすべて飲み込まれてしまう。表面的には活気があるように見えるけれど、その実態は「プロから素人へ」と、ババ抜きのようにリスクが移し替えられている不健全な状態なのだ。

「そんな日が、2週間から4週間の間に4回も5回も現れたら、それは崩壊の準備が整ったという決定的な合図なんだ。慎重な投資家は、その足音を聞き取って、みんなが熱狂している隙にこっそり裏口から出ていく。最後に残されるのは、過去の輝きに執着して、高値で買い支え続けている『最も楽観的な人たち』だけなんだよ」

せんせいの言葉を聞いて、ポメは広場を振り返った。仲間たちが必死にボールを追いかけている。その頭上には、いつの間にか「戻り待ちの売り」という、見えない重い蓋が被せられているようだった。一度高いところで買った人たちが、不安を抱えながら「せめて元の値段に戻ったら売ろう」と祈る。それが、次の上昇を阻む巨大な壁になるのだ。

「王様たちがいなくなっちゃったら、もうあのおもちゃを支えてくれる人は誰もいないんだね……」

ポメの鼻が、湿った夜風の匂いを捉えた。 「……ねえ、せんせい。なんだか、空気が急に冷たくなってきた気がする」

せんせいは静かに頷き、ポメの背中を軽く叩いた。 「お祭りの音楽が止まる合図だね。次は、その『支え』が外れた後に、お祭りの会場がどんな風に物理的に崩れていくのか。絶望が描く『幾何学の形』を見に行こうか」

闇の向こうで、誰かが投げたボールが地面に落ち、乾いた音を立てて弾んだ。それは、かつてのような力強い跳ね返りではなかった。


シーン4

しとしとと降り始めた雨が、公園の遊具を濡らしていた。ポメは大きな滑り台のそばで立ち止まり、濡れて光るステンレスの斜面を見上げた。お祭り騒ぎだった広場から、少しずつ人が引いていく。みんなが持っていた虹色のボールは、今や地面に転がり、泥にまみれていた。

「ねえ、せんせい。おもちゃのボール、もうみんな飽きちゃったのかな。一度大きく落ちてから、なんだか変な形になってるよ。もう一度上がろうとして、でも前より低いところで止まっちゃって……」

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