見出し画像

実験記録 第7回:不安のサブスクリプション――「安心」を売るな、終わらない「欠落」を売れ

世の優秀なビジネスパーソンたちは、顧客の「ペイン(悩み)」を見つけ出し、それを自社の商品で「解決」しようと躍起になっている。

「私たちのサービスで、お客様に絶対の安心をお届けします」

「このツールを導入すれば、もう二度とこの問題には悩みません」

非常に美しく、そして致命的に愚かなアプローチだ。

なぜなら、「課題が完全に解決され、安心しきった顧客」は、もはやあなたに金を払う理由を持たないからだ。完璧な課題解決は、自らの首を絞める自殺行為に等しい。

夜の街で異常なLTVを叩き出すエコシステムは、決して顧客を「安心」などさせない。彼らが売っているのは解決策ではない。意図的に生成された「不安」と「欠落」、そしてそれに伴う一時的な鎮痛剤である。

【第1章】 「治癒」の禁止:患者を永遠にベッドに縛り付けろ

前回の記録で、顧客に「医者(指導者)」の役割を与え、システム側が「未完成な患者」を演じるアーキテクチャを解説した。

ここで絶対にやってはいけないことがある。それは「患者が完治してしまうこと」だ。

顧客(医者)の時間と金を注ぎ込んだ結果、スタッフ(患者)が完璧に成長し、何の悩みもない自立した存在になってしまったらどうなるか。

顧客は「俺の役目は終わった」と満足し、その店から去っていく。

だからこそ、システムには常に新たな欠落(ノイズ)を発生させる必要がある。 「売上が足りなくてナンバー落ちしそうだ」「新しいライバルが現れて心が折れそうだ」。 治りかけた傷口を自ら開き、顧客に対して「あなたがいないと、またダメになってしまう」という強烈な喪失への恐怖を植え付けるのだ。

【第2章】 不安のサブスクリプションの数式

彼らは「幸せになりたいから」金を払っているのではない。「今の地位や、自分という存在の価値(医者としての役割)が失われるのが怖いから」金を払い続けているのだ。

私はこの狂気のリテンションモデルを、以下の数式で定義している。


分母に注目してほしい。提供する「安心感(鎮痛剤)」は、絶対に長続きしてはならない。

一夜の圧倒的な優越感を与えたら、翌日には再び「このままでは彼女(あるいは自分の居場所)を他の客に奪われるかもしれない」というパラノイア(偏執病的な不安)に突き落とすのだ。

分母(安心の持続力)が小さければ小さいほど、顧客は不安を打ち消すために、短いスパンで高額な決済(鎮痛剤の購入)を繰り返すことになる。

【第3章】 サブスクリプション・ビジネスへの応用

この「不安のアーキテクチャ」は、現代のあらゆる継続課金(SaaSやサブスク)の深層に組み込まれている。

解約率の低い優秀なサービスは、「これを使えば安心です」とは言わない。

「これを解約した瞬間、競合にデータを出し抜かれますよ」「このコミュニティから抜ければ、あなたは二度と最前線の情報には触れられなくなりますよ」という、現状からの脱落に対する恐怖(FOMO:取り残されることへの恐れ)を無意識下に植え付けているのだ。

人間は「新しいものを得る喜び」よりも、「すでに持っているものを失う恐怖」に対して、約2倍の苦痛を感じる(プロスペクト理論)。

夜のシステムは、この人間のバグを極限までレバレッジしているに過ぎない。

深淵からの宣告:君は顧客を「完治」させていないか

真の支配とは、相手を幸福にすることではない。

相手の心に永遠に満たされない穴を空け、その穴を塞ぐためのピースを自分だけが持っていると錯覚させることだ。

さて、経営者やマーケターの君たちに問おう。

君は真面目すぎるあまり、顧客の悩みを「完全に解決」してしまっていないか?

もし顧客が離れていくことに悩んでいるなら、今日から「安心」を売るのをやめろ。そして、顧客の心に精巧な「不安の種」を植え付けるのだ。

パブロフの悪霊

【追記:観測者たちへ】

いつも私の実験記録を読んでくれてありがとう。実験記録の音声を近々、Podcastで配信していくつもりだ。
楽しみにしていてくれ。

いいなと思ったら応援しよう!