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求道黄昏抄

はじめに

これは私(仁知弥 礎佑隆)が、若干高校三年生の頃から書物の中で覚えておくべきと思って抜き出した言葉をまとめたものである。
題字は「好きな和歌、言葉」と、自身向けのものであるが、この度noteに示す決断において、しょうもない題字を振った。
故に随時更新していくが、仮にWordで欲しい方がいたらその後に及んで共有する。

PDF等で欲しい方、アクセス権渡しますので、dmください。

本文(令和八年八月十四日現在)


好きな和歌 言葉


霞(かすみ)と共に春たちかへるあしたより、雪のうちに年の暮れゆくゆふべ迄(まで)、物ごとに何かはあはれならざらん。あたら花鳥の色もね(音)をも、いたづらに見ききすぐして、ひと言の詠(ながめ)もなくむなしくあかしくらさんは、いみじういふかひ(甲斐)なく口おしき事なりかし。おりふしごとにあはれにもおかしくもうち覚えむ事にふれて、よくもあしくも一言つづりいでて、おもふ心をのべたらんは、うき世のおもひ出なに事かはこれにまさらん。(『石上私叔言』)

【大意】 霞(かすみ)と共に春たちかえる朝より、雪のうちに年の暮れゆく夕べまで、物ごとにどうして“あはれ”でないものがあるだろうか。あたら花鳥の色も音(ね)をも、いたずらに見聞き過ごして、ひと言の感慨を歌うこともなく、空しく日々を過ごすのは、大変つまらなく残念なことだ。折節ごとに、“あはれ”にも面白くも感じるような事にふれて、上手であろうが下手であろうが、一言でも詠み出して、思う心をくつろがせることができれば、今生(こんじょう)の思い出として、これ以上のものがあるだろうか。


妖夢、大盛り

それ、散りて流るるを
人の業にて惑わす勿れ
それ、散りて流るるは
春の上にこそ美と成りて


なにごとの おはしますかは しらねども かたじけなさに なみだこぼるる

西行 『西行法師歌集』


「親が決め/時代遅れの見合婚/今こそ言おう/好きだよ千恵子」長倉幸夫


誰をかも しる人にせむ 高砂の
松もむかしの 友ならなくに

藤原興風

誰をいったい、親しい友人としようか。(長寿で有名な)高砂の松も、昔からの友人ではないのに。


人はいさ 心も知らず ふるさとは
花ぞ昔の 香(か)ににほひける

紀貫之

あなたは、さてどうでしょうね。他人の心は分からないけれど、昔なじみのこの里では、梅の花だけがかつてと同じいい香りをただよわせていますよ。


白露に 風の吹きしく 秋の野は
つらぬき留めぬ 玉ぞ散りける

文屋朝康

草の葉の上に乗って光っている露の玉に、風がしきりに吹きつける秋の野原は、まるで紐に通して留めていない真珠が、散り乱れて吹き飛んでいるようだったよ。


忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
人の命の 惜しくもあるかな

右近

忘れ去られる私の身は何とも思わない。けれど、いつまでも愛すると神に誓ったあの人が、(神罰が下って)命を落とすことになるのが惜しまれてならないのです。


『枕に通うとも咎なきものは花の香り、遠寺の鐘、夜の虫の音はことに哀れなり。

憎くともゆるすべきは花の風、月の雲、うちつけに争う人はゆるすのみかは』

松平定信


『月かげは入る山の端もつらかりきたえぬひかりをみるよしもがな』方丈記

月の光が沈む山の端も薄情だ。絶えない(月の)光を見る方法があればいいのに。

⑪決して香車に恥じず

天野八郎


惜別の銅鑼は濃霧のおくで鳴るさだめなき世なりと知るも草奔の 一筋の道 かはることなし

野村秋介


習は古きを専らに用ふべし。作意は新しきを専らとす。『山上宗二記』


正直に慎み深くおごらないさまをわびといふ。

武野紹鴎


仏道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己をわするなり。 自己をわするといふは、万法に証せらる万法に証せらる

道元


身は華と与に落ちぬれども 心は香と将に飛ぶ

空海

『体は花とともに落ちたとしても、その心は花の香とともに漂う』


“身体の中で最もエロティックなのは、
衣服が口を開けている所ではなかろうか。"
”……エロティックなのは間歇である。
二つの衣服(パンタロンとセーター)、
二つの縁(半ば開いた肌着、手袋と袖)の間に
ちらちら見える肌の間歇。”
”誘惑的なのはこのちらちら見えることそれ自体である。
更にいいかえれば、出現―消滅の演出である。”

ロラン・バルト


”エロティシズムとは、死に至るまで生を称えることである”

”まさにこの侵犯の運動においてこそ、唯一この運動においてだけ、存在の頂点はその全貌を明らかにするのである” 

ジョルジュ・バタイユ


ともかく我々は現実の世界が存在するという偶然の事実そのものに驚きを感じないではいられないのである。 

九鬼周造

⑳カント
知識は経験に基づくが、経験は理性によって整理される


青年にとってはあらゆる思想が、単に己の行動の口実にすぎぬ。
小林秀雄


流れ出づる方だに見えぬ涙川沖ひむ時やそこはしられむ

都良香

「流れ出る方向さえわからない涙の川は沖が乾いた時にその方向や川底が見えるのだろうか」


あらざらむ この世の外の 思ひ出に
今ひとたびの 逢ふこともがな

和泉式部

もうすぐ私は死んでしまうでしょう。あの世へ持っていく思い出として、今もう一度だけお会いしたいものです。


あなにやし、えをとめを

イザナギ
「あゝ なんと いいおとめよ」


八雲立つ 出雲八重垣 妻込みに 八重垣作る その八重垣を

スサノオ

「涌き出る雲に縁のある出雲で数多くの雲が立ち上り、雲が幾重にも立つように新居の垣を作っている。妻を籠らせるために作った宮の周りに、まるで垣を作るように、めぐらした立派な垣よ」


世の中に人の来るこそ煩けれとは言ふもののお前ではなし

太田蜀山人


神道は働きの大小・強弱を問わず、命の営みに関与する総ての働きに、霊質、或いは真理を感得し、その常ならず優れた働きを神霊の働きとして、祭祀の対象として来た信仰的営みであった。

上田賢治『記紀神話の神学』


(神について)世の常ならず優れてることの在りて畏きもの

本居宣長


諸行無常・諸法無我・一切皆空

三宝印


近代精神とは何かと云ふことを正確に定義し始める必要はない。狭過ぎるか広過ぎるか何の道不便を来すに違ひない不用な定義によることなく、我々の精神の新しい生命課題の展開からして、今や過ぎ行かんとしてゐる、我々自らの肉体の如く我々の精神を条件づけてゐた一つの精神状況を、自ら自身の苦しき宿命反省として考察して行けばよいのである。(概念から実在へ)

吉満義彦


もろともにわれをも具して散りね花
憂き世をいとふ心ある身ぞ

西行

私を一緒に連れて散ってほしい。桜の花よ。私も、このつらい世をいとう気持ちのある者なのだよ。


手なら尊敬
額なら友情
頬なら厚意
唇なら愛情
瞼なら憧れ
掌なら懇願
腕と首は欲望
それ以外は狂気の沙汰

フランツ・グリルパルツァー「接吻」(1819)


日本国にうまれて、日本国の道をしらんと思ふものは、稲のものにすぐれてあることをしるべきなり。稲は人のくひものとなりて、人の心をあめにひきあぐるものなり。

本学挙要/大國隆正


運命によって「諦め」を得た「媚態」が「意気地」の自由に生きるのが「いき」である。人間の運命に対して曇らざる眼をもち、魂の自由に向かって悩ましい憧憬を抱く民族ならずしては媚態をして「いき」の様態を取らしむことは出来ない。「いき」の核心的意味は、その構造がわが民族存在の自己開示として把握されたときに、十全なる会得と理解とを得るのである。

九鬼周造


人情の深くかかること、好色にまさるはなし。さればその筋につきては人の心深く感じて、物の哀れを知ることなによりもまされり

本居宣長


恋せずは 人も心もなからまし 物のあはれもこれよりぞ知る

藤原俊成

(恋をしなければ人は心がないようなものだろう。物のあはれも、恋をすることで知るのだ)


我を知らずして、外を知るといふ理あるべからず。されば、己れを知るを、物知れる人といふべし

吉田兼好

(自分の事は何も知らないようだ。自分の事さえ知らないのに、他人の事など分かるわけもない。だから、自分の分際を知る人こそ、世の中の仕組みを理解している人と呼ぶべきだ。)


世界を怖れるな唯自己を恐れよ。

杉浦重剛


すべて女はやはやかに、心美しきなんよき人

紫式部

「女の人というのは、なにごとによらず柔順で心が素直なのがいい」「総じて女性というものは、柔らかで心が素直なのが良いことだ」


美とは創造的精神の永久的な青春の歓喜である

岡倉天心


苦悩を突き詰めた先こそ疑いもない美だ

岡本かの子


野花の美しさのかには、何か寂しさがある。その寂しさが、いわば美しさなのである。

高見順


男を「魔界」にいざないゆくは女体のようである

川端康成


どうで恋路といふものは、邪魔や他目の遠慮があって、男も女も気をもんで、苦労するのが身の楽み

為永春水


忍ぶ恋路が猶深いものなり

西沢一風
(こっそり逢わねばならぬような恋は深くなるものだ)


神聖なる霊の恋は成り立っても肉の恋は決してそう容易に実行されるものではない

田山花袋


エロというのは隠すことだ

内田百閒


性の原理は単純である。そこにおいては、自我が完全に消滅し、同時に自我を十全に主張しうるということだ。

福田恆存


愛するものと愛されるものとが同一なるが故に其は「・・・を愛する」のではなく「愛其もの」である。愛が愛を愛する、対象なき愛、愛する事なき愛である。従って愛と云うも有ると云うも同様である。

高橋ふみ


意志や行為は小なる愛が大なる愛に拡大し行く過程にほかならない。それは愛のうちにおいて愛によって促され愛に向かって進み行くのである。しかして包括的全体性の究極としての絶対無は絶対愛である。

高橋里美


真理に至る道はあまたあり、それによって真理は人の心に自己を伝える。だが、真理は働く時には一定の制約に従い、またそれに従って選択をおこなう。

鈴木大拙『禅』


巫山の雲雨

好きな和歌 言葉 第二章


本日天気晴朗なれども波高し
皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ

秋山 真之


この世界は、我々の想像力を描くためのキャンバスにすぎない。

ソロー


夜もすがら契りしことを忘れずは恋ひむ涙の色ぞゆかしき

藤原定子

【通釈】一晩中契りを交わしたことをお忘れでないなら、私の死んだ後、あなたが恋しがって流す涙の色がどんなでしょう。それが知りたいのです。


無限と永遠とは心の中、思考の中にしか存在しない。造形芸術においてであれ、詩歌においてであれ、音楽においてであれ、「内的芸術」は無限と永遠を実体化する。…こうして、日本の芸術においてその題材ないしは事物に属するほとんどすべては無限と永遠の有限で束の間の象徴と見なさなければならないと結論することができるであろう。

九鬼周造


単純化と流動性への趣向は無限への郷愁と空間における差異を消そうとする努力から生じたのである。
私は汎神論的現実主義の表現である日本絵画の四つの特徴を挙げた。正確な近似法の不在。自由な構成、線の重要性、水墨画がそれである。

九鬼周造


日本では、仏教のほかに武士道という道徳的理想がある。意志の肯定、否定の否定。涅槃の廃棄。意志の永遠の繰り返しが、最高の善である。無限なる善意志は完全には実現しえない。絶えず自己の努力を更新しなければならない。無窮性に無限性を、無際限に無限を、終わりなき継続のうちに永遠性を見出さねばならない。評価すべきものは意志、自己自身を完成せんとする意志であると考える。

九鬼周造


日本芸術一般の優れた特徴は、客観的観点から見て、無限の表現と言える、とする。造形芸術における空間からの解脱、詩と音楽における時間からの解脱。

九鬼周造


愛は力よりも高い世界に属し、愛に対立すると思い込んでいるのは、力の方だけである。

鈴木大拙


愛は一切を包み、一切を許す。それは一切を和らげ、かぎりなく創造して尽きるところを知らぬ。

鈴木大拙


天才は、夢で閃くという。心は体を捨て、現実の外に呼び出す事が出来ます。そこで得た知識や経験は決して無駄ではない。ヴァーチャルとリアルの違いは、ソフトとハードの違いみたいなもんです。

zun


縁起というのはあらゆる現象世界の事物は種々の原因や条件が寄り集まって成立しているということで、それ故にこそ一切万物は変転きわまりない。

末木文美士


メインカルチャーのルーツは、キリスト教とギリシャ哲学だ。まずギリシャ哲学の頃からの伝統的考え方として「世の中のすべてには理由がある。物事はすべて論理的に記述可能で、人間が努力して賢くなればあらゆる事は解明できる」という思想がある。その考え方をキリスト教が少しアレンジする。世の中には、はっきりとした秩序(コスモス)の部分と、はっきりしない無秩序(カオス)の部分がある。コスモスが神の世界、カオスが悪魔の世界だ。

岡田斗司夫


促しから冒険を通じて真の経験へ、これが今の私には思想に至る唯一の道であるように思われる。

森有正


文化とは、雑多な諸現象に統一的な美意識に基づく「名」をあたえることなのだ。

三島由紀夫


文化は人間の自己超越によって外に生むところの形成物であろう。

唐木順三


心の欲するところにしたがって、規をのえない

孔子


神秘道は向上道と向下道の二面をそなえてはじめて完成する。それは常に「往って還る」ものでなければならぬ。往って還らぬものは完全な意味に於いて神秘道ではない。ただ往って還って来ることがなければ、神秘主義は有害無益な独善主義にすじないであろう。

井筒駿彦


実のところ、全てのものが〈時〉と〈空間〉を越えたところで永遠の一つである。

井筒駿彦


『まんがタイムきらら』と姉妹誌を彩ってきた作品から100作品を集め、 それぞれの作品の描き下ろしカラー漫画とイラスト、計200点を一堂に展示します。 描き下ろし漫画とイラストは、“希望” “夢” “勇気” “ときめき”という4つの言葉がテーマ。 この4つの言葉は、『まんがタイムきらら』創刊時に掲げられた 「読者に希望や夢や勇気やときめきといった“輝かしいもの”を届ける雑誌でありたい」という気持ちと、 その気持ちとともに歩いてきた『きらら』の道のりを象徴するものです。

まんがタイムきらら展

真の場所というのは如何なる意味においての有無の対立をも超越してこれを内に成立せしめるものでなければならぬ。何処までも概念的なるものを破った所に、真の意識を見るのである。

西田幾多郎


生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し

空海


有時には、経めぐるというはたらきがある。すなわち、今日より明日に経めぐる。今日より昨日に経めぐる。今日より今日に経めぐる。明日より明日に経めぐる。このように、経めぐりは時の働きであるから、古の時と今の時とが重なり合っているのでもなく、並び積もってきるのでもない。

道元


認識する主体が対象世界のあり方を作り出す

認識論


私共は神仏が存在するが故に神仏を信ずるのではない。私共が神仏を信ずるが故に、私共に対して神仏が存在するのである。信ずるが故に実なり。……宗教は主観的事実なり。

清沢満之


我々が世に立つに当たって最も大切なことは、我々の精神の基礎を定むることである

清沢満之


自分の小さな智慧や力でどうすることも出来ないような「生命」の趨くままに一切を委ねようとした

島崎藤村


(われわれ一人一人が死を前にしてどう安心したらいいのか)
世の中は、何ごともみな神のしわざに候。これだいいちの安心に候。

本居宣長


いつのまにか日本人は、人間をも含めて動いている自然のいのちのリズムと言うべき流れに身をまかせるら一種の「こつ」を心得るようになった。己れの力や意志をも含んで、すべて興るのも亡びるのも、生きるのも、死ぬのも、この大きなリズムの一節であるという、無常観を基礎とした諦念である。

磯部忠正


向上心という言葉は、皆さん大好きでしょう。しかし欲望という言葉は大嫌いですな。両方とも意味は一緒なんですよ。言い換えてるだけ、結局自分の思い通りにしたい。

沖野頼信


人を憂うる、ひとの淋しさ侘びしさ、つらさに敏感な事、これが優しさであり、また人間として一番優れてることじゃないかしら、そうして、そんな、やさしい人の表情は、いつでも含羞であります。

太宰治


恥の感覚は、自分自身の存在そのものが不完全で不足していると感ずる

土居健郎


常に飛花落葉を見ても、草木の露を眺めても、此世の夢まぼろしの心を思ひとり、ふるまひをやさしくし、幽玄に心をつとめよ

心敬法印庭訓


世の中は夢か現か現つとも 夢とも知らず ありてなければ

詠み人知らず(古今和歌集)


万物は、有限な他者であつて、且また有限な自己である。それが謂はゆる「もののあはれ」である。「もののあはれ」とは、万物の有限性からおのずから湧いて来る自己内奥の哀調に外ならない。客観的感情の「憐み」と、主観的感情の「哀れ」とは、互いに相制約してゐる。「あはれ」の「あ」も「はれ」も共に感動詞であるが、自己が他者の有限性に向つて、また他者を通して自己自身の有限性に向つて、「あ」と呼びかけ「はれ」と呼びかけるのである。

九鬼周造


禅はどうしても芸術と結びついて、道徳とは結びつかぬ。禅は無道徳であっても、無芸術ではありえない。

鈴木大拙


非均等性・非相称性・「一角性」・貧乏性・さび・わび・孤独性・その他、日本の芸術および文化の最も著しい特性となる同種の概念は、みなすべて「多即一、一即多」という禅の真理を中心から認識するところに発する。


恋は享楽すべきよのではないのだ。苦痛である。悲哀である。努力である。

折口信夫


作中人物のうちの特定の一人に視点を定め、作者がその視点人物に寄り添って、感じ、考え、語る作品もあり、日本の小説にはほういうタイプが多いとされる。

中村明


恋とは他性の内部に己を見出すことにして、人間の真価は此内部の人の如何によりて定めるべきよし。

島崎藤村


おほよそ恩をえては報をこころざすべし、他に恩しては報をもとむることなかれ。

道元


げにや情ほ品じなも、世もつて同じ慣らひなり、師弟兄弟君臣恩愛、皆浅からぬ契りとかや。

能『親任』


やぁやぁ、音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは、○○の○男、○○なりぃ

我こそは、○○なり、腕に覚えの者よ、手合わせ願う

口上


一杯のコーヒーはインスピレーションを与え、一杯のブランデーは苦悩を取り除く。

ベートーヴェン


日本精神とは世界に比類なき安遠深厚なる我國體の美を景仰して、行住坐臥にその美を済すに努むるは勿論、苟もこれを傷つけんとするものがあるが如き危急に際しては、死生を超越したる熱烈の意気を以て、敢然立ってその擁護に挺身するの精神と解せらるる。

『松井元興』(科学と日本精神)


天皇の御楯となりて死なむ身の心は常に楽しくありけり

鈴木重胤


うつ人も うたるる人も こころせよ おなじ御国の みたまなりけり

野崎主計


御定ぞ、つかまつれ

伊勢三郎義盛


子曰く、詩三百、一言以ってこれを蔽むれば(さだむれば)、思い邪無しと曰うべし。

先生がこうおっしゃった。『詩の篇の数は三百ある。これを一言でまとめると、「思い邪なし」というほかはない。』

孔子


唯天下の至誠のみ、能く聡明睿知にして、以て臨む有るに足り、寛裕温柔にして、以て容るる有るに足り、発強剛毅にして、以て執る有るに足り、斉荘中正にして、以て敬する有るに足り、文理密察にして、以て別つ有るに足ると為す。

ただ聖なる徳を極めた、世界にこの上なき人 (聖人)だけが、耳の敏さ・目の敏さ・思慮深さ・知識の広さ(聡明睿知)によって〔人々に〕 臨むことができ、心の広さ・鷹揚さ・温和さ・優しさ(寛裕温柔)〔つまり仁の徳〕によってものを受け容れることができ、発奮・強さ・不屈さ・意志の固さ(発強剛義)(つまり義の徳〕によって〔固く善を〕守ることができ、慎み・厳かさ・偏りなさ・正直さ(斉荘中正)〔つまり礼の徳〕によってものを謹み敬うことができ、文目があり、理にかない・緻密であり・明察であること(文理密察) (つまり知の他〕 によってものごとを分別することができる。

中庸


仁は人なり。親を親しむを大なりと為す。義は宜なり。賢は尊ぶを大なりと為す。親を親しむの殺、賢を尊ぶの等は、禮の生ずる所なり。故に君子もって身を修めざる可からず。身を修めんと思わば、もって親に事えざる可からず。親に事えんと思わば、もって人を知らざる可からず。人を知らんと思わば、もって天を知らざる可からず。

仁〔の意味〕は人(人間らしさ)である。〔つまり、仁の徳は、人の本性である。仁の基本は肉親への親愛の情なので〕親族に親しむことが大切である。義〔の意味は〕宜(ほどよさ)である。〔つまり義の徳は、社会規範における適宜さである。義の基本は社会規範に沿った理性的な判断なので〕賢者を賢者として尊重することが大切である。そして、親族に親しむにも〔血縁が近いか遠いかで親愛の表現を〕少しずつ殺ぐ親等の別があり、賢者を尊重するにも〔人物の知徳の差に応じた〕等級分けがあり、これら〔人間関係の節度・ケジメ〕が礼の生まれる基盤である。だから君子は自分の身を修めなければならない。自分の身を修めようと思うならば、〔仁の徳によって人の道を修めなければならず、仁は親族に親しむことが大切なので〕親に仕えなければならない。親に仕えよう〔そして仁を尽くそう〕と思うならば〔必ず賢者を尊重する義によって〕人を知らねばならない。人を知ろうと思うならば〔仁・義・礼は人の本性として天から与えられたものだから〕天を知らなければならないのである。

中庸


永遠とは、この知性・感覚の世界におけるわれわれの日常の経験であって、この時間の進行の只中においてのみ可能である。自分が指を上げる。これは時間の中である。そしてこの指先に、永遠が躍動している。これを空間の言葉に言い換えれば、この一本の指が、三千世界をその中に蔵するということになる。

鈴木大拙

好きな和歌 言葉 第三章


現在ただいまの経験とは現在の知覚と行動の経験であり、自分が行きている生のさなかの経験として単なる時間順序の棒である時間軸などとは全くかけ離れた生き生きとした経験なのである。

大森荘蔵


すべての事物が神性を持つという考え方が支配的な社会では、恩に感謝して生きることこそが、最大の徳目となる。そして、それが行動の規範ともなってゆく。そういう徳目に従うことが美しい行動だとされれば、それは美的規範ともなる。

上野誠


むかしから「いきづかい」とか「いきをそろえる」という表現がしばしば用いられてきた。要するに日本人のむかしからの唄のうたいかたは、吸う息と吐く息の間合いによって調子をとるやりかたで、ヨーロッパ音楽における拍子おは根本的に異なるといわれる。

高取正男


宗教はいのちの儚さの自覚が基礎になっている。

司馬遼太郎

⑤「原罪」に対して「原恩」と呼び得る感覚である。すなわち、生まれながらに背負った罪を償うために生きるのではなく、生まれながらに背負った恩に報いるという考え方である。

上野誠


神や歴史や事業のために存在するものでないから、ある行為・ある業績・ある成功によってはじめて価値づけされるのではなく、人間であること自体、生きていること自体に価値がある。真の絶望というものの論理的に存在しえない精神構造である。世界と人生に外側から「意味」を与える超越神が必要とされないことも当然であろう。

見田宗介


日本人にとって、特に言うまじきこと、書くまじきことの第二として教えられてきたものは、その自慢であった。

金田一春彦


生きながら死人となりてなりはてて 思いのままにするわざぞよき

至道無難禅師


日本の芸能の時間の意識は空間と重なるもの。演じられる場において流れるものではなく堆積していく。

木戸敏郎


踊りは飛び上がる動作で、まひは旋回運動である。ヨーロッパの舞踊では足を多く動かす。日本はもっと重々しく手で舞う。

折口信夫


最高神である筈の天照大御神が、なお御自から奉祀される神々を持って居られるという事実である。それは恐らく天之御中主の神を初めとする天津神諸々の神なのだろう。生命の根源に立ち返って、自らの命に感謝する姿勢と、その故に、自らの生き方を正す姿勢とが読み取られると言って良いのでは無いだろうか。我々の祖先は、神々の営みを我が営みとして生きる事に、信仰の本質を見採って居たのである。

上田賢治


今、いのちがあなたを生きている

真宗大谷派東本願寺


神前に唱えられる祝詞は神々の霊威を称え、その慈愛に感謝し、自らの努力によって、共同体の発展に努力する勤めの様を御覧(みそなわ)し下さる事を祈願する営みなのである。

上田賢治


五濁の凡夫、穢悪の女人を正機とする

安心決定鈔


善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや

親鸞

大切な事は、我が國を生まれた岐美二神が、二柱の意思によって國生みされたのでは無く、天津神諸々、即ち現実存在世界全体の意思を承けて生まれた、と信じられて来た事実に在る。我々の祖先が「神」として感得したのは、現実存在世界の働きであり、その働きを我々は眼にし、感得する事は出来るが、眼に見る事の出来る実体、として捉えられる事は出来ない。それを「霊」・「もの」・「み」の観念で表現して来た。しかもその霊は、個別・独特の個性を持っており、相互の関係によって、合力し、或いは反発もし合う。

上田賢治


我々の信じて来た神々は、必ず先立つ現実存在としての物実なら生まれるか、或いは物実から自己顕現して居られるのである。物実無しに霊を語ることが無いという事実は、神道の特色として銘記されなければならないであろう。

上田賢治


浅き川も深く渡れ

皆虚


それ神道は 正直を以て体となし
敬愛を以て心となし
無事を以て行となす

中江藤樹


世界にまるで不用の物なし

南方熊楠


生かされて 生きるや今日の
このいのち 天地の恩
かぎりなき恩

平澤興


実りある 日のくるために
ながさるる 汗は力と
なるを信ずる

寬仁親王妃信子殿下


四方のくに むつみはかりて
すくはなむ さちなき人の
さちをえつべく

貞明皇后


1人が箸を三島に渡す時に、三島が右手で受け取りやすいように両手で差し出すのに気づいた三島が、

「僕がこの日本に残したいと言っていることはこういうことなんだよ」

三島由紀夫


良い音楽には、人を良い方向に向かわせるエネルギーがあります。

新実徳英


私は十一世紀に源氏物語のやうな小説が書かれたことを、日本人として誇りに思ふ。中世の能楽を誇りに思ふ。それから武士道のもつとも純粋な部分を誇りに思ふ。日露戦争当時の日本軍人の高潔な心情と、今次大戦の特攻隊を誇りに思ふ。すべての日本人の繊細優美な感受性と、勇敢な気性との、たぐひ稀な結合を誇りに思ふ。この相反する二つのものが、かくもみごとに一つの人格に統合された民族は稀である。……しかし、右のやうな選択は、あくまで私個人の選択であつて、日本人の誇りの内容が命令され、統一され、押しつけられることを私は好まない。実のところ、一国の文化の特質といふものは、最善の部分にも最悪の部分にも、同じ割合であらはれるものであつて、犯罪その他の暗黒面においてすら、この繊細な感受性と勇敢な気性との結合が、往々にして見られるのだ。

三島由紀夫


実は、人間は未来に向かつて成熟してゆくものではないんです。それが人間といふ生き物の矛盾に充ちた不思議なところです。人間といふものは“日々に生き、日々に死ぬ”以外に成熟の方法を知らないんです。「葉隠」といふ本を御覧になつた方があるとみえて、笑つてゐる方がそこに居りますが、やはり死といふ事を毎日毎日起り得る状況として捉へるところから人間の行動の根拠を発見して、そこにモラルを提示してゆく。非常に極端な考へ方なのですが、あれ程生きる力を与へられた本を私は知りません。あの思考には、未来が無いのです。我々は常識で考へて「未来がない」と言ふと、まるで破産宣告を受けた人間とか、ガンの宣告を受けた人間のやうに考へますが、さうではなくて、私は、「青年にこそ未来がない」と、私自身の考へから、経験から言へるのです。

三島由紀夫


われわれは自分が遠い遠い祖先から受け継いできた文化の集積の最後の成果であり、これこそ自分であるといふ気持で以つて、全身に自分の歴史と伝統が籠つてゐるといふ気持を持たなければ、今日の仕事に完全な成熟といふものを信じられないのではなからうか。或ひは、自分一個の現実性も信じられないのではなからうか。自分は過程ではないのだ。道具ではないのだ。自分の背中に日本を背負ひ、日本の歴史と伝統と文化の全てを背負つてゐるのだといふ気持に一人一人がなることが、それが即ち今日の行動の本になる。

三島由紀夫


漫画は現代社会のもつともデスぺレイトな部分、もつとも暗黒な部分につながつて、そこからダイナマイトを仕入れて来なければならないのだ。あらゆる倒錯は漫画的であり、あらゆる漫画は漫画的であり、あらゆる漫画は幾分か倒錯的である。

三島由紀夫


そこで、何も未来を信じない時、人間の根拠は何かといふことを考へますと、次のやうになります。未来を信じないといふことは今日に生きることですが、刹那主義の今日に生きるのではないのであつて、今日の私、現在の私、今日の貴方、現在の貴方といふものには、背後に過去の無限の蓄積がある。そして、長い文化と歴史と伝統が自分のところで止まつてゐるのであるから、自分が滅びる時は全て滅びる。つまり、自分が支へてきた文化も伝統も歴史もみんな滅びるけれども、しかし老いてゆくのではないのです。今、私が四十歳であつても、二十歳の人間も同じ様に考へてくれば、その人間が生きてゐる限り、その人間のところで文化は完結してゐる。その様にして終りと終りを繋げれば、そこに初めて未来が始まるのであります。

三島由紀夫 


やわらぎは硬直の反対で曲線または弧線である。直線ばかりのところでは、一種の厳格性を感ずるので、こちらの心も自らつっぱる気分になる、ぎしぎしする。これは茶席に禁物である。

鈴木大拙


やわらぎは生の感触である。生命は柔らかなものに宿る。(中略)日本の気候は湿気で支配されているというが、気候だけでない、日本の自然の景物さ何れもそのせいで、一種の潤いと柔かさをもっている。日本人の性格はこれに養われて出来た点が多いと思う。

鈴木大拙


仏教の根本義は、自分とその環境とを一つものに見るのである。草や木は言うまでもなく、石や土までも生きものになるのである。

鈴木大拙


日本では石が削られないでそのまま立てられ、寝かされ、ころがされ、散らかされた。ここに日本的な心持ちが出ている。吾らは石を生きものとして見る、即ち石から生きものを作り出す。彫刻家は石の中に眠って居るものを掘り出すというが、吾ら一般人は石をそのままにして、その上にそれぞれの吾らの心を作り出す、生かして行く。それはこの石が何かに似ているからというのではない。石をそのままに、そのままの形で見て、生かして行く。必ずしもまた抽象的ということでもない。吾らの石観には特殊なものがある。

鈴木大拙

冬ごもり 春さり来れば 飯乞ふと 草の庵を 立ち出でて 里にい行けば 里子ども 今を春べと たまぼこの 道のちまたに 手まりつく われもまじりて その中に 一二三四五六七 汝がつけば 吾はうたひ 吾がうたへば 汝はつく つきてうたひて 霞立つ ながき春日を 暮らしつるかも

返歌
霞立つながき春日を子どもらと手まりつきつつこの日暮らしつ

良寛

【通釈】
春になり暖くなったので、食物の施しを乞うとて、草庵を出て、里に行くと、道の辻で、子供たちが、今は春だというばかりに、手鞠をついて遊んでいる。「一二三四五六七」と、おまえたちが鞠をつけば、私は歌を歌い、私がつけば、おまえたちは歌い、ついては歌って、霞の立つ春の長い一日を、日が暮れるまで過ごしてしまった。
 [反歌] 霞の立つ春の長い一日を、子供たちと手鞠をつきながら今日も過ごしてしまった。


女の盛りなるは 十四五六歳二十三四とか 三十四五にしなりぬれば 紅葉の下葉に異ならず

梁塵秘抄


すべて物の理は、つぎつぎにその本をおしきはめもてゆくときは、いかなる故とも、いかなる理とも、しるべきにあらず。つひに皆あやしきにおつる也。然(しか)れば陰陽も太極無極も、阿字真如も、みなかり(仮)のさへづりぐさにして、まことには其(その)理あることなく、えうなきいたづらごと也(なり)かし。

【現代語訳】
すべて物の理(ことわり)は、つぎつぎにその根源を推し量り、極めつくしていったとしても、どのような理由とも、どのような道理とも知ることができるようなものではない。終いには皆、不可思議なところに落ちこんでいってしまうのだ。そうであれば、陰陽も太極無極も阿字真如も、みな仮(かり)そめのおしゃべりであって、実際にはその理(ことわり)など存在せず、全く役に立たない無益なしろものということになる。

本居宣長『玉勝間』


一燈照隅万燈照国(いっとうしょうぐうばんとうしょうこう)

最澄


神は垂るるに祈祷を以て先と為し冥は加ふるに正直を以て本と為す

【現代語訳】
神の恵みをうける(垂る)ためには人として祈祷が第一で、神慮が加わる(冥加)ためには人として正直をもってするのが根本である

『倭姫命世紀』


浄明正直


絵とはなんとむなしいものだろう。原物には感心しないのに、それに似ているといって感心されるのだから 

パスカル


「もし現実社会で○○○ということが実際に起きたらどうなるだろうか」 これを、あらゆる最先端技術を駆使して描くのがハリウッドのSFX映画だ。リアル感こそがSFX映画の真骨頂なのだ。が、日本特撮は違う。特撮は、頭の中の「イメージ」を見せることをめざしている。科学的か、とか現実にありそうな、とかではない。どちらかといえば「かっこいい!」とか、「美しい!」とかのセンスを優先するのだ。

岡田斗司夫


そのときの流行を取り入れたり、中心人物を変えてみたり、タッチを変えてみたりして目新しくする。こういう工夫を「趣向」と呼ぶ。歌舞伎を見に来るお客さんたちは「今回はどんな趣向だろう」というのを見に来るのだ。だから知ってるお話、つまり同じ世界の話を何度でも見に行く。日本の伝統文化では、こういう決まった「世界」を様々な「趣向」で楽しむ、というパターンのものが多い。

岡田斗司夫


エロスというのは、要するに『欠乏の精神』でしょう。自分に足りないから何かが欲しいという。エロスっていうのは結局、自分は美しくなくて、美しいものに憧れている。

三島由紀夫


子曰く、上に居て寛ならず、礼を為して敬まず、喪に臨みて哀しまずんば、吾何を以てかこれを観んや。

[口語訳]先生が、言われた。『高位高官にありながら、寛容の徳を持たず、礼制の実践をして敬虔な気持ちがなく、葬式に臨席して悲しまないのであれば、どのようにしてその人を評価すればよいのだろうか(いや、どこにも見るべきところなどない。)』

孔子


既往は咎めず

孔子


糧を捨てて船を沈む

史記


画中、詩あり

唐才子伝


海、波を揚げず

韓詩外伝


万死一生を顧みず

史記
好きな和歌 言葉 第四章


自然といふは、自はをのづからといふ、行者のはからいにあらず、然といふはしからしむということばなり。しからしむというは行者のはからいにあらず、如来のちかひにてあるがゆゑに法爾といふ

親鸞


誠とは次の通りである。まず至誠は広々して深厚であり、しかも、はるかな未来にわたって限りない性質を持っている。そして意識的に動かすことなく相手を変化させ、また意識的に働きかけることなく、みずから目的を達成する力をもっている。

新渡戸稲造


巧詐は拙誠に如かず

韓非子


車は三寸の轄(くさび)を以て千里を駆く

准南子


志合えば胡越も昆弟たり

漢書


人生朝露の如し

漢書


「この御酒は 我が御酒ならず 酒(くし)の司(かみ) 常世に坐(いま)す 石立(いはた)たす 少名御神(すくなみかみ)の 

神寿(かむほ)き 寿き狂ほし 豊寿(とよほ)き 寿き廻(もと)ほし 献(まつ)り来し御酒ぞ 止(あ)さず飲(を)せ ささ 」

訳:

「この御酒は、私の御酒ではありません。酒を司る常世の国におられ、石に宿る少名毘古那神が、祝福し踊り狂い、祝福し踊り回って醸し、授け下さった御酒です。飲み干しなさい、さあ」

神功皇后


「この御酒を 醸みけむ人は その鼓 臼に立てて 歌ひつつ 醸みけれかも 舞ひつつ 醸みけれかも この御酒の 御酒の あやに うた楽し ささ」

訳:

「この御酒を醸した人は、その鼓を臼のように立てて、歌いながら醸したからか、踊りながら醸したからか、この御酒はこの御酒は、何とも楽しい。さあ」

建内宿禰命


されば神には自然崇拝に関係したものが多く含まれて居るのであつて、人の霊魂及び生きて居る人の中でも非凡な力があつて崇敬すべきものは善悪に拘らずまた神とせられたのである。我國の古典における自然崇拝は既に単純なる自然物の霊力を崇拝する範囲を離れて、自然物の発動させる所の人格的存在を想像してそれを崇拝したのである。

飯島忠夫


われわれのすべての表象には、直観的と抽象的との二つの大きな区別がある。抽象的な表象は、種類がひとつあるだけで、これがすなわち概念である。この地上で概念をもちうる能力が昔から「理性」と名づけられて、人間をあらゆる動物から区別してきたのである。

ショーペンハウアー


けだし、驚異することによって人間は、今日でもそうであるがあの最初の場合にもあのように、知恵を愛求し(哲学し)始めたのである。ただしその始めには、ごく身近の不思議な事柄に驚異の念を抱き、それからしだいに少しずつ進んで遥かに大きな事象についても疑念を抱くようになったのである。たとえば、月の受ける諸相だの太陽や星の諸態だのについて、あるいはまた全宇宙の生成について。

アリストテレス


述べて作らず、信じて古を好む

孔子


哲学は認識の獲得である

プラトン


上知と下愚とは移らず

論語


物を必ず一具に調へんとするは、つたなき者のすることなり。不具なるこそよけれ

弘融僧都

国がらを ただ守らんと いばら道 すすみゆくとも 戦とめけり

昭和天皇

敗戦後の混乱のため希望を失いかけている子供たちに、出版を通じて健全な娯楽を提供して子供たちを勇気づけ、将来日本の再建を託するに足る人間に育て上げるために、いささか寄与したい

孝壽芳春

漫画という万人に親しめるメディアを活用し、世の中を風刺し啓発し、日本中を明るくする

芳文社

いわゆる有時は、時すでにこれ有なり、有はみな時なり。丈六金身(じょうろくこんしん)これ時なり、時なるがゆえに、時の荘厳光明あり。われを排列してわれこれをみるなり。自己の時なる道理、それかくのごとし。

道元

子曰く、位なきことを患えず、立つ所以を患う。己を知ること莫き(なき)を患えず、知らるべきことを為すを求む。

【現代語訳】
先生(孔子)がこうおっしゃった。地位がないことを心配せず、その地位に立つべき理由(実力や人徳)について気にしなさい。自分を認める人がいないのを気にかけず、人に認められるような行動ができるように努力しなさい。

孔子

さてその見る物聞く物につけて、心のうごきて、めづらしともあやしとも、おもしろしともおそろしとも、かなしとも哀れ也とも、見たり聞きたりする事の、心にしか思ふてばかりはゐられずして、人に語り聞かする也。語るも物に書くも同じ事也。さて其の見る物聞く物につきて、哀れ也ともかなしとも思ふが、心のうごくなり。その心のうごくが、すなはち物の哀れをしるといふ物なり。

本居宣長

哀れなる事を見ては哀れと思ひ、人のよろこぶを聞きては共によろこぶ、是れすなはち人情にかなふ也。物の哀れをしる也。

本居宣長

瀬を早み 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢はむとぞ思ふ

川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた急流が2つに分かれる。しかしまた1つになるように、愛しいあの人と今は分かれても、いつかはきっと再会しようと思っている。

崇徳院

八角の磨盤空裏に走る

碧巌録

天網恢恢疎にして漏らさず

季文子、三たび思いて而る(しかる)後に行う。子、これを聞きて曰く、再び思えば斯ち(すなわち)可なり。

【現代語訳】季文子は三度考えてから実行した。先生がこれを聞いて言われた。『二度考えてみて結論がでれば、それで良いのである。』

孔子

子曰く、伯夷・叔斉(はくい・しゅくせい)、旧悪を念わず(おもわず)。怨み是(ここ)を用て(もって)希(まれ)なり。

【日本語訳】先生がいわれた。『(周の殷に対する放伐に反対した伝説の忠臣である)伯夷・叔斉は、(不忠不義を許さぬ清廉な人柄だったが)古い悪事をいつまでも気にかけなかった。だから、人から怨まれることがほとんどなかった。』

子曰く、巧言・令色・足恭(すうきょう)は、左丘明(さきゅうめい)これを恥ず、丘もまたこれを恥ず。怨みを匿(かく)してその人を友とするは、左丘明これを恥ず、丘もまたこれを恥ず。

【現代語訳】先生がいわれた。『弁舌が巧み・表情が豊か・やたらに腰が低いというのは、左丘明は恥ずべきことと考えた。丘(孔子)もやはり恥とする。怨みの気持ちを隠してその人と友人になるのは、左丘明は恥と考えた。丘もやはり恥とする。』

孔子

顔淵(がんえん)・季路(きろ)侍す。子曰く、盍ぞ(なんぞ)各々爾の志を言わざるや。子路曰く、願わくは車馬衣裘(いきゅう)を、朋友と共にし、これを敝(やぶ)りて憾(うら)みなからん。顔淵曰く、願わくは善に伐る(ほこる)ことなく、労を施すことなからん。子路曰く、願わくは子の志を聞かん。子曰く、老者には安んじられ、朋友には信じられ、少者には懐かしまれん。

【現代語訳】顔淵と季路とがお側に仕えていた。先生はいわれた。『それぞれお前達の志を話してごらん。』子路は言った。『車や馬や着物や毛皮の外套を友人と一緒に使って、それが痛んだとしても、気にしないようにしたいものです。』顔淵は言った。『善い行いを自慢せず、辛いことを人に押し付けないようにしたいものです。』子路が言った。『出来るならば、どうか先生の志望をお聞かせ下さい』先生は答えられた。『老人には安心され、友達には信用され、若者には慕われるようになりたいものだね。』

孔子

気の扱いと力の扱いの差別をいわば、事業のなす所、かろく柔らかにして、すらりとこだわりなきを、気の扱いと云ひて、好み用ふるなり。重く剛毅にしたる力の扱いとして、これを甚だ嫌うなり。

起倒流柔術伝書

花ゆゑゆゑに あらはれたよなう あら卯の花や 卯の花や 

【現代語訳】花にもまさるあなたのせいで 知られてしまった恋の中 ああ卯の花の卯の字のせいで 憂えがまさるなおまさる

閑吟集

さて何とせうぞ 一目見し面影が 身を離れぬ 
 
【現代語訳】さては何としたものか ちらりと見かけただけなのに 姿が心に焼き付いて 私の身から離れない

閑吟集

現世安穏、後生善処

凡そ物は理りにきとかかる事はいはば死たるが如し。天地と共におこなはるるおのづからの事こそ、生きてはたらく物なれ

賀茂真淵

いみじくも大義を明らかにし人心を正せば皇道なんぞ興起せざるを憂えん。この心奮発して神明に 誓う。古人いう、斃れて後にやむと。

藤田東湖

これには釈迦がいちばん解けなかったことが現れている。何も書いていない紙が必要なんです。書いてあるものを読むだけでは頭に入るだけです。ところが何も書いていないから、自分で書くしかない。書けば身に付く。これが行というものですよ」「有るようでない。無いようである。これが空の世界なんです。まさにこれは釈迦が説きたかった世界の実態なのです。

中村元

――思想というものは、人に解らせる事の出来ない独立した形ある美なのだ、思想というものも、実地に経験しなければいけないのだ……。

小林秀雄

 「しかし、それだけではないんだ」と、ある有能なマンガ編集者が私に語った。「日本の人気のあるマンガというのはね、ひとつの画面のなかの人物の表情に、必ずそのセリフのひとつが、鋭く対応している。そのことに、最近、気がついた」

小野耕世

 1 西洋の影響下に近代化した意識の層
 2 その下の封建的・儒教的な日本文化の層
 3 さらに下の、どろどろしたシャーマニズム的地層

桑原武夫


日本紀などは、ただ片そばぞかし 

【現代語訳】日本書紀などはただ一面の真実を書いたものに過ぎません。世の中の色々なことは、物語りの中にこそ描かれているのですよ

紫式部『源氏物語(蛍の巻)』


子程子曰く、偏らざるをこれ中と謂い、易わらざるをこれ庸と謂う。中は天下の正道にして、庸は天下の定理なり。

程先生(程明道・程伊川の兄弟の先生)はおっしゃった。どちらにも偏らないことを『中』といい、長く変わらないものを『庸』という。『中』は天下が実践すべき正しい道であり、『庸』は天下が従うべき必然の定理である。

子思『中庸』


その経に見ゆるは、則ち允(まこと)に厥の(その)中(ちゅう)を執れとは、堯の舜に授くる所以なり。人心惟れ(これ)危うく道心(どうしん)惟れ微(び)なり、惟れ精惟れ一、允に厥の中を執れとは、舜の禹に授くる所以なり。堯の一言、至れり尽くせり。

その『経書』に見えるものは、本当にその真ん中を執って失うなということ(『論語』の堯曰篇に由来する)であり、これは堯が舜に禅譲した時の訓戒である。人心は物欲に迷わされやすい危うさがあり、真の道を学ぼうとする道心は物欲に迷わされてほんのわずかなものに過ぎない。人心と道心を精密に区別し、一心に真の道を求めよ(精一の道を求めよ)。本当にその真ん中を執れというのは、舜が禹に禅譲した時の教えである。堯の放った一言は、至れり尽くせりで全てを言い当てていた。

子思『中庸』

羊棗と膾炙、姓と名、一は同じく、一は独りなり。同じきを食して独りを食せず。同じきを諱まずして独りを諱む。…道は天下公共の道にして所謂同なり。国体は一国の体にして所謂独なり。(中略)然るに一老先生の説の如く、道は天地の間一理にして、其の大原は天より出づ、我れと人との差なく、我が国と他の国との別なしと云ひて、皇国の君臣を漢土の君臣と同一に論ずるは、余が万々服せざる所なり。

吉田松陰

狂者は進みて取り、獧者為さざる所あるなり。

【現代語訳】狂者(礼法を乱し、政教にも害を及ぼし、俗世間から憎まれることも多いが進んで善を求める人)は積極的で、進んで善を求める気魄がある。獧者(俗世間とはことなるところがあるが、大きな過失はない人)は消極的だが、断じて不義不正はしない。

孟子

私達は忌まわしい暗殺者たちとその犠牲者たちのかたわらを、眉をひそめ、鼻口をおおって小走りに通り過ぎるのが常であった。そこに立ちとどまることは、あるいは心無い仕業とされ、嗜みにかけるものとみなされ、もしくは、それ自体異常心理の持主のふるまいのように考えられた。私たちは、この異常な世界に立ち入ることを日本人らしく、さけてきたといってもよいのである。(中略)東洋の君士人の伝統的モラールとされる怪力乱神の忌避という習性がある。

橋川文三

現代日本の各個人の精神は、ただその生理的誕生の日から、忽然としてこの世に出現したのでは決してない。かれは数千年の歴史の末に現はれた。その家庭において、学校において、あらゆる社会において教育され、影響されつつ成長する。しかして、かれの誕生以前から存在する。あらゆるものは、すべて長い日本民族の精神史のなかから生れ、その精神史の伝統に順応するか、あるいは反抗するかして始めて存在したもののみである。

葦津珍彦

日本民族とは天皇民族である。日本人の伝統的な文明精神、その心理、その気質、なにを考えても、その大切な核には、必ず天皇を源流とふるもの、または皇室からの影響、関連なしに考へられないことが多い。私の心中にある日本人といふイメージには、天皇のない日本人といふ民族は考へられない。

葦津珍彦

日本国の象徴として天皇を建てるといふ以上、その天皇とはいかなる御方かと云へば、神話伝承の前提なしには語られない。

葦津珍彦

そもそも社会における存在理由とは、なにを意味するのか。特定の人間なり集団が、目的意識を明らかにして人工的につくりあげたものは、その存在理由が明瞭である。(中略)しかしこの社会に存在するものでも、自然成長的に現はれて来たものの存在理由は、なかなか分らない。それは一つの特定理論であつて、はじめて存在するのではない。理論よりも前に、まづ存在する事実がある。それを人々は、いろいろ分析したり、解釈するにすぎない。それはおそらく無限無数の人々の経験と英知にもとづいて、成長して来たものと云ひ得る。一例を云へば、国語である。これはなぜ存在せねばならなかったのか。日本語は、中国語や韓国語とまつたく別の一国語として、なぜ存在せねばならなかつたのか。

葦津珍彦

このやうな自然成長の文化には、特定少数の目的意識をもつて作られた人工的な存在よりも、さらに深い、さらに複雑精緻な存在理由が秘められてゐることを考ふべきものではあるまいか。

葦津珍彦

好きな和歌 言葉 第五章


端的に言えば天皇は常に、日本人すべてのために、国安かれ、民安かれと祈つて祭つりにつとめられた。日本国の祭り主だと云ふことでは、初代いらい今日にいたるまで終始して変ることがない。民心を清く明るくして、国の平和と民の安らかなる生活を祈ることが祭りの主旨だとも思ふ。それは神前の祝詞に必ず出て来る祈りである。そしてその祭りの目標とするところを、この地上の国で実現するために努めて来られた。その努力は歴史の変遷によつて、その時代の緊要な問題に注力をそそがれたので、それぞれの時代で重点が変遷して来てゐるやうに思はれる。

葦津珍彦


京都の御所は、戦国乱世の時代になつても、まつたく王者無敵で、防衛の濠も造られず、戦ふと云ふことがない。またいかなる無法な武将も、その平和神聖な御所に対して武力を用ゐる意識がない。その乱世の中で、ただ静かに平和に祈られてゐるのが、天朝の高雅な気風なのである。

葦津珍彦

大陸の諸国では、新旧異質の文明が流入して来るときに、それが相対化する社会勢力と結びついて、宗教戦争をはじめ多くの混乱と闘争の原因となることが少なくない。その対決闘争は時として痛烈な激しさをしめして、一民族を絶滅してしまふことすらも稀ではなかつた。だが日本では儒学や仏教の移入にさいしては、さすがに多少の混乱をまぬかれなかつた歴史もあるが、それでも皇室といふ唯一の文明綜合センターによつて移入され、同一のプールにそそぎこまれたので、そこに移入文明を、日本の土着風土と調整し修正して行く大きな力が作用した。それは、ただに妥協とか便宜的折衷といふものではなく、その根底に、皇室が「祭り主」としての精神的根拠を有してゐるところから出来た偉大な綜合作用の力が働いたと云ひ得る。かくして綜合され日本土着の風土になじんだ海外の新文明が、同一の文明センター皇室を水源地として、延々三千キロにも及ぶ日本列島の南から北までひろまつて行つた。日本列島の文明化は、かくして同一質のものとして普及され、しかも百家斉放の自由な発展をとげた。多彩多様で、しかも穏かな調和を保ちつつ成長して行つた。あらゆる海外文明の新鮮な影響をうけながら、しかも独自の土着性を失はなかつた。

葦津珍彦

弟子入りては則ち孝、出でては則ち悌、謹みて信。汎く(ひろく)衆を愛して仁に親しみ、行ひて余力有らば、則ち以つて文を学べ。

「若者は、家では親孝行をしなさい。外に出たら目上の人に仕え、言動を謹んで広く人々を愛し、人徳を持っている人と仲良くしなさい。そこで余力があれば読書を通して学問をすればよいでしょう。」と

孔子

世の間を何に譬へむ朝開き漕ぎ去にし船の跡なきがごと

【現代語訳】
この世を何にたとえよう。朝に港を出ていった船の引く跡が、すぐ消えてしまうようなものだ。

笠朝臣麻呂

子貢問いて曰く、郷人皆これを好まば何如(いかん)、子曰く、未だ可ならざるなり。郷人皆これを悪まば(にくまば)何如。子曰く、未だ可ならざるなり。郷人の善き者これを好み、その善からざる者これを悪むに如かざるなり。

[口語訳]子貢が質問して言った。『郷里の人がみんな人を褒める人物ならどうでしょうか。』。先生が言われた。『まだ十分ではない。』。子貢が言った。『郷里の人がみんな人を嫌う人物ならどうでしょうか。』。先生が言われた。『まだ十分ではない。郷里の人の中で、善人に好かれ悪人に嫌われるというのが一番である。』

孔子

大君の醜の御楯といふものは かかるものぞと
進め眞前に

橘曙覧

神を父、仏を母としていただきて、熊野より興さむ出発の時

熊野本宮大社

言葉が役に立たないときには、
純粋に真摯な沈黙がしばしば人を説得する。

シェイクスピア

たとい末法のなかに持戒の者あらんも、すでにこれ怪異なり。市に虎あるがごとし。これ誰か信ずべけん。(中略)像季の後は、まったくこれ無戒なり。仏は、時運を知りて、末俗を済わんがために、名字の僧を讚じて、世の福田となす。

最澄『末法灯明記』

海に浮かぶ船は万里をはしり、松にはふかづらは千尋の高さにのぼる。麒麟の尾につく蝿は雲路にとび、輪王の御幸にしたがふ農夫は虚空をかける。

平康頼『宝物集』

たとひ一生涯の間、十悪五逆をおかせる人なり共、命終の時は、阿弥陀仏の名号を十念成就して極楽に往生するといへり。

平康頼『宝物集』

無辺の徳海は本より円満なり。還って我は心の諸仏を頂礼す。

【現代語訳】
無辺の徳の海が本より円満している。(外にするべき頂礼を)我に環して心の諸仏を頂礼する

本覚讃

大空の 雨はわきてもそそがねど うるふ草木はおのがしなじな

【現代語訳】
大空から降る雨は分け隔てせずに降っているのだが雨に濡れる草木はさまざまに受け止めているのだよ

恵心僧都源信

仏は常にいませども、現ならぬぞあわれなる、人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見えたもう

【現代語訳】
仏はいつもそばにいるが、姿を現さないのが尊いのである。人々が寝静まった暁に、ほのかな夢の中で姿を見せるのだ。

梁塵秘抄

自分は自分である。何億の人間がいても自分は自分である。そこに自分の自信があり、誇りがある。

松下幸之助

事を処するに理有りと雖も而も一点の己れを便するもの挾て其の内に在れば、則ち理に於て
即ち一点の障碍を做して理も亦暢びず。

【現代語訳】事を処理するのに自分の方に道理があっても、その中に僅かでも自己の便宜のためにするという私心が挾まれておるならば、これが道理上にも障碍となって、道理が通じなくなるものである。

佐藤一斎

一耆宿有り好みて書を読む。飲食を除く外、手に巻を釈かずして以て老に至れり。人皆篤学と称す。余を以て之を視るに、恐らくは事を済さざらんと。渠れは其の心常常放かれて書上に在り。収めて腔子の裏に在らず。人は五官の用、須らく均斉に之れを役すべし。而るを渠れは精神をばもっぱら目に注ぎ、目のみ偏して其の労を受け、而して精神も亦従いて昏かいす。此くの如きは則ち能く書を看ると雖も、而も決して深造自得すること能わず。便ち除だ是れ放心のみ。且つ孔門の教の如きは、終食より造次てん沛に至るまで敢て仁に違わず。試に思え、渠れは一生手に巻を釈かざれども放心此くの如し。能く仁に違わずや否やと。

【現代語訳】年老いた学者がいて、好きで書を読んでいる。飲食する以外は手から書物を放さずに老人になってしまった。世間の人は、皆篤学の人だとほめている。自分はこれをこう見る。このような人は多分事を成し得ないと。彼は心を常々書物の上に置いて、心の中に置こうとしない。人の五官は、均等にどれも使うべきだ。しかるに彼は、精神をもっぱら目にばかり注ぎ、目だけが疲れて、従って精神もくらんで来る。このようなことでは、どんなによく書物を見ても、決して深く蘊奥を極めて真意を把握するわけには行かない。ただ心を書物の上に放って置くだけだ。その上、孔子の教えは、食事する時間から、突嗟の場合まで、少しも「仁」に違わない心掛けが必要なのである。考えても見給え、彼は、一生涯手から書物を放さないが、心は放しっぱなしである。これで「仁」に違わないといわれようか。

佐藤一斎

(明治国家が)その完成を権力的にせよ治めることができたのは、視角をかえれば、常民のなかに悠久として宿っていた幻想の天皇信仰が存在したからであったともいえる。勿論、つねに歴史のなかで疎外しつづけられてきた常民にとって、生活を支える日常的基本原理は己れのなかに宿る祖先信仰であり、氏神信仰であったことはいうまでもない。だがそれらのたちのぼってゆくさきに穀霊信仰があり、その延長線上の神としての、太陽神としての天皇が不可視の信仰世界に存在したのであった。そこに稲作民族としての日本に固有な信仰世界と歴史がつづられてきたのであった。

後藤総一郎

1. 神は在るもの、仏は成るもの。
2. 神は来るもの、仏は往くもの。
3. 神は立つもの、仏は座るもの。

鎌田東二

幼少の五郎は、ひな壇の前で聞いた「母上、内裏さまは天子様と聞くが誠ですか」と。母は子の眼を見つめて、ただ頷いた。五郎は天子様を、このように祭り敬っているのに、なぜ会津が朝敵として討たれねばならないのか、質したかったけれども、その時の母の表情に厳しさを感じて、黙してしまった。この母は、会津城落城にさいして、その子に家を継がせ会津の名誉回復の使命を果たさせるべく田舎へ疎開させた。そして自ら家に火を放ち、娘を刺して武夫も及ばぬけなげな最後の自刃をとげた。この最後の日を期してかの女の、来る日、来る日の生活の記録は、名門会津藩の文化を想わせて、いとも優しくて静かである。私は、これこそが真の優雅で美しい生を知る人だと感嘆する。その死は目前に見えている。だからと言って優雅なひな祭りをやめるような者は、ほんとの「ひな祭り」の美しさを知らないのではないか。
穏やかで優雅な文化の中に生きる者は、その文化が滅びる時には生きていない。

葦津珍彦

日本の武士が桜の花のように散って行った美しさには、この優雅の文明を守る心がある。だから日本の武士道は、その死を見ることで帰することがごとき勇気とともに、優しさがあった。尊皇攘夷の志士でも、日清日露の忠勇無双の兵士たちも、忠烈な戦闘精神に燃えているが、その心の底には優にやさしい情がある。それは同一の天皇へのあこがれの、平時と緊急非常時との表はれのちがひにすぎない、と私はおもふ。

葦津珍彦

詔して、「困って訴える人は、もし伴造がおれば、その伴造がまず勘考して奏上せよ。所属の首長がおれば、その首長がまず勘考して奏上せよ。もしその伴造・首長が、訴えを審議せずに、牒を匱に入れるなら、その罪で処罰する。その牒を集める者は、未明に牒を持参して内裏に奏上せよ。私は年月を記して群卿に見せよう。怠けて審理しなかったり、おもねって判断を曲げるようなことがあれば、訴える者は鐘を撞くがよい。こういう次第で朝廷に鐘を懸け匱を置くのである。天下の人民はみな私の心を知ってほしい。また男女の法は、良男・良女の間に生れた子は、その父につけよ。良男が婢を娶って生れた子は、その母につけよ。もし良女が奴に嫁いで生れた子は、その父につけよ。二つの家の奴婢の間に生れた子は、その母につけよ。寺院の仕丁の子の場合は、良人の法のとおりとするが、別に奴婢に入っている場合は、奴婢の法のとおりとせよ。今、人々に法の制定の始まりを示すものである」と仰せられた。

日本書紀「孝徳天皇」

外国の反君主テロリストは、人民大衆の意思を代表して(少なくとも代表したつもりで)大逆の決意をした。ところが幸徳秋水門下生の宮下や菅野スガの場合は全く反対なのである。人民の無条件的な天皇崇敬の社会心理的事実を確認している。そしてその人民の大衆感情に反撥して、社会心理にショックを与えてやりたいと思ったのだ、と告白している。

葦津珍彦

むしろ日本国憲法においては、ただ天皇の行為を制限し制約することに急であり、皇室財産のごときもこれを廃し、皇室が社会的事業に対して資金を提供されるようなことも、国会の同意承認なしには禁止するという条文を設けた。この憲法起草者の意図は、福沢が皇室の社会的影響の大きくなるのを期待したのに反して、あらゆる点で、皇室の社会的影響力を抹消することに意をそそいでいるのは明らかなことである。

葦津珍彦

百丈は「一日作さざれば一日食らわず」といって、すこぶる行動主義を揚言し実践した人であるが、また他方では「秖如今(ただいま)鑑覚」するという「自性」に関して般若的体験的なものを唱導したのである。これが俗にいう悟りのことで、これが明白にならぬと、東洋的なるものが、はっきりとしないのである。

鈴木大拙

「鑑覚」とは、その文字のように、鑑すなわち鏡のように照らすの義である。両鏡相対して、その間に影像なしというが、そのように、如今の鑑覚には何らの影も宿らぬので、これは「空」である。空ではあるが、それだけでなく、そこに「覚」がある。この覚がないと、「悟り」にはならぬ。秖如今鑑覚の自性というと、何か耳聞覚知性の自体があって、それが鏡となって、そうしてまたその対象になる何かがあるように思われるかも知れぬ。そうすると「空」でなくなり、自性自覚でもなくなる。ここが眼のつけどころである。「空」がここで成り立つので、「何か」があると、それはもはや「空」でなくなる。言葉でいうと能所の分別をつけなくてはならぬが、「鑑覚」そのものには、この分別的弁識がない。能即所、所即能である。見るものが見られるもので、見られるものが見るものである。分かれて分かれてないのが「鑑覚の自性」である。

鈴木大拙

この自には自他対立の意義を含まないで、ただ一面の自である、すなわち絶対性を持つ自であることを心得ておくべきだ。「自由」は、この絶対の自がそれ自らのはたらきで作用するのをいうのである。それゆえ、ここには拘束とか覊絆(きはん)とか束縛などという思想は微塵もはいっていない。すなわち「自由」は、積極的に、独自の立場で、本奥の創造性を、そのままに、任運自在に、遊戯三昧するの義を持っている。「自由」は今時西洋の言葉であるフリーダムやリバティのごとき消極的・受身的なものではない。はじめから縛られていないのだから、それから離れるとか、脱するなどということはない。

鈴木大拙

数寄は野の末、山の奥、道の端なも、不断の座敷にもみちみちて御座候なり。

片桐石州

武士道と神道と仏教との三思想が結び付き、戦乱時代特有の剛健勇武と悲哀寂痛が人心に浸透した結果、禅的幽玄思想、幽玄の趣味、迷信的俗間信仰、諧謔的嘲笑思想が横溢した時代と言える。

金子義夫

国を治る者一朝も礼を失ば、則ち荒乱之に及ぶ

若林嘉陵

更に進んで考える時は、自然と精神とは全然没交渉の者ではない、彼此密接の関係がある。我々は此二者の統一を考えずには居られない、則ち此二者の根底に大なる唯一の統一力がなければならぬ、哲学も科学も皆此統一を認めない者はないのである。而して此統一が則ち神である。

西田幾多郎 

経験するというのは事実其儘に知るの意である。全く自己の細工を棄てて、事実に従うて知るのである。

西田幾多郎

日本的な動きの感覚とは、現実そのものアリティを好むのではなく、そのものがそれらしく感じとられる感覚、言い換えれば非現実的表現ら現実的なものを想像させる迫真性である。そのためには、現実的な法則論のしての「動き」を地盤として、その一連の動作を分解し、最も重要な部分を誇張することで現実的な動きの形象化に繋がるのである。いわばその動きの観念化こそ、日本アニメの動きの表現に深く根ざしている感覚なのではないだろうか。

桑原圭裕

まことに、みずから悪をなしてみずから傷つき、みずから悪をなして浄らかである。浄と不浄とはおのれみずから属し、誰も他人を浄めることはできない。

法華経

生きている人と同じようにもてなすこの、如在の礼は、死者や御霊だけでなく、現在の多くの神社の祭礼で神事として行われていて、日本の祭礼の特徴になっている。日本人の死者や神に対する最高のおもてなしの仕方ということができる。そしてその饗応に対して、死者や神のほうも、生きている人々に対して親しくことばをかけてくるのである。

五島邦治

愛はねんごろに親しむ徳なり。敬は上を敬い、下を軽んじないことである。

中江藤樹

忠の字は、宜しく己れに責むべし。諸れを人に責むること勿れ。恕の字は、宜しく人に施すべし。諸れを己れに施すとこ勿れ。

【現代語訳】忠の字は誠、真心という意味で、自分自身を責めるのに、この忠、即ち真心であるかどうかをもってするがよい。これをもって人を責めるのはよくない恕は思いやりということで、これは人に施すべきことで、自分自身に思いやりをかけてはいけない。

佐藤一斎

神の働きとしての命の力、これを「産霊」と呼んでおりますが、それが生々発展の過程の中で発現されていく現実のその場その場が、神聖なものとされております。人がその宗教的経験を通じて感得した生命力の発現や、真実なるものが、個別に神として表現される場合すらございます。

平井直房

見ん人のためにはあらで奥山に おのが誠を咲く桜かな

新渡戸稲造

「明き清き直き誠の心」とか、あるいは「清明心」という言葉。これは、わだかまりのない公正な心、相手を欺いてやろうとか、陥れてやろうとか、そういう気持ちのない、極めて澄みきった心境とされています。

平井直房

命の 全けむ人は 畳薦(たたみこも) 平群の山の 熊白橿(くまかし)が葉を 髻華(うず)に挿せ その子

【通釈】俺の命はもう長くないだろう。故郷の土を踏むこともあるまい。だが、無事生き長らえ大和に辿り着いた者は、平群の山の大きい樫の葉を、髪に挿して飾れ。いいかお前たち。忘れるなよ。

日本武尊

すなわち、永業田のような世襲的な所有を認めず、六歳以上の者には男女を問わず一定の田地を給与している。これは唐制を採りながらも彼等に盲従せず、彼が専ら労働力に応じて田を班ち、収穫の効果のみ期待したのに対し、我は広く人民に用益の利をあたえようとする土地均分こ精神に富んでいるお解することができよう。

蔵並省目

この製作の急所は、各人があくまでも個性を守りつつ、しかも我執を離れて一つになることであった。このような共同体の原理が同時に製作の原理となるような文芸は、ほかにはどこにもないと思う。従って連歌は、日本の独自の文化産物としては、能楽、水墨山水画、禅宗などよりも、一層純粋に日本的であるといってよい。

和辻哲郎

教養は培養である。それが有効であるためにはまず生活の大地に食い入ろうとする根がなくてはならない

和辻哲郎

ギリシャ人が見ることにおいて感じたのに対して、日本人が感ずることにおいて見たという相違は見逃すわけにはいかない

和辻哲郎

まさに徳を縮めて瑕を露わし、狂を揚げて実を隠し、密かに金唄を覆って盗をして見せしむることなかれ。

摩訶止観

見ずはただよからう 見たりやこそ物を思へただ

【現代語訳】
見なけりゃそれで済んだものを、見たばっかりに、物思いをすることです。

閑吟集

このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに

菅家

祭は私を我々にする。現象学的に言えば、共同性は、人格的共同体として、相互主観的な志向性に生きる人間の習慣化した結合体である。しかし、祝祭は、日常性における規範やしきたりにモラトリアムをかけ、個を全体に融即させる。共同体における一切の人工的区分は、反日常性の現出によって無効化し、無礼講的饗応の狂乱ほ中で我と汝の身分構造は、溶解して不分明となり、匿名的になる。混乱、狂騒、底抜けの騒ぎの発生によって、既存の埓は越えられ、日常性の埓から無構造ないし反構造へと放たれていく。そこでは、他者は、私に対する主としてではなしに、私との共同遂行者として、すなわち私の汝として現れてくる。だから、祝祭においては、フッサールの言葉を借りるなら、一つの我々が実現する。

明珍昭次

好きな和歌 言葉 第六章


あら楽しの身や。をうゝ

増賀

釈迦といふ いたずらものが 世にいでて おほくの人を まよはするかな

一休

世の中に独り留まるものあらばもし我かはと身をや頼まん

空也

【現代語訳】
この世に一人とどまる者がいたとしたら、もしや自分ではないかと期待するだろうか、いやしない。

現人神が聖天子像と重なり合うという錯覚を脱して天子も人間であるという考えに至ったとしても、日本の民衆の間における天皇信仰は万世一系という形でなお通時性をもって展開していたことはまた明らかであった。「天子様と替わらしたとちゅうても天皇様はどかん人じゃら、狂言でみる金の冠き金らんの広袖着とす人と思うが」(鶴見俊輔『御一新の一嵐』)といった一般民衆の表現には、現人神などという感覚ではなく、ただ若干一般俗人という捉え方をしている。ということは、ある種の権威、それも政治的権力とは異質の権威が保持されてきているといってよいだろう。

宮田登


政府は「天皇が軍事施設や学校、産業施設を回ることで、「軍事的指導者」や「開化の象徴」「産業や学芸の奨励者」としての天皇像を演出しよう
としたのであるが、人々は天皇を、将軍に匹敵する「神」のような支配者や、民俗的な「生き神」、あるいは訴えや苦しみを聞いてくれる「仁慈あふれる人間」として受け止めた。

原武史

恋人の破綻して相別れたるは、双方に永久の冬夜を付与したるが如し

北村透谷

我が心、我に従うものならば、かほど苦しき恋は無用と、意見せうずもの。

宗安小歌集

愛する事は憎む事を知る初めである。

永井荷風

我々が物を愛するというのは、自己をすてて他に一致するの謂である。

西田幾多郎

恋愛のためには、或いは一般に異性に惹かれるためには、精神に一種の空洞を必要とする。

中村真一郎

自分に誠実でないものは、決して他人に誠実であり得ない。

夏目漱石

人はたくみにしていつはらむよりも、つたなふして誠あるにはしかず

曽我五郎時致『曽我物語』

楽しい追懐の念には必ず一種の哀が之を包む。しかし、之れは花を包む霞のようなもので、朧げなるだけ却って情は深くなる。

国木田独歩

追憶が、大抵の場合美しいのは、それが希望の光に色づけられているからだ。

椎名麟三

たのしかった日曜日をさがしに行こう
見つかったら もう黙って生きていよう

立原道造

無智ぞありたき

明遍僧都

滑稽さの趣を解せざれば真面目の趣きを解する能はず

正岡子規

恋愛は希望に生き、友情は記憶に生きる

川端康成

水鳥のゆくもかえるも あとたえて されども道は 忘れざりけり

道元

神拝の際、祝詞を奏上する時にも……自身が祝詞そのものに成り切り、天地一枚になり切らねば、言霊の威力も何もあったものではないのである祈願の如きも同じことであって、自身が祈願そのものに成り切り、天地一枚とならなければ、決して成就するものでない

友清歓真『霊学筌蹄』

露の世は露の世ながらさりながら

小林一茶

【現代語訳】
露の世界は露の世だからはかないものとはわかっているが、あまりにも不条理である

ことばはどんなことしたって、インターナショナルではあり得ないですね。僕らはことばに携わるのだから、世界がどんなにテクノロジーと生活水準の平均化によってインターナショナルになっても、あるいは思想もインターナショナルになっても、ことばだけはダメ。それだから、ことばに偏執する。ことばはプラクティカルな意味ではどうにもなることでも、そうでないところで、われわれは立派に偏執する。われわれのナショナリズムというのはことばですよ。僕は、言霊説ですね。僕たちのことばが、外国語に翻訳される場合に、人情は通じると思うのですよ。人情は通じると思いますが、ことばは通じない。(中略)たとえばある橋を渡ったという場合に、その橋という観念のなかに、どういう橋がイメージとして浮かんでくるか。そのイメージだけは、どんなことをしても伝えられない。文学はそれでいいのではありませんか。

三島由紀夫

言霊信仰は、ご承知のように、正しい言葉には神をも動かす力、あるいは神に通ずる真実がこもるという信仰でございます。

平井直房

やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける 世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり 花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける 力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。この歌、天地の開け始まりける時より出で来にけり。しかあれども、世に伝はることは、ひさかたの天にしては下照姫に始まり、あらかねの地にしては素盞嗚尊よりぞ起こりける。ちはやぶる神世には、歌の文字も定まらず、素直にして、事の心分きがたかりけらし。人の世となりて、素盞嗚尊よりぞ、三十文字あまり一文字は詠みける。かくてぞ花をめで、鳥をうらやみ、霞をあはれび、露を悲しぶ心・言葉多く、さまざまになりにける。 遠き所も、出で立つ足下より始まりて年月を渡り、高き山も、麓の塵泥よりなりて天雲棚引くまで生ひ上れるごとくに、この歌もかくのごとくなるべし。

古今和歌集 序

【現代語訳】
和歌は、人の心をもとにして、いろいろな言葉になった(ものである)。世の中に行きている人は、関わり合う色々な事がたくさんあるので、心に思うことを、見るもの聞くものに託して、言葉に表わしているのである。(梅の)花で鳴く鶯、水にすむ河鹿の声を聞くと、この世に生を受けているもの全て、どれが歌を詠まないことがあろうか(、みな詠むのである)。 力を入れないで天地(の神々)を感動させ、目に見えない鬼神をもしみじみとした思いにさせ、男女の仲を親しくさせ、勇猛な武士の心を和らげるのは、歌なのである。この歌は、天地の開け始まった時より生まれた。しかしながら、世に伝わることは、天上においては下照姫(の歌)に始まり、地上にあっては素盞嗚尊より起こったのである。神世には、歌の音の数も決まらず、飾り気がなくありのままに歌ったので、言っていることの内容が判断しにくかったらしい。 人の世になって、素盞嗚尊から、三十一文字(の歌)は詠むようになった。 このようにして花を賞美し、鳥をうらやましく思い、霞にしみじみと感動し、露を愛する心・言葉は多く、(歌も)さまざまになった。遠い所(への旅)も、出発する足もとから始まって長い年月を過ごし、高い山も、麓の塵や泥から生じて雲のたなびく(高さ)まで成長しているように、この歌もこのようになる(=発達する)のだろう。

但上古の歌はわざと姿をかざり詞をみがゝむとせざれども、代もあがり、人の心もすなほにして、たゞ詞にまかせていひいだせれども、心もふかく、すがたも高くきこゆるなるべし。

【訳】ただ、上古の歌は、意図的に姿を飾り、詞を錬磨しようとはしないけれども、時代が昔のことで、人の心も素直で、ただ自然と詞の出て来るのにまかせて言い出したのだけれども、心も深く、姿も高く(立派で格調高く)感じられるのにちがいない。

藤原俊成

もし厳刻なる解剖の刀を加えて吾国の文明を分析すれば、一つも特別に新しき要素を発見することが出来ぬ、これは人々をして、日本文明は何らの独創もなき単に異邦の諸文明を取捨選択したものに過ぎぬと思わしめ易い。げに欧米人の中に、而して吾が国民の中にもまた、吾らを以て徒らに模倣と折衷とに巧みにして、何ら独創の力なしと信ずる人々が少くない。されど、これは由々しき誤解である。人類の精神的歴史は、決して異種の思想や文化の機械的離合によりて消長するものではない。石と木材と瓦とを寄せ集めただけでは、千万年を経るとも家は出来ぬ。歴史の原動力は、実に国民の創造力そのものである。既存の要素は、活きたる国民精神に摂取せられて新しき全体となり、この新しき全体に於て、かつて在せざりし新しき生命と新しき意義とを得来るのである。こは独り国民に於てしかるのみならず、個人に於てもまた同様である

大川周明

日本精神の数ある特徴のうち、その最も著しきものは、入り来る総ての思想・文明に「方向を与える」ことである。それ故に吾らは日本精神を偉大なりとする。そはまさしく一切の支流を合せてその水を大海に向わしめ、かつ之によりて己を豊かならしむる長江大河の偉業である。

大川周明

主体に再帰して、その連続性を確認させ、新しい創造の母体となりうる

三島由紀夫

純粋理性批判の出現という十八世紀後半の西欧思想史における一つの大きな事件は、いまや、十七世紀以来の西欧近世の古典的「理性」がその支配の時期をおえて限界をあらわにしはじめたこと、「理性」がもはやその枠のなかにとりこむことのできぬ「理性ならざるもの」が時代の深みにすこしずつ姿をあらわしはじめたことを象徴するものということができよう。

坂部恵

〈おもて〉とは、〈主語とならない述語〉であり、また、〈意味されるもののない意味するもの〉である。〈おもて〉とは、また、カオスの根源的な不安から意味をもったコスモスがたちあらわれ、〈おもみ〉と〈おもひ〉として〈かたどら〉れ、〈かたり〉出るはざまそのもの、対象化されえない述語面が〈声〉を根として自在な変身のうちに〈かたり〉出、〈かたどら〉れ〈おのれ〉と〈おのれ〉がはじめて〈おもて〉をあわせてたちあらわれる〈原人称〉のはざまそのものにほかならない。

坂部恵

この単調でしかし機能的な毎日。小さなトラブルはあるにせよ、まあまあの日々の生活。しかし同時に残酷で情け容赦もない日常。それを生き延びていくためにこそ、装飾的思考が必要なのだ。ちょうど、理想的な美しい身体などというものが、芸術家の夢想にすぎないのであり、だからこそ、我が身を飾る装飾が必要であるように。身体の美そのものを所有することがないからこそ、装飾のきらめく美しさを身にまとうことで、わたしたちは自分の身体において美を感じることができる。装飾的思考は、日常の哲学のオーラで飾ることによって、わたしたちの現実と哲学を結びつけようとする。

北川東子

人を愛すれば人もまた己を愛す。人の悦ぶ心をあつめて、親を敬ひ子を愛す。和気身に満ちて命ながし。

熊沢蕃山

共同の未来にかけている愛は、どんな切実なものであっても、遊びに過ぎない

椎名麟三

若し信仰は智識の及ばぬ世界を見る千里鏡であるならば、愛は意志の至り得ぬ心霊に達する天浮橋であろう。

徳富蘆花

孔子、問うことを尊ぶなり

荻生徂徠

朽はてゝ身は土となり墓なくも心は国を守らんものを

高山彦九郎

猩猩は血を惜しむ、犀は角を惜しみ、日本の武士は名を惜しむ

土佐坊昌俊

武士の生涯は生死を知らずは有るべからず

鈴木正三

あはれ、弓矢取る身ほど口惜しかりけるものはなし

熊谷直実

天下の士卒に先立って草創の功を志とする上は、節に当り義に臨んでは命を惜しむべきにあらず

楠木正成

何ぞ必ずしも官にとり、職を住するのみ、国家に報ずといはんや。

室鳩巣

よく愛するものはよく憎む事を知っていると同時に、憎む事の如何に苦しいものであるかを痛感し得るものだ。

有島武郎

呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。

夏目漱石

神に祈ること。布団を抱くこと。人の子よ、幸福の意味を知るが良い。

Lo

失う事すら失って何も出来ないまま僕らは救われる

Lo

嘉辰令月
歓びは、極まり無く
万歳千秋
楽しみは、未だ央ばならず

事実とは不自由である

ジョバンニジェンティーレ

議会制民主主義における政党は社会的・経済的な利権集団に過ぎず、国家に対して責任を欠いている

カール・シュミット

空海の密教は胎蔵界・金剛界の両部を立てて体系化したところに特徴がある。胎蔵界は大日経に基づくもので、女性的原理、あるいは理(真理)を表わす。金剛界は『金剛頂経』に基づくもので、男性的原理、あるいは智慧を表わす。曼荼羅は、この二大原理のもとに、あらゆる仏や外教の神々をも配列し、宇宙の秩序を示したものである。両部の発想は、中国の伝統的な『易』の陰陽の二元論にも通ずるもので応用範囲が広く、修験道や両部神道など、土着の宗教を仏教によって体系化していく際の原理として用いられた。

末木文美士

密教の実践思想の中核をなすのが即身成仏の思想である。その原理は空海の『即身成仏義』であり、そこには、万物を貫く原理として六大(地・水・火・風・空・識)が挙げられ、それが仏の根源であると同時に我の根源ともされる。それゆえ、根源的に我と仏とは一致しているが、それを曼荼羅の象徴を手がかりに実現し、仏の身体と言葉と心の三つの働き(三大)と我の三つの働きを合一させるのである。このことによって、現世においてたちまち仏となることができると主張する。

末木文美士

好きな和歌 言葉 第七章


自心の本より仏なり。是をさとるを成仏といい、これに迷うを衆生という。

抜隊得勝

歌のよきことをいはむとては、四條大納言公任卿は金のたまの集となづけ、通俊卿の後拾遺の序には、こと葉ぬひものゝ如くに、心うみよりも深しなど申しためれど、かならずしも錦ぬひものゝ如くならねども、歌はたゞ、よみあげもし、詠じもしたるに、何となく艶にもあはれにも聞ゆる事のあるなるべし。もとより詠歌といひて、こゑにつきて、よくもあしくも聞ゆるものなり。

【訳】どんな歌が良いかということを言うと、四条大納言公任卿は、(その私撰集に)『金玉集(きんぎょくしゅう)』と名付け、また通俊卿の(編纂した)『後拾遺集』の序には「詞は縫物の如くに(巧みに編まれ)、心は海よりも深し」などと申しているが、必ずしも錦の縫物のようでなくても、歌はただ、口に出して読んだり詠じたりしてみると、何となく優美に聞えたり、情趣深く聞えたりすることがあるものだ。そもそも「詠歌」と言うように、声調によって、良くも悪くも聞えるものなのである。

藤原俊成

居は気を移し、養は体を移す

孟子

井上日召と私は順縁で師弟となっているが、井上準之助とは逆縁で殺者受者となった。しかし如実にこの本体を見つめていると、準之助とは私の心の中の準之助だ。私の心?それは大きな如来の心である。自我…不可得、不可得なる自我…これが如来だ(略)順逆ともに仏道なるは法華の教理である。私は井上準之助を殺しておぼろげながら仏教の何物かを握ることができたような気がする。殺人被告罪になって拘禁中私はさかんに仏教典を読むことができた。すなわちこれは準之助のお陰だ。そうすると私にとっては殺人は如来の方便であると思う。準之助こそが私にとって如来であり、大善智識であり、師匠であるということになる。逆縁の師匠である。

小沼正

土ありて而る後民人あり、民人ありて而る後君長あり

権藤成卿

常に一歩進めんとする強烈な欲求と一切を抱愛しようとする博い心と、悩みの洗礼を受けた濃い歓びを願おうとする肯生的な情緒

一高文芸部部史

神の霊にみちびかれて大地自然の暖かきふところと隣人同志の兄弟愛のあるところ

橘孝三郎

吾々は現実の詔こそ戴かなかったが、自らの心の中に神勅を自覚し、唯神のまにまにやった。故に私どもの行なうや、神これを行なわしめ、私どもの言うや、神これを言わしめたもの。(中略)道の峻厳なる、随神の厳粛なる神はかかる陋劣を許し給わず、最も悲惨の極に至りたる正に神国として当然。

影山正治

革命家は憎しみに立ち、維新者は涙に立つ。革命家は憎悪をもって斬り、維新者は涙をもって断つ。その本質において詩人たらざれば真の維新者たることを得ない。

影山正治

吾人は人間であると共に真正の日本人たるを望む。真正の日本人は陛下の赤子たり、分身たるの栄誉と幸福とを保有し得る権利あり。しかもこれ無くして名のみ赤子なりと煽てられ、千城なりと欺かる。即ち生きながらの亡者なり、むしろ死するを望まざるを得ず。我らの実在は祖先の実在にして我らの血液は祖先の血液なり。しかして我らの実在は子孫の実在を実証し、我らの血液は子孫の血液その物なり。故に我らの生そのものは直ちに子孫の生にして、我らが生れし日本国は子孫の永遠に生くべき地なり。然して我らは我らの生を確保し子孫の永続を希う、天賦の要求を充すため日本国の隆昌ならんことを希うものなり。日本国の隆昌は七千万国民の真の和合と協力によらざるべからず、真の和合と協力を計るには一視同仁の善政を布き、真正の日本人たる恩沢を差別なく浴びせしめざるべからず。

朝日平吾

最後に予の盟友に遺す、卿ら予が平素の主義を体し語らず騒がず表さず、黙々の裡にただ刺せ、ただ衝け、ただ切れ、ただ放て、しかして同志間往来の要なく結束の要なし、ただ一名を葬れ、これ即ち自己一名の手段と方法とを尽くせよ、然らば即ち革命の機運は熟し随所に烽火揚り同志は立ちどころに雲集せん。夢々利を取るな、名を好むな、ただ死ね、ただ眠れ、必ず賢を取るな、大愚を採り大痴を習え。われ卿らの信頼すべきを知る故に激を飛ばさず、予の死別を告げず、黙々として予の天分に往くのみ。ああそれ何らの光栄ぞや、何らの喜悦ぞや。

朝日平吾

一朝にして幾百年の武断政治 しかもそれは一天万乗の至尊を覆い奉った臣子の専壇であった が腐敗の極に達したとき、「国民の天皇である、天皇の民族である」という純真赤子の真率なるしかも勇敢なる雄叫びに、多くの志士は革命の大肺を掲げ起こったのであった。天朝の霊妙なるそして円慈なる 実にては哲理の表現にほかならぬ 明光を直ちに国民 民族の上に浴びたい、否、浴びねばならぬ、これが実際の日本であるというのが、当時専壇愚劣なる武断政治を破壊して太古の真日本に帰ろうとする維新志士その他一般民族の素志であったのだ。

西田税

民族国家の上に真理の聖光を望み得るのは実にわが真日本のみである。外夷にこれを望まんと欲しても到底不可能である。それは、外夷の辿り来った過去の道程を探り、現に進みつつあるところを正視すれば明瞭である。余輩「真理の表現にあらざるものは滅ぶ」ということを思いかつその実なることを知る。そして外夷に無限の憎しみを寄せると共に無限の同情と哀涙を濺ぐ、しかもこれを匡救せねばならぬという責任を感得するのである。しかして唯一の民であるべき日本民族およびその国家が不正正義なる外夷に圧せられ、またみずから真理を棄て滅亡を誘致せんとしつつある趨勢を見るにおいて、余輩はここに大声叱呼「再び国家を改革して真日本を建設せよ」を絶叫せざるを得ないのである。

西田税

マンガが新しい表現へと動き始めるとき、そこには必ず、社会構造の変化に伴う新しい意識を共有する読み手と描き手がいる。

村上和彦

若さとは稚さであり、欠落である。故に若者とは存在そのものが焦燥であるようなものなのだ。

橋本治

彼及び彼女等の要求—現状肯定を望みながらもそれを否定する、焦燥しながらもそのことには悩まされずに済むという奇妙な不安感を満たすものは[マンガの]他には、なかった。

橋本治

貧乏な万年失業者の「のんきな父さん」は、時々巡査や俳優などの仕事に就き、ブルジョワ的生活も味わうが、最後には貧乏な元の「父さん」に戻る。波乱の人生のなかでも飄々とした「のんき」な生き方を忘れないこの主人公は、不況や震災の重なった大正期の世相もあって、醸し出されるユーモアとペーソスが読者の共感を大いに集めた。

沢村修治

“カラー・テレビのたのしさと月ロケットのはやさ”でお届けする、最新のスポーツ・科学ニュースが、まんがが、読物が、きっと、少年たちの社会性を養い、新しい世紀への希望で胸いっぱいにするでしょう

講談社 少年マガジン新聞広告

真なるものひとつ美し、しかして真は宇宙唯一の原理なり。真に発して善を見る、しかしてこの二者は一者にして共に至上の美を思わしむ。換言すれば美 ― 真に美なるものは真なりまた善なり。これは要するに真は本体にして動くところ善となり、これを見るところ美となるのみ、ついに一者なるに過ぎず。人界に真を表現するものは誠なり。人誠なれば天に帰せるなり、道に殉ぜるなり、しかも生存の永遠性を獲得せしなり、この人を聖人という。

西田税

詩と死と、死は詩なり、死は人生生存の終焉にして永遠に生存すべき発露なり。― 人生のさ光彩は実にこの間に見るべし。死は美し、吾人は吾人の死をして美しからざらしむるべからず。吾想う、死を美しからしむるは人生生存の真意義なりと。

西田税

道徳経第一章で老子が〈何かで在る〔有〕〉と〈何かで在らぬ〔無〕〉の区別すら超えるのは注視に値する。確かに、〈何かで在らぬ〔無〕〉は、究極の形而上の原理、〈何かで在る〔有〕〉のもっとも根源的な源泉だ。〈何かで在る〔有〕〉がそっくりそのまま〈道〉であるのと同じく〈何かで在らぬ〔無〕〉もそっくりそのまま〈道〉である。だが、〈何かで在らぬ〔無〕〉は概念的に〈何かで在る〔有〕〉と対立するので、決定的な何かたりえない。この根本的な対立は乗り越えなければならない。そこで老子は〈何かで在る〔有〕〉と〈何かで在らぬ〔無〕〉の対立を超えたところに絶対的に言語を絶した〈何か〉を見る。それは、象徴的に老子が「玄」と呼ぶ何かである。この語は元々赤の雑じる「黒」を意味する。絶対に「不可能の」、つまり計り知れぬ〈神秘〉(「黒」)なのだが、或る段階で、万物(「赤」)を可能態として孕みつつ、己を顕す、そうした何かを指すに相応しい語だ。この〈神秘の中の神秘〉に老子は、〈何かで在る〔有〕〉と〈何かで在らぬ〔無〕〉が未分化の状態、「これら二つが同一である」究極の形而上学的状態の絶対者を見る。

井筒俊彦

ヨーロッパ近代国家はカール・シュミットがいうように、中性国家たることに一つの大きな特色がある。換言すれば、それは真理とか道徳とかの内容的価値に関して中立的立場をとり、そうした価値の選択と判断をもっぱら他の社会的集団(例えば教会)乃至は個人の良心に委ね、国家主権の基礎をば、かかる内容的価値から捨象された純粋に形式的な法機構の上に置いているのである。

丸山眞男

信仰ある者にとって象徴(従って現実)は神を見出す機縁であり、信仰なき者にとってはそれはかえって神を覆い隠す障碍である。すなわち象徴(従って現実)は或る人々に光を与えると同時に他の人々には闇を投ずるところの両面的存在である。

三木清

名号は阿弥陀の方から来て才市に「あたる」と、才市は才市で変わりないが、しかしもはやもとの才市ではない、彼は「なむあみだぶつ」である。そしてこの「なむあみだぶつ」から見ると、一面は弥陀であり、一面は才市であって、しかもまたそれ自身たることを失わぬ。

鈴木大拙

もっと繊細で、もっと根源的なもの、たとえば気分、もっと言えば気配、さらに言うなら、「自分―が―居る」というものはやはりそれ以上分割され得ない原感覚。それは「個体の雰囲気」とでも言うべきか、苛立たしいほどに馴染まれて外側のない、「この―私―である―ことの感じ」だ。これこそが「心的な」とさえも言えない、私たちの日々の現実―喜び、悲しみ、妬み、裏切り、打算する―の一切を成り立たしめている核ではないか。あるいはむしろ私たちの生涯の様々な光景は、そこにおいてこそ繰り広げはれているというべきではないか。私たちは、心的ではない現実というものを全く考えることができない。

池田晶子

吾が生既に蹉蛇たり。諸縁を放下すべき時なり。信をも守らじ。礼儀をも思はじ。この心をも得ざらん人は、物狂ひとも言へ、うつつなし、情なしとも思へ。毀るとも苦るしまじ。誉むとも聞き入れじ。

兼好法師

【現代語訳】

人生は思い通りに行かず、既に破綻していたりする。もう、いざという時が過ぎてしまったら、全てを捨てる良い機会だ。仁義を守ることなく、礼儀を考える必要もない。世捨てのやけっぱちの神髄を知らない人から「狂っている」と言われようとも「変態」と呼ばれようとも「血が通っていない」となじられようとも、言いたいように言わせておけばよい。万が一、褒められることがあっても、もはや聞く耳さえなくなっている。

教師はすべてを知っているのではなく、むしろ知らない部分についてのより多くの自覚を持っている者なのである。

田中美知太郎

義憤は実現の最大要素である。何となれば道義はわずかに義憤によって活き得るのみであるから。われらは熱烈なる義憤によって道義に活き道義を立て道義に殉ぜねばならぬ。利己や享楽は義憤の最大敵である。

西田税 

正義と愛を徹底的に世界に鼓吹せねばならぬ。世界人類に正義と愛とを徹底せしめ哲理的世界を造り出さねばならぬ。

西田税

いまや日本は革命の時期に達した。世界もやがて達するのである。日本革命の第一弾はとんだ。不義不当を悪むその巨弾は劈頭鮮血を染めて現実破壊、真日本建設の唸りを挙げた。腐敗せる旧日本人は冷水を浴びるの感と共に、ある戦慄を禁じ得ないだろう。上には聖天子と共に英邁なる摂政殿下があらせられる。日本の革命はその下においてなされると共に、世界の革命もその下においてなされるのである。まことに天朝は道義の根元である。時期は切迫した、やがて革命の炎は日本から世界をなめつくすだろう。われらは起つ。― 義憤に活きようとするわれらは起つ。

西田税

万一誰か弱い者がいじめられた話を聞くと、そのことがいつのことで理由の如何にかかわらず必ず敵討をやった。勿論いじめられた当人にも相談せず、敵手を見つけ次第どこでもかまわず突然やっつけるのだから、やられた者は溜まったものじゃない。当の相手は言うまでもなく、見ている人も話を聞いた人も皆私を憎むのに無理はないのだが、憎まれる私は、少しも自分が悪いのだとは思わないから、根性はネジける一方だ。この中で一人私の同情者がいた。それは前の家の老人で、通称を「屁っ徳」と呼ばれ、実に珍しい放屁の達人であった。

井上日召

というのは幼年時代から、父は私たち兄弟に向かって「国家のために」ばかり吹き込んでいた。何か機会がある毎に、俺はお前たちから世話を受けたり、年寄ったからって扶養を助けるというような考えは毛頭ない。ただお前たちが皆丈夫に成長して国家のために御奉公してくれればそれで十分だ。親が子供を教育するのは親の国家に対する義務なんだ。云々という調子で育て上げられて来たとのだから単に理窟の上では、忠義だの奉公だの、義務だのといったことは全く根拠のない迷信的な、もしくは御都合主義的な方便と思ってたけれども、私の肉身の中には全く正反対な感情があって、一度この感情の動く時、私は勇気に満ち血は高鳴って平素の理論なぞ雲散霧消、何の役にも立たなかった。だから国家とか、陛下とかいう言葉を聞くといつか私はその方へ歩みよって耳をそばだてていた。

井上日召

抽象的で静かに抑えた弥生土器の美学のほうが、日本美術の基調を形成したことがわかるだろう。焼物に見る抑制の効いた穏やかさと、稲作を中心としたムラ共同体は、日本列島のその後の文化を決定づけたのである。

加藤周一

第一に、文化は、ものとしての帰結を持つにしても、その生きた様態においては、ものではなく、又、発現以前の無形の国民精神でもなく、一つの形(フォルム)であり、国民精神が透かし見られる一種透明な結晶体であり、いかに混濁した形をとろうとも、それがすでに「形」において魂を透かす程度の透明度を得たものであると考えられ、従って、いわゆる芸術作品のみでなく、行動及び行動様式をも包含する。

三島由紀夫

一君万民・君民一体という言葉が表わして居る様に、個人は国家の統一の中で自発的な生命を発揮する様に不可分的に組織され生かされて居る、国家の統制と個人の自発性とが直接に結合統一されて居る、之が我が国家の誇るべき特色であり、そういう国家の理念を御体現あらせられるのが天皇であると解釈申し上げてよろしいのではないかと存じます。

田辺元

因果論と目的論との統一のうちに、しかもこの統一が創造的であるというところに人間の自由は現実的に存在し得るとすれば、自由の問題も構想力を離れては考えられないであろう。自由の問題は創造の問題を離れては現実的ではなく、創造とは単に意識の内部におけることではない。かような関係を一層明らかにするために、我々はなお形というものについて更に詳しく考えてみなければならぬ。

三木清

もう他人に待つことはやめよう。俺の力でなし得るところが如何に小さくとも、先ず俺自身で出発しよう。ソレにやはり他人から信頼できるだけの徳を積まねばならぬ。焦ることはない、静かに一歩一歩を確実に進めようと考えた。

井上日召

何となれば彼等の自覚を催すとして、どんな方法があるか考えてみればスグ了解できるはずだ。彼らの金城鉄壁は出版物も志士たちの誠意も何もかもいっさいが無力なんだ。余すところは彼らの大切この上なき生命上の危機感による一点のみによって彼らを自覚に導き得べしと考えたのであった。私にとっては私の仏行であると信じておった。私は顧みて善いとも悪いとも思わない。いっさいはこの国の発展過程における必然であると思うのみだ。

井上日召

「異世界」にしかリアルな夢が見られない時代に、異世界をモチーフとするファンタジーゲームが出現し、まんがはそこから夢見る場所のして求めた、というのがファンタジーコミック全盛の説明としては可能だろう

大塚英志

二〇〇〇年代のサブカルチャーの重要なパターンとしてループものやタイムトラベルものが挙げられるが、それが一貫した世界を保つことを重視しなくなることでもあり、つまりはキャラクターを中心軸としたメディアミックスへ移行しているということでもある。世界の一貫性は重要視されず、非一貫性はループやタイムトラベルといった物語として説明されてしまう。世界の構築はキャラクターの設定後に行われる。

マーク・スタインバーグ

古今東西の美術に博識の矢代幸雄博士も「日本美術の特質」の一つを「冬月花の時、最も友を思う。」という詩語に約められるとしています。雪の美しいものを見るにつけ、月の美しいのを見るにつけ、つまり四季折り折りの美に、自分が触れ目覚める時、美にめぐりあう幸いを得た時には、親しい友が切に思われ、このよろこびを共にしたいと願う、つまり美の感動が人なつかしい思いやりを強く誘い出すのです。この「友」は、広く「人間」ともとれましょう。また「雪、月、花」という四季の移りの折り折りの美を現す言葉は、日本においては山川草木、森羅万象、自然のすべて、そして人間感情をも含めての、美を現わす言葉とするのが伝統なのであります。そして日本の茶道も、「雪月花の時、最も友を思ふ」のがその根本の心で、茶会はその「感会」、よい時によい友だちが集うよい会なのであります。

川端康成

春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえて涼しがりけり

道元 

形見とて何か残さん春は花山ほととぎす秋はもみぢ葉

良寛

心とはいかなるものを言ふならん墨絵に書きし松風の音

一休

古人、皆、花を生けて、悟道したるなり。

川端康成

御民我れ生ける験あり天地の栄ゆる時にあへらく思へば

【現代語訳】
天皇の御民である私は、まことに生きがいを感じております。天も地も一体となって栄えているこの御代に生まれ合わせたことを思いますと。

海犬養岡麻呂

我が国の和は、理性から出発し、互に独立した平等な個人の械械的な協調ではなく、全体の中に分を以て存在し、この分に応ずる行を通じてよく一体を保つところの大和である。従つてそこには相互のものの間に敬愛随順・愛撫掬育が行ぜられる。これは単なる機械的・同質的なものの妥協・調和ではなく、各々その特性をもち、互に相違しながら、而もその特性即ち分を通じてよく本質を現じ、以て一如の世界に和するのである。即ち我が国の和は、各自その特質を発揮し、葛藤と切磋琢磨とを通じてよく一に帰するところの大和である。特性あり、葛藤あるによつて、この和は益々偉大となり、その内容は豊富となる。又これによつて個性は弥々伸長せられ、特質は美しきを致し、而も同時に全体の発展隆昌を齎すのである。実に我が国の和は、無為姑息の和ではなく、溌剌としてものの発展に即して現れる具体的な大和である。

国体の本義

醜手や極貧又は老醜等が、どうして美の対象であり得るのか。追求すべき美に価するのか。どうみてもそれらのものはそれ自身としては美ではあり得ない。あくまで醜である。それ自体では人の美意識をかきたて得ないし、心の琴線を振るわさはしない。その醜なるものが昇華されるのは何によってなのか。それは醜なることへの嘆きであり悲しみであると思う。

川村幸次郎

稲搗けばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ

詠み人知らず

【現代語訳】
稲を舂くとあかぎれが切れる私の手を、今夜も若殿さまは手にとって、嘆かれるだろうか。

武士があらゆる芸能を蔑みながら、能楽だけをみとめたのは、能楽が一回の公演を原則として、そこへこめられる精力が、それだけ実際の行動に近い一回性に基づいている、というところにあろう。二度と繰り返されぬところにしか行動の美がないならば、それは花火と同じである。しかしこのはかない人生に、そもそも花火以上に永遠の瞬間を、誰がもつことができようか。

三島由紀夫

好きな和歌 言葉 第八章


朝霧の凡に相見し人故に命死ぬべく恋ひ渡るかも

笠女郎

【現代語訳】
朝霧のようにぼんやりとしかお逢いしていないので、命も絶えそうに恋いつづけますことよ。

天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ

柿本人麻呂

【現代語訳】
天上の海には雲の波が立ち、月の船が星の林に漕ぎ隠れていくのが見える。

私達が、日常のことで思い悩み、腹を立てたり、悲しんだりして疲れはてた時、ふと、自然を見て、『ああ、こんなに美しい世界があるのを、すっかり忘れていた。どうして、これを忘れていたのだろう。』となんだか恥ずかしくなり、やがて、悲しみや怒りを忘れてしまい、自然の景色の中につつまれ『ああいな』とうっとりとその中に吸い込まれていくことがある。

中井正一

まことに、みずから悪をなしてみずから傷つき、みずから悪をなさずしてみずから浄らかである。浄と不浄とはおのずからに属し、誰も他人を浄めることはできない。

法句経

人は乃ち天下の神物なり。静謐を掌るべし。心は乃ち神明の主たり。心神を傷ることなかれ。

宝基本紀

左の物を右に移さず、右の物を左に移さずして、左を左にし、右を右にし

倭姫命世記

神道は則ち混沌の境を出で、混沌の始に帰る

宝基本紀

大日本国は神国なり。神明の加被に依りて国家の安全を得。国家の崇尊に依りて、神明の霊威を増す

倭姫命世記

志す所は、機前を以て法と為し、行ふ所は清浄を以て先となすなり

類聚神祇本源

俛焉(べんべん)として日に孳孳(じじ)たる有り、斃れて后(つい)に已む。

礼記

科学は非相対性の領域にあえて挑もうとしないので、科学的な視点から見れば、不可知論という処世訓はきわめてすぐれたものである。しかし我々がこの仮説によって、人の心の最後の欲求を黙らせようとすると不満が生じてくる。

鈴木大拙

世人、直に大宮に事ふるのみを奉公といへども、此照す日月の下に、天皇に不事人やはある。

橘守部

今こそわれわれは生命尊重以上の價値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と傳統の國、日本だ。

三島由紀夫

ものとしての文化への固執が比較的希薄であり、消失を本質とする行動様式への文化形式の移管が特色的であるのは、かうした材質の関係も一つの理由であらう。そこではオリジナルの廃滅が絶対的廃滅でないばかりか、オリジナルとコピーの間の決定的な価値の落差が生じないのである。このもつとも端的な例を伊勢神宮の造営に見ることが出来る。持統帝以来59回に亘る20年毎の式年造営は、いつも新たに建てられた伊勢神宮がオリジナルなのであつて、オリジナルはその時点においてコピーにオリジナルの生命を託して滅びてゆき、コピー自体がオリジナルになるのである。

三島由紀夫

世界がレアールとなったので、今日始めて民族というものが本当に歴史に出たと言ってもよい。( 中略 ) そうなると日本は世界に於いて、只特殊性・日本的なものの尊重だけではいけない、そこには真の文化はない。自分の作ったのものが自分と離れ公のものとして我々を動かすと云う様に、日本文化は世界的にならねばならぬ。

三島由紀夫

御歌所の伝承は、詩が帝王によって主催され、しかも帝王の個人的才能や教養とほとんどかかわりなく、民衆詩を「みやび」をもって統括すると

いう万葉集以来の文化共同体の存在証明であり、独創は周辺へ追いやられ、月並は核心に輝いている。( 中略 ) そして時代時代の日本文化は、みやびを中心とした衛生的な美的原理、「幽玄」、「花」、「わび」、「さび」などを成立せしめたが、この独創的な新生の文化を生む母体こそ、高貴で月並なみやびの文化であり、文化の反独創性の極、古典主義の極致の秘庫が天皇なのであった。

三島由紀夫

まず祝詞の中で、根本的に日本人の思想を左右している事実は、みこともちの思想である。みこともちとは、お言葉を伝達するものの意味であるが、そのお言葉とは、畢竟、初めてその宣を発した神のお言葉、すなわち「神言」で、神言の伝達者、すなわちみこともちなのである。( 中略 ) 最高位のみこともちは、天皇陛下であらせられる。すなわち、天皇陛下は、天神のみこともちでおいであそばすのである

折口信夫

我々の最も陥りやすい信仰の誤謬は、存在そのものを信仰してゐるつもりでその存在の可能性のみを信仰してゐることに存する。 

三島由紀夫

権力といふのは簡単にいふと、「他を拒絶することによつて自己を定立する力」と考へていいと思ふ。

三島由紀夫

天皇は権力ぢやないのです。天皇はつまり何ものも拒絶しないのだから権力ぢやないといふのが、私の基本的な考へであります。これを象徴するのが八咫鏡であります。つまり天皇の鏡は国民の一人々々の顔が全部映つてしまふ鏡だといふふうに考へてをります。

三島由紀夫

天皇をただ政治概念としての天皇に戻して、戦前のやうに天皇制を利用した軍閥政治を復活するといふことじゃなしに、天皇を文化的概念の中心としてもう一度ディグニティを復活する方法はいろいろと考へられると私は思つてゐる。一番具体的なことは宮内庁の役人の頭をかへることです。この役人達は毎週週刊誌見ちゃ、また美智子さまが載つてゐた、まだ国民は皇室を愛してゐる、よかつたと、胸をなでおろしてゐる。これが宮内庁の役人です。かういふ人間の頭を切りかへることがまず第一で、それ自体でもずいぶん変つてくるのですね。

三島由紀夫

国と民族の非分離の象徴であり、その時間的連続性と空間的連続性の座標軸であるところの天皇は、日本の近代史においては、一度もその本質で

ある「文化概念」としての形姿を如実に示されたことはなかった。

三島由紀夫

日本的非合理の温存のみが、百年後世界文化に貢献するであらう。

三島由紀夫

葦原千五百秋瑞穂国は、是,吾が子孫の王たるべき地なり。爾皇孫就いて治せ。行矣。宝祚の隆えまさむこと,天壌と無窮けむ

「あしはらのちいほあきのみずほのくには,これ,あがうみのこのきみたるべきつちなり。なむぢすめみまゆきてしらせ。さきくませ。あまつひつぎのさかえまさむこと,あめつちときはまりなけむ」

【現代語訳】
葦原千五百秋瑞穂国は、我が子孫が君主たるべき地である。汝皇孫よ,行って治めなさい。さあ,行きなさい。宝祚の栄えることは,天地とともに窮ることがないであろう

天照大神

習慣は快いものである。なぜなら、習慣として身についているものは、事実上、持って生まれついたのと、同じようなものになっているから。

アリストテレス

三神造化の首となり二霊万物の祖となりでより来億兆の人此間に生死す。

中盛彬

俗仏者の誤説、腐儒の僻見、西洋理術などの屈を棄擲せざれば、いつまでも予がいう所は耳底に聴識することあるべからず

中盛彬

たかまかのはらとは、このひとつのもののまなかをさしていへるなにて、のちにあめちふもののもとつみはしらなり。

中盛彬

いにしへ天地いまだ分かれざりしときは、ただむなしき大虚にして、なにと名づくべきものあらず。これといふものもなくて、そのいろハ、たとハバ墨と朱とを水にをとして、かき交じへしごとくになもありけらし。是をもといろとやいハむ。また産霊のいろともいふべかめり。書紀に天地未時誓猶海上浮雲無所根係といへるは、このときをかたりつたへしになもありけらし。

中盛彬

そのかぎりなくかろくすめりしもの、結びたるうちにて、ひとつの物の真中にをのづから、神のあれましける、また次にひとばしら、またつぎにひとばしら、共に三柱の神化れましぬ。記に於高天原成神名、天之御中主神、次高産巣霊神、次神産巣日神、ひいへるはこのときの語りつたへになもありけらし。ここに三柱の神の化れまししこと、をのずからの奇しき理をかしこみてしるべし。

中盛彬

さてこのあめの照らします御光のうちにて我が地球の成れりし後に、前に同じく同類のもの五つつまでぞい出きにける、さてぞ、結びの二柱の御神のみことのりに依て、をのをの主宰の御神さだまりたまひける。

中盛彬

自己のはこびて万法を修証するを迷とす。万法すすみて自己を修証するはさとりなり

道元

この生死は他ならぬ仏の御いのちである。もしこれを厭い捨てようとすれば、それは仏の御いのちを失うことになる。反対に、生死にこだわり、生死に執着するならば、これはまた仏の御いのちを失うことになる。仏の現象的な、執われかたありかたをとどめてしまう。厭うこともなく、かといって慕うこともないとき、はじめて仏の心に入っていくことができる。しかし、それを心によって、あれこれと思い慮ってはならない、言葉によってあれこれと言いあらわしてはならない。ただひたすら、わが身も心も放ち忘れて、仏の方に投げ入れて、(自分の方からではなく)仏の方からおこなわれて、自分はただひたすらに従ってゆくとき、余分な力をいれることもなく、また余分な心を労することもなく、生死を離れて仏となる。いったい誰がその心にとどこおることがあろうか。

道元『正法眼蔵生死』

逢仏殺仏 逢祖殺祖

【現代語訳】仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺せ

臨済録

間違いをせずに生きるものは、
それほど賢くない

フランスのことわざ

わが隊は いつかは権力とのたたかいで 玉砕する。けれども 後には一億の赤報隊が続く

赤報隊

高く心を悟りて俗に帰るべし。

松尾芭蕉

たとへ物あらはに言ひ出でても、その物より自然に出づる情にあらざれば、物と我二つになりて、その情誠にいたらず。

たとえ物をあらわに言い出しても、其の物から自然に出る情ではないので、対象と表現者が離れ離れのものになって其の情は誠に至らない。

三冊子

議論より 實をおこなへ なまけ武士 國の大事を よそにみる馬鹿

来島又兵衛

かれの自己が、かれの知性が、かれの全存在が、問いの中に注ぎ込まれた。言いかえれば、かれは今や問いそのものとなった。問う者と問いの区別、自己と非自己の区別は消えて、ただ一つの未分の「不知なるもの」があるのみであった。(中略)そしてふと空を見上げると、明けの明星が見えた。またたく星の光がかれのまなこを射た。このことが、かれの全意識を平常の状態に引き戻した。あんなにも頑強に、あんなにも執拗にかれを苦しめた問いは、もはやまったく消え去ってしまった。すべてが新しい意味をもった。全世界が、いま、新しい光に輝いていた。

鈴木大拙

住法位の活鱍鱍地なる、これ有時なり

道元

半究尽の有時も、半有時の究尽なり

道元

ただわが身をも心をもはなちわすれて、仏のいえになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがいゆくとき、ちからをもいれず、心をもついやさずして、生死をはなれて仏となる

道元
㊹ 
本を読むには、その撰者の霊の見聞している事。及び幽冥より現世は見通しにして何事も幽冥の鬼神には隠し難き事を思うなり。

宮負定雄

あんまり美し過ぎる少女の寝顔というものは、なんだか返って見る者を悲しくする。

川端康成

美しい娘が男に見えた時には、鋭い、そしてこぼれ易い刃物のような憂鬱を、諸君は彼女のうちに感じはしないか。

川端康成

われわれの身体は、いわば電池のようなもので、不思議な力がその中にひそんでいる。この力は、正しく働かせない時には、かびが生えて萎びてしまうか、あるいは歪められて異常な現れ方をする。そこで、われわれが狂ったり、片端になったりするのを救おうというのが禅の目的である。自由という言葉によって自分が意味するところはこれである。それはわれわれの心に生まれつきそなわっている創造と慈悲の衝動を、すべて思うままに働かせることである。

鈴木大拙

女が女を愛するってことは、つきつめてゆくと、彼女が彼女自身を愛するってことになるのよ。

川端康成
㊾ 
学者徒らに高遠深奥を務めて実行を後にすること勿れ

弘道館学則

夫が先に唱えて、婦が之に随ふといふのが所謂夫婦の別である。他の言葉で解釈すると愛敬というふことにあたる。夫婦は愛のみでは自然狃(な)れ易く乱れ勝ちになり真に和合は出来ぬ愛するうちに敬がかくてはならぬというのでそこで夫婦の別というものが生ずるのである。之は男女の間に最も重んずべき道である。
藤田東湖

好きな和歌 言葉 第九章


人と人との〈あわい〉に、ときに薄く、ときに色濃く、生と死の〈あわい〉の影がうつります。人と人との相互変身、可逆性、あるいは一体化の願望がきわまるとき、死の影もまたひときわその濃さを増すでしょう。

坂部恵


国王御宝物神璽・宝剣、神璽は玉女なり。此の玉女は妻后の体なり。王自性清浄の王女体に入り、交会せしめ給う。能所共に罪無きか。此の故に、神璽は清浄の王女なり。夢想の中これを覚知しおわんぬ。
万は宝剣なり。王の体なり。鞘は神璽なり。后の体なり。
神璽は仏眼仏母乃ち玉女なり。金輪聖王は一字金

輪仏頂。

慈円

わが国体は客観的存在でなくして、却って主観的実在である。自己の中に国体を見、国体の中に自己を認め、自己生命を発展拡充するように、国家生命を充実進展させねばならぬ。

草地貞吾

この手がしわの裏表 かわらぬ人を友とせよ これぞ良き人 良き友と 教えし昔の言の葉を 忘るなよ 忘るなよ 色も香も知る 君ならで 誰かに見せん 梅の花 心の友は かくこそと 教えし昔の言の葉を 忘るなよ 忘るなよ

唱歌「友だち」

すべてのものに、創造性はあるが、これだけでは、意味をなさぬ。これを認めて、自分の上に、体得しなくてはならぬ。この体得のゆえに「一念普ねく無量劫を観、無量劫の事とは即ち如今である」と、道破し能うのだ。これを「悟り」といってよい。そうして、これが最も東洋的なるものの真髄をなしているやに、自分は感じる。

鈴木大拙

天に日月あるごとく 並びています 御光を 仰ぐもたかき 大宮居 国土あまねく 御恵の 露もかからぬ 草もなく 寒さおおはん 袖もなき 貧し民の おん母と 畏けれど 仰ぎ見る 時計の針の 絶え間なく 業をはげめの 御諭しを 學びの子等も 忘れめや

唱歌「皇后陛下」

神と仰ぎ奉り 親とも仰ぎ奉る 天皇陛下の御為ならば 我が身も 家も忘れて

唱歌「天皇陛下」

我が大和民族・日本人の命を繋ぐ食物の起源神話である。大宜都比売は、食べ物を司られる神様だが、その神様が、須佐之男命を接待するのに、鼻や口、また尻から、その食べ物を絞り出したという。人間の身体で、陰部を除いて、外部に繋がって居る部分の全てである。食べ物は、食物の神、その本体そのものだとする考え方が示されて居るのに、気付かされよう。國生み神話で、國土、國民が、神の生みの子である事が語られ、その命を成長させる力も亦、神の命である事の信仰が語られていると言えるのでは無いだろうか。

上田賢治

前近代の論理と思考は、分析的言語と概念による近代人のそれとは、およそ次元を異にしている。ことがらの孕んでいる相互に矛盾しあう側面、たがいに背反しあう諸機能も、ことがらのありように即して全一的に把握されている。分析にもとづく諸概念の呈示ではなく、比喩による全体の補足と、事物による象徴とが、思考作業の根幹である。

高取正男

ことはシャモジだけに限らず、枡や膳椀、鍋釜からカマド、米びつなど、食事に関する一切のものを媒体として、家族個々の「ワタクシ」は、一家の食生活・ひいては家政全般を管理する主婦の権能に、霊的に統括されていた。

高取正男

主婦の手にするマスは、シャモジとひとしく主婦そのものである。これで主食の配分をうける家族の茶わんも、所持者個々の生命活動に対応し、それぞれの実存と直接かかわっている。必然的に、これらは枕とおなじく、余物でもって代替できない霊的特質をそなえ、使用者の霊力が内在すると信じられてきた。こうした思考方式によって存在が具象化され、意識化された個人のありようは、近代的自我とちがって分析的に呈示できないのはもちろんである。しかも現在の私達が抱いている極めて理性的な自我内部に、霊力をはらむ事物によって象徴するしかないような、如上の前論理的な個人意識が、エゴの本性のようにして伝承され、潜在していることを認める必要があると思う。

高取正男

家族員各自の所持している茶わん類が、それぞれの霊魂の容器を意味し、彼らの実存の象徴であるならはま、それに主食を盛り分けるシャモジのほうは、必然的に家族員個々の魂に新しい活力を分与する聖なる道具である。

高取正男

古代社会にあっては、人々はその所属する氏族や種姓によって奉ずる神のちがうのを原則とした。人の尊卑もまた、奉ずる神と神の名の血縁によっておのずから定まり、序列されていた。これに対して中世以降の封建社会では、血縁はけっして無条件の前提ではなく、氏族も種姓も名目上の存在にすぎなかった。たてまえではどうであれ、実質は社会的経済的、ないし政治的軍事的な現実の力をもって、社会組織の基本的な紐帯とした。それは一種の誓約であり、この世での契約であったから、つねに特定の儀礼によって主従の絆を確かめ合い、契約の更新をはかる必要があった。

高取正男

たとえ話、すなわち自分たちのあるいて来た、体験したことに事よせて話すのが、他人にも理解してもらいやすかったし、話す方もはなしやすかったに違いない。そして話の中にも冷却の時間をおいて、反対の意見が出たら出たで、しばらくそのままにしておき、そのうち賛成意見が出ると、また出たままにしておき、それについてみんなが考えあい、最後に最高責任者に決をとらせるのである。これならせまい村の中で毎日顔をつきあわせていても気まずい思いをすることはすくなくなるであろう。と同時に、寄りあいというものに権威のあったことがよくわかる。

宮本常一

村の言い伝え、むかしからのしきたりについて語り合うのも先例重視の懐古趣味ではなく、会議を先に進め、出席者の意思統一をはかるための重要な手段であった。結果として諸種の伝承がつねに村人の共有財産となり、久しく保持された原因にもなった。

高取正男

禅の無には消極性・否定性・寂滅性・破壊性などというものは、髪の毛一筋ほども、見つからぬ。無限の積極的可能性を有っている

鈴木大拙

「家」の原理とは何か。(中略)家業のために協力する「家」の方が、成員の平等性と、それに基づく自発性という点で、一歩進んでいたとみることができるように思われる。「家」は、それを構成する人々が、血縁の有無にかかわらず、相互に信頼し、その家業のために必要な役割を、それぞれが分担して遂行することにより、永続性を目指そうおする組織であった。武士の家の主従関係には、その信頼の関係が明確に示されている。この信頼という人間関係と、それに基づく職分(役割)の遂行とが、「家」の原理であったとすれば、「信」と「行」とを基本とした鎌倉仏教は、その原理の宗教的表現であったといえるのではなるまいか。

尾藤正英

ここでいう「家」とは、このころ以降の日本の社会の単位をなす組織であって、家業をもち、家産を所有するが、必ずしも結縁団体ではなく、養子や奉公人などを包括した協同の組織を指す。それまでの天皇は、国家の君主として富も権力も持っていたが、それは私有財産や私的な権力ではなく、すべてが公的な性格のものであった。しかし今や、天皇の一族は、その権力の実質を院に移し、さらにその院に財産を集積することにより、私的な「家」としての性格を具えることとなったのである。(中略)このような「家」の形成は、天皇や藤原氏に限らず、この時代の社会に広くみられる現象であって、その意味では、十二世紀を画期とする古代から中世への移行は、「氏」の時代から、「家」の時代への移行として理解することができる。

尾藤正英

安藤は自分が親から生れたことを事實ととつたと云ふことは、取りも直さず自分と親との間に成立する彼我相對の關係を事實と認めたのである。ところがかうした彼我相對の事實は客觀的に到る處に見出される。親子がそれである。夫婦がそれである。兄弟がそれである。君臣がそれである。而して孰れも彼我關係が成立してゐるのであるから、二つの中どちらか一つを失つたら、他の一つは全く意味を爲さない事になる。此意味に於て彼我相對の事實は何にも五倫に限つたことではないので、自然に於ける事物は有形無形を問はず、悉く皆かかる對峙をなしてゐるのである。即ち苦樂、和爭、善惡、正邪、信疑、空有、因果等あるとあらゆる事物は皆單獨には考へられないもので、必ず相手があつて成立するものであることが明白となつて來る。もし相對のことが明白でないものがあるならば、之を自他に兩斷する法をとれば相對の事實が現れて來ることは論理を知つてゐる者は直ぐと氣付くことであらう。しかし安藤は是を知識の上に持行くことをせず、總てを事實と取るのである。即ち自然の事物を悉く相對的と見、相對性を有する者に非らざれば成立することを得ずと考へたのである。この相對性のことを互性の二字で表し、成立の状態を活眞の二字で現はし、茲に於て自然の事物は互性活眞なりと云ふのである。進んでは又これが自然の作用であると云ふ意味で自然眞營道とも稱するのである。

狩野亨吉

ゲーム機やコンピュータの進歩で映像がどんどん実写に近づいていくなか、美少女ゲームのキャラクターもどんどん細密に描かれるようになり、その意味では「現実に近づいて」います。が、それだけではありません。現実の少女がどこまでいってもリアルでしかないのに対して、美少女キャラクターはリアルにはないもうひとつの要素を取り入れたのです。現実にはありえない夢、「ドリーム」を取り入れて、彼女たちは現実の少女を超える魅力を放ち始めます。

田中圭
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美術的な絵画(本画)の美:色彩や形態の美

漫画の美:宇宙間の萬物に就き、その現状並に相互間の交渉する實相を解剖決別し、その結果の美

岡本一平

面白き こともなき世を 面白く すみなすものは 心なりけり

高杉晋作

そのテレビも電気冷蔵庫も、『源氏物語』に製法が伝授されているわけじゃない。みんな西洋近代の物質文明の発明品である。トランジスター・ラジオもカメラも、日本人と日本文化の発明にかかるものじゃない。今の日本の大威張りも根拠は、みんな西洋発明品のおかげである。 これはそもそも、大東亜戦争の航空機についてさえ言える事で、あの戦争が日本刀だけで戦ったのなら威張れるけれども、みんな西洋の発明品で、西洋相手に戦ったのである。ただ一つ、真の日本的武器は、航空機を日本刀のように使って斬死した特攻隊だけである。

三島由紀夫

無益のことをなして時を移すを、愚かなる人とも、僻事する人とも言ふべし。国のため、君のために、止むことを得ずしてなすべき事多し。その余りの暇、幾ばくならず。思ふべし、人の身に、止むことを得ずしていとなむ所、第一に食ふ物、第二に着る物、第三に居る所なり。人間の大事、この三つには過ぎず。饑ゑず、寒からず、風雨にをかされずして、閑に過ぐすを楽とす。ただし、人皆病あり。病にをかされぬれば、その愁忍びがたし。医療を忘るべからず。薬を加へて四つの事、求め得ざるを貧しとす。この四つ欠けざるを富めりとす。この四つの外を求め営むを驕りとす。四つの事倹約ならば、誰か人の足らずとせん。

【現代語訳】
役に立たないことをして時を過ごすのを、愚かな人とも、道理にあわない事をする人とも言うことができる。国のため、君主のために、止むを得ずなすべき事は多い。その余りの時間は、どれほども無い。思うべきだ。人の身に、やむを得ずして営む所は、第一に食う物。第二に着る物、第三に住む所である。人間にとっての大事は、この三つに過ぎたものはない。飢えず、寒く無く、風雨におかさず、静かに過ごすのを楽しみとする。ただし、人は皆病にかかることがある。病に冒されれば、その嘆き・苦しみは耐え難いものである。医療を忘れてはならない。これら、薬を加えて四つの事を求めても得られないのを貧しいとする。この四つが欠けていないのを富んでいるとする。この四つの外を求め営むのを贅沢とする。四つの事をつつましやかにやっているならば、誰が不足を感じるだろう。

兼好法師

人の才能は、文明らかにして、聖の教を知れるを第一とす。手書く事、むねとする事はなくとも、これを習ふべし。六芸に出だせり。これを学ばんをば、いたづらなる人といふべからず。食は、人の天なり。多能は君子の恥づる処なり。糸竹に妙なるは幽玄の道。今の世には、これをもちて世を治むる事、漸くおろかなるに似たり。金はすぐれたれども、鉄の益多きに及かざるが如し。

【現代語訳】
人の才能は、四書五経などの古典に通じていて、古の聖人の教えを知っていることを第一とする。次には字を書くこと、専門にまでする必要はないが、これを習うべきである。学問をする時の手助けとするためである。次に医術を学ぶべきだ。身を養い、人を助け、忠孝のつとめを行うにも、医術がなくては行うことができない。次に、弓を射ること、馬に乗ること、六芸(礼法・音楽・弓射・乗馬・習字・計算)に挙げられている。必ずこれを一通り学ぶべきだ。文・武・医の道は、本当に、欠けてはならないものである。これを学ぶ人を、無駄なことをする人と言ってはならない。次に、食料は人間にとって何より大切である。よく味わい調理することを知っている人は、大変役に立つ。次に手細工、あらゆることに役立つ。この外の多くの事をいえば、多能は君子の恥とする所である。詩歌にたくみで、見事に管弦を奏でることは、優美で奥深い領域として君も臣もこれを重く考えるとはいっても、今の世にはこれらの能力で世を治めることは、だんだん不可能になってきているようだ。金はすぐれているといっても、銀の効用が多いのにはかなわないことと、似ている。

兼好法師

雅房大納言は、才かしこく、よき人にて、大将にもなさばやとおぼしける頃、院の近習なる人、ただ今、あさましきことを見侍りつと申されければ、何事ぞと問はせ給ひけるに、雅房卿、鷹にかはむとて、いきたる犬の足を斬り侍りつるを、中檣の穴より見侍りつと申されけるに、うとましくにくくおぼしめして、日来の御気色もたがひ、昇進もし給はざりけり。さばかりの人、鷹を持たれたりけるは思はずなれど、犬の足はあとなきことなり。虚言は不便なれども、かかることを聞かせ給ひて、にくませ給ひける君の御心は、いと尊きことなり。大方生けるものを殺し、いためたたかはしめて、遊び楽しまむ人は、畜生残害のたぐひなり。萬の鳥獣、ちひさき蟲までも、心をとめて有様を見るに、子を思ひ、親をなつかしくし、夫婦をともなひ、ねたみいか、欲多く、身を愛し、命を惜しめること、ひとへに愚痴なるゆゑに、人よりもまさりて甚だし。彼に苦しみを與へ、命を奪はむこと、いかでかいたましからざらむ。すべて、一切の有情を見て、慈悲の心なからむは、人倫にあらず。

兼好法師
【現代語訳】
大納言源雅房卿は、学識高く、かつ人格者だったため、院におかれましてはいずれのこと近衛大将に就けようとのお考えをお持ちだったが、側仕えの者が、ただ今、とんでもないことを目撃いたし呆然といたしました、と申し上げたので、どのようなことかと院がお訊ねになられた、お側の者が申し上げるには、雅房卿がお飼いになられておられる鷹に餌を与えようと、あろうことか生きた犬の脚を斬ったのでございます、垣根の穴よりこの目でしかと見ましてございます、お耳になされた院は、嫌悪と憎悪で日頃の御機嫌もどこへやらたちまち御不快をあらわになされ、雅房卿の昇進はなくなってしまわれたそうだ。あれほどのお方が鷹狩りの鷹をお持ちだったことも意外と云えば意外だったが、そもそも犬の脚云々は根も葉もないこと、佞臣の虚言により昇進がかなわなかった雅房卿はお気の毒であった、それよりもそのような話をお聞きになりお憎みになられた院の御心こそ、なんとも尊いではないか。そもそも命あるものを生きながら殺し、あるいは傷つけ闘わせそれを見て興じる人は、その時点で互いに噛み殺し合う畜生どもと同類である。あらゆる鳥獣、果てはもろもろの小さな虫たちにいたるまで、よくよく注意して観察してみると、子を慈しみ親を慕い、夫婦相和し、時に嫉妬したり怒ったり、そうかと思えば強欲で、利己的で自己愛が強く、命を惜しむことにおいては、ひとえに愚かゆえ、人間なんぞよりよっぽど甚だしい。そのようなものたちに苦痛を与え、命を奪い去ることほど痛ましいことがあろうか。なんにせよ、生きとし生けるものを見て、慈悲の心が目覚めない者は人ではない。

顔回は、志、人に労を施さじとなり。すべて、人を苦しめ、物を虐ぐる事、賎しき民の志をも奪ふべからず。また、いときなき子を賺し、威し、言ひ恥づかしめて興ずる事あり。おとなしきひとは、まことならねば、事にもあらずと思へど、幼き心には、身にしみて恐ろしく、恥づかしく、あさましき思ひ、まことに切なるべし。これを悩まして興ずる事、慈悲の心にあらず。おとなしき人の、喜び、怒り、哀しび、楽しぶも、皆虚妄なれども、誰か実有の相に著せざる。身をやぶるよりも、心を傷ましむる人は、人を害ふ事なほ甚だし。病を受くる事も、多くは心より受く。ほかより来る病は少し。薬を飲みて汗を求むるには、験なきことあれども、一旦恥ぢ、恐るることあれば、必ず汗を流すは、心のしわざなりといふことを知るべし。凌雲の額を書きて白頭の人となりし例、なきにあらず。

兼好法師
【現代語訳】
顔回は、人に苦労をかけないことを志した。全ての人や動物を苦しめたり、虐げたりしてはいけないし、身分の低い卑賤の者でもその意志を侵害してはならない。また、まだ幼い子供をおどしたりすかしたりして、言い恥ずかしめて面白がる人もいる。大人なら相手が本気ではないことが分かっているので何でもないという風に思えるのだが、幼い心には身に沁みるし、恐ろしくて恥ずかしくて情けない思いをさせられるのは切実な問題である。幼い子供を悩ませて楽しむような人間には、慈悲の心が無い。大人の喜び、怒り、悲しみ、楽しみなどの感情も(仏教的観点からは)みんな虚妄に過ぎないのだが、大人でさえも現実にある本当の感情だと信じ込んでしまうものである(子どもであれば尚更、それらの感情を実在のものとして受け取ってしまうだろう)。身体を傷つけられるよりも、心を痛めつけられることのほうが、人間の傷の深さは深くなってしまうこともあるのだ。病気になる時も、多くは心の悩みが原因であり、外部からやってくる病気は少ない。汗をかいて熱を下げるという薬を飲んでも、汗を出す効果が全くでないことがあるが、恥じたり恐れている時に必ず汗をかくのは心の仕業だということを知っておくべきだろう。とても高い場所で『凌雲の額』を書かされて、そこから下りてきた時には白髪になってしまったという例も無いわけではない。

高倉院の法華堂の三昧僧、なにがしの律師とかやいふもの、ある時、鏡をとりて顔をつくづくと見て、我がかたちの見にくく、あさましきことを余りに心うく覚えて、鏡さへうとましき心地しければ、その後ながく鏡を恐れて手にだにとらず、更に人にまじはることなし。御堂のつとめばかりにあひて、籠り居たりと聞き侍りしこそ、ありがたく覚えしか。かしこげなる人も、人のうへをのみはかりて、おのれをば知らざるなり。我を知らずして外を知るといふことわりあるべからず。さればおのれを知るを、物知れる人といふべし。かたちみにくけれども知らず、心のおろかなるをも知らず、藝のつたなきをも知らず、身の数ならぬをも知らず、年の老いぬるをも知らず、病のをかすをも知らず、死の近きことをも知らず、行ふ道のいたらざるをも知らず。身の上の非を知らねば、まして外のそしりを知らず。但しかたちは鏡に見ゆ。年は数へて知る。我が身のこと知らぬにはあらねど、すべきかたのなければ、知らぬに似たりとぞいはまし。かたちをあらため、齢をわかくせよとにはあらず。つたなきを知らば、なんぞやがてしりぞかざる。老いぬとしらば、なんぞ閑かに身をやすくせざる。行おろかなりと知らば、なんぞ茲を念ふこと茲にあらざる。すべて、人に愛楽せられずして衆にまじはるは恥なり。かたち見にくく心おくれにして出で仕へ、無智にして大才に交り、不堪の藝をもちて堪能の座に列り、雪の頭かしらをいただきて盛りなる人に並び、いはむや及ばざることを望み、かなはぬことを憂へ、来らざることを待ち、人におそれ人に媚ぶるは、人のあたふる恥にあらず、貪る心にひかれて、みづから身をはづかしむるなり。貪ることのやまざるは、命ををふる大事、今ここに来れりと、たしかに知らざればなり。

兼好法師
【現代語訳】
高倉院の法華堂で念仏三昧の日々を送る某律師が、ある時ふと鏡を持って己の顔をまじまじと見たところ、そのあまりの醜さに呆然として、情けなくなり、鏡すら厭わしいものに思え、それからというもの長らく鏡を恐れ憚って手に取ろうとさえしなかったばかりか、他人と顔をあわすのもお勤めの時だけで、それ以外はずっと引き籠っていたとお聞きしましたが、なんとも殊勝な心掛けと感じ入った次第。一見頭のよさそうな人も、他人をあーだこーだと批判することには長けているが、己のこととなるとからきしなんも解っちゃいない。自分を知ることなしに他者を知るなんて道理があるはずもない。だとすれば、まず自分をよく知る者を物のわかった人と呼ぶべきだろう。己の容貌がどれほど醜いかも知らず、精神の拙さも知らず、芸の未熟さも知らず、自分の身分のとるに足りないのも知らず、すっかり歳を喰ってしまっていることも知らず、病魔に蝕まれているのも知らない、当然死が目前に迫っていることなど知ろうはずもなく、修行の道が中途であるのも知らず、自分の欠点すら知らないとなれば、他者からの批判に鈍感なのもむべなるかなである。とは云え、顔なら鏡を覗けばいいのだし、歳なら数えればいいだけのこと。自分のことに決して無知なのではなく、どうにもしようがないと手をこまねいているのは、知らないも同然といったところだろうか。もっとも誤解のないように云っておくが、なにも醜い顔をどうにかしろとか、若ぶれと云いたいのではない。己の拙さを知っているなら、なぜさっさと退かないのか。年老いた自覚があるなら、どうして静かに隠居しないのか。まだまだ修行が足りないと知るなら、なにゆえ己を鑑みいっそう心を籠めて精進しようとしないのか。大体において、人から好かれてもいないのに社交に精出すこと自体が、料簡違いも甚だしく恥の極みだ。醜い顔で、浅い思慮のまま宮仕えし、無智無学もかえりみず学識豊かで多才な人たちと交流し、一人前の芸とも云えない立場で達者な人たちに連なり、すっかり白髪となりながら壮健な者たちと同列に並ぶ、その上理想だけは滅法高く、それに及ばないことを嘆き、何もしてないのに期待ばかりして、一方で人にやたらと気を遣い、お追従ばかり云うのは、他者の与える恥ではない、貪ることのみに執心した己の至らなさが招き寄せた恥なのだ。貪欲がやまないのは、命の灯火が今まさに消えようとしていることに無自覚なだけのことなのである。

理と非との中にこもれる理外の理、米の高下のみなもとと知れ

牛田権三郎

万事を決断するに、仁愛を本として分別すれば、万一、当たらざることありとも遠からず。

小早川隆景

心立ては如何なる大将軍にも恥ずべからざるように

水野勝成

仁に志す。言を慎む。己を虚にす。

安藤省庵

出る月を待つべし。散る花を追うことなかれ。

中根東里

一粒の花の種は、地中に朽ず、終に千林の梢に登ると謂ふ事も候へ

穀田十三郎

天地をもって、わが心とせば、いたるところ安楽なり。

慈雲

うそいふな。ものほしがるな。からだだわるな。

橘曙覧

たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時

橘曙覧

人間が最初に知覚した時間の標識、だからほとんどそれと自覚されなかった時間の標識は、すべてこのような地球上の万象と人間との親近関係にもとづくものだった。

ユンガー

ありがたき事は、まことしき文の道、作文、和歌、管弦の道。また有識に公事の方、人の鏡ならんこそいみじかるべけれ。 手などつたなからず走り書き、声をかしくて拍子とり、いたましうするものから、下戸ならぬこそ男はよけれ。  

兼好法師

【現代語訳】
望ましいことは、正式な学問、漢詩、和歌、管弦の才能。またしきたりや政務儀礼の方で、人の手本となることこそ素晴らしいというべきだろう。文字なども拙からず走り書き、声も中々でリズムがとれ、恐縮しながらも、下戸ではないことこそ男はよいものだ。

精神は、万物融合の上に域り立つ。人々が飽くまで自己を主とし、私を主張する場合には、矛盾対立のみあつて和は生じない。個人主義に於ては、この矛盾対立を調整緩和するための協同・妥協・犠牲等はあり得ても、結局真の和は存しない。即ち個人主義の社会は万人の万人に対する闘争であり、歴史はすべて階級闘争の歴史ともならう。かゝる社会に於ける社会形態・政治組織及びその理論的表現たる社会学説・政治学説・国家学説等は、和を以て根本の道とする我が国のそれとは本質的に相違する。我が国の思想・学問が西洋諸国のそれと根本的に異なる所以は、実にこゝに存する。我が国の和は、理性から出発し、互に独立した平等な個人の械械的な協調ではなく、全体の中に分を以て存在し、この分に応ずる行を通じてよく一体を保つところの大和である。従つてそこには相互のものの間に敬愛随順・愛撫掬育が行ぜられる。これは単なる機械的・同質的なものの妥協・調和ではなく、各々その特性をもち、互に相違しながら、而もその特性即ち分を通じてよく本質を現じ、以て一如の世界に和するのである。即ち我が国の和は、各自その特質を発揮し、葛藤と切磋琢磨とを通じてよく一に帰するところの大和である。特性あり、葛藤あるによつて、この和は益々偉大となり、その内容は豊富となる。又これによつて個性は弥々伸長せられ、特質は美しきを致し、而も同時に全体の発展隆昌を齎すのである。実に我が国の和は、無為姑息の和ではなく、溌剌としてものの発展に即して現れる具体的な大和である。

国体の本義

まことは理性と意志と感情との根源であるが故に、智仁勇も、このまことの現れであるといひ得る。我が国の道は、決して勇のみを以て足れりとしない。勇のみに趨るは所謂匹夫の勇であつて、勇と共に仁を必要とする。而して勇と仁とを実現するためには智がなくてはならない。即ち三者は帰して一のまこととなり、まことによつて三者は真の働をなすのである。

国体の本義

政治指導の怠慢、拙劣さ故に、生活難から親子心中をするものがたえず、不況産業の労務者の中には栄養失調で命を失うものがおり、危険率の多い産業体では死傷者が続出するというように、年々その犠牲者は相当の数におよんでいる。善良な庶民のそうした犠牲には、政治指導さえよろしきを得れば、防止できる性質のものが少なくない。その犠牲にくらべれば、クーデターにより、いちじ少数の特権支配者を、政治指導の舞台から退去させるために、たとえ犠牲者をだすとしても、その出血なぞ微細なものである。また、国運を将来測り知れぬ不安な事態においこむ危険と、そのときの混乱による犠牲に想いおよべば、その危険性を未然に防止するために、国運をあやまらしめるような少数の政治指導者を排除する出血は、国家、国民にとり、あながち反対すべきことでもない。その出血を、一個の原水爆の被害や、一機のロケットによる攻撃の犠牲にくらべれば、物の数ではなかろう。

小島玄之

さらに正確に言えば、問題は、とりわけ一つの大宇宙年から他の大宇宙年への移行に、異なった大宇宙年を繋ぐ鎖にある。「樹にかけた綱をつかんで人が堀を飛び越えるように」一つの大宇宙年は新しい大宇宙年に飛び移るのである。この人は受動的に時間によって揺り動かされるような愚者であろうか。「監視者」を必要とするような幼児であろうか。むしろ、自ら新たに時間を創造する巧みな魔術師ではなかろうか。(中略)こうして、絶対的孤独のうちにあるこの魔術師は、自己の存在を終わらせ、また新たに再生させうる力のわざ、あるいはむしろ意志のわざを所有するような真の魔物(démon)である。たしかに、その死

と再生との間には、かれの意志は現実態(actuellement)においては存在しないであろうが、それでもなお可能態(potentiellement)においては存在している )。問題は「可能態におけ

る意志」(volonté en puissance)というこの観念に集中する。

西田幾多郎

思い出した思い出した思い出した
去年の3月花の頃
あのときあなたと二人して楽しく歩んだ花の下
ヒラヒラヒラと散りかかる花びら一つ二つ三つ
その花びらに埋もれて笑ったあなたを思い出した
浮かれ出した浮かれ出したどうせこうなりゃやけくそだ
不景気で月給が下がったら逆さにお米が上がりやがった
質が流れて借金残るがま口叩いたら五十銭
焼酎飲んだら酔っ払ったやけくそダンスで浮かれ出した
膨れだした膨れだした膨れだした
何がそんなに膨れだした
日本の国威が膨れだした蒸籠じゃ饅頭が膨れだした
はなちゃんおぼこだと思ってたらいつの間にかお腹が膨れだした
質屋の利息が膨れだした家じゃ嬶アが膨れだした

大君につくすまことの一と筋は孝の道にも通ふなるらん

山口多聞

平安期の願文や同時代に記された仏教的言説には、人の死ということに関しては意外なほど注意が払われていない。これは私にとって一つの驚きであった。とくに追善供養には、親しい人の死を悲しむこと自体、己の無明が生み出す煩悩だと切り捨て、我々に行えるのは、菩薩となった死者に対し、いかなる作善を行えるのかを問題とするばかりであった。追善とは、今日我々が考えるような死者の死を悼むとともに、死者に代わって善業を行うという意味ではなく、仏・菩薩となって新たな利他行を開始した死者の生前の善業に倣って残された者が行う仏教的作善という意味だった。それと共に強調されているのは、仏の真理が、今まさに我々に働きかけていることに気がつき、菩提心を起したということであった。つまり、空や縁起という仏教の真理が、今まさに我々に働きかけていて、我々はその真理にようやく「気づくことができた」、ということに「気がつかされた」ということが述べられている。

工藤美和子

平安期の人々にとって、仏法の真理に気づかされ、利他行に邁進することこそが、一人の人間とそれを取り巻く社会の最大の関心事だったのである。そのように考えるならば、願文に描かれた平安期の人々にとって、生も死も大して重要な問題ではない。一人の菩薩として、永遠に生きる中で、自分たちの役割をいかにすれば果たすことができるかを模索していたのだ。

工藤美和子

民族というものにも青春時代があったとすれば、明治を作り出したのは日本民族における青春の情熱であったろう。情熱というのは、本来、不可解神秘的な生の力である。

川喜田二郎

明治の日本人は、情熱のための情熱をもてあそぶほどにソフィスト的堕落をとげておらず、古典時代にむかって上昇する素朴な野蛮性をもっていた。それゆえかれらは、情熱を具体的な創造的行為のなかに注入しようとした。

川喜田二郎

かれらは遊戯で満足するほど貧弱な情熱の持主ではなく、またそんな自己欺瞞を見破れないほど弱々しい生命力でもなかった。遊びではないから、自分の行為が失敗しても、心情的な美しささえ満たされたらよい、などという甘えはなかった。必ず成功せねばならない。

川喜田二郎

余の神経衰弱と狂気とは命のあらんほど永続すべし。永続する以上は幾多の作品を出版する希望を有する為めに、余は長しえにこの神経衰弱と狂気の余を見棄てざるを祈念す

夏目漱石

好きな和歌 言葉 第十章


理想はもはや『善』や『美』に対する空想であるわけはない。一切の空想を峻別して、そこに残る唯一つの真実『必要』!これ実にわれわれが未来に向かって求むべき一切である。われわれはいまもっとも厳密に、大胆に、自由に『今日』を研究して、そこにわれわれ自身にとっての『明日』の必要を発見しなければならぬ。必要もっとも確実なる理想である

石川啄木

純粋経験においては未だ知情意の分離なく、唯一の活動である様に、また未だ主観客観の対立もない。主観客観の対立は我々の思惟の要求により出でくるので、直接経験の事実ではない。直接経験の上においてはただ独立自全の一事実あるのみである、見る主観もなければ見らるる客観もない。あたかも我々が美妙なる音楽に心を奪われ、物我相忘れ、天地ただ嚠喨たる一楽声のみなるが如く、この刹那いわゆる真実存が現前して居る。

西田幾多郎

個人あって経験あるにあらず、経験あって個人あるのである

西田幾多郎

意識の根底に於て自己の意識を破りて働く堂々たる宇宙精神を実験する

西田幾多郎

巫はこの民族にあっては原則として女性であった。後代は家筋によりまた神の指定に随って、彼らの一小部分のみが神役に従事し、その他は皆凡庸をもって見せられたが、以前は家々の婦女は必ず神に仕え、ただその中の最もさかしき者が、最もすぐれたる巫女であったものらしい。

柳田國男

われわれの生活の不安定、未来に対する疑惑と杞憂とは、仏教とキリスト教とでは処理しつくることができなかった。現世幸福の手段として不十分なる点が見出された。しこうしてその欠陥をみたすべき任務は、太古以来同胞の婦女に属していたのである。倭姫命の御祭祀が単なる典礼になってしまうと、光明皇后や中将姫の祈願が始まったように、一つの形が不十分となれば、第二の方法が考えられなければならぬ。ゆえに兄の寂莫を妹が慰めるのも、言わばこの民族の一続きの大なる力の、一つの新しき波に過ぎないのかも知れぬ。

柳田國男

人間の生きた営みから発揮される重厚なエロチシズムによって形成されてこそ文化であり、単に偶像化されたものが文化ではない

三島由紀夫

願わくは、われわれ東洋人は一度西洋人をあげてことごとく国境外へ放逐したきことなり

南方熊楠

日本国体の深奥を探り,民族の生命の中核に触れ、日本的なるあらゆる精粋に基調されて、而も欧州社会主義の精神を味到採長して之を大乗的に統合止揚し、内外の客観的情勢のつぶさなる科学的批判分析の下に一個の社会思想にまで結実展開せしめたるもの之れ実に我が国家社会主義である。

津久井龍雄

戦術とは、その運動の行はれる国土及び国民の特殊性を顧慮して、之に最も適切なる運動形態を案出するといふことである。

津久井龍雄

日本精神は爾来三千年の民族生活の間に長養され発展され来って今日に及んでゐるものであるが、日本主義は、その日本精神を訓話的に反芻するものではなくて,その日本精神に従って、現在の日本と世界とをいかに改造し、いかに再建すべきかを指標する内容でなくてはならぬ。

津久井龍雄

天皇とは人民の個人的意志、利害等によりて、その地位を左右されることなく、『血』の原則によりて確然不動であり,他国のそれの如く一の王位簒奪者あるいは偶像としてにはあらず,民族全体の生ける『象徴』として尊信せられる。

津久井龍雄

音のないところの妙味を知れ

川瀬里子

本歌に対するに、その派生と転移、さらにはそれらの「見立て」、その見立てに対する再度の「付合」や「見立て付」というふうにみなすことができます。連歌や連句がめっぽう得意としたことでした。そして、その移行のたびに一対の感覚が次々き飛び火する。これが日本流というものなのです。

松岡正剛

人間は自然を上手に利用しながら、利用したものを地球に返してきたんや。その生活の中で、楽しめるものは、楽しむ。日本の場合、それが桜や。外国でも桜が咲けば花として見るけれど、花見の習慣はないねん。日本は花見弁当も、またいろんな趣向があるわな。それが日本の米の文化や。

佐野藤右衛門

命の為に咲く桜はどんな花でも美しい

佐野藤右衛門

谷崎は女の足の指のようなものを偏愛するでしょう。自然かて、ああいうものなんですよ。科学者は自然にうずくまって足の指を見なければいかんのです。

湯川秀樹

天祖天照大神の皇孫瓊瓊杵尊を斯の国に降したまひて、吾子孫の天皇として統治すべき国なりと定めたまひしは、日本人の国民的確信の実現であつたのである、古史に徴するに、初め天之御中主神あり、宇宙の中心たり万物の原動力たり、天地創造の根源にましまし、無窮に自然と精神とを支配したまふの神である、高皇産霊神神皇、産霊神神世七代を経て、創造造化の事成る、最後に伊弉諾伊弉冉の二神あり……大八洲国たる日本国土を生ませられた即ち相議し「我已に大八洲国及び山川草木を生めり。何ぞ天の下の主者を生まざらむ。」とのたまはせられ、天照大神を生ませられたのである……瓊瓊杵尊は其の御孫である、されば日本人は天祖及天祖の系統の御子孫を以て、天地の創造者たり万物の支配者たる天神の遺霊を承伝体得せられ、本来本質上日本人の活動は、斯の御一人の精神を基礎として存在するのであつて、絶対的に斯の御一人の精神に憑依するに依りて、各人は己を没却して我を完成し永遠ならしむることを得ると、確信して居たのであつて、之れ日本人あり、日本道徳あり、日本国家あるの根本基礎であつたのである、天祖の豊葦原瑞穂国は吾が子孫のしらすべき国なりとのたまはせられたのは、此の事を其のままに明にせられたるに外ならぬ、之れ実に我が建国の基礎なる大精神であつて、国体の淵源根柢茲に存するのである、かくて日本人は天皇に合一しまつり、天神に合一しまつり、天皇の御力に依りて、宇宙の理想と人類の本性を永遠に充実し発展することを得るとするを以て、所謂惟神道とするのである。

上杉慎吉

あた波をふせぎし人はみなと川 神となりてぞ世を守るらむ

明治天皇

あた波をしづめつくして年も今 くれの湊にかへる船かな

明治天皇

我の推し拡げて合一するの全体は本より空間的なる全体のみではないこと云ふを俟たぬ、時間に於て前なりし、ものも後なるものも皆継続して一体となり我の内容を成して居る限り無き、原子より限り無き未来永劫まで一体なるものの間に、之と一体を成して我在るのである……

上杉慎吉

最大範囲の人の一体を成すに於て、人は相関と連続とを完うし、人の本性を充実し、発展し文化と道徳の最高の段階に立ち到る。

上杉慎吉

天皇は例えば鏡の如くにまします、何物も之に映写せぬはない、無色透明無味無臭固より至公至誠である、天皇は絶対に無我にまします、一切を超越し、全日本人を包容せらるる、一切を包容する、固より天皇の私なるものは無い、されば日本人の体制意志は其の儘に、曇りなき明鏡の御心に合一して、日本国家に於いて日本人は、一斉に其の本性を充実し発展して、最高の道徳を実現することを得るのである。

上杉慎吉

すなわち「あはれ」と見えるものを「あはれ」と見ずに、あえて「あっぱれ」というふうに褒めたたえる立場をつくろうとした。客体としての「あはれ」という対象を、「あっぱれ」と称える観察者の側の感想にしてみせた。

松岡正剛

それでは、どのように日本や日本文化の一途と多様を語ればいいか。私はせめても「一対の語り口」を蘇らせるべきではないかということを勧めたい。一対というのは、「紺と金」とか「神と仏」とか「雅びと鄙び」というような、そういう対照的な一対で、かつ相互に関係しあう一対のイメージのことです。

松岡正剛

何よりも維新者は、至深の國體信仰と、至高の詩心を體得せるものでなければならない。

影山正治

維新の道に志す若き同志らよ。この一文を諸君らに贈りたい。
諸君は御民われの自覺に立ち、祖國の大いなる轉換期に當り、若人の純情と熱意を傾け維新奉行の大道を歩かうとして居る。僕もこの道を歩いて來た。そしてこれからもまた諸君と共にこの一道を歩いて行くのだ。この道はおろそかな道ではない。ますらをの道であり、悲願の道である。苦難と寂寥に充ちた道である。この道に志すものは多い。しかしこの道を歩み通したものは少い。

影山正治

うらうらとのどけき春の心よりにほひいでたる山ざくら花

賀茂真淵

社会一般の評として「右翼には理論がない」といはれ、また右翼人の中でも「理論建設の緊急」なることが主張されるのも故なしとはせぬ。しかしながら私見を端的に述べれば、日本右翼強化の道は、なにも独創的な理論家の出現を待つべきものではないと思ふ。(中略)ただ必要なのは、日本民族の精神的伝統の中から、自然成長的に燃えあがつて来るもろもろの諸要求の中から、なにが第一義か、なにが末節であるかを見分けて、西欧追従者とは異るところの独自の大綱的なすぢ道を立てる見識である。この見識が立てば、右翼は、国の危機にさいして国民大衆の自然発生的な心理を動かして、維新の指導力ともなりうるだらう。

葦津珍彦

神州は萬國の元首にして、皇統二あるを得ず。萬民を以て一君を奉ず、其の義は君臣の分を盡すにあり。一君を以て萬民を養ふことは、其の成功に取るのみ。
旣に天地の大道を見れば、則ち必ず一君二民の義あるを知る。苟いやしくも一君二民の義を知らば、則ち萬國の元首、宜しく二あるべからずして、萬民の一君を奉ずるの國、二あるを得ざるを知り、亦、天胤の必ず移すべからざることを知らん。

会沢正志斎

東洋の合理思想は自我を独立せる実体とは認めない。すべてのものは独立せる実体ではないので、必ず他のものに依存しなくてはならぬと言う。この非実体的な相互依存の考えは仏教に あって特に顕著であるが、周易の陰陽にも、老子の虚無自然の説にも、たとえ陰伏的にしても、その根底に潜んでいる。

末木剛博

世上の乱逆、追討、耳に満つといえどもこれを注さず、紅旗征戒わがごとにあらず

藤原定家

数奇は野の末、山の奥、道の端にも、不断座舗にも、みちみちて御座候也。夫を不見知候故(みしらずそうろうゆえ)に、こしらへ候はねばならぬと斗(ばかり)、人々存じ候

片桐石州

傲慢無礼 倶に天を戴いただかず いでや進みて忠義に 鍛えし我が腕 ここぞ国のため 日本刀を試し見ん

元寇

挑戦する人がいて、初めて何回も挑戦できる社会に、日本は変わっていきます。ですから私は、皆さんに期待しているんです。

安倍晋三

3月11日一人でも多くの人を住民を避難させようと、最後までマイクを握ったり、あるいは声を枯らして避難を呼びかけた人達がいました。危険を顧みず、職務を遂行した人達、そして、発災後黙々と瓦礫を運び続けたボランティア達、こういう人達がいて初めて、私達の社会は守られているんです。私は皆さん達、若い世代の皆さんと話していると、世の中のために地域や日本のために世界のために、何か役に立ちたいと、こう思う、こう考える人達が、本当に多いので驚かされています。ですから私は皆さんに、期待しています。どうか、チャレンジして、そして失敗しても立ち上がってください。そして、皆さんの溢れる若い力で、より良い世界を創ってください。

安倍晋三

武士というのは、正月元日の朝、雑煮を祝う箸を手にしてから、その年の大晦日の夜にいたるまで、毎日毎夜のこどく、心に死を覚悟するのを第一の心がけとするものである。つねに死の覚悟ができておれば、忠孝ふたつの道を踏みはずさず、さまざまな危険や災難にあうこともなく、健康に恵まれ寿命も永く保持できるし、加えて、人品骨柄までも立派になるなど利点の多いものである。

大道寺友山

ジョンソン声明に先立つて、或る時代を予言するやうなすこぶる寓意的な起り方をした。それは三つの主題を持つてゐる。すなはち、「人質にされた日本人」といふ主題と、「抑圧されて激発する異民族」といふ主題と「日本人を平和的にしか救出しえない国家権力」といふ主題と、この三つである。第一の問題は、沖縄や新島の島民を、第二の問題は朝鮮人問題そのものを、第三の問題は、現下の国家権力の平和憲法と世論による足カセ手カセを、露骨に表象していた。そしてここでは、正に、政治的イデオロギーの望むがままに変容させられる日本民族の相反する二つのイメージ、外国の武力によつて人質にされ抑圧された平和的な日本民族といふイメージと、異民族圧迫の歴史の罪障感によつて権力行使を制約される日本民族といふイメージが、二つながら典型的に表現されたのである。

三島由紀夫

ブラジルは人種的偏見の少ない国だが、それでも黒人の悲願は白人に生れ変ることであり、こういう宿命を抱いた人たちは、当然仮装に熱中する。仮装こそ、「何かになりたい」という念願の仮の実現だからである。

三島由紀夫

西洋人は、何と可哀想な人種ではありませんか。彼らは本当のところ「道徳なしには生きられない」のです。

三島由紀夫

神人は混沌の始を守りて仏法の息を遮り、高台の上に置きて神祇を崇め祭り、無二の心に住して朝廷を祈り奉れば、則ち天地と竜図とは運長く、日月と鳳歴とは徳遥かにして、海内は泰平となり、民間は殷富とならん。各々念へ。神を祭る礼は清静を以て先と為し、真信を以て宗と為す。

【現代語訳】
神を心に宿した人は、天地がまだ分からない始めの状態を大切に守って仏教の気配を隔て遮り、神祇を高い台の上に置いて崇め祭り、二心のない心になって朝廷の繁栄を神祇にお祈りしたならば、皇室の御運は天地と共に長く続き、天皇の御徳は日月の光と共に遠くに及んで、国内は泰平になり、人民は栄えるであろう。各々よく考えなさい。神を祭るには清静を先ず何より大切にし、本当の信仰を中心にするものである。

宝基本記

西天の真人は苦心を以て教え諭して善を修めしめしめ、器に随って法を授けてより以来、太神は本居に帰り託宣を止めたまへり。もし節に応じて自ら告示すること在らば、則ち大明戸を開き、形無くして音を顕はし、或は小童女、茅葉の上に昇り立ちて、須らく験言在るべし。猥りに狂言の類を信ずること莫く、天地に従ひ、陰陽を官り、神木を掌り、宜しく自ら正すことを存すべし。

宝基本記

【現代語訳】
西天の真人が苦心をして教えさとして善を修めさせ、その人間の器量に相応した教えを授けて以来、太神は本の住居に帰って託宣することをおやめになった。しかし、もし時に応じて自ら告げたいことがある場合には、太神はその神殿の大明戸を開き、姿を見せないでただ音声を出したり、あるいは少女が茅葉の上に昇り立ったりして、霊験あらたかな御言葉を託宣せられるであろう。だからみだりに道理にかなわぬ言葉のたぐいを信ずることなく、天地に従い、陰陽を司り、神木を掌って、自らを正すようにするがよい。

榊。一名真賢木。自然の正気を持ち受けて、冬も夏も常に青し。故に衆木の中、賢木と為し、榊と号す。

宝基本記

【現代語訳】
榊。一名は真賢木。自然の正しい気を受けているので、冬でも夏でも常に青い。故にこの木を多くの木の中で賢木と考え、榊と名づけたのである。

我が朝家、道は混沌に出で、境は華胥と同じうす。無為の功、未だ号令を仮らず。不言の化、豈に章条を用ゐんや。是に於て朴往きて雕来り、歩尽きて驟至り、前帝、後王、倶に一面の網を存ずと雖も、規を重ね矩を畳み、三章の科を廃すること能わず。故に教ふれども誅せず、甲令を先に制す。誅すれども怒らず、丙律を後に張る。

延喜格序

【現代語訳】
我が朝家は混沌の境から出た神道を奉じ、華胥と同じような国である。だから天皇は何もしないでも自然に世は治まり、民を治めるのに号令を用いる必要がなかった。天皇が何も云わなくても教化が行われるから、法律を用いる必要がなかった。ところが時代が進むにつれて質朴で寛徐な生活が、文飾で繁忙な生活に変って行った。前帝・後王が引き続いて、ともに法律をゆるやかにして仁政を行ったけれども、だんだんと規矩をつみ重ねていって、三章の法律を廃めることが出来なかった。そこではじめて「令」をつくって教えたけれども、罰しなかったりその後に「律」を設けて、誅罰したが、怒を外にあらわさなかった。

自己同一的な自我と世界のうちに閉じこめられ、封じこめられて、いわば現実との生きた接触を失った類分裂病的とでもいうべき近代人の世界、別な文脈からいえば、主観と客観と両極分解し、それぞれへと封じこめられた近代人の世界には真の〈変身〉も、また他の領域へと超えて運ぶ〈メラフォラ〉つまり〈メタフォル〉もありようがない。

坂部恵

この〈あわい〉というのは日本の古い使い方では、男女のペアの場合に主として使われた。それに、〈世の中〉という言葉も、今はそういう用法はなくなりましたけど、元来は男女の仲をあらわすことが多かった言葉です。〈あわい〉にしろ〈世の中〉にしろ、それが男女のペアをさす言葉として使われるのは、自立した個人の間のもっとも典型的かつ親密な〈あわい〉であるからではないかと思います。

坂部恵

「いじめ」は、私たちの存在に対する暴力であって、「世界のうちにいる」という自然で本来的なありかたを破壊してしまう暴力です。しかし、「いじめ」という暴力を可能にしているのは、私たちの存在の構造そのものなのです。

北川東子

すべてが自分として存在するんだ。なぜなら、自分でないものが存在するということはないからだ。「他人」なんてものは存在しないと最初に言ったのは、この意味だ。他人の存在を認めないとか、世界には自分しか存在しないとか、そんな子供のわがままみたいな話をしているんじゃない。これは本当に深くて、本当に難しい話なんだ。世界の謎そのものだと言ってもいい。

北川東子

こころの無限の変容と、そこを貫くその必然性とを、それ自身において内側から直覚するためには、私たちはまず、「こころ」ということばさえ捨ててしまうべきなのだ。

北川東子

もっと繊細で、もっと根源的なもの、たとえば気分、もっと言えば気配、さらに言うなら、「自分―がー居る」というもはやそれ以上分割され得ない原感覚。それは「個体の雰囲気」とでも言うべきか、苛立たしいほどに馴染まれて外側のない、「このー私―であるーことの感じ」だ。だからこそ心的とさえも言えない、私たちの日々の現実―喜び、悲しみ、妬み、裏切り、打算するーの一切を成り立たしめている核ではないか。あるいはむしろ逆に、私たちの生涯のさまざまな光景は、そこにおいて繰り広げられているというべきではないか。

北川東子

好きな和歌 言葉 第十一章


〈何かで在らぬ[無]〉は、究極の形而上の原理、〈何かである[有]〉のもっとも根源的な源泉だ。〈何かで在る[有]〉がそっくりそのまま〈道〉であるのと同じく〈なにかで在らぬ[無]〉もそっくりそのまま〈道〉である。だが、〈何かで在らぬ[無]〉は概念的に〈何かで在る[有]〉と対立するので、決定的な何かたりえない。この根本的な対立は乗り越えられなければならない。そこで老子は〈何かで在る[有]〉と〈何かで在らぬ[無]〉の対立を超えたところに絶対的な言語を絶した〈何か〉を見る。それは象徴的に老子が「玄」と呼ぶ何かである。この語はもともと、赤の雑じる「黒」を意味する。絶対に「不可視の」、つまり計り知れぬ〈神秘〉(「黒」)なのだが、或る段階で、万物(「赤」)を可能態として孕みつつ、己れを顕す、そうした何かを指すに相応しい語だ。この〈神秘の中の神秘〉に老子は〈何かで在る[有]〉と〈何かで在らぬ[無]〉が未分化の状態、「これら二つが同一である」究極の形而上学的状態の絶対者を見る。

井筒俊彦


「運動(変化)はただ現在経験のみに所属するものであって、時間軸とは何の関係もない」ということである。この認識はともすれば失われがちになるが、いろいろの誘惑に抗してそれを堅持することが大切なのである。この認識を別な表現で言うならば「現在は過去・未来とは本質的に異質である」とも言えるだろう。

大森荘蔵

自分のことも、自分の周囲のことも、日本のことも、国際場裡に起ることも、それら凡てを含んで、それは一つの経験である、という発見であった。重ねて言うが、それが「私の」経験であったと言うのでは全然ない。それは、私にとって、「現実」そのものが「経験」であるということであり、また逆に「経験」は「現実」そのもので「ある」、ということである。何だか無意味なことを言ってるように聞こえるかも知れないが、私にとっては、これは巨大な一つの啓示のようなものであった。それに気づくと共に、この「経験」そのものが「私」という《ことば》、あるいは「自己」という《名辞》を定義するのだ、といえことが「判った」のである。

森有正

世人、直に大宮に事(仕ふ)るのみを、奉公といへども、此照す日月の下に天皇に不事人やはある。武士の官司を将(率い)ます、かけまくも畏き御あたりをはじめ、下がしもに至るまで、只、高き卑き差等こそはあれ、ことごとく、君に仕る身にしあれば、物を書も君のため、病を治すも君のため、田を佃るのも君のため、商ひするも、もとより君の御為なれど、卑賤身は遥に下に遠離れれば、只、近く、世人のために劬(いたず)くほどの、天皇の事はなきなり。誰もかやうに心得て、各の職業(わざ)を勤労(いそはく)ときは、天地の皇神も護らせ賜ひて、自然(おのずから)に身も立べきなり。さるを、今の世の民間(しもざま)の人は、ただ世間(よのなか)へ孚放(かひはな)されし身のやうに心得て、各々の勉(つとむ)る職(わざ)も、唯わが身一箇の活計(よわたり)とのみおもふより、いつとなく心がけも野(いやし)く成て、私の行跡(ふるまひ)をなし、不善事(よからぬこと)も為出るなり。然有人(さるひと)は、皇神の憐愍(あはれみ)に泄て、つひに、その身も立がたきものぞ。

橘守部

心ざしあらん人は、わが精神(たましを)琢磨(みがく)べきは、もとよりの事にて、われに従ふ家来(いえのこ)・奴隷(しもべ)にいたるまでも、物の思慮(おもひがね)、心の智慧(さとり)を、発生(そだつる)やうにすべきわざなり。其は事に臨(あたり)、物に触たる時、まづわが考の極りを定めおきて、さてものどもにも、各自かうがへさせて、その善(よろし)きを誉、未しきをも、それぞれに理をそへて、物に励むやうにするぞよき。常に度々然為(しかす)れば、自も他も、いたく、智のまさりゆくのみならず、おのずからに身も修り、家の産業なども、はげむやうになりゆくなり。

橘守部

人の叱りて使うよりは、褒め挙げてつかふべし。何ほどおろかなる者といへども、よき事といへども、よき事まじるものなれば、そのよき所をほめ、あしき所も、おほらかに諭しつつ、使えば、おもひの外に善人となる事もあるぞ。

橘守部

神書に顕事(あらはにごと)、幽事(かみごと)といふ事、往々(ところどころ)見えたり。顕事とは、日神の光明を得て、眼力の届く限り、心力のいたる限り、身力のおよぶ極みをいふなり。幽事とは、日神の光明に洩(かく)れて、眼力もとどかず、心力もいたらず、身力もおよびがたき限りをいふなり。されば此顕事より来らん技は、よく身を慎み、よく思慮(おもひはり)もせば、のがるる事もありぬべし。幽事より来たらん災は、いかにも、すべきやうあらぬなり。

橘守部

酒は酔て、をしさほしさの世の濁りを忘るる所に、をかしき風流(みやび)ありて、時をさだめねど、猶、めやすきかたもあり。

橘守部

かけましくもかしこき天照大御神の勅言に、君と臣との大きな道、一度定まりてより、天の、上にあらむ限りは、君はいつまでも君、地の、下にあらむかぎりは、臣はいつまでも臣にして、神代も今も唯一日の如く、天地と無窮をともにし玉ひ、日月と明光をおなじくし玉ふをば、万の国の比類なく、いとも尊き大き道也。天地人と並べ称する人にてあれば、かくの如きあらでは真の人の道にはあらじ。

和泉真国

皇御国には、此、天地君臣の誠を尽して、秋亳(つゆ)たがはざるゆゑに、上古には、道といふ称も、教といふ事も、総てなかりしかど、其実物は開闢の時より、全く備はり有て、君臣万民、ただ一道に、此誠を守りて、君上一性、臣下職禄を世々にして、天地と共に、無窮国家を伝へ玉へる也。

和泉真国

国家は、上古の遺制を承けて、産須那神祠(うぶすなしんし)を各国各邑に建つるは、けだし、その地を鎮め、その人を産むは、一へに皆神の力に由るを以てなり。ここを以て人死すれば、体魄地に帰するといへども、魂気は永く産須那神の左右にありて、その子孫を擁護す。

六人部是香

ノモスとは法であり、法の根本原理を意味するものと解する。そう解するならば、この言葉は、いままでに批判して来たところの実力としての主権の概念と対立するもう一つの立場、すなわち、いかなる権力も法の理念にはしたがわなければならないという立場を、最も印象的に表現しているということができるであろう。王は、地上の世界での最高の権力者である。もしも主権が国民に存するならば、その場合の国民もまた一つの王である。王はすべてのものの上にある。しかし、その王といえども、法の権威を犯すことはできない。否、天上の神々でさえもが、法の理念の前には恭順でなければならない。その意味で、ノモスこそ王の上にある王であり、神々に対してすら王として君臨する。法は、地上の権力者によって勝手気ままに作られるものであってはならない。王が法を意のままに作るのではなく、王といえども法の理念にしたがって権力を行使すべきである。故に、国家において最高の権威をもつものを『主権』と名づけるならば、王が主権者であるのではなくて、主権はノモスにこそあるといわなければならぬ。実力としての主権概念が時代錯誤であるのならば、新たに確立せられるべきものは、『ノモスの主権』の概念でなければならぬ

尾高朝雄

天皇という具象の形に結びつけて考えられてはいても、実は、永遠に変るべからざる法の正しさへの志念であり、『ノモスの主権』の民族的な把握の仕方に外ならなかったといわなければならない

尾高朝雄

新憲法は、純粋の理念の面では、天皇制の伝統を十分に尊重している。なぜならば、国民の自力本願・自己責任の努力によって正しく再建されていく日本国の姿が、改めて天皇によって象徴せられるというのは、現実政治の葛藤を超越した純粋理念の高みにおいて、古来国民が天皇に求めたところのものを適切に表現しているといってよいからである。故に、国民もまた、これ以上に国体の論議を無用に紛糾せしめることなく、新憲法における国民主権と天皇制の調和にむかって、建設的な考察をすすめて行ってしかるべきだろう

尾高朝雄

マンガ読者が多様な趣向を求める中、芳文社は4コマという形式を通して「笑い」の文化に特化した形で多くの分野に挑戦してきました。そしてこの度、アニメ・ゲーム系の分野のマンガ読者に向けて新時代の四コマ誌を発刊する運びとなりました。
『まんがタイムきらら』は既存の4コマ誌になかった萌え系ビジュアル・SF・ファンタジーといった明るく夢のある題材を取り上げ読者に希望、夢、勇気、ときめきを届ける雑誌です。「きらら」とは、その希望が夢や勇気やときめきといった「輝かしいもの」を表しています。『まんがタイム』内外から綺羅星のごとく輝く才能を集め、芳文社4コマ誌の新しい形として将来にわたってマンガ界に輝き続けていく雑誌にしたいという思いも「きらら」という言葉に込めました。
キャッチフレーズは《ドキドキ☆ビジュアル四コマ誌》ドキドキとは、次も読みたいと読者が思えるような「笑い」を軸とした作品の面白さ、ビジュアルとは、読者が「萌え」上がるような絵柄のかっこよさと可愛さです。アニメ・ゲーム好きのファンが、毎月心待ちにする「笑い」と「萌え」に溢れたマンガ誌になることを確信しています。

芳文社

その神わざを考へさとるもの學びを幽孝といふべくなん。かくいへばとて、顯忠顯孝をおろそかにな思ひひがめそ。かへすがへすも、顯忠顯孝を常のしわざとつとめはげみて、そのいとまのひまに、幽忠幽孝のすぢにかなへるものまなびを爲すべきなり。まことや、唐土天竺、その外、西のくにゞゝにていひといひ、つくりと作るものも、こともわざもみな、わがむすびの神のみしわざにもれぬは、正しからぬをばしりぞけ、正しきをとり用ゐ、みくにの爲になすべきなり。おのれこのすぢのこと、をしふるところを、本に報ゆるまなびのやと名づけたれば、わが教へにしたがふ若人たち、おろそかに思ひてな怠りそ」と。

大国隆正

物学ぶ道に立つ子よ おこたりに まされる仇は なしとしらなむ あやまちを 諫めかはして 親しむが まことの友の こころなるらむ さし登る朝日の如く さわやかに もたまほしきは 心なりけり おのが身はかへりみずして 人のため尽くすや人の 務なりける

明治天皇

【現代語訳】
黎明(れいめい)の横雲を破って東の空に、赤々と一直線に昇ってくる朝日のように、さわやかな気分を常に持ちたいものである。

友達がいなくて独りぼっちの子がいたら、ぜひ声を掛けてあげてください。私が子供のときにそういうことができなかったことを、今でも後悔しています

安倍晋三

皇祖天神の霊威、男女二神の恩頼(みたまふゆ)に依て、国土成り人類有り。万物生る所以に、国土は人類在て修(つく)り理(おさ)め固め成る所の者なり。人類は国土に相割拠て相共に、其職業を以修り理め成て、相輔相保持つ者なり。万物は人類の国土を修り理め固め成すの徳を成し、道を行ふ為に、天神地祇の賦与給ふ養料(もの)なり。万物多しと雖も、其質を為す所、土石なり、草木なり、活物なり、此三種に過ず。其用を利す事、食物なり、衣服なり、居室なり、又此三種に過ざるなり。如此、万物有て人類益す事を得べし。是を以て夫婦の道あり、親子此に因て成る。古語に、天之益人と云るは、此謂なり。此を統御るを君と申し、此に仕え奉るを臣と云ふ。皆此に因て起れり。

鈴木重胤

天下の人民を大御宝としも云事は、歴世の宣命に多く有る事なるが、言義は、天下の人民には、右の如く、此漂在る国土を修り理め固め成す徳有て、衣食住の事を整へて世間に融通し、相共に各々其々の職業を以て、皇祖天神の賦命を報じ、朝廷に仕奉る有用の人民なるが故に、称する所なり。凡大御宝のあらまし四等あり。士なり、農なり、工なり、商なり。此を四民と云ふ。各々職有て相混ずまじき者なり、其務る業の其々異なるを集大成(あわせ)て、此漂在国を修り理め固め成す事にて、右の四民を凡て大御宝と云ふ所以なり。

鈴木重胤

夫婦交合して子を儲る事は、実に皇祖天神の恩賜なるが故に、其出来始の頃は、自(みずから)だに思えざる程の事にて、漸漸(ようよう)月日に立に随ひ、其身の動静の常に変れるを以て、妊娠とは知る事なり。此全く其行ふ所は人事(わがこと)にして、其成る所は、即神造なるが故なり。

鈴木重胤

母の感とは、懐妊の内、見る物聞く物に就て、善とか悪とか嬉とか哀とか、其事に触て是はと思ふ事有れば、胎内の子、其感に応じて其気をうくるのみならず、又其形に類る者なり。其証は、妊婦に依て、常に好める煙草を忌ひ、常に好ざる酒を好む者まま有り。其子出生の後、必上戸となり、煙草嫌になる者なり。大抵違ず。自然の事すらかくのごとし。況や、平生よりも行儀を正くし、心術(こころだて)を清くし、婦徳を脩めて、皇祖天神(あまつおやがみ)の神随の道を守らば、其子、必母の善(よき)性をうけて、清く生る可き者なるをや。

鈴木重胤

神慮にも叶ひ人道にも欠ざる物事は、何と無く愉快(こころよ)き者なり。

鈴木重胤

斯在(かかれ)は、各々其身計り世に美しき者は非りけり。素より神の産霊に依て成す所なれば、皇祖天神の分身なり。其神功(かみごと)を幽賛(うけつぎ)て、此生国を修り理め固め成して足国と為すの道を行ひ、其徳を脩る時は、神と我と同体(ひとつもの)なり。又我心許り世に奇しき者は無けり。神の恩頼(みたまふり)に依て成る所なれば、皇祖天神の分霊(わけみたま)なり。清く明く正しく直して、其行ふ所神随なる時は、神と我と霊合(たまあえ)る所より、天地に徹(とお)り、神祇に貫く功業も立つ者なり。

鈴木重胤

「高天原」は神明(かみ)が直接語った言葉である。そして一気に動き出す最初の言葉である。だからこの三字はいろは四十七語生み出す種である。阿字は本来常住(つねあり)で不生不滅(ふしょうふめつ)の字の母であって、一切の陀羅尼の根本である。だから言語の中で最上のものであり、あらゆる現象がそこから生み出される心地(こころ)であり、あらゆる出来事がそこから流れ出る源である。

唯一神道名法要集 (吉田兼倶)

「無上霊宝神道加持」について大きく分けると三つの意義がある。一つは「無上霊宝」の四つの字の意義を明らかにすることである。

唯一神道名法要集 (吉田兼倶)

「無上」とは高天原を尊んだ呼び名で、太極天のことである。太極というのは蒼い天の最も遠い涯(はて)にある霊妙な雲の名である。三清天というのは、『北斗元霊経』で「無色界のその上に三清天あり」といっている、その三清天こことである。故に頌にいう、太極とは玉清・上清・太清のことである、無上極天というのは高天原のことである。  

唯一神道名法要集 (吉田兼倶)

「霊」とは一切の諸神、情(こころ)のあるもの・情のないもの(生物・無生物)の精霊という意味である。故に頌にいう、器(物質)界、生物界、山河、大地、ありとあらゆるものはすべて神霊である。
「宝」とは神明が相承している十種の神財である。これは修真妙行の霊宝である。故に頌にいう、十種の神財は、十種の十善である、十心十住が、一々円満し、各々成就して、思いのままに感応する。

唯一神道名法要集 (吉田兼倶)

「神」は天地万物の霊宗(天地万物がそれに帰一する神聖な元初)である。だから神を陰陽不測というのである。「道」とは一切万行の起源(すべての出来事がそこから現われて出る本基)である、だから「道はありきたりの道ではない」というのである。惣じて物質界・生物界の心を持つものも、気の無いものも、すべてわが「神道」から外れるものではないのである。故に頌にいう、神はあらゆるものの心であり、道はあらゆる出来事の源である、三界の情(こころ)有るもの情無きもの、すべては畢竟全く神道に外ならない。

唯一神道名法要集 (吉田兼倶)

やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろずのことの葉とぞなれりける

古今和歌集仮名序

夫れ和歌は、其の根を心地に託し、其の華を詞林に発く者なり。

古今和歌集仮名序

自然の景観や人生の出来事などに作者の心が触発されて感動し、芸術意欲がもりあがり、それがおのずから外に流露し、自らをことばとして客体化したもの、それが和歌である。

芳賀幸四郎

うつせみの世はやすらかにをさまりぬ われをたすくるおみの力に
 
 大意:世の中はいと安らかに治まって、天下泰平である、これは実に我が一人の力ではない、皆下、臣民(をみ)が忠良に働き務めてくれる力である。

明治天皇

おのが身を修むる道は学ばなむ しづがなりはひいとまなくとも
 
 大意:軽い身分のもの共は其の生業に追はれて少しの暇はなからうが、暇は無くとも
自分の身を修める道は、怠らぬ様に学びたいものではあるよ。

明治天皇

其真の朋友と云われるべき根拠は、やはり宗教的根拠でなくてはならぬ。即ち絶対無限の他力を信ずると云うことが根拠でなくてはならぬ。其は何故かと云うに、絶対無限に根拠せざることは、皆、有限不完全であるから、所謂有為転変を免れない。宗教的朋友は、彼も絶対無限に信憑し、此も絶対無限に信憑し、其信憑する所の絶対無限は唯一不変であるゆえに、此根拠の上に立つ所の朋友は永久不変でありて決して相離反することがない。

清沢満之

自由と服従とは決して相容れざるものにあらざるなり。之を相容れざるものとするは、畢竟、吾人を以て彼我利害を異にする所の個別の存在と為すの迷謬に其因するを見る。

清沢満之

「くれる」は「来る」の一族であるだけでも特殊なことばですが、さらに「話し手」のこころが秘められている点で、いっそう日本的なことばとあえましょう。「来る」の一族には「よこす」という語があります。「自分」がつねになにかの「受け手」の側に立ち、文の「主語」にならないという共通点があり、よく似ています。

山下秀雄

「から」は「に」にくらべるとずっと人間味が弱まっていきますが、それでも方向性をあらわしてるためか、なおいくばくかの人間性が感じられます。これが「で」になるともっと即物的になってきます。

山下秀雄

日本語の仕組みから見て、「聞き手」も「話し手」と同じ位置から見ることが必要です。聞き手の方も立ち上がって同じ列車に乗り込み、話し手と隣り合ってすわるのです。こうしてはじめて、刻々と位置を変えていく話し手と同じ位置から、同じ対象を、同じ角度で見ていくことができます。

山下秀雄

「個の尊厳」という民主主義の根底にあるものが、欧米と日本とでは、かなり異質のものとして受けとめられているものと思われます。どうしても、日本の「個」は「全体」への融和へと傾いてしまいます。なにかというとすぐ日本人は調和ということばを持ち出します。それは「われ」の主張を胸の内におし隠して、全体との一致の美をはかろうとするこころです。

山下秀雄

どうにかしてこの非常事態が救えるような、立派な功績を上げようと願った。しかしこの僕の熱意は天の受け入れない所であり、法律に反することだったので、縄目の辱めを受け、牢獄に入れられた。いまとなってはもはや生きながらえても国家のためにならず、またこのまま死んでも汚名だけが残ろうとしている。そう考えると全く悲しい限りである。ただ平生からの志を忘れることも、くじけることもないので、古い歴史の書物を読むたびにますます国事に対する憤りと嘆きはつのるばかりである。

吉田松陰

あなたが好奇心のつよい旅人であったらならば、そのせまい京都風の小路の町のなかへ歩みいってみるがよい。そして格子ごしに、ちょっと家のなかをのぞきこんでみるがよい。するときっとその家のなかで、扇の骨をけずったり、絵を画いたり、扇のカナメ(要)を打ちこんだりしている人たちを見つけることができよう。格子の外に立つ人の気配に、彼らは目をあげにっこりとあなたにほほえむだろう。しずかに落ち着いた表情で。しかしその間も仕事の手は休まない。そこであなたは横の格子戸をくぐって入れば、すぐに彼らの仕事ぶりを見ることができよう。いろんな質問に、彼らは自信ありげに素直に何でも教え話してくれる。そのことばのはしばしに、時々あなたは美しく光るものを見つけてはっとするだろう。それは長い彼の熟練と経験から生まれることばである。これが京の職人の姿だ。そして同時に日本の職人の姿である。

吉田光邦

そこには物さわがしく鳴りわめく機械はほとんど動いていない。とりちらかされた竹屑の間には、さまざまな形をした工具もある。そのどれもが長い間の手ずれて光っている。それらの形ひとつにも職人たちの独自の考案と工夫のあとがある。それはまた長い日本の職人の歴史のあとともいえよう。それをまるで自分の手足のように自由自在に取り扱って、彼らは扇子をつくり出す。物をつくり出す。そのひとつひとつに彼らの人間的なエネルギーがじっくりと注ぎこまれる。非情な感覚はどこにもない。すべてに充ちているのはほのかな温かさである。こうした生産活動をつづける人たち、それが職人である。日本の職人たちである。

吉田光邦

国を思ふ道に二つはなかりけり戦の場に立つも立たぬも

明治天皇

日本人の歩き方は、膝を軽く曲げて足の親指側に重心を置き、踵を引きずるようにして歩く。

矢田部英正

かつて日本人は、諸芸諸道において「小手先の動き」というものを戒めてきた。目や手首、足先こ単純な動きが、「自分の中心」とつながりを見出すようになるまで、何年もかけて稽古が積み重ねられる。腰から胸へ、脇から指先へ、そして首から目線へと、微妙な動きが身体を伝うその間合いの中に、さまざまな想いを盛り込むことを可能にする深い懐が、風のように孕まれる。

矢田部英正

日本古来の「腰入れ」の技術は腰を落としながら骨盤を前傾させるようにして「仙骨」を立てようとする特徴があるけれども、バレエの場合は左右の「腰骨」を微妙に外回転させながら、「仙骨」を挟み込むようにして中心を定められる。

矢田部英正

神助のみを祈念して神罰を思はざる不遜は斷じて道の國の道の民の心ではない。まづわが罪の深きを自覺し、謹みて神罰をお受けしようとする死の覺悟が常に根柢とならなくてはならない。こゝに個の聖死があり、國の禊が存する。

影山正治

ひとは時々にヨーロッパが世界にもたらしてきたもの、ヨーロッパをもともと特徴づけているものについて自問する。おそらくは最もよい答えは、それは客観性の観念である、というものである。以下の残りのすべてはそこから派生してきたものである。人格の理念と人格の自由、特殊な利益と区別されるものとしての共通善、公正さの探求としての正義(いわば報復とは真逆のものである)、科学の倫理と経験的所与への敬意、世界について思考し、自分自身で事物の意味を問いかける人間の能力を讃える、信仰から解放されたものとしての哲学、距離の精神と自己批判の可能性、対話の能力、真理の概念それ自体。普遍主義というのは、この客観性の堕落態である。客観性が特殊な事物を出発点にして獲得されるものであるのに対して、普遍主義は恣意的に措定された観念を出発点に特殊性を規定しようとする。存在から義務を演繹しようとするのではなく、反対の方向に進むのである。普遍主義は事物を客観的に取り扱うことを事とするものではない。奇矯な抽象から出発して、そこから帰結するのは、事物の自然本性に対する知である。それは主観性の形而上学による倒錯した体系の誤りを象徴するものである。

アランドブノワ

禅匠たちにとって、言語は、かれの内なる霊性経験から直接に出てくる一種の叫び、あるいは歎声である。その意味はわれわれ自身の中に、すなわち同じ経験に目覚めたわれわれの心の中にこそ見出されるべきであって、表現自体の中にそれを求められてはならない。われわれが禅匠の言葉を理解する時には、それはわれわれ自身の理解であって、言葉の理解ではない。言葉は思想を反映するけれども、経験した感情そのものを伝えることはできない。そこで、また禅の体験を持たぬ者に禅を理解させることは不可能である。それはちょうど、まだ蜜を口にしたことのない者にその甘さを知らせることができないのと同じである。このような人にとっては、「甘い」蜜は、永久にまったく感覚を伴わない観念にとどまるであろう。すなわち、かれらにとっては、その言葉は何も生命を持たないということである。

鈴木大拙

好きな和歌 言葉 第十二章


皇国は本来の神聖なる自主的一心同体である。決して強い者が弱い者を縛り上げた結果出来て居るものでもなければ平等なる人民が約束して目的団体を形作って居るものでもない。腕力圧迫専制、若しくは利益目的などより更に根本的である信仰の実現に外ならぬ。隨神道が実現せられ、発揚されつつあるに當つて存する見事な現象である。

筧克彦

生きがいあるいは大きな目的を拠りどころとよぶとしよう。私たちはこの拠りどころに拠って、日々を暮らしている。この拠りどころは私たちの現存を支えている。この拠りどころを失えば私たちの現存は危うくなる。拠りどころを、自己に即したかたちでいいかえるならば、他物のなかでの自己の繋留点である。

佐藤正英

わが国のひとびとにとって、此処は、此方の身近な平地であった。平地は、見なれた親密な日常茶飯の場である。彼方には遠く奥山や沖の海原ざ見はるかされた。奥山や沖の海原は、天空に融けこんでおり、ひとびとの見知らない、気疎い無日常の場であった。此方の身近な平地は、内部の世界であり、彼方の遥かな奥山や沖の海原は、外部の世界であった。内部の世界の外部の世界の境界は、低山や野や浜辺によって形成されていた。低山や野や浜辺は、奥山や沖の海原を平地から区切ると同時に、奥山や沖の海原と平地とを繋いでいた。奥山から流れ出て、低山や野を経て平地を通り抜け、浜辺を経て沖の海原に流れ入っている川や、もう一つの見知らない世俗世界へと続いてる道も、外部の世界へと繋がっていた。低山や浜辺、川や道を辺境世界とよぶとしよう。辺境世界は、外部の世界と内部の世界を媒介しており、それぞれの辺境に位置している。内部の世界は自己が他物よりも優位にある場であり、外部の世界は他物が自己よりも優位にある場であり、辺境世界は自己と他物がいわば対等に通交する場である。内部の世界は、事物や事象が現にこのように在り、他のようにはない世界であり、ひとびとの定住している場である。事物や事象が自己がひとびとによってなぞり返され、事物や事象や自己にかかわる同一性が定立している世界である。内部の世界を世俗世界とよぶことができよう。外部の世界は、事物や事象が本来そのように在ったはずの世界、あるいは事物や事象がそのように在るべき世界であり、神や仏の在りかである。事物や事象や自己をめぐるひとびととの希求に対応する在りようが現出している世界である。ひとびとの希求は、多様で奥深く、ときに互いに相容れない。外部の世界を原郷世界とよぶとしよう。

佐藤正英

世俗世界は、ひとびとが現に身体を置いている世界であり、原郷世界は、ひとびとが本来身体を置いているはずの世界あるいは身体を置いているべき世界である。神や仏法は、原郷世界から辺境世界を経て、〈もの〉神・〈たま〉神や仏・菩薩の様態を介して世俗世界に流離してくる。辺境世界には神や仏を祀る神社や寺院や墓が設けられてる。現生の世界を世俗世界と位置づけるならば、前生や次生の世界は原郷世界である。原郷世界における肉体や霊魂は、結節点としての自己をもっておらず、現生における肉体や霊魂とは在りようを異にする。ひとびとは原郷世界からやってきて世俗世界に生れ、死んで原郷世界に往き生れる存在である。産所は辺境世界に建てられており、葬所や墓地も辺境世界に設けられている。

佐藤正英

原初神道における現基神は〈もの〉神である。〈もの〉神はいわばむき出しの他者である。〈もの〉神は他物であるが、定まった形姿をもっていない。時や処によって異なった形姿をとる。〈もの神〉の形姿は、世俗世界のあれこれの事物・事象の形姿に近似しているが、どの事物・事象の形姿のも同一ではなく、逸脱したところがある。〈もの〉神は、世俗世界の事物・事象に類しているが、外部の実存であることにおいて、世俗世界の事物・事象から逸脱している。

佐藤正英

スサノオは直截な情念の表出によって、非在のイザナミを喚起した。イザナミを介して〈もの〉神に直接に触れ、〈もの〉神と融合する在りようを希求したのである。スサノオにおいて、〈もの〉神は、祭祀の実修を介するのではなく、情念の直截な表出によって直接に接し、触れることのできる存在として現出している。スサノオは、〈もの〉神に対して〈神の子〉としてかかわっている。アマテラスとスサノオの性的交渉は、〈神の女〉であるアマテラスが〈神の子〉としてのスサノオの〈もの〉神に対する情念によるかかわりの様式を受容したことを告げている。そうしたアマテラスの在りようは〈もの〉神の意思に合致した、と語られているのである。

佐藤正英

再生したアマテラスは、原初神道における尊貴な〈たま〉神である。尊貴な〈たま〉神アマテラスは死滅することがない。天の石屋における祭祀が落度なく実修されるかぎり、尊貴な〈たま〉神アマテラスは繰り返し現前する。高天原は、尊貴な、〈たま〉神アマテラスが無窮に現前し、〈もの〉神の祭祀が実修される観念世界に変容した。

佐藤正英

何故にこの世を深く厭ふぞと人の問へかしやすく答へむ

慈円

わしには、何の智も無く、徳も無い。ただ天照大神が、万人をあはれみたまふみこころの徳あるのみ。されば、道はわが説く道にあらずして、天照大神のおん道ゆえ、従ってきかるる人は、いかなる智者徳者たりとも、その持前の定規をすてて、赤子のごとくなっておききなさらずては、ひとつもきこえ申さぬ。

黒住宗忠

音もなく香もなくつねにあめつちは書かざる経をくりかえしつつ

二宮尊徳

自分は天然に従って、子供のような心で生きているから、儒教にも仏教にも媚びない。それらは教と合ってもなくても平気で、強いて合わせようとはしない。今、東というかと思えば今度は西という。有るというかと思えば無いという。だから、聞きようが大事なのだ。

黒住宗忠

これほどにおもしろき世に住みながら苦しむ人ぞあわれなりける

黒住宗忠

たのしみもわが楽しみと思うまじただあめつちの楽しみにして

黒住宗忠

あまてらす神の御徳を世の人に残らず早く知らせたきもの

黒住宗忠

古道に積る木の葉かきわけて天照る神の足跡を見ん

二宮尊徳

祭りとは―、劇的構成のもとに祭儀(リチュアル)と祝祭(フェスティビティ)とが相乗的に現出する非日常的か集団の融即状況(コミュニタス)の位相において、集団の依拠する世界観が実在的(リアル)に表象するものである。そして、その表象された世界像のなかで、集団はその存続の根本的意味を再確認し、成員のエトスが補強される。要すれば、祭りは集団の象徴的な再生の現象である。

薗田稔

帰化人はわれわれの祖先なのである。彼らのした仕事は、日本人のためにした仕事ではなくて、日本人がしたことなのである。

関晃

日召先生が言っていたが、破壊、破壊、破壊で建設なんか考えなくていいんですよ。そしてその破壊を突き抜けたところにおのずから建設は出てくる

小沼正

文化主義はあらゆる人格が文化価値実現の過程において、それぞれ特殊の固有の意義を保持するを得、その意義においていずれかの文化所産の創造に参与するの事実を通じて、各個々人々格の絶対的自由の主張を実現し得る事を求めるものである。この意義において文化主義は人格主義である。

左右田喜一郎

どうなることかと思ってみていると、そこに筧さんがヒョコヒョコ出てきた。壇に上るといきなり、パン、バーンとかしわ手を打って、実にいい人相で(笑)、お二方とも、どちらもよろしい。道元さまも、親鸞さまも、それから吉田松陰さまも、みんな同じところから出た神さまです。それがヤオヨロズの神というものだ、というわけで、激突も毒気をぬかれて蒸発してしまった

梅本克己

日本各人は、何人も除外なしに、初めから同心一体の一人であるから、『一切を除外せぬ大度及び愛』が最も根本の徳である。何人に対しても一様に『ひろく大きい』所があり、何人に対しても一様に『情け深い』ことが最高の道徳である。寛仁大度、仁慈、仁愛などの最も根本的博大なるものである

筧克彦

それに本来、日本人の神道史を見ると、それは全く自然成長的に多様多彩な発展をして来たのが歴史の事実である。賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤、大国隆正など、いわゆる一系列の国学者と称せられる人々の思想でも、神学的に精緻に見て行けば、その間にかなりの論理的心理的異同がある。その外に明治維新の神道に大きな影響を及ぼした崎門学者の神学とか、水戸学の神道思想ということを加えれば、その間には、いよいよ特徴の異なるものがある。それを一つの神学体系の中にまとめあげて、それぞれに議論の岐れたときに、一管長がその論争の正否を決して、一説を正とし、一説を否として、全国の神社の大同が保てるものではない。明治初期に天皇親政で、政府の権威隆々たりし時代においてすら、有名な大国主神に関する祭神神学論争の生じたときにも、正否明快な教義裁決は、できなかった。その後も類似の歴史がある。今の時代に何人が裁決を下しつつ、しかも全国神社の大同を確保し得るものがあろうか。絶無と断じていい。

葦津珍彦

臣の道は私用の万事を忘れて唯公の事を置きて、清く正しく職分を守るを以て要とする。然るとき三公は君を扶け守り、諸国守護の政を規し、常に心を斯に置て天下を担つて慮るときは、私用の雑慮は皆絶るぞ。然るときは奉行頭人能く其の職を守て公に私なく、正廉の世とはなるゆえ、四海は安らけく也。

吉川従長

天津神籬の業を言えば三種神器ぞ。日を守らせるる所の業を云へば、此の時に児屋命へ君民御合体の証に玉を賜りし、君民は和順することわり則合体の本ぞ、臣は心の玉を磨き、明にして朝庭に私なく仕え奉る所で、各々其の職分を守って、臣道は尽すことぞ。

吉川従長

皇御國(すめらみくに)の武士(もののふ)はいかなる事をか勤むべき、只身にもてる赤心(まごころ)を君と親とに盡すまで

加藤司書

それ神道と云は、人々日常の間にありて、一事として神道にあらずと云事なし

度会延佳

此玉の柔なるごとく、温潤の仁徳を以て天下の御政をきこしめせとぞ。曲妙(たくみなるわざ)といへるは、曲は不直なるを云。直なる物は、つよくものにあたる故に曲とは云。しかれども邪曲ならざれば妙とはいへるにや。又此鏡のごとく分明なる正直の智を以て、山川海浜までも看行し給はば、下に遺賢もなく、万民其所を得べきとか。剣は又勇にとりて剛なれば、剛にして無慾に、とどこほる所もなく、しかもをのづから威ありて天下を平げ、万民を利益し給へとぞ。此三の物、一もかけては天下治がたし。

度会延佳

天之御中主尊と申奉るは、虚にして霊あり一にして形無き。

大神主飛鳥(豊受皇太神御鎮座本紀)

神とは鏡という和訓を一字略せしなれば、かの明徳を鏡にたとへ侍るに替所もなし。誰も誰も心をかがみのごとくせば、吾心則天之御中主尊・天照大神に同からんか。其上心は神明の舎といへば、又鏡にさびうき、塵積りたるに同じ。急ぎ神明の舎の戸をひらき、鏡のさび塵を去べし。

度会延佳

問曰、祭と祈との分ある事ら聞ぬ。但祈て其しるしあるもあり、又何のしるしなきもあるはいかに。答曰、祭と祈のうけたまふと、請たまはざるは其人の誠と不誠とにある事なり。誠に神に祈に其しるしなきとおもふとも、身にかへりて自の誠いまだいたらざるとおもふべし。

度会延佳

八尺瓊勾玉は元気を指して名づけて宝珠といふ。亦神体を天之御中主尊と称す。天地開闢の時を尋ぬれば、天之御中主尊即ち宝珠なり。陰陽分れて後、自ら二尊(伊弉諾・伊奘冉)と称す。続命の霊を備え、遍く万物を生ず。その中に秀づる、真気の感ずるところにして一人を成す。まさに知るべし、この宝と皇孫と同体同時に相化るを。

山崎闇斎

身道は身におこなふなり。心道は心に修するなり。身に行ひ心に修して、真の道にかなふ。

増穂残口

神道は生を楽しむ親和の中に、死一倍借る戯気はなき事なり。

増穂残口

其はじめは男女夫婦の交合より出るなれば、睦はじめを濃(こまやか)にせよと、陰陽の大事をおしへ給ふが、我国神の訓ぞ。

増穂残口

神道は我国天皇之道。

吉見幸和

神道といへば天皇の道の行はるる上に付て是をいふ。我等が分として、神道を行ふと云は心得違也。只神道を守りて、銘々の職分を勤るのみ。

吉見幸和

村甿野夫、賈販奴隷の愚だも、悃悃款款として国祚の永命を祈り、紫極の靖鎮を護る者、これこれを日本魂と謂ふ。実に日本魂の教を著れざるを慴れてなり。弁を好むに非ず。学者これを諒とせよ。

松岡雄淵

日本文学の本来的な伝統は、記紀萬葉をその元初として人間の愛と永遠を素直に謳いあげているものであろう。それは、大体和歌文学を主流とし、物語文学を発生せしめるのであり、刹那的な美、作られた美を志向するものではない。日本人の伝統的美感覚は、連続性、永遠性、発展性を志向しているのであり…同じ事の反復、物語性の喪失、連続性・永遠性の欠如は日本の伝統的美術精神とは、全く相反するのである。かかる芸術は、非常な栄光の中にありながら…長く日本人の民族性になじめぬものとして、衰えてゆくのである。もしも、川端文学の虚無感、生存の挫折が、日本文学の伝統美を継承するものであれば、人麻呂も、紫式部も、和泉式部も悉く、自殺していなければならない。川端が、実人生においても、最後に生存に挫折…した事自体、日本文学の健康さ、明るさ、愛と永遠の観念を汲み取り得なかったからに外ならない。西行や芭蕉の如く、人生の須臾(しゅゆ)をなげき、無常感を歌った文学者においてすら、その根底には、深い永遠への回帰、神仏への信仰があった。故に、川端文学は…深層においては、かえって日本の伝統的美精神とは断絶しているというべきである。

四宮正貴「日本の伝統美と川端文学」

神風連の領袖、加屋霽堅に初めて会い、熊本城の由来を聞いた私は、ざんぎり頭の洋学生の兄真澄や従兄たちに、手柄顔でその話をしたのに母までが苦笑し、兄たちは私の稚児髷、帯刀の姿をひやかして、声を立てて笑った。姉の真佐子だけが洋学生たちを睨みすえて私をかばってくれた。

石光真清

この上は、神明の力によって世論の挽回を図るしか道はないと、党人は神社神社に参拝して、至尊万歳、国祚康楽、国威拡張、外夷摂服、の祈りを捧げた。そのため家産を傾けた人もあるが、そんなことには頓着なく目的達成に心肝を砕いておられるのである。忠操の清烈、素行の端正、神風連の党人は実に立派な人格者ばかりだ。

石光真民

日本臣民は自己の救済を目的とせずして、皇威伸長を目的とせざるべからず。もちろん自己は皇威において救われる。しかれども救われんがために皇威伸長を念願するにあらず。天皇の御前には自己は無なり。君民一如の自己尊きにあらず。自己に体現せられたる天皇の尊きなり。

杉本五郎

君が代の安けかりせばかねてより身は花守となりけむものを

平野國臣

【現代語訳】

今の世が平和だったら花守となって暮らしていたものを

天下は一人の天下ではない。これは支那人の言葉ではそうであるが、神州にあってはそうではない。謹んで思うには、我が大八洲は皇祖が肇めたのであり、萬世に子孫に伝え、天壌とともに永遠に続くもので、他人が覬覦すべきものではない。その天下は一人の天下であることはまた明らかであろう。以下で私は決してあり得ないことを記して、本当に我が国が一人の天下であることを明らかにする。本朝の帝皇が桀紂のような残虐さであっても、億兆の民はただ頭を並べて、闕に伏して号哭し、天子自らが感じ悟ることを祈ることができるだけである。不幸にも天子が震怒し悉く人民を殺してしまうときは、天下の残された民も、また生き残ることはない。神州は滅ぶのである。もしなお、一人でも民が生存すれば、闕に詣でて死ぬだろう。これが神州の民である。あるいは、闕に詣でて死ななければ、神州の民ではない。この時にあって、湯武のような者が放伐の挙に出るのは、その心が仁であっても、支那人でなければ、つまりインド人、ヨーロッパ人でなければアメリカ人であり、神州の民ではない。

吉田松陰

しかしこの天地のあまねく続くところの下にある人民は、皆天下について自分の任務として、死を尽くして天子に仕え、貴賤尊卑で隔てたり区別したりしない。これはつまり神州の道である。これでもなお一人の天下ではないとすることができるであろうか。

吉田松陰

鎌倉時代初期以来の三百年の合理的思惟の伝統に鍛えられて、世界と歴史を解釈する原理としての「道理」という鍵鑰を堅実に駆使できるほどの知的成熟を遂げていた。その成熟ぶりは、当時のキリスト教文化圏の最高級知識人集団たるイエズス会士達をも感嘆せしめるほどの高い水準であった。そこで彼等は自分達に優るとも劣らぬ「理性人」としての日本人は、造物主により豊かに「理性」を賦與されてある種族なのだと、判断した。この部分は〈造物主〉によりの部分を除けば客観的に正しい。

小堀桂一郎

日本人自身には、我等は理性的民族なり、との自覚はなかった。日本人は北条泰時流に言えば〈ただ道理の推すところ〉に従って行動することが己の格率なのであって造物主から賦與された〈内なる道徳律〉の根拠なる「理性」などというものは己の與り知らぬところであった。

小堀桂一郎

実質的には立派に「理性」を具えていた。即ち人間の外に或いは人界を超えたいと高き次元に在り、超越的な性格を有する「道理」(その究極の層が「天道」である)を感得し、それに聴従する心性を有していた。それならばそれを現在の我々の手持の語彙から借りてきて「理性」と呼んでよいのである。ただ我々の先祖がキリスト教文化圏の民の決定的に違っていたのは、日本人は自らの内に有する理性に就いて海彼の彼等の如き「理性の傲り」を有たなかったということである。

小堀桂一郎

鏡は一物をたくはへず、私の心をなくして万象をてらすに是非善悪のすがたあらはれずと云ことなし。其すがたにしたがひて感応するを徳とす。これ正直の本源なり。玉は柔和善順を徳とす。慈悲の本源なり。剣は剛利決断を徳とす。智慧の本源なり。此三徳を合わせ受けずしては、天下の治まらんまことにかたるべし。神勅あきらかにして詞つづまやかにむねひろし。あまさへ神器にあらはれ給へり。いとかたじけなき事をや。

北畠親房『神皇正統記』

鏡、剣、勾玉は、日本の朝廷で、正統の皇位のしるしとして歴代天皇に伝えられてきた。十五世紀の著者達はこれを国民が身につけるべき徳目の象徴として解釈した。鏡は良くも悪くも物のありのままの姿をう映すので、正義の真の源泉になる。剣は、堅く、鋭く、すばやく決着をつけるので、あらゆる英知の真の起源である。勾玉は「月」の様な形で、温和と敬虔乃象徴になる。日本人の精神を研究するにあたってこの尺度を、述べるのは困難なので、私は、この三つを本書の題名に選んだ。

クルト・ジンガー

即ちこゝに儼然たる君臣の大義が昭示せられて、我が国体は確立し、すべしろしめす大神たる天照大神の御子孫が、この瑞穂の国に君臨し給ひ、その御位の隆えまさんこと天壌と共に窮りないのである。而してこの肇国の大義は、皇孫の降臨によつて万古不易に豊葦原の瑞穂の国に実現されるのである。

国体の本義

好きな和歌 言葉 第十三章


天壌無窮とは天地と共に窮りないことである。惟ふに、無窮といふことを単に時間的連続に於てのみ考へるのは、未だその意味を尽くしたものではない。普通、永遠とか無限とかいふ言葉は、単なる時間的連続に於ける永久性を意味してゐるのであるが、所謂天壌無窮は、更に一層深い意義をもつてゐる。即ち永遠を表すと同時に現在を意味してゐる。現御神にまします天皇の大御心・大御業の中には皇祖皇宗の御心が拝せられ、又この中に我が国の無限の将来が生きてゐる。我が皇位が天壌無窮であるといふ意味は、実に過去も未来も今に於て一になり、我が国が永遠の生命を有し、無窮に発展することである。我が歴史は永遠の今の展開であり、我が歴史の根柢にはいつも永遠の今が流れてゐる。

国体の本義

大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の国体である。而してこの大義に基づき、一大家族国家として億兆一心聖旨を奉体して、克く忠孝の美徳を発揮する。これ、我が国体の精華とするところである。この国体は、我が国永遠不変の大本であり、国史を貫いて炳として輝いてゐる。而してそれは、国家の発展と共に弥々鞏く、天壌と共に窮るところがない。我等は先づ我が肇国の事実の中に、この大本が如何に生き輝いてゐるかを知らねばならぬ。
我が肇国は、皇祖天照大神が神勅を皇孫瓊瓊杵尊に授け給うて、豊葦原の瑞穂の国に降臨せしめ給うたときに存する。而して古事記・日本書紀等は、皇祖肇国の御事を語るに当つて、先づ天地開闢・修理固成のことを伝へてゐる。即ち古事記には、
『天地の初発の時、高天原に成りませる神の名は、天之御中主神、次に高御産巣日神、次に神産巣日神、この三柱の神はみな独神成りまして、身を隠したまひき。』
とあり、又日本書紀には、
『天先づ成りて地後に定まる。然して後、神聖其の中に生れます。故れ曰く、開闢之初、洲壌浮かれ漂へること譬へば猶游ぶ魚の水の上に浮けるがごとし。その時天地の中に一物生なれり。状葦牙の如し。便ち化為りませる神を国常立尊と号まをす。』
とある。かゝる語事、伝承は古来の国家的信念であつて、我が国は、かゝる悠久なるところにその源を発してゐる。

国体の本義

学は屡々変ずるを好しとす。其の識見長ずれば、必ず変ずるものなり。初より一説を固守するものは、其の学進まざるものなり。

並木栗水

祭祀性と歌舞、身振り表現性は、長く日本の伝統芸能を特徴づける重要な性格である。

国史大辞典

まことの道は天地の間にわたりて、何れの國までも、同じくただ一すぢなり。然るに此道、ひとり皇國にのみ正しく傳はりて、外国にはみな上古より既にその傳來を失へり。それ故に異國には、又別にさまざまの道を説て、おのおの其道を正道(まさみち)のやうに申せども、異國の道は、皆末々の枝道にして、本のまことの正道にはあらず、たとひこゝかしこと似たる所は有といへども、その末々の枝道の意をまじへとりては、まことの道にかなひがたし。

本居宣長

君は君、臣は臣と、其の名分の定まつたところに大義が存ずるのである。大義名分とは一つの熟語になつて、而かも現今は濫用せられることが多いから、茲に一言を付加して置きたい。世間普通の事柄に大義名分が、どうのこうのといふが、是れは不敬に亘る恐れがある。大義とは君臣の間のことに限るのである。昔は赤穂義士が仇討ちしても大義によつて云々とは言はない。たゞ義によつてといつてある。主君の仇でも主君は一諸侯であるから、斯くいつたのであらうと思ふ。それに近頃は何としたことか。一政黨員が政黨を脱するとか脱せぬおかいふ場合でも、大義名分云々と論議することが少なくない。極めて僭上の沙汰である。言葉が濫用せられるといふことは、其の言葉のうちに含まれる意味が乱雑になるのである。我が國體上重大なる意義を有する言葉の濫用は、慎まなければならぬ。

猪狩又蔵

天花の立ち位置は、かなり気楽です。自分にとっての日常に親和性のある音色をいろいろと使っています。単純にこの音は素敵って感じで並べているだけです。PCが目の前にあって椅子に座っていると何の気なしに、やっていることが音楽になっているような感じです。だから僕はこれを趣味の音楽だと、みんなに話しています。とりわけ特別な役割をこの音楽が成しているとは思っていませんし、無理をしていない感じですね。それはそれで心地良く、緊張感もなく気楽なんです。昨日見た空を何となくスケッチして、今日の空もスケッチして、ただそれが良くて、気分が良かったので、みんなにも聴いてもらえたら嬉しいなと言うような心境です。

冥丁

Lost Japanese mood=「失日本」については、先ほどの「てやんでぃ」と言う言葉が今日は妙にしっくりきています。音楽というものがコミュニケーションの手段である以上、それが一定のコンセンサスに基づいて行われていることは自然なことです。西洋的な論理を軸にした音楽の上で楽しく音楽を作ることは、疑いようがない現代の日本文化の流れだと思います。それでいいと思っています。楽しければ。自分も欧米の音楽が大好きですし、楽しく音楽を作る上では、それを疑う必要はないことです。時代の中で、欧米式を見習った形が日本式に昇華されてきたことは悪いことではありません。その過程の中に、日本らしさは確実に存在していると思います。

冥丁

現代の世の中には、日本的な音楽を聴く際の選択肢のバリエーションが少ない現状に気づくことになります。原因は、生産者がそれを作ろうとしないことにあります。音楽家や作曲家たちはそれを作ることにモチベーションと面白さを感じないからです。言い換えると、殆どの音楽家が同じゾーンの音楽作曲に依存しているという現象があると、自分は仮定しています。もし仮に、日本音楽のバリエーションがもっと存在していたら、僕は「失日本」を推し進める意味もなかったと思います。音楽を続ける意味もそうなると、なくなります。仮説ですが、並行世界上では、苔むした石垣や、近所にある手入れされていないお寺など、そのような現代の日本によく見られる風景もSpotify上で音楽としてアップされて僕たちはリスニングできる状況にあるかも知れません。

冥丁

Lost Japanese mood=「失日本」はそのような日本の中にある自明で幽微な印象を表現した音楽として自分は位置付けています。現代の「正しさ」で置き換えることができなかった視点を持った音楽が、この概念の下で作られています。サウンド面については、先ほども位相の話をしましたが、位相を乱すことで得られる時空間と音領域の可変にこの数年間は魅了されています。そうすると、音像と定位が乱れるのですが、ある意味で生々しくリアルな情緒を感じます。それを踏まえて作曲すると冥丁味(今までの冥丁の音楽らしさ)が出てくる気がしています。楽器で音色を変えて楽しむことも楽しいのですが、僕はPC上で編集作業を通じて機材の差異ではなく思考の差異を反映させて音色をデザインする方法が好きです。

冥丁

西洋文化が日本的な解釈を通して、現代に存在し成立していることは誰の目にも明らかだと思います。その結果として日本にある物事が一定の場所に偏っていて、それらのバリエーションが弱いことも現代社会を通じて見えてくる部分があると思っています。欧米が変わろうとすると日本も変わろうとする流れを見れば、とてもわかりやすいと思います。本当は自国発の文化発信ができれば良いのですが、音楽に関しては(総じて音楽でなくとも)明らかに、毎度のこと西洋文化を追従する結果ですよね。個人的な思いや意見があるはずなのに、それを控えて、向こうで流行っている形式のフォロワーになることで満たされているのが一般的かと思います。いつも思うのが、日本人なのだから、日本人らしく振る舞えばいいだけのことなのに、西洋的に振る舞おうと努力をする人たちが多いと思います(下線部についての言及については世界的に活躍している日本の人たちを前提とした文脈なので、日本で働いている一般的な労働者の方々を前提としては話してはいません。ただ段階的に一般層にも流れつく傾向のようにも思います)。もっと日本人らしく、ありのままの日本感で歩めばいいだけなのに、何者かになろうとする印象を常々人々から感じてきました。例えば自分を例に話すと、島民ですし田舎に暮らしている田舎出身の田舎者です。ここで見える景色は、音楽シーンやアート・シーンやファッションやトレンドとは全く関係性がありません。だからこそ、そういった世間からの注目度の高いシーンとは、全く関係のない音楽が出来上がって当然です。それでいいんです。それだけでいいのに、みんなは何かになろうとしますよね? 僕はそれを「美しい嘘」と呼んでいるんですが、みんな本音で表さないんですよね。彼らの会話は引用ばかりな気がします。ただ本音で話せばいいだけなのに、自分の個人的な言葉で話すことに慣れていないように感じます。ただそれだけのことなのに、それだけのことができない人が多いと思います。

冥丁

行き過ぎた市場經󠄀濟󠄀の齎󠄁した格差や貧󠄁困󠄀、過󠄁剩󠄀な排󠄁外󠄀主󠄀義󠄀や差󠄀別󠄀主󠄀義󠄀は、共󠄀產󠄀主󠄀義󠄀者󠄁に指摘される迄もなく害󠄂惡󠄀だが、それ以上に、皇位繼󠄀承󠄀を巡󠄁る君󠄀臣󠄀の大󠄀義󠄀を忘󠄀卻󠄀した魔󠄁說󠄀こそ、分󠄁斷󠄀と對󠄀立󠄀を招󠄀來󠄀するものである。

大岩優輝

悠久の大義は時代を超越した絶對普遍的な眞理であり、時局の盛衰によつて何ら左右されるものではない。ゆゑにいたづらに時局論に囚はれるべきではないが、愚生は畏くも金甌無缼たる 平成の聖代に何らの汚點も殘させるべきではないと思ふし、宸襟を安んじ奉ることは赤子の使命である。

大岩優輝

ところで、廃仏毀釈運動の熾烈な展開は、通例維新政府の方針と在地平田派国学者の極めて積極的な運動によって説明される。これは、主要な要因には間違いないが、必ずしも十全の説明にはなっていない。当時の政治思想を考える時、多くの藩がこの運動に力を入れた背景には、士族授産と士族帰農のため、社寺地、とりわけ無壇無住の寺院地を入手しようとする現実的狙いがあった。

宮地正人

迦微と申す名義は未だ思ひ得ず。さて凡て迦微とは、古御典等に見えたる天地の諸の神たちを始めて、其を祀れる社に坐す御靈をも申し、又人はさらにも云ず、鳥獣木藻のたぐひ海山など、その他何にまれ尋常ならず、すぐれたる徳のありて、可畏き物を迦微とは云なり。そもそも迦微は如此く種々にて、貴きもあり賤しきもあり、強きもあり、弱きもあり、善きもあり悪しきもありて、心も行もそのさまざまに随いて、とりどりにしあれば、おおかた一向きに定めては論ひがたき物になむありけん。ましてや善きも悪しきも、いと尊くすずれたる神たちの御うへに至りては、いともいとも妙に靈(あや)く奇(くす)しくなむ坐しませば、さらに人の小き智を以て其の理など千重の一重も、測り知るべきわざに非ず。ただその尊きをたふとみ、可畏きを畏みてぞあるべき。

本居宣長

八世紀後半から九世紀前半の在地社会には、「寺」の造営主体となった群領層・郡内有力層(在地首長層)のほかに、「堂」の造営主体となった一村落レベルの下位の支配階層(富豪化した村落首長層)が存在していたことが明らかになった。したがって、古代日本の在地社会には、一村落レベルにも仏教の受容主体が明確に存在したと考えるべきであり、また本書で示した古代村落の具体的な仏教のあり方からすれば、単なる国家レベルの仏教を受動的に受け入れる客体ではなかったのである。(中略)在地の仏教は基層信仰とも結びついたことにより在地の秩序の再構築や維持のための社会統合機能を果たしたため、在地における多様な展開を遂げる中で、人々の生活に深く根ざしていったものと想像される。

藤本誠

同じ心ならん人としめやかに物語して、をかしき事も、世のはかなき事も、うらなく言ひ慰まんこそうれしかるべきに、さる人あるまじければ、つゆ違はざらんと向ひゐたらんは、たゞひとりある心地やせん。
たがひに言はんほどの事をば、「げに」と聞くかひあるものから、いさゝか違ふ所もあらん人こそ、「我はさやは思ふ」など争ひ憎み、「さるから、さぞ」ともうち語らはば、つれづれ慰まめと思へど、げには、少し、かこつ方も我と等しからざらん人は、大方のよしなし事言はんほどこそあらめ、まめやかの心の友には、はるかに隔へだたる所のありぬべきぞ、わびしきや。

【現代語訳】
自分と同じ心を持っている人がいれば、水入らずに語りあい、興味深い話題や、どうでもよいつまらない与太話でも、お互いに歯に衣を着せず話し、癒しあうことができて、こんなに嬉しいことはない。でも、そういう人は都合よくいるわけなく、たいていの場合は、相手を逆上させないように適当に相槌を打って話す羽目になる。すると鏡に向かって話しているような気分になり、虚しくなる。
 同じ結論の話であれば「そうだね」と聞いてみる価値もあるけれど、違った意見であったならば「そんなことはない」と論争が勃発し「そうしたら、こうなるではないか」などと議論になる。それはそれで退屈な気持ちから解放されて良いのかもしれない。けれども本当は、小さな愚痴も受け止めてもらえない人と話していたら、とりとめのない話をしているうちは良いけれど、魂まで交流できる友達と比べたら宇宙の彼方にいる人と話しているようで、切ない気持ちになる。

吉田兼好『徒然草』

制作者の中にも深夜アニメの娯楽作品を毛嫌いするような人もいて、そういう方の作品を見ると「芸術って褒めてほしい」が作品全体からにじんでしまっている。花田清輝の孫で良かったなと思うのは、その手のものに対してコンプレックスを抱いたり、気後れしたりしないところでしょうか。自分としては世界的に評価されている芸術的アニメも、終わった瞬間に内容を忘れちゃうような娯楽アニメも等しい一作品、作る苦労は一緒、あるのは好きか嫌いか、それだけだと思ってます。そのことを理解してない人が芸術ってラベルをアニメに貼りたがるんですよ。

花田十輝

客観と主観のバランスというか、比率ですね。物語の構成やプロット(あらすじ)を書くのは、自分が神様みたいな客観的な視点でキャラクターの運命を決める作業。逆に、シナリオは肉声を書くので、キャラクターになりきって主観的に目の前にあるものに対してどう思うか、何を言うかを考える作業。その差は意識するようにしています。

花田十輝

世の中はたかきいやしきほどほどに 身をつくすこそつとめなりけり
 
 大意:世の中に生まれ来たる時は、貴賎上下の差別はさまざまに分かれて居るであら
うが、それが世に処するには其れぞれ身分に相応して(ほどほどに)、自分の誠心の限
りを尽すのが務めである。

明治天皇

とこしへに民やすかれと祈るなる わがよを守れ伊勢の大神
 
 大意:とこしへに何時々々までも、我が治めて居る国民が安くあれかしと祈って居る
我が心を知ろしめして、わが世を守りたまへ、皇祖天照皇大神よ、の御意と拝す。

明治天皇

ちはやぶる神の心にかなふらむ 我国民のつくすまことは
 
 大意:神の御心に合ふことであらう、我国の民が皆一致して尽す誠の事は、必ず神の御心に通ずるであらう。

明治天皇

即ち日本の神々は多くは森に棲んでいた。森が聖なる空間だつた。森の中で人々は象徴的に神々の示現を見てとることができた。時間的には例へば夢=寝目の中が神の示現の時であつた。日の神の示現は朝の旭日昇天がその象徴だと見るのが最も自然である。だから太陽に畏敬の念を覚えるほどの能力を具へたホモレリジョンは柏手を打つて日の出を拝んだ。この感覚を具へた人間の類型は今日でも往々にして登山者の中に見出すことができる。

小堀桂一郎

聖なるものが恒常的に示現し得る空間としての神社が、世俗合理主義からの圧迫を耐へ抜いて、この平成の御代に於いて、一時的にヒエロファニーよ生じ得る機縁を作り成す、不思議な感受性を具へている。その機縁は、磐境などもその一種と見てよいのだが、例へば一本の樹木であつたり、一掬の泉であつたりする。樹木も、所謂御神木とは限らない。庭園の中の一株の老木であつてもよいし、更に注目スべきことだが、それは絵画に表現された、濃い霧の中から仄かに浮び出て見える松林の景であつてもよい。人がそこに単なる芸術の美以上の聖なるものの示現を感じ取る、霊妙な交感の実現は、例へば「神韻縹渺」といつた褒め詞の中に無造作に看て取ることができる。

小堀桂一郎

本田親徳翁が遺した鎮魂法は、鎮魂修法者が、自分の魂(「内なる他者」、実は「大いなる外」)を鎮魂石に鎮まる神霊に預ける(鎮魂の基本)ということであり、これが成就すればついには霊肉分離して自己の魂が神界出入自在の境地に至る。「自己の内なる他者」が「大いなる外」としてはっきりと感得されるに至り、自己の霊魂の運転活動が自在になり、御許しある時は時間・空間を超絶した幽冥界の真実を探査する端緒ともなる。いってみれば、鎮魂は「真実の自分に出会う」ということでもあるのだ。

渡辺勝義

「本当の自分と出会う」ということの意味を問うことは、実は人が「なぜ、修行をするのか」の意味を問うことでもある。「本当の自分が開かれて外にある」ということをどうやって知らしめるか。自分はこんな人間だ……と大抵の人間が最初から諦めているが、「私が私として完結している」というのは人間すべてが共有している妄想でしかない。「大いなる外」というもの、つまり目に見えない神の存在を受け入れる必要があり、本当の自分は無限に大きいのだということを知っておく必要があるのである。精神分析や深層心理学の駄目な点は所詮無意識という形で自分の身体の中に閉じ籠もっている点である。現代は全く西欧の近代科学合理主義的世界観にドップリ汚染されてしまっており、自分という本質がこの肉体の中に自己完結して閉ざされていると錯覚している。つまり、個として閉じてしまうということの間違いが全く分かっていないのである。

渡辺勝義

神のため人のためにと吾が思い邪なくも歌う此の歌

本田親徳

ヒューマニズム、理性主義、民主主義…こういった空疎な言葉に近代社会の人々の幸福と平和とを期待してきた。然るに歴史が如実に物語るように、不安と猜疑と焦燥感の肥大のみが顕わになってきている。もはや抜本的な世界観の転換が迫られているのである。その時、真に自然に根差した心身のあり方が真摯に問い直されなければならない。今こそ神道の本質を問い直すべき時なのである。もはや伝統文化とか日本古来の個別的な風習などといった無責任な価値付けをしているような時ではない。この母なる地球そのものが滅亡の危機に瀕しているのである。この根源的な元凶こそは、いわずと知れた人間の我欲に発する御都合主義的なヒューマニズム以外の何者でもない。この状況に真っ向から対峙できる力を持っているのが本性に述べた真実の神道なのである。人類の平和と繁栄はこの点において他ならない。神道こそが世界に真の平和を齎すものである。

渡辺勝義

古来から私たち日本人の生き方の根底には「誇り」や「気高く生きる」という文化コードがあって、たとえば戦場にあっても対等な相手として味方の区別なく「勇敢な者は互いに褒め称え合う」という真の武士道精神があった。たとえやむなく敵同士となって相戦うことがあっても善悪を超えて手厚く祀り、慰霊供養を決して怠らなかったことは奈良時代から戦国時代にかけての日本人の古くからの風習であり、自然の情であった。こうした気高くうるわしい精神こそ、私たち日本人が決して忘れてはならないものである。

渡辺勝義

日本人の精神文化の深層には、「お天道様」や「お月様」、「世間様」、「ご近所様」などといった言葉が如実に示すように、人は皆自分を取り巻く一切のものとの深い絆や繋がりを持っており、あらゆるものへの感謝の心を忘れることはなかった。私たち日本人には誰でも大自然や神、先祖への畏敬の念、神と共にあることの喜び、親を拝む心や、「敵ながら天晴れ」、「武士は相身互い」、「苦しい時はお互い様」といった「すぐれた物を優れた者として褒め称える」という素直な生き方、無類の優しさ、憐憫の情、気高い精神という誇るべきものがあり、日本人の心の深層に滾々と湧き出し、今日まで脈々と継承されてきた、うるわしい、清らかな精神性の発露があった。今こそこうした気高い日本精神を取り戻すことが、明日の日本を切り開く第一歩なのであり、人としての正しいあり方は人間がただ心素直に「神に向かう」ということでしかない。

渡辺勝義

近世社会に移っても、修行・修練としての和歌の意義は、継承された。上野洋三氏の整理・分析によれば、中世の歌論を受け継いだ堂上(貴族)の歌論でも、やはり「無心」を得るために鍛錬が強調され「まこと」(信・真・実・誠)が求められた。そしてその論理は、やがて、地下(貴族以外)にも広まり、また俳論などにも継承されていった。

渡部泰明

和歌は社会的な詩である。思いを表現するのは確かだが、そこに集団的な思いが刻印されている。集団的な思いは必ず方向性を持つ。でないと形にならない。その方向性を、ひとまず理想と捉えておく。つまり、和歌は理想を表現するものなのである。こうであったらいいなあ、という理想である。現状報告だけでは、和歌にふさわしい「心」にならないのだ。理想が未来に投影されれば、希望や願望と名付けることができる。逆に過去に投影されれば昔は良かった、という回想や懐古となる。願望や懐古は、和歌の基本となる情緒である。

渡部泰明

ここで注意しておきたいのは、和歌が、現在の自分の ― つまり作者の ー 感覚や心情を表現するものであることは間違いない、ということである。だとすれば、和歌とは、多くの場合願いであり、願いがさらに強まれば、祈りとなる。そこでこれらの趣旨を明確にするために、この祈りという言葉を用いることにしよう。もっとも祈りといった場合には、ただ強い願望だけにとどまらなくなる。そこには、向こう側から到来するものを、敬虔に受け入れる心性が含まれる。自分の意志を超えて起こる出来事を、従容と受け止める心根を伴う。こうした精神が和歌を永らえさせた働きの基本にあると考える。

渡部泰明

和歌は、現在の自分の理想への思いを表現するものだ、だから現状に対して否定的なまなざしを注ぎ、基本的に衰亡や未完の状態を詠むことになる、と考えた。もしこの考えが正しいとすると、作者は現実でもなく理想でもない、ずいぶん中途半端な状態に立たざるをえないことになる。あるいは、理想を抱えて現実に生きる、理想でもあり現実でもあるどっちつかずの時空である。歌人は、境界に立っている。

渡部泰明

天皇が六法全書を解釈して判決されるわけでもなく、紛争を調停されるのでもない。そのやうのことは、複雑な現代社会では、決して望み得ることではない。それは専門の法律に詳しい裁判所に御委任なさる。だが日本国の司法権そのものは、天皇の神聖なる大権にぞくするとの大義だけは動かないのである。そこで裁判官は、もとよりのこと、被告にしても原告(検事)にしても、天皇の臣民としての同一の思想の論理の上に立って、論争し判断しなければならなかった。裁判所は、ただ利害相反する不倶戴天の敵が、相対決して、権謀と実力を行使して闘争する修羅場とは考へられないで、同一の日本国民が理義をつくして討論し、公正にして神聖なる天皇裁判のまさにあるべき判決をもとめる場所と信じられていたのである。

葦津珍彦

統治権を総覧(すべてまとめにぎる)されるからといって、天皇が立法、行政、司法そのほか複雑多端な統治の作用に直接的に介入なさるのではない。それぞれの国家の公的な機関があって、その責任と権限とにおいて統治に参与する。しかして、その国家機関の権限や責任については、社会政治情勢の推移によって、変遷し対応して行かねばならないのであろう。(政体の改正、または変革)。しかしながら、その統治の大権そのものは、天皇に帰属するとの理義を失ってはならない。これが日本人の伝統的な信条であった。それは、この理義を明確にしておくことによってのみ、日本国の統治そのものを涯しのない対決闘争と罪けがれから守り、日本の民心に「神聖をもとめる心」を保全し得ると信じたからである。天皇こそは、日本人に対して、神聖感を授け得る唯一にして共通の存在と信ぜられた。しかしその神聖感のもとづくところは、天皇が、日常不断、この国の始祖たる皇祖に対してひたすらにお祭りなさる方である、といふところから生ずる。しかるに、今やその国体は大きくゆがめられてゐる。国の統治の上では、天皇は象徴として、最高の儀礼を執行される地位には止まってをられるけれども、ことさらに国政上の権能なきとのと明記したのが今の憲法である。しかして、天皇の祭祀大権なるものを、今の国家の法は、まったく無視してゐる。これでは日本国の政治が紊乱し、対決闘争にのみ終始して統合ところを失ふにいたるのは、やむをえないであらう。日本人の心中ふかくに求める神聖感は抹殺され、人心はただ官能的欲望にのみ支配されて行くほかないであろう。日本国を憂ふべき現状から救ひ出すには、天皇の祭祀大権を確立し、皇位の重きことを再確認するよりほかにない。これは日本が講和独立していらいのわれわれの信条であり主張であるが、現下の国情は、いよいよそのことの緊急なるを痛感せしむるものがある。

葦津珍彦

地上は天界と連続し、生きとし生けるもの、否、この世の存在が天の「産霊」(ムスヒ)に依拠するのであれば、地上のすべてが神聖であり、そのようなところに善も悪も生じるはずがないのである。そうした世界観をいだく日本人はきわめて楽天的で、生そのものに倫理に目覚めないことにもなる。日本人は美的で詩的であることは認められても、被害者意識も加害者意識も育たない非倫理的な民族で、幸福な一生を送っていながら自らを幸福であるとさえ思わない民だということになる。

大嶋仁

「はたらく」が身体運動を中心にひていることから、身体が生命の表われであるだけに、ムスヒ(産霊)と直結する。「はたらく」ことは生きて止まらない世界の動きに参加すること。すなわち、神の創造的な「御業」に参加することである。

大嶋仁

明確な法律がない為、大変物騒にも見えます。でも、本当は法律が少ないほど平和でもあるのです。(妖怪は人間を喰いますが :-b)

zun

つまり、目の前の目標は、最終的な大きな目標のためにあるのです。当たり前ですね。でもウッカリしていると、大きな目標を忘れる、もしくは最初から無い、という状態で小さな目標を創ってしまうことがあります。これが危険な状態なのです。例えば「ゲームを創りたい」と言う小さな目標がが最終目的になっているなど。「ゲームで人を愉しませたい」という目標も大きい目標ですが、それでも最大の目標ではない。何故、ゲームで人を愉しませたいか、ゲームで人を愉しませたらその向こうには何があるのか。目標を達成したら別の目標を立てて、経験という人間の成長を捨て、一貫性のない人生を送るのか。最近では、刹那的に生きることが当たり前の様になってきています。あちこち、面白いと思う所だけ取っては捨て、取っては捨てを繰り返す事が多くなっています。一つのことを極めるのも、極めたか飽きたかすれば、何もかもかなぐり捨てて別の物に移ってしまう人もいます。大学に入学したり、就職したりすると目標を失う人もいます。これは今の目標の存在理由、つまり究極の目標が無いからそうなってしまうのです。究極の目標、それは現実には容易に達成できない物である事が望ましいです。「世界平和」とか「人類愛」とか「大悟徹底」とか……。でももっと究極の目標として一般的な物があります。それが「死後の生活を良い物とする」です。死後の生活を良くしたい。地獄に落とされないようにしたい。だから世の中に貢献したい。だから多くの人を喜ばせたい。だから面白いゲームを創りたい。だからこの日にこういう内容のゲームを発表したい。だから何時までにこの作業を終わらせなければいけない。と、目標が連鎖するのです。この連鎖が途中から始まった場合、他人の心を傷つける様なゲームになったり、不道徳な内容のゲームを創ってしまうかも知れない。あくどい方法でお金をせしめるゲームになるかも知れない。それではゲームにとって善くない事になるでしょう。何の為にゲームを創りたいのか?何の為に面白いゲームを創りたいのか?と言わたら答えに窮する様ではいけません。究極の目標を持っていないことがバレてしまいます。そう聞かれたら、これからは堂々とこう答えましょう。
「そう、明るく楽しい死後の生活を送る為に」

Zun

人間の宗教的な営み、それが自覚的に営まれる方向への契機となるのは、心理学者や社会学者による調査研究の示す所、千差万別で、その条件とか契機とかを特定することは出来ない。しかし、その特定個人の置かれた自然・社会・家庭環境の中で、自分自身が一体何者なのかという問いに直面せざるを得ない状況に置かれた時から始まり、永い葛藤期間を経て、見えて来るもの、自己同一を超えるものとの出会い、それは特定の個人や状況を超えた神、或いは仏、真理、存在の理法、運命等等、それを受け容れて生きようとする姿勢のほぼ定まった時に形成される生きる事への姿勢によって決定される。と言っても良いのではないだろうか。

上田賢治

母親こそ、常に子の安全と幸せを願う存在である事を、我が国の神話は、太古以来の真実として伝えているのである。

上田賢治

この世に生きる者にとって、大切な事は、黄泉、つまり霊魂の世界に在る者の願って居る事が、常にこの世に在る者たちの幸せについてである、という点に在る。そしてこの信仰こそが、我が國、祖霊祭祀の伝統を、政治的には如何なる時代を通じても、生き生きの今日まで伝承して来た、その根幹に在る精神であるという事実であろう。 

上田賢治

祖霊による予祝の言葉は、「底津岩根に宮柱太しり、高天原に氷椽高しりて居れ!」と言う。神道が現世に於ける生命の弥栄を信仰の中核に据えて居る事は疑い得ない、と言って良い。大國主の神が大國主の御名を以て尊称とされるのも、この神こそが、具体的に、この國、日本を作り始められた神で在られたからであると言う、信仰を伝えて居るのである。

上田賢治


4コマ日常系は、人間の成長や人との関わりにより生まれる感情というものを、こういった平熱の速度で描けるところに魅力がある。

こかむも

鋭すぎて指から血が出そうなギャグ、弾ける時はとことん弾ける破天荒なヤケクソ感、冷徹に人間関係を描き切る剛腕、繊細な優しさによって彩られる人間関係の救いと救われ、最高クオリティを保ちつづける、老若男女問わず受け入れるポップな絵柄。すげえ。どれか一つでもあれば商業きらら4コマとして成立するレベルのものが、5個もあります。明らかに異様です。

こかむも

お前たちの青春に少しでも救われた人が沢山いる。お前たちがこの先の人生も少しでも永く幸せに暮らせることを遠くから祈り続ける。世界はどこまでも繋がっている。私は、私のできるかぎりの大きな声で、お前たちの幸せへの祈りを叫び続ける。

こかむも

世上の乱逆、追討、耳に満つといえどもこれを注さず、紅旗征戒わがごとにあらず

藤原定家

神道は日用の間にあり

度会延佳

城山や私の方でお授けしたものを素直な心で祕重せられることが肝要で、國ぶりでないと思はれるものでも、中世または上古に於いて、いろいろの靈的むすびによつて言葉は同じでも其の所伝の系譜による關係で、「活きた神傅へ」となつているものが多いので、それを一々説明するわけに行かぬから、やむを得ず黙つては居りますが、どうも「本当に」八萬四千の毛孔から「信」の光りが出ないと、せつかくの所伝が寶の持ちくされになることもあります。

友清歓真

好きな和歌 言葉 第十四章


『ト』を地とし、『ホ』を日とし、『カミ』を神とし、『ヱミ』を人とし、『タメ』を物とす

大国隆正

「ヒ」
兆し。まだ、エネルギー・光・原子・引力・磁気・電気などが発現していない状態。カオス。
「フ」
宇宙が原子核一個ぐらい凝縮されている状態から、それが急速に膨張して爆発するまでの言霊。
「ミ」
その百分の一秒後、物質を構成する基本的なものであ光子・電子・陽電子、ニュートリノなどが発生する現象を示す言霊。
「ヨ」
安定した原子が生まれた様相。宇宙の晴れ上がり現象をいう言霊。
「イ」
銀河や星が形成され、太陽や太陽系の惑星などが発現を示した言霊。
「ム」
地球造成・造山現象と最初の生物(原核・真核生物・ラン藻類)の発生を示す。
「ナ」
魚・両棲類・爬虫類・原生シダ・樹木状シダ類(石炭のもと)発生を示す言霊。
「ヤ」
鳥類・哺乳類などが整い、世界に拡散したことをいう言霊。
「コ」
大地・岩石・草木・根菜・雑穀植物・果樹などが整い、人間の霊種(チタネ)が降下するための準備期を示す言霊。
「ト」
すべての作業が終了し、人間が誕生したことを示す言霊

荒深道斉

故、太素の杳冥(えいめい)なる、本教に因りて土(くに)を孕み島を生みたまひし時を識り、元始の綿邈(めんばく)たる、先聖に頼りて神を生み人を立てたまひし世を察らかにす

太安万侶

むすぶ手のしずくににごる山の井の あかでも人に別れぬるかな

紀貫之

【現代語訳】
両手ですくった水が手からこぼれ落ちています。その雫は山の水場におちていきますが、雫がおちただけでにごってしまうほど、山の水場は浅いです。そのために満足に水を飲むことができません。それと同じように、満足いくほどあなたとお話ができずに別れてしまったことが残念です。

山越えて海渡るともおもしろき今城いまきの中うちは忘らゆましじ

斉明天皇

【通釈】飛鳥から山を越え、海を渡って、紀の国へ出かけてゆく。道中の景色は目を楽しませてくれるだろうけれど、いま今城の殯宮の中にいるあの子ほど、私の心を晴らしてくれる存在はなかった。旅をしても、あの子のことは決して忘れられないだろう。

家にてもたゆたふ命波の上に浮きてし居れば奥処おくか知らずも

詠み人知らず

家にいても揺れ動いてやまぬ命なのだ。それがいま、波の上に浮いているのだから…。この大海原が果てしなく広がっているように、命のゆくえが奥深く恐ろしく感じられてならないのだ。

モダンとは「最近の時代」のことではなく、それがモデルとモードの類似語であることかも察しられるように、「模型の流行する時代」つまり「模流」とでも訳されるべき言葉であった。

西部邁

祭の特徴の第一は連想と飛躍による見立ての世界を作ることで、演劇的に構成し神人交流の神話世界を体現する。始原への回帰による再生で活性化を図り、心象風景を味わい信仰に目覚める。第二は面白さを散りばめ遊びを内包する。虚構世界を真剣に経験し合うことで、生気溢れる時間と空間を共有する。祭祀対象の真偽を問うこおは意味がない。夢の体験にも近く、追憶や故郷憧憬につながる。第三は祭の担い手が結束して、一時的に現実の利害対立や矛盾を留保し、社会の蘇りを果たす。そこでは私的な問題は雲散霧消する。第四は来訪する神霊や祖霊という外部性を通じ、社会の規範の再認識を行う。祭は浪費や無用の遊びに見えながら実利をこえた根源的蘇生をもたらすのである。

鈴木正崇

土地の精霊とは自然そのものであり、時に脅威とも恵みともなるその存在を、古来人々は学ぶために模倣し、怯えないように茶化し、そして、やがて芸能化して生活の中に取り込んでいった。例えば、能楽においても「杜若」や「西行桜」「芭蕉」など草木の精霊の登場し、人間と対話する作は多くある。鎌倉神楽、春日若宮おん祭り双方の「もどき」芸は、表現や目的こそ異なるものの、人に寄り添う芸能であるという点では同一である。つまり、日本の芸能における「もどき」芸は、人知を超えた自然という存在と、人間が共生していくために生み出されたものであると解釈することが可能である。

田嶋麗

古い日本のなかに、この国が日本と呼ばれるよりもはるかに古いこの土地のなかに、ほんとうに生まれ、それは今でも耳を澄ませばこの土地の深く隠れた水脈のように、かすかな音を立てているのである。

前田英樹

むかしの仏師は、心身極楽の中でくらして、重ねる衣もなく、最も高貴な食物のみを摂っていた。高貴な食物とは、水の如く、粥の如く、松の葉の如く、春の若芽、秋の茸、海や川の水藻のごときものである。最も高貴なしかも巨大カ彫刻絵画をつくった代々の人々は、この清浄なくらしと、高貴な食物でいきていたのである。これを簡単なことばで、信仰のくらしのなかにいた人々だったと我々の先祖は言いきった。

保田與重郎

〈帰農〉とは、保田が大変好んだ言葉であって、かつて現世の政争に敗れた貴人、武士たちは帰農して隠遁した。みずから米を作る生活に入った。それは、志を得ずして生き延びる者が、改めて神意を伺い、神意に適おうとするためだったという。そこには貴人も武士もない「アジアの道義」に従った万人の生活と労働があるのみだ。そこに帰って、本来の天地の循環へと自分の生を置き直す。それが保田の考えであった。

前田英樹

つまり、日本人が身体的に感得してきた永遠のいのちを、その内側からつかむことなしに、神道を理解することはできない。まさにそれが「浸透の感覚」といえるものである。神道が今日まで生きているのは、そうした神道の中にある民族的本能、あるいは永遠のいのち、永遠というものに対する感覚に由来すると思われる。

鎌田東二

『万葉集』は雄略天皇の長歌によって始まる。天皇や皇太子や皇后の残した、あるいは豪族、貴族の残した歌も多く収められているが、同時に、名もなき戦士や老若男女の歌も多く収められている。編者の大伴家持は、古代豪族大伴氏に属する者であるが、彼の歌の心を感得するあり方には、ある公正さがあるといえる。それは、あえて言うならば「歌の前ではすべてが平等」という世界観の表明でもある。

鎌田東二

日本人の言霊信仰や歌の信仰に基づくならば、すぐれた歌は神も死者も自然をも動かす力があるとされる。それゆえに、歌も物語も神々や死者を賛仰し、称え、顕彰すると同時に、その営みを慰め、鎮魂する業ともなる。

鎌田東二

契状なる形式が、誓状なる形式に抗し得ないことを示している。即ち契約(状)、中世のオモテの法秩序の世界では、見劣りのする日陰者的存在でしかなかったと言えるかもしれない。たがそれは決して契約効力の社会的無力をも意味するものではない。中世の契約を実効あらしめる力の源は、第一に冥罰への怖れであり、第二はやがて近世の「栄誉の質入」にも連続するであろう「恥」の圧力であり、そして第三には自力救済の暴力であり、それらが総体としてとりまくウラの世界では、彼が無力であったとは思えない。

笠松宏至

ささらがた 錦の紐を 解き放さけて 数多あまたは寝ずに 唯一夜のみ

允恭天皇

【通釈】ささら模様の錦の紐をほどき、お前の衣を脱がして、幾晩も寝ることはできないけれど、今夜一晩だけ寝よう。

天上における神話は、天神からの指令をうけて、結果の報告である復命・複奏をすることを本義としている。天下における奉事・仕事(政治をはじめ、人々の生業)もまた、復命の義務を負っており、循環する体系が国家の統治と儀式・祭祀に反映している。

岡田荘司

天武朝に成立した祭祀では、天皇の新嘗・大嘗祭とともに、伊勢神宮祭祀と天皇宮都の麾下にある大和国内の広瀬社・竜田社祭祀などによって、天皇から「天下の公民」へ、直結した祭祀体系が象徴的に確立されている。伊勢神宮では、伊勢在地の神職たちが農耕・漁業・養蚕など、生業に従事し、これらの収穫を奉献した。朝廷の出先機関である大神宮司の中臣は、天皇の御言を宣読する。これを対面で受けた神宮の禰宜・内人ら神職は、祭祀の主旨を理解し、「おお」と返答の意を称し、天下百性に至るまでの安寧を大御神に伝えた。また、天武天皇四年にはじまる広瀬大忌祭・竜田風神祭では、農耕生産活動に携わる有力者である刀禰と農民の男女らが参加し、天皇・朝廷の祭使に対面して、生業の従事者である「天下の公民」の祈りが直接反映された。

岡田荘司

“もとへもどる”という点で本質的に共通しているように私には思える。本来そこに安住していた所領を失っている状態、もしくは精神的な安定が失われた状態が前提として存在し、そこから“もとへもどる”ことが両者の共通項であった。中世安堵の定型的な用法である「本の如くに安堵する」において「本の如く」と「安堵」の二つは切り離して考えることは出来ないのである。あるべき本来への回帰、言いかえれば積極的に何物かを獲得するのではなくて、消極的な意味における回復にのみ中世安堵の特質があったと考える。

笠松宏至

天壌無窮の神勅

皇孫に勅して曰はく、
「豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の國は、是、吾が子孫(うみのこ)の王たる可き地なり。宜しく爾皇孫(いましすめみま)、就(ゆ)きて治(しら)せ。行矣(さきくませ)、宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壌と窮り無かるべし」

【口語訳】
天照大御神が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に勅して申されるには、
「豊かで瑞々しいあの国は、わが子孫が君主として治めるべき国土です。わが孫よ、行って治めなさい。さあ、出発しなさい。皇室の繁栄は、天地とともに永遠に続き、窮まることがありません。」

ここで斷つておかねばならぬのは、女系女帝を認めないと云ふことを以て、これを女性蔑視の思想であるとか、女性の能力を無視するものであるなどと解してはならぬと云ふことである。皇位の繼承は、第一義的なる意味に於ては、本來能力の問題ではないのである。

葦津珍彦

正直を以て清浄となし、或いは一心定準を以て清浄となす、或いは起生出死を以て清浄となす、専ら清明の徳を致し、須く二法を分かたざるべし、共食の一水の軌に其心を匡す、神国の道に至らしむ

天口事書

天地は死物にして心もしわざもあるものではない

本居宣長

今わざわざむつかしい字形でここに紹介するこの『藝』という字は,漢代の初期(前二世紀頃)に今日の形の文献として成立していた『論語』や『周禮』にも見られるもので,もともとの意味は『ものを種(う)える』ということであり,人間の精神において内的に成長してゆく或る価値体験を植えつける技ということを意味するから,私の見るところでは,洋の東西を問わず,今ここで主題としている文化現象を表すにはこれを使った藝術が一番適切な言葉なのではないかと思う.ただし,今日本で使っている『芸』という字は,もともと『藝』の略字ではなく,漢字本来の伝統では立派な本字なのであるが,『草を刈りとること』であって,『ウン』と発音し『クサギル』と訓(よ)む言葉で,『藝』の語感とは全く異なるし,『芸術』と書けば農業の田畑の草をとる技術と同じ意味になるが,しかし,当用漢字の制度では,『ゲイ』と読んで『藝』の略字であるという風に定められ普及してしまったので,こういう間違ったことに妥協するのはよくないことであるが,その制度のもとに育っている多くの読者の便をはかれば,この字で藝の意味を理解するほかない

今道信彦

神といふ物は、人の斎(いつ)き祝ひたる祭るに、神徳は増す物ぞ

八幡愚童訓

神は人を安くするを本誓とす

北畠親房

美は、所有なき肉体への郷愁である。

萩原朔太郎

美は芸術家と作品とのあいだに ー あるいは作品と鑑賞者とのあいだに ー 成立するものであります。

福田恆存

花をみる時 私は 花の心になるのである

伊東静雄

我が朝は、神代より今に至るまで九十代に及びて、世々に受け継ぎて、皇祚他を雑えず、百王守護の三十番神、末代といへ共、あらたなる聞へあり

栂尾明恵上人伝記

ひかりをば玉ぐしの葉にやはらげて神の国ともの定てしがな

土御門天皇

夫れ我が朝は神国なり、宗廟あひならんで神徳これあらたなり

平家物語

日本秋津島は本是れ神国なり、我が天神最初の国常立尊より跡を降して以来、百七十九万二千四百七十六歳、上は上皇を護り、下は下民を撫す。

源平盛衰記

神神の行動はすべてアソブで表現しえた。このアソビに人間が関わる方途はただ一つ、神神をアソバせることを通じて神神のアソビを真似び、これを神神の世界から人間の世界へ降ろすことだった。

高橋睦郎

底知れぬ威力を持つ神を慰める行為として、神に芸能を見せることが神楽の原点

笠井賢一


木綿作る 科の原に や
朝尋ね 朝尋ね
朝尋ね や

朝尋ね 汝も神ぞ や
遊べ遊べ 遊べ遊べ
遊べ遊べ

朝尋ね 君も神ぞ

汝も神ぞ

君も神ぞ

汝も神ぞ

君も神ぞ や
遊べ遊べ 遊べ遊べ
遊べ遊べ

遊べ遊べ 汝も神ぞ
遊べ遊べ 遊べ遊べ
遊べ遊べ

民族・国家が、二分三分したり、四分五裂したり、七花八裂したりして、民族生命、国家生命が混乱、衰弱し、危機に瀕した時には、思ひきつて中心点に帰一し、統一させてゆく以外に生命更新の道はない。そのためには、当然内外に向かつて、帰一、統一をはばむものを打ち破つてゆかねばならない。それが「攘夷」であり「討幕」であるのだ。

影山正治

「すめらみこと天皇」は、人としての面に於いては有限、相対、内在であられながら、神としての面に於いては無限、絶対、超越であられ、その故にこそ「万世一系」であられ、「天壌無窮」であられ、「神人合一」「君民一体」であられる。この「矛盾の大統一」とも云ふべき「大和」の上にこそ「天皇の御本質」があり、「日本の道の真髄」がある。だからこそ本質日本にしてはじめて、フランスの大陸詩人ポール・リシャールも指摘したやうに「東」と「西」の、もう一つ高い次元での橋となり、結び目となることが出来るのだ。

影山正治

「すめらみこと天皇」は、皇居の中にだけ居られるのではない。わが生命の中にも居られるのだ。

影山正治

陛下を我れの外にだけ考へては駄目だ。我れの内にも考へ、そして何よりも「陛下と一体となる我」を本当に考へなくては真の日本人とは云へない。「みたみわれ」と云ふのは此のことだ。

影山正治

さし焼かむ小屋の醜屋にかき棄てむ破薦を敷きて打ち折らむ醜の醜手をさし交へて寝らむ君故あかねさす昼はしみらにぬばたまの夜はすがらにこの床のひしと鳴るまで嘆きつるかも

詠み人知らず(万葉集)

【現代語訳】
焼き払ってしまいたいような小屋のみすぼらしい家に、棄てさってしまいたいような破れ薦を敷いて、へし折ってしまいたいような醜いきたない手を交わしあって、寝ているだろうあなたゆえに、あかね色の昼も一日中、暗黒の夜も一晩中、この床がぎしぎし音をたてるまで嘆いたことよ。

「天皇陛下万歳」は、「お母さん万歳」でもあり、「日本万歳」でもあり、「アジア万歳」でも、そして「人類万歳」でも「宇宙万歳」でもあるのだ。一切の祝福、一切の祈念を、ただ一点に集中して完全に燃焼させきることなのだ。その一点が「すめらみこと天皇」であるのだ。「君が代は千代に八千代に」も全くこれと同じだ。大自信をもつて「天皇陛下万歳」を叫び、「君が代」を歌うべきだ。

影山正治

私はなほ、生死のはざまの黄泉つ平坂のすぐ近くを歩みつづけてゆく。そして悲しみも喜びも、古典に託し誦み上げてゆく。歌は私の魂のひびきである。歌を詠み歌を作ることは、わがいのちのあかしである。

廣瀬誠 

「開基は浪人の任なり」と叫んで、明治維新の先人たちは、いのちがけで、どんどん脱藩して浪人となつて力闘献身した。御贈位にあづからうとか、靖国神社に祀られようとか、遺族年金をもらはうとか考へてやつたのではない。「浪人」であること、「草莽」であることに本当に強い誇りをもつてゐた。「維新」を考へるものは、この点を学ばねばいけない。

影山正治

血に聴け、いのちに省みよ

影山正治

好きな和歌 言葉 第十五章

①「死にきる」ことだ。

影山正治

姿勢を低く敵陣に突撃してゆく兵士の気持で。

影山正治

合理的な「目標を定める」とか「目的を求める」というのとはちがっていて、ともかく当のものに近づけようとふるところに意図があるのです。当のものは必ずしも目標や目的ではないのです。そのため、大工や職人たちがその「当」にだんだん近づいてくると、ちっとも説明してくれないということになる。自分のやってることはいちいちの「当」に近づくことだから、そこに当たるということは快感であっても、説明の対象にはならないからです。

松岡正剛

したがって真の大物とは、人品骨柄卑しからず、肩書なくとも人柄よく衆に仰がれ、おのづからにして威風あたりを払ひ声望世にあまねき者、つまりは恥を知る者のいひにほかならない。

森田忠明

かく国際情勢が急変点ひ、問題山積して僕らの責務もまた重くあるなかで、日常にはせめて機知と酒落とがふんだんにあつてよからうぢやないか。より洗練された上品なそれは、むしろ生活の必需品といふにふさはしからう。

森田忠明

文化概念としての天皇、日本文化の一般意志なるものは、これを先験的に内包してゐたと考へる者であり、しかもその兆候を、美的テロリズムの系譜の中に発見しようといふのです。すなはち、言論の自由の至りつく文化的無秩序と、美的テロリズムの内包するアナーキズムとの接点を、天皇において見出さうといふのです。

三島由紀夫

過去二千年に一度も実現されなかつたほどの、民主主義日本の「言論の自由」といふ、このもつとも先端的な現象から、これに耐へて存立してゐる天皇といふものを逆証明し、そればかりでなく、現下の言論の自由が惹起してゐる無秩序を、むしろ天皇の本質として逆措定しようとしてゐるのです。

三島由紀夫

どうせかぎられた寿命を生きるのだから、物事に対処するには泰然と臨みたい。誇張ながら慾をいへば、地震雷火事に遭うても平然とありたい。デモの隊列を組むにも悠然とゆかう。抗議をするにも声を荒らげたりせず諄諄と解かう。女を口説くのは無言のままがいい。

森田忠明 

諸君、日本は、日本人は、たった一つ不足した、本当の苦しみ、本当の恥らいという大きな宝を、摑み得たのです。これから日本人同志は仲よくして、この宝を、勇敢に、てらひやごまかしの勇気でなく、純粋な、まざり気のない勇気をもって、大切に、培って、ゆこうではありませんか。この気持をもって、日本人の悉くが、つき進んでゆくならば、今までのように、朝鮮や、満州や、台湾や、樺太が、散慢に在るよりは、本土だけに縮少された日本であっても、真剣な、勤勉と努力と、新らしく日本を、新らしき意味の日本に、再建してゆこうとする国民の、愛国的熱情が湓れて止まぬものであるならば、どれだけ、縮少された日本の方がよいか、はかり知れないものがあるのです。日本人は、決して、いかなる情勢にたちいたろうとも、失望、落憺するようなことがあってはいけません。今後の、新しい日本を再建してゆく、努力と勤勉とに愉快を感じて、勇敢に、つき進んで、ゆかねばなりません。諸君、それぞれの立場から敗戦の理由を問議して、或は軍が、悪いと言い、或いは官僚が無智であると言い、或は国民が、無関心であるといい、重臣らが戦意を全く持たなかったというのであります。みな本当でしょう。

頭山秀三

しかし本当に自己を知り、恥らいを知る人々は、どうして、それぞれの立場にあって、それぞれの立場の人々を、責めることが出来ましょうか。ただ、自らの、至誠の足りなさを顧て、自らが、恥かしくて、恥かしくて、死んでしまいたいと思うほど恥かしくて、他の立場の人々を、責めるなどという、勇気は、あり得ない筈です。国民の燃ゆる熱情を、政府が徹底的に押へつけたから、何らの働きも示すことが出来なかったというのです。一生懸命な情熱、至誠、愛国心というものは、政府が圧迫を加えたから、出来ないなどというものでありましょうか。決してそんなものではありません。国民は、愛国心の欠亡、まことの足らなかったこと、殆んどごまかしに近い忠義であったことを、恥ぢなければ、なりません。軍人もそうです、官吏もそうです、重臣もそうです。みんな、ごまかしの忠義であったということを本当に恥ぢようではありませんか。日本人の中に誰一人、誰一人、自分は正しかったし、自分の出来るすべてを尽したし、俺は、本当の忠義者である、ということを、言うことの出来る人が一人でも、あるでありましょうか。諸君、敗戦の理由は、現在、日本に、生ている悉くの人々にあるのです。人を恨まずただ、自分の不甲斐なさを、恥ずることに徹して、新日本の前途を、祝福して、愉快におのおのの任を働けるだけ働らこうではありませんか。自己感情の満足とか、てらひだとかごまかしだとか、一切を振棄てて恥ぢにも、侮辱にも、一切を耐へ忍んで負けたことに附随する、支払を、男らしく支払いつつ、過去の、不完全を完全ならしめ、新らしく、痛快に、元気よく、再出発することが、畏くも「朕ハ爾臣民卜倶ニ在り」と仰せられた、有難き御聖旨に、報い奉る新日本国民の、忠節でなければなりません。義ハ君臣 情ハ父子
玉音を拝承して大御親様どこまでも臣秀三はお供いたし奉りまする。不甲斐なき、私如きが、畏多き天皇陛下を身辺に、感じ奉る光栄と、悦びとを、終生忘れることなく、欣然として愉快に、勇敢に、忍び難きを忍び、新日本の前途に、お役に、立ち得ますよう、一生懸命の精進と努力を誓い奉って、謹んで、言葉を終ります。

頭山秀三

我が帰属する共同体は一国家を形成してゐる民族にほかならないが、倫理を衷失し人間性に変質をきたした今こそ最後の拠りどころとすべき、この文化的伝統に彩られた民族を絶対に滅ぼしてはならないのである。ところが事実、唯一営利の追求が民族=国家を軽視ないしは必要とせぬほどの時代に際会してゐると言つても過言ではないのだ。

森田忠明

大嘗会は神代の風儀をうつす

一条兼良

しかし何にしても、ハイテク化は向後競つて層倍をめざしゆくのは確実である。むかし、いまもさうだらうが、農家が年年改良されてゆく耗運、田植、刈取、脱穀、乾燥といつた類の農機の出現に振り回され、その購入費用の捻出に頭を抱へてゐた時代を覚えてゐる。買はない家は家族総出の人海戦術を強ひられ、さうした米生産に向ふ労働が周囲から皮肉られたものである。乗用車が数村に一台しかない時代は、それがいかなオンポロであれ村民みなの瞠目と垂涎の的であつた。ところが現在は、まだまだ使用可とはいへ古い型の車に乗つてゐること自体が罪悪にちかい感覚で捉へられるまでになつてゐる。高技術化へ進むなかで噴出する虚脱感、それに憤懣と退嬰と、また見栄と。全然奇つ怪な世の中でないとは、何ぴとたりと断定しえなからう。現代技術の恩恵を蒙りながらすべてを旧に戻せといふのは暴論である。複雑このうへないハイテク機器を従横に駆使しうる能力をもてと言はれても覚束ない。ならば、電話は生涯ダイヤル式を通すと言つて泰然たる一友の信念に見倣つて、自分の納得できる範囲内で必要に応じた代物のみを使ふといふのも一興、一つの見識であらう。

森田忠明

思想を基として、その思想に適応すべく国語を運用する法則即ち文法たるなり

山田孝雄

乾符を握とりて六合をすべ、天統を得て八荒を包ねたまひき。二氣の正しきに乘り、五行の序を齊へ、神しき理を設まけて俗(ひと)を奬(すす)め、英(すぐれ)たる風(のり)を敷きて國を弘めたまひき。重加(しかのみにあらず)智の海は浩汗として、潭(ふか)く上古を探り、心の鏡は煒煌(いこう)として、あきらかに先の代を覩たまふ。

神器を手にして天下を統一し、正しい系統を得て四方八方を併合されました。陰と陽との二つの氣性の正しいのに乘じ、木火土金水の五つの性質の順序を整理し、貴い道理を用意して世間の人々を指導し、すぐれた道徳を施して國家を大きくされました。そればかりではなく、知識の海はひろびろとして古代の事を深くお探りになり、心の鏡はぴかぴかとして前の時代の事をあきらかに御覽になりました。陰と陽との二つの氣性の正しいのに乘じ、木火土金水の五つの性質の順序を整理し、貴い道理を用意して世間の人々を指導し、

古事記

元々自然庶物が自由にことゞひをしたのが、時に随意に緘黙に這入ることが出来たと解するのではいけない。言語なき物をして、ことばを出さしめるのは、神の威力であつた。さうして口を開いたが最後、神の呪詞を反覆して、違はざらむことを誓ふものと考へたのである。鸚鵡返しの芸能は、必しも近代に初つたことではなかつた。古代に溯るほど寧、さうした形であつたが為に、わりに安易に次第に日本の芸の種目は殖えて行つたものと考へられる。命令であり、問ひかけであつたものを、語尾を少し更へれば、承服ともなり、答へともなるのである。

折口信夫

昭和29年(1954) 御年54歳
   伊勢神宮に参拝して

伊勢の宮に詣づる人の日にましてあとをたたぬがうれしかりけり

昭和天皇

神嘗祭に皇居の稲穂を伊勢神宮に奉りて 2首

八束穂やつかほを内外うちとの宮にささげもてはるかにいのる朝すがすがし
わが庭の初穂ささげて来こむ年のみのりいのりつ五十鈴いすずの宮に

昭和天皇

靖國神社の九十年祭

ここのそぢへたる宮居の神々のくににささげしいさををぞおもふ

昭和天皇

皇太子の結婚

あなうれし神のみ前に日の御子のいもせの契り結ぶこの朝

昭和天皇

君がため祝ふ心のふかければひじりの御代のあとならへとぞ(後撰1379)

藤原忠平

【通釈】あなたのためにお祝い申し上げる心が深いので、聖代の手跡をお習いなさいと、この御本を差し上げます。

をしへおくことたがはずは行末の道とほくとも跡はまどはじ

村上天皇

日本列島田ごとの早苗そよぐらむ今日わが君も御田(みた)にいでま

上皇后陛下

遠白き神代の時に入るごとく伊勢参道を君とゆきし日

上皇后陛下

赤玉(あかだま)の緒さへ光りて 日嗣(ひつぎ)なる
皇子(みこ)とし立たす春をことほぐ

上皇后陛下

幸(さき)くませ眞幸(まさき)くませと人びとの
声渡りゆく御幸(みゆき)の町へ

上皇后陛下

幾年の難き時代を乗り越えて和歌のことばは我に響きぬ

愛子内親王殿下

世をさまり 民やすかれと祈るこそ 我が身につきぬ思ひなりけれ

後醍醐天皇

もみぢ葉の散り敷く道を歩みきて浮かぶ横顔友との家路

愛子内親王殿下

我が友とふたたび会はむその日まで追ひかけてゆくそれぞれの夢

愛子内親王殿下

人々が笑みを湛へて見送りしこふのとり今空に羽ばたく

秋篠宮文仁親王殿下

飛びたちて大空にまふこふのとり仰ぎてをれば笑み栄えくる

秋篠宮紀子親王妃 殿下

我が身を主君に奉り、すみやかに死に切つて幽霊となりて、二六時中主君の御事を歎き、事を整へて進上申し、御国家を堅むると云ふ所に眼をつけねば、奉公人と言はれぬなり。

葉隠

花はいさそこはかとなく見わたせば霞ぞかをる春の明けぼの

式子内親王

あはれはや 浪をさまりて 和歌の浦に
みがける玉を ひろふ世もがな

後村上天皇

ああ早く荒波がおさまり和歌の浦に磨かれた玉を拾うことのできる世の中になってもらいたいものよ

さて世のすえの大なるかはりめは、後三条院世のすにひとへに臣下のまゝにて摂録臣世をとりて、内は幽玄のさかいにてをはしまさむ事、末代に人の心はをだしからず。脱履の後太上天皇とて政をせぬならひはあしき事なりとをぼしめして、かたがたの道理さしもやはをぼしめしけん。委しくは知ら子ども、道理のいたりよも叡慮にのこる事あらじ。昔は君は政理かしこく、摂録の人は一念私なくてこそあれ、世のすへには君はわかくて幼主がちにて、四十に余らせ給ふは聞へず。御政理さしもなし。宇治殿などはをはく私ありとこしは御覧じけめ。太上天皇にて世をしらん、当今はみなわが子にてこそあらむずればと思しめしける間に、ほどなく位をりさせ給て、延久四年十二月八日御譲位にて、同五年二月廿日住吉詣とて、陽明門院ぐしまいらせて、関白御ともして、天王寺八幡などへまいりめぐらせ給ひけり。

慈円

天皇の内廷家産機構に属する人々にとって、 天皇の日常生活への奉仕と天皇祭祀への奉仕は連動していた。また、『延喜式』巻三十五の大炊によると天皇供御料の稲・粟と毎年の新嘗・神今食の祭祀料の稲・粟はともに令制以前の「屯田の系譜を引く「官田」(宮内省営田)から用意された。これは中宮・東宮、また在京中の斎宮の食膳料も同様であった。つまり天皇は、自身が日常で食する糧を祭祀において祭神に奉るのであり、それに奉仕するのもまた同じ人であった。

木村大樹

身の上は何か思はむ朝な朝な国やすかれといのるこころに

櫻町天皇御製

さて日本という樹木においてこのフシに相当するものが天皇さまであられる。天皇陛下のお即ぎになる「天津日嗣の高御座」の御位は、“生命根”たる天照大神の、その時々における“当今”の御顕れであり「恰も宇宙法則、自然生命が万象万象を生成化育するやうに、万民悉く生成化育発展繁栄せしめる存在」なのである。

佐藤通次

代々の天皇とは実は“節々の天皇”であり「日本歴史伝統の眼に見えざる霊力」を保持し伝承したまふお方である。その霊力は「天壌無窮永遠に滅ぶことなき弥栄の道」である故に、それぞれ個人として顕現したまふ天皇は、親から子への生命の承伝(万世一系)によって、その永遠不滅を具現したまふこととなる。この道理を表現せるものが、国歌「君が代」である。

佐藤通次

とこしへに民やすかれといのるなり わがよをまもれ伊勢のおほかみ

明治天皇

敗戦の落し子である「日本民族精神解体の憲法と教育基本法」とにより、多くの日本人は「思想的婢僕奴隷に化し去り」、他の者は「金の奴隷」「富追求の亡者」たる「経済動物」に成り下がって、「恥を中外にさらけ出して」ゐる。

佐藤通次

わが国においては、万世一系の現人神が、天照大神の御心を汲みたまい、この現実の国を無窮に統治したまいつつ、その次代々々に応じて教訓を垂れたまうのである。外国の宗教の経典は、古い時代い組まれた経文であるから、時代の移るにつれて、変更を必要とする部分を生じ、また、変更したくも変更が不可能であるために、いろいろの無理を生ずるのである。さまざまの宗教はの末流が、教祖の示した戒律を、生活条件の根本的に変化した数千年後にも、依然として墨守して、歪みたる生活を送りつつある憐れな事例は、世界至るところに見られるのである。然るにわが国においては、国民の親神が、現神として常に現前したまうが故に、一定の経典を作る必要がなく、その時々の詔勅によって、活人生における自覚的事行を垂訓したまうのである。そして、その御垂訓に現るる真理は、一箇の覚者の見る真理というごときものではなくて、「上下ともに如在の誠を致」すところに啓示さるる、超箇人的立場の最も尊厳なる事行的真理なのである。故に、御詔勅は、国民のマコトと民族の叡智とを代表する側近の臣が、大御心を体して、畏み草し奉り、陛下の御裁可を得て、発布せられることもあるのである。しかも、かくして発布せられたる詔勅といえども、あくまで天皇の大みことのりであって、起草にあたり奉仕したる臣下の存在は、その中に完全に姿を没するのである。

佐藤通次

大皇は神にましますぞすめろぎの勅としいわばかしこみまつれ

橘曙覧

天壌無窮、万世一系等永遠不滅の原理は、常に新陳代謝、循環還元、流転流動しつづける自然法則の作用に定まるものであって、これに反するものは断絶、四散、滅裂となる。凡そ永遠性のものは、統一性と連続性の二つの作用によってささえられるものであり、統一性とは「陰」の作用、連続性とは「陽」の作用である。

戸松慶議

我が国は神国なれば誰人も神ながらの道によるべきこと

村上都愷

敗戦というものは何も軍隊が解除され、海に一隻の軍艦もなく、空に一機の飛行機もなくなることではない。実に国民が敗北意識に陥り、精神の虚脱に陥って、勝者の思想が敗者の精神を完全に占領するに至って敗戦は完璧となる。遺憾ながら日本人は多くはかの完全敗戦に陥ったのであって、敗北と共に祖国日本は守るに値する何らの文化もなき蒙昧な国とされ、過去の日本は一挙に暗黒時代に転落させられてしまった。そして民主主義というものが日本民族の全精神生活を導く至高の原理に祭り上げられ、新憲法は日本民族の聖典かコーランかの如く持ちあげられ、違憲とか反民主とか戦前の不敬罪に匹敵する偉力を発揮するに至った。この精神的狂躁状態は戦後三十年の今日、根本的には今なお続いてる有様である。

高山岩男

しかし、天地と共に浩大なる神ながらの大道は、もとより哲学の一つの立場というごときもののよく汲み尽し得るところではなく、諸人のさまざまの見地と機根とを尽して、あらゆる道において表現し讃歎すべきものである。著者は、山川も寄りて仕えまつる神ながらに、おのれの論理と哲学とのささやかな奉仕を為したにすぎぬのである。

佐藤通次

宇宙自然の法則作用をあるがまま心の裡(うち)に捉え、それを人間生存の原理としたとものであり、約言すれば宇宙法則の人間的行為を基本中心として理性と感情を支え躍動させ、或はこれを牽制し抑制して人間完成を図ってきた道であり、神人一体を追求し実現してきた道である。

戸松慶議

自己が自己を体格としてもつということは、自己が自己を超越するということである。故に、人間は、それぞれ箇の存在であると共に、その本能においては、超箇である。超箇であるが故に、人間は、箇として与えられた自己を超え、また、他の箇人を超え、更に、一切の箇物を超えるのである。自覚は、実に、超箇の自己が、箇の自己をみずからの内に迎える体験、あるいは、箇の自己が、自己の本然なる超箇の自己に復帰する体験である。かかる自覚の体験の原理が、「見る」である。

佐藤通次

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