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NPD劇場―氷のリハーサル|第十幕

舞台稽古に集まる役者たち。
彼らの視線を感じるが、目は合わせない。
おもむろに、砂埃を払いながら、台本を開く。

目線は、台本に留まりつづける。
連日の忙しさが、頭をよぎる。
だけど、今夜も、舞台が待っている。

私は、役者たちの演技へ目を向け、理想を口にする。
彼らの演技は、なぜか、寒そうだった。
しかし、それを口にすることはない。

ある役者が、寒くないですかと聞いてくる。
怪訝そうに、私は呆れる。
そして、寒くないと、答える。

別の役者が、今日は寒いですねとコーヒーを差し出す。
その気遣いが、なぜか私をいらつかせる。
くりかえし答える、寒くないと。

いつしか、舞台は薄い氷に覆われた。
転びそうな役者たちの演技に、ため息をつく。
ただ、舞台を壊さないでくれと、理想を語る。


解説

この幕では、「不機嫌」というNPD(自己愛性パーソナリティ障害)に特有の“ねじれた態度”を、舞台リハーサルという寓話的な場面を通して描いている。舞台監督でもあるNPDの主人公は、役者たちと目を合わさず、ただ淡々と準備に取りかかる。彼女自身は、疲れているだけのつもりだが、役者たちはその沈黙の中に、不機嫌な空気を察知する。やがてリハーサルが始まると、舞台には張りつめた空気が広がり、主人公の厳しい指導が飛ぶ。しかし彼女は、一切怒っているつもりはなく、むしろ「役者たちのほうが不機嫌そうだ」と感じている。しだいに、共演者たちは彼女に気を遣い、会話はぎこちなくすれ違う。だが本人は、そのすれ違いを不可解に思いながらも、自分の態度が与えている影響に気づくことはできない。結果として、役者たちの演技は精彩を欠き、空気はさらに冷えこみ、主人公の理想は空回りしていく。

あとがき

NPDの不機嫌は、言葉ではなく態度に現れます。本人は怒っていないつもりでも、その空気に周囲は気を遣い、沈黙が広がっていきます。そのとき、NPDの内面では、「自分は冷静で、むしろ悪いのは相手だ」という“投影”が無意識に働いています。本当の原因──疲れや苛立ち、理想とのギャップ──から目をそらすために、外の誰かが悪いことにされるのです。そして、その投影が繰り返されるうちに、周囲の気遣いが当たり前となり、NPD本人の中では「察して当然」「自分は正しい」という認識が強化されていきます。つまり、NPDの傲慢さとは、不機嫌・投影・気遣いの連鎖のくり返しにより自然に獲得された性質なのです。一見、NPDのこの「不機嫌」は、意識的に行われる巧妙な他者操作のように思われがちですが、そうした認識が、必ずしも正しいとは限らないことを知っておくことは重要です。



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