NPD劇場―砂が覆いつくさないように|第四幕
第一部 見知らぬ観客
いつのまにか、客席は見知らぬ人で埋め尽くされていた。
もう、そこに父の姿を探すことはできない。
彼らは、拍手の代わりに賞賛や噂を交わしあい、その声が私の耳に届く。
「もっと見せてくれ」「ずっと見せてくれ」──その響きが私を立たせる。
私はそれらを飲み込み、台詞を選び、仕草を整える。
砂が、舞台の板を覆いつくさないように。
第二部 板を外す役者
ある時、舞台の板を外そうとする役者が現れた。
新しい板の方が演じやすい、と親切そうな顔で笑いながら。
その隙間から、熱い砂が吹き上がる。
私は、父の舞台を変えないでくれと、強く制した。
そして必死に板を押さえ、隙間を埋める。
砂が、舞台の板を覆いつくさないように。
第三部 道は塞がれた
役者はいなくなった、そして、主役の座は守られた。
だが、舞台を降りる道も塞がれた。
幕の外から、乾いた風が吹き込む。
それは遠くの砂漠から届く、幼い記憶の匂いを含んだ砂風だった。
けれど私は、その風を受けながら、舞台に立ち続ける。
砂が、舞台の板を覆いつくさないように。
解説
観客席は、顔の見えない「世間」という客が埋め尽くし、父の姿は消えている。これは、娘が成長し、理想演技の評価者が父から世間へと移ったことを意味している。しかし、共感性が育たなかった娘は、共演者の気持ちを健全に受け取ることができず、理想演技の舞台に固執することで、次々とトラブルを抱えるようになる。そして、理想演技を止めるすべは、すでに失われている。理想演技を守ろうとする焦燥感(=砂)に呑み込まれないよう、彼女は孤独な演技を続けるしかない。その閉ざされた生き方こそが、彼女にとって安心できる唯一の道なのだ。
あとがき
第二部に登場する「板を外す役者」は、読者から見ると唐突で、やや異様な存在に映るかもしれません。しかし、この異様さは、NPDが他者をどう見ているかを象徴しています。本来、この役者はごく普通の人間です。新しい板を提案することは、改善のための自然な工夫や、何気ない親切であり、悪意などないはずです。けれどNPDの視点では、その行為は舞台全体を揺るがす危険として映ります。親切そうな笑顔すら、脅威の兆しや侵入の予感として受け取られてしまうのです。同じ現実を見ても、そこに描かれる物語は全く異なる──。この認知の断絶こそが、NPDの世界に生きる者と、それ以外の人々との間に横たわる深い溝なのだと思います。
