NPD劇場 ― 幼い役者|第一幕
第一部:かつての成功
荒野の町外れに、木造の劇場があった。
父と母は二人芝居を演じた。題は《女の幸せ》。
母が舞台に立つと、拍手が長く続いた。
夫を支え、子を産み、家を守る──ただそれだけの話。
舞台袖から見ていると、母の背中は照明に溶けていった。
第二部:母の失踪
稽古の後、母は台本を抱えたまま、父に何かを話していた。
「女の自由」という言葉が、幕の隙間から漏れた。
数日後、台本は改訂され、新しい場面が加わった。
拍手は短くなり、客席の古い顔が消えた。
翌週、台本は元に戻され、母は消えた。
鏡台には衣装と台本が畳まれてあった。
椅子は、次の誰かを待っていた。
第三部:娘の起用
父は私を舞台袖に呼んだ。
手渡されたのは厚い台本。表紙には父の文字で《女の幸せ》。
「お前ならできる」とだけ言った。
私は袖の影から一歩出た。
光が目に刺さり、客席は霞んだ。
息を吸い、言葉を探す。
そして、舞台には砂が舞っていた。
解説
《女の幸せ》は、観客という世間の常識と、父の理想自己を映す脚本だった。母はそこに「女の自由」を組入れ、物語を広げようとしたが、保守的な客の反発を受け、舞台を去った。その改訂は短命に終わったが、その痕跡は、砂に覆われたまま、幼い役者の胸に静かに刻まれた。脚本は変わらない──ただ、それを演じることが、彼女の唯一の選択だった。
あとがき
このNPD劇場シリーズでは、「砂」を繰り返し描いています。この「砂」は、NPD(自己愛性パーソナリティ障害)の人が抱える、消えることのない焦燥感の象徴です。NPDの人は常に過緊張で、過剰に防衛的です。それは、自分の理想自己という舞台が、少しでも崩れそうになると、自分という存在そのものが危うくなると感じているからです。その不安定さは、払ってもまとわりつく砂のようです。「砂」というモチーフには、この終わりのない緊張と防衛の状態を込めています。
