ぼくとパパ、約束の週末 感想(ネタバレあり)
冒頭からしばらく、自閉症児の生きづらさを観客に伝えるためだとおもうけど、学校シーンあたりであえて音響を不快なボリュームやガシャガシャで表現している。
一見障害抱えてるとわからない普通の子どもの、実は抱えるしんどさを演出で観客に共有してからサッカー旅の話に持っていくあたり、理解が深まるようですごいなぁと思った。
なんとなく知ってるけどなんとなくしか知らない自閉症という障害。その障害を持つ子がいる家庭の一つの向き合い方を周知してくれる映画で(バス停のイス変わって!ママ、解決して!とか)、正解はあるようでなくて、とにかく共に生きるため一つひとつの事象を毎回トライしてトライしながらの上に人生が進んでいく様子。
正解はこれですよ、を提示したい映画ではなくて。
最後の最後に字幕で「1/100人の子供が自閉症児です 理解が深まりますように」と出て、そういう意味で本当に意義ある映画だと思う。
そしてこれはパパの物語でもある。
ママの大変さをわかってるつもりでいたけど、全くわかってなかったと息子と向き合って初めて理解する。
これって誰しもに当てはまる。わかってるつもりでわかってなくて、本当に体感して初めて知る、そんな経験。
ジェイソンに関しては、ジェイソンがサッカー旅に出ることで、客は(成長)とか(変化)を期待しがち。
だけど、ジェイソンは“未熟だから”ルールを決めてるわけではなくて、ジェイソンは自閉症という“障害だから”ルールを決めて安心して生活をしてる。
だから観客が変化を期待するのって失礼というかトンチンカンなのかなって思えて、どう見守っていいのかあやふやなまま展開を見守った。
結果、ジェイソンが自ら(身体検査を我慢してみよう)と思うことがあったり(ビールかかってパニック寸前で離れたい気持ちよりも、耐えて最後まで見るんだ)と選択したシーンとか、変化や成長というより、経験を積んだことで今まで選ぶことのなかった“選択肢”の数が増えたのかな、と感じた。
赤ちゃんの咳にパニックになっていた車内のシーンも、後半の食事シーンでは赤ちゃんの咳にそっと口元を覆う反応に変わっていた。ジェイソンの積んだ色んな経験が彼の適応性をほんのり高めたのかな。
意図したわけではなく、旅からたまたま得られた副産物なのかもしれないけど、経験値の増加がジェイソンを少し生きやすくしたのかなと思うと、旅はすてきな選択だったなと思う。
実話なのがまた、ね。
ジェイソンのように家族が正面から障害に向き合おうとする家庭ばかりではないことを思うと、自閉症という障害が一般に理解の深まるきっかけって大切で、この映画の意義はとても大きいなと感じた。
見られてよかったです。
