見出し画像

挨拶を冒涜しよう!

概要  :挨拶は死んだ。我々が殺したのだ。
読了目安:3分

挨拶という概念があります。日本人がよく使うアレです。漢字がたまに書けなくなるアレです。そこらの小学校が日本一目指してるアレです。

保険を張るのもめんどくさいので断言してしまいましょう。現代に意味を考えて挨拶をしている人間はいません。

いないのです。もはや我々の意識の根底に侵食し、「常識」とかいう18歳までの偏見コレクションに丁寧に片付けられています。

私は視力が悪いです。相手が誰なのか認識していなくとも、学校では挨拶という先制攻撃を繰り出します。

車のガラスは外から見にくいですね。中に誰が乗っているかはわかりませんが、ご近所さんの車っぽかったら挨拶という先制攻撃を繰り出します。

ショッピングモールで誰かと目が合います。こちらを見ているということは知人でしょうか?それとも私ではなくたまたまこちらを見ていたのでしょうか?わかりませんね。そんな時は、やはり挨拶という先制攻撃を繰り出します。

事実上、挨拶は無敗です。成立したら言わずもがな、不成立でも損害が発生しません。撃ち得です。どんどん撃ちましょう。

もはや「挨拶が持つ具体的なフレーズ」は長期休暇を取り、「挨拶という行為そのもの」がそれを代替するようになりました。世界はそれを儀式と呼びます。

別に私は、挨拶本来の意味を取り戻したいわけではないのです。ですが、中身の抜けた儀式を執り行わなかっただけで「気が利いていない」と判定される世界は、やはり不思議で仕方ありません。

概要  :挨拶は死んだ。我々が殺したのだ。
もう一言:いくらでもあると思いますけどね、こういうこと。
この記事は746字です。つまりあなたは746字を読んだ(読んでくれた!)ということです。ご覧いただきありがとうございました。

いいなと思ったら応援しよう!