ヨーガルーダハ(योगारूढः [yogārūḍhaḥ])とは
またまた気になる単語を発見してしまいました
チャンティングの練習をしている時に心に残ったワードを深掘りしています。

ヨーガルダッスタ ウッチャテー(योगारूढस्तदोच्यते[yogārūḍhastadocyate])
『バガヴァッド・ギーター』第6章第4節に登場する一節です。
यदा हि नेन्द्रियार्थेषु न कर्मस्वनुषज्जते ।
सर्वसङ्कल्पसंन्यासी योगारूढस्तदोच्यते ॥ 4॥
yadā hi nendriyārtheṣu na karmasvanuṣajjate |
sarvasaṅkalpasaṃnyāsī yogārūḍhastadocyate || 4||
感覚対象にも行為にも執着しないとき、その人は自由を達成した人、
すべての欲望の原因を放棄した人であると言われます。
ヨーガルダッスタ ウッチャテー(योगारूढस्तदोच्यते[yogārūḍhastadocyate])
『そのとき、その人は自由を達成した人(確立した人)と言われます』
ヨーガールーダ(योगारूढः [yogārūḍhaḥ])1/1 は以下の2つの言葉が1つになったものです。
ヨーガ(योगा [yogā])を アールーダ(आरूढ [ārūḍha])達成した人
あらゆる欲望の原因を放棄した人とされます。
タダー ウッチャテー( तदा उच्यते [tadā ucyate])
タダー( तदा [tadā ])0 そのとき、
ウッチャテー(उच्यते [ucyate])III/1 〜と言われます。
「ヨーガルーダ(ヨーガを達成した人)」には3つの条件があるそうで
五感の対象に執着しない:美味しいもの、心地よい音、かわいいものといった、外側の感覚的な快楽に心が振り回されなくなっている状態
行為の結果に執着しない:自らの行動による見返りや利益、名声などを求めず、ただ義務として純粋に行動できる状態
すべての「意志(サンカルパ)」を放棄している:「あれをしたい」
「こうなりたい」という個人的な妄想や願望の種が消え去って、
心が完全に静まり返っている状態
ヨーガの修行を始めたばかりの段階 アールルックシュ(आरुरुक्षु[ārurukṣu])では「執着をなくすための カルマ(कर्म[karma])行為」が修行の手段となりますが、ヨーガールーダの境地に達した人にとっては、「シャマ(शम[śama])完全な放棄」がその状態を表すようになります。
『バガヴァッド・ギーター』第6章第3節では、
2つの段階の違いを以下のように定義しています。
आरुरुक्षोमुनेर्योगं कर्म कारणमुच्यते ।
योगारूढस्य तस्यैव शमः कारणमुच्यते ॥ ३॥
ārurukṣormuneryogam karma kāraṇam ucyate
yogārūdhasya tasyaiva śamaḥ kāraṇam ucyate || 3||
ヨーガ(瞑想的性質)を得ようと願う識別力のある人にとって、
カルマ ヨーガは手段であると言われます。
ヨーガを(既に)得た人にとって、完全な放棄のみが手段であると言われています。
アールルックシュ(आरुरुक्षु[ārurukṣu])初心・途上の修行者の心構え
やるべきこと:積極的な行動(カルマ・ヨガ)
特徴:まだ心に雑念や物質的な欲望が残っているため、じっと座って瞑想しようとしても心が乱れてしまいます。そのため、まずは日常の義務や善行を「見返りを求めずに果たす」ことで、心を浄化する(カルマ・ヨガ)ことが先決となります。行動すること自体が修行です。
ヨーガールーダ(योगारूढः [yogārūḍhaḥ])ヨーガを達成した聖者
完全な放棄
特徴:執着がなくなり、純粋な行動、心が完全に静まり返っている状態
バガヴァッドギーターを1日1〜2章ずつ唱えるのが目標です。
なかなか達成できない日もありますが、
年末のギータージャヤンティ(ギーターの祭典)に向けて日々練習です。
がんばれ自分!
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