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社畜を辞めて1年ニートしたら心身ともに健康になった

はじめに

去年の11月末に会社を退職し、半年間の留学を経て帰国した。そして来月12月から労働を再開することになった。その間ちょうど1年。率直に言うと、心身の解毒をするのに大変貴重な1年だったと思う。

前職での日々

前職は「北朝鮮」と呼ばれるほど監視と管理が行き過ぎた職場だった。
たとえば、どんなに小さなミスでも許されず、ミスをすれば週1で行われる報告会において断頭台に上がるようにメンバーの前で「私は〇〇というミスを犯しました」と告白をし、断罪を受ける。
このような環境に5年もいた結果、もともと少なかった自信がほとんどなくなり、いつも何かにおびえるような性格になっていった。
失われた魂を求めて、海外留学という名の「脱北」を決意した。

成長中毒という病

留学中や帰国後、さまざまな本を読んだ。久しぶりに訪れた本屋で気づいたのは、「常に成長を求められる社会」を批判したり、その中で生き抜く術を記した本が売れていることだった。これには「新自由主義(ネオリベラリズム)」と言う名前がついているらしい。

もともとは経済思想だが、今では個人レベルにまで浸透し、自己責任論や「常に成長し続けなければならない」という強迫観念を生んでいるという。

前職ではまさにそれを体現した職場だった。会社の駒として働き、経験と成長を積み上げ、次の職場へステップアップをする。それが当然とされていた。
私がいた北朝鮮部署では、たとえば他人のミスをフレームワーク等で分析し、最終的には「ミス率を〇%減らしました」と自分の成果にする。他人のミスを自分の成長物語の糧にするという、徹底してしゃぶりつくされる環境であった。だからなのか、他人のミス探しに躍起になったり、自分のミスを隠蔽しようとしたり、とにかく不健全な環境になっていた。

この新自由主義(ネオリベラリズム)自体を否定するわけではない。むしろ、私の職場は単純に「成長」をはき違えて陰湿ないじめと化しているだけだったのかもしれない。とはいえ、もっと早くこの概念を知っていれば、職場の異常性やその背景にあるものを理解し、適切な距離を取れたのかもしれない。

ワドルディ的生き方

本を読む以外にも、ひさびさにゲームをした。今更ながら「星のカービィ ディスカバリー(2022年発売)」をプレイした。
そこではワドルディたちが、主人公カービィのために協力しながら町づくりをしている。その姿にものすごく感動した。
そこにはネオリベラリズムも成長もクソもなく、ただ純粋に自分の強みを生かして町を作り、娯楽施設を作り、毎日を平和にのんびり過ごしているワドルディたちがいた。それぞれが自分のペースで、ただ平和に、満足そうに生きていた。
これが私の求めていた幸福の姿なのだと悟り、就活の指針にもなった。

井戸端会議ワドルディ
ひとりで楽しむワドルディ

その他にも台湾への一人旅、祖母の見舞い、前職をやめた人達との飲み会(脱北者たちの集まり)を通して、本来の自分が少しずつ戻ってきたように思う。

まとめ

アラサーにして1年もキャリアの空白を作ってしまったが、その分充実した1年を送れた。
昔の私なら「1年も空けてはいけない」と焦り、資格取得や英語学習に必死になっていただろう。ただ、今では「時間を有効活用しなくては」という強迫観念はほとんどない。
成長を追い立てられる人生から、ワドルディ的平和な生き方へ、少しずつシフトチェンジしていきたい。

労働力としてこき使われる可哀想なワドルディ

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