人生で初めてのホストクラブへ行き「音楽関係です」と大嘘をついた夜
先日、40代にして人生初めてのホストクラブへ行ってみることになった。
同じくホストクラブ初体験の、八木志芳さんと2人で。夫に許可はとった。「常識の範囲内でね」とのことだった。
昔から興味はあった。普通の主婦でも何百万とつぎ込んでしまう人もいるらしい。そんなふうにハマるって一体どれほど魅力的なんだろう? メディアに映るホスト像を見る限り、私には理解できない。けれど、もしかしたらそこには私の想像や偏見をぶち壊すほどの何かがあるのかもしれない。
一度、体験してみたい。新しい感情を味わってみたい!
というわけで志芳さんが調べてくれた名古屋で有名らしい某ホストクラブに到着。デカデカと掲げられたデジタルサイネージに、ホストたちの写真が出ている。ギラギラしていて直視できない。
ドキドキしながら入店した。この中に足を踏み入れたらすぐに身なりからお金を持っているかどうかを値踏みされ、チヤホヤとお姫様扱いとかされちゃうんだろうか!
受付は想像と全く違った。免許証のコピーをとり、何枚か誓約書をかかされた。無愛想なスタッフに面倒臭そうに淡々とルールを説明された。そんなんでいいわけ? 金なら持ってるんだぞ?
受付には私たちの前に若い女の子が1人。白いフリフリした服を着た、お金を持ってなさそうな、少女と言っても過言ではないくらいの子だ。
え、あなた何歳? ここがどういうところかわかってる? 悪いこと言わないからやめた方が……と心配していたところ、20代くらいの中性的な雰囲気の男の子が迎えに来て「おまたせ」「うふふー」と店内へと消えて行った。
ゴールドを基調としたギラギラした装飾に、窓がなく閉鎖的な店内。ギャハハ! という笑い声に、うるさいBGM。
そこかしこにわらわらと居る、黒ずくめで(店名が書かれた黒いTシャツに黒いボトム)やたら顔がつるんとした男の子たち。メイクしている人もいる。みんな若すぎる……! どうしよう。
すぐに私たちも店内に通された。ワンピースやスカートなど、華やかな服を着たかわいいお客さんたちの中で、一人、ストライプのシャツにワイドパンツにサンダルという完全に場違いな私。服、間違えた! やばい、もう帰りたい!
席に座ると、いわゆる「黒服」と呼ばれるコワモテで割と中年の男性スタッフが来て「この中からお好きなキャストをお一人様最大3人までお選びください」とホストがずらりと並んだiPadを見せてくれた。
お一人様3人まで? スーパーの特売サービスみたいだ。
すごい。画面にはギャグみたいな源氏名の人ばかりだ。これは本気でかっこいいと思ってつけているんだろうか? それとも笑うところなんだろうか?
志芳さんと一人ずつ選んで待つ。彼女は正しく新しい刺激にワクワクしている感じがする。
「ナミさん大丈夫? もうすでに帰りたそうでウケる!」
「……やばい。みんな若すぎる。絶対に話合わないって!」
とか言っていると、とうとう最初のホストが来た。いよいよだ。
「お隣、いいですかーん?」
チャラい男が2人、それぞれ名乗りながら名刺を差し出し、私と志芳さんの両脇に座った。
ついにきたー! テレビで見たことある「お隣、いいですか?」
私の隣に来たホストは、前髪と横髪が不自然に長く、顔のまわりを執拗に隠している。それ、鬱陶しくないのか? 痒くないのか? そして名刺に載っている写真と実物が全然違う。隣、ダメです。と言ったらどうするんだろうか。
伝票に書かれた私の名前を見て、「さいとう! えぇ、なんで? ここに苗字書く人いないよ、普通は下の名前とかでしょ、えー、こんな子初めてかもぉ。下の名前なんて言うのぉ?」
なんだおまえは。どう見ても20代だろ。なんでタメ語なんだよ。ヘラヘラ喋りやがって。ビシッとしろよ。
フレンドリーな接客によって距離感を詰めようということなのかもしれないが、こちらはそう捉えられるほど心がほぐれていない。
「斉藤ナミです」
「へえー、面白いね」
面白くはないだろ本名なんだから。失礼だな。
ダメだ。無理。こいつはダメだ、もう受け付けません。ずっとなんか言ってきてるけど、BGMで聞こえないフリをする。
志芳さんは隣でペラペラとなんだか楽しそうに喋っている。すごいな、なんでこんな初めてあった人とそんなふうに話ができるんだ!
5分くらい経った頃「じゃあ、楽しかったよ。ありがとねー!」と2人ともどこかへ行ってしまった。
へ? 終わり? と思っていると、また違う2人が来た。名刺を差し出し、両脇に座った。
なんだこいつは! 顔が不自然にテカテカしている! そして、息が臭い……。またしても名刺の写真と実物が一致しない。
「初めてなの? めっちゃ緊張してるね、かわいいー」
「なんか頭良さそう。服とかも知的って感じだよね」
「アクセサリーめっちゃいいね! ゴールド好きなの?」
目についた順番に手当たりしだい言葉に出している感じだ。
「はあ、そうですね。まあ……好きです」
彼は頑張っているのだし、楽しく答えて話を広げた方がいいんだろうとは思うものの、このテカテカした口の臭い男に、私の服やアクセサリーのこだわりを話したいと思わないし、話したところで君は本当は興味ないのだろう? と思うとそれ以上言葉が出てこない。
そうこうしているとまた次のホストと入れ替わった。これが延々と続くらしい。なんてこった。
新規の場合、このように次々とホストが来て、数分の持ち時間で自分をアピールしていくシステムみたいだ。
最悪だ。今後の関係を築かないとわかりきっている相手とのどうでもいい会話ほど無駄なものはこの世にないだろう。
ここにいる、全員同じに見える中性的な青年たちはみな、私という、数時間後には「そんな客いたっけ?」と思い出せもしないであろう客の一人に対して、その時々に口から吐く単語にきっと何のこだわりも持ってないだろう。
そんな人たちと、言葉ひとつひとつに対して熟考に熟考を重ねて一番ふさわしいものを選んでからようやく吐き出せる私とでは、まともに会話を営めるわけがないのだ。
他にこんなに固まって顔が引き攣っている女はいない。志芳さん曰く「こういうところでは中身のある会話なんてしないんだよ。その場を楽しむだけでいいんだよ」とのこと。それのどこが楽しいんだろうか。
「美人だね」
「ああ、どうも」
次々と入れ替わり、どうにか糸口を探して話しかけてくる様々なホストたちの言葉を片っ端から虚空に葬る作業をしていると、だんだん申し訳なくなってきた。
彼らもあきらかに困っている。そりゃあそうだろう。あっちだって仕事だ。こんなおばさんと仲良くなりたくて話しかけているわけがない。
志芳さんについているホストたちはずっと楽しそうだ。盛り上がっている。あーあ。みんな、志芳さんの方につきたかったと思ってるんだろうな。私のことを、うわー、こっちはハズレだ、と思っていることだろう。途中で追加のお酒を持ってこようとするスタッフを制して「いいよ、俺がとってくるよ」などと席を外し、どこかで時間を消化してくるホストまでいた。くそお! 早く終われと思ってるのはこっちなのに!
これじゃお互い地獄じゃないか!
……私は何しに来たんだ? 新しい感情を体験してみたかったんだろう? 私だって本気を出せばもうちょっと愛想よくできる。せっかく念願のホストクラブに来たのだ。どうせあと数分で終わるのだし、頑張って「楽しんでいるふう」を演じてみてもいいんじゃないか。
残り数分。もうキモいと思われてもいい。頑張ってみよう! そう思い直して、次についたホストには持ち合わせる愛想を全て絞り出してみることにした。
「この仕事は、何のために、どんな気持ちでしているの?」
「この数分の持ち時間の中で、他の人と自分を差別化するために心がけていることは何かある?」
渾身の投げかけを繰り出してみた。興味なんてこれっぽっちもないけれど、全力で努力した。
「それはねぇ……!」
よし、いける。ホストも嬉しそうだ!
さあ、私をあんたの魔法にかからせてくれ!! お金を払わせてくれ!!
「俺、会社勤め向いてなかったんだよねー。朝起きれないしー」
「そりゃ顔っしょ。顔! あとインプレッション!」
インプレッション? インスピレーションのことだろうか。
……
本気なのか突っ込むやつなのかわからない!
もっと頑張れよ……会社勤めも、トークも!!
「へえ」「そうなんですね…」
すると向こうからさらなるジャブが。
「ナミちゃんはお仕事何してるの?」
よし、今度こそ楽しい会話に膨らませるぞ!
「えっと……お、音楽関係です!!」
なんでえええええええええ!!
大嘘をついてしまった。自分でも意味がわからない。別にエッセイストでいいのに! 何らかの心理的防御が働いてしまったのだろうか。
「えー、すげえ! 音楽関係なんだ、バンドとか?」
「あ、いや、その……裏方的な……」
「へえー! 編集したりとか?」
「ああ、まあそんな感じです……」
「すごーい! ナミちゃん、LINE交換してもいい?」
「いや、なぜ……?」
ダメだった。どうしたってダメだった。
興味のない人のどうでもいい話に興味のあるふりをすることも、興味をもたれるはずないであろう自分の話をすることも、ただただ、しんどい。お金払って、なんでこっちが頑張らんといかんのだ?
結局、最後まで、うまくできなかった。
エッセイを書いてメディアに公開して、ポッドキャストもしてみて、youtubeにも出てみて、少しは世間というものに慣れてきた気でいた。人の輪に入ってもそれらしく振る舞うことくらいできるようになったつもりでいた。でも、やっぱりわたしはダメだった。
私には人とその場限りの会話を楽しむという能力が決定的に欠けているらしい。隣で最初から最後まで生き生きと会話していた志芳さんが、本当にすごい。同じ空間で普通に笑い、驚き、楽しんでいた他のお客さんたちも、毎日この仕事をしているホストの人たちも、すごい。
彼らは最初から、違う世界の人間だったのだ。私は諦めて、明日からも粛々と安心安全な陰キャワールドで過ごすことにしよう。
*
帰り際、「送り」というシステムがあることを知った。一人だけ指名して、店の外まで見送ってもらうらしい。
何人目かは覚えていないが、一人だけ「ちょっと顔がタイプ」と思った人がいた。会話は他と大差なく中身のないものだったけれど、その人の顔だけは「整っているなあ〜」とまじまじと見てしまった。
私に選ばれるなんて迷惑かもしれない、うわ、だる…と思われるかもしれないとも思ったが、その人しか覚えていない。エイヤー! と、彼を選んだ。
「送り指名ありがとうございます! え、なんでっ!? 全然俺のこと興味なさそうだったのに!」
驚くことに、彼は心底嬉しそうな顔で喜んでくれた。
「えー! めっちゃ嬉しいっ! LINEとか聞いてもいいですか?」と言われた。
え……ちょっと、カワイイじゃん。
「……いいけど?」
素直にLINEを交換した。
LINE交換をしたら後悔することになるのかもしれないけれど、それでも、地獄だった90分、この一瞬だけでもいい雰囲気で終わりたい。
ああどうしようー! ホストなんかにLINEを教えてしまったー! もう二度と来ないのにー!
でも、これで彼を指名してしっかり腰を据えて会話をしてみたら、ここから先が楽しくなるとか? そんなわけ……ないかあー! などと思いながら帰路に着いた。
あれから1日経つ。
彼からの連絡は、まったく来ていない。
来ないんかーい。
おしまい

まじで誰も思い出せない
