突発性難聴かと思ったらクソでか耳垢だった
3日前から右耳が詰まったような感じがしている。キーーンという高音の耳鳴りと、自分の心拍の「ザクザクザク」という音が24時間ずっと聞こえる。音も聞こえづらいような気もする。
なんだこれ? 一時的なものかと思ったけれど、3日目の夜になっても治らないので気になって検索してみると……
ー「突発性難聴」なんじゃない!? やばいんじゃ?
どうしたら治るの? 明日、病院やってるかな?
読んでいると、もっと焦ってきた。なんと、発症してから48時間以内に受診しないと、完全には治らない可能性もある、とのこと。
待って待って待って! もう48時間経ってる! やだよ! 右耳聞こえなくなるの? 一生この耳鳴りが止まないの??
すぐに近所の耳鼻科を調べると、明日木曜はほとんどの病院が休み。
一軒だけ空いているが、Googleの口コミを見ると「おじいちゃんの先生で、まじでヤブ」「2週間経っても治らなかったので他の病院へ行ったら、間違った処置をされてたことがわかり切開することになった」などなど、悪い投稿ばかりだ。
どうしようどうしようどうしよう! そんな先生に、一分一秒を争う状況を任せるなんて!
でも、そこしかやってないし、大学病院とか行く? いやいや、遠いし、通院となったらキツいよね
あーー、どうしよう!
そうこうしていると、耳鳴りもどんどん酷くなっている気がしてきた。
いや、本当にこれはまずい。ひとまず、おじいちゃん先生に朝一で診てもらおう。
おじいちゃんということは大ベテランだということだから大丈夫かも。一刻も早くステロイド治療を開始する方が先決だ!
そう意を決して22時にはもう寝ることにした。しかし、耳鳴りはどんどん酷くなるばかり。左耳を塞いで右耳で聞こうとすると、もう半分の音も聞こえない気がする。なんだか頭も痛い気がしてきた。不安がどんどん募って、あまり眠れなかった。
いいや、もう。こうなったら9時開院のところへ8時から待って、一番で診てもらおう。
翌朝、子ども達を「もうこの子たちのかわいい声も、聞こえなくなるのかもしれない……今日の”いってきます”を心に焼き付けるぞ」と、しんみりした気持ちで送り出すと、すぐに病院へ向かった。
目論見通り、一番の順番で案内されるが、続々と他の患者さんたちもやってくる。若い子も、お子さん連れのお母さんも、外国の方もいる。
しかし、誰も彼も、なんだかのほほんとしてるなあ。楽しそうに世間話をしているお婆さんもいる。
私みたいに神妙な面持ちの患者は一人もいない。きっと、深刻な病気じゃないんだろう。どうせ、花粉症とかだろう? この時期。
私なんか、一生右耳が聴こえなくなるかもしれないっていう瀬戸際なんだぞ! おまえらとは覚悟が違うんだよ!!!
名前を呼ばれ、一番最初の患者としてうやうやしく診察室へ足を踏み入れた。
ああ、神様、お願いします。どうか、まだ改善の余地はありますように! ステロイド治療で、なんとか聞こえるようになりますように!
祈るような気持ちで椅子に座ると、口コミ通り、年季の入った白衣を纏った小柄なおじいちゃん先生が、私の問診票にサッと目を通し、「はい、じゃあ右耳見ますねー」と言って、何かの機械で右耳を見た。
え? もっとびっくりしないの?
「耳が聞こえず、耳鳴りがする? 4日目? これはいかん! 急げ急げ!」じゃないの?
ゆっくり右耳を観察し、次に左耳、鼻、喉を観察し、「ふむ。一回洗ってみますね……」とのこと。
いやいや、洗ったって意味ないから。こっちは難聴なんだから。
機材を耳にそーっと差し入れられ、なんだか水のようなものを噴射された。
水噴射が終わると、その後、先生は、細い金属の棒のようなものを手にした。
は!? なにそれ、そんな痛そうなもの耳に刺すの!?
「ちょっと音がしますよー」呑気な声で先生は言う。
そんな呑気な声出して、めちゃくちゃ痛いことするんでしょこれから! わかってんだからな! しかも、そんなの意味ないでしょ? ステロイド、早く飲まなきゃ!
ドクンドクンドクン!!!
心臓の音はもうはち切れそうだ!
手に持っていたハンカチをぎゅううううっと強く握りしめた。
ギュルギュルギュルギュルギュルーーーーーーーーー!!!!
いた……く、…ない?
いたくないぞ?
ギュルギュルギュルーーー
ス…ぽ
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっんっ!!!!!
なんと、突然、右耳の中で何かが爆発したようなものすごい音がした。
は? 何これ? なんなの?
ザザザザザーーーーーー!!!
一瞬で、世界中の音が大爆音で耳に雪崩れ込んできたのだ。
何したの? 先生っっ!!!
「耳垢が詰まってたね。とれました」
耳垢ーーーーーーーーーーーーーーーー!!
先生は、右耳の奥からスッポ抜かれたクソでか耳垢をガーゼに乗せて見せてくれた。それは太古の昔からの歴史を感じる全長1センチくらいの化石のようだった。
「よかったね突発性難聴とかでなくて」
はずーーーーーーーーーーーーーーっっっ!
一生右耳が聞こえなくなる覚悟で、この世の終わりみたいな顔して椅子に座ってたの恥ずかしすぎる!!
何時間も同じようなページを調べて、怖くて怖くて、泣きながら病院を検索して、子どもたちの声を心に刻み、遺言を書くような心持ちだったのに、まさか、ただの耳垢だったなんて!!!
「本当に恥ずかしい。すいません。ありがとうございます……」
深々とお辞儀をし、恥ずかしすぎるのですぐにマスクをし、早々に診察室をでた。
待合室に戻ると、先ほど「花粉症ごときが」と見下していた患者さんたちにも事の顛末がバレているような気がして、顔がカッと熱くなった。
はあああ、さっきはごめんね!
みんなも、早く良くなるといいね。お大事にね!
1200円のお会計を済ますと、当然、ステロイドも処方薬も何もなく
「お大事にしてくださいー」とだけ挨拶され、病院を出た。
外へ出ると冷たい風がさっきまで詰まっていた右耳の奥までスースーと通り抜けるのがわかった。
車の音、鳥の声、風に揺れる木の葉の音。
世界はこんなにも、うるさくて、愛おしい音に満ちていたのか。
車に乗り、シートベルトを閉めると、右の肩でコートとベルトがずれる音が鮮明に聞こえた。
こんなに音がくっきり聞こえるなんて!!
ああああああーーーーーー!
よかったーーーーーー!!
帰ったら口コミでおじいちゃんのこと絶賛しておこうっと。
耳のトラブルは、早めに耳鼻科へ行こうね。
おしまい
