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努力すれば追いつけると思っていた



大学でも野球を続ける。

そう決めた自分は、不安を抱えながらも少しだけ前向きでした。

高校最後の夏に残った悔しさ。

その気持ちと向き合うために、自分でもう一度勝負すると決めたからです。



入寮は高校3年生の2月からでした。

「努力を続ければ、きっと追いつける。」

そんなふうに考えていました。

高校でも、決して最初から結果が出ていたわけではありません。

きつい練習を積み重ねながら、少しずつ成長してきたという感覚がありました。

だから大学でも同じように努力を続ければ、周りに追いつける。

そう信じていました。



でも、その考えはすぐに揺らぎました。

周りを見れば、高校時代に全国で活躍してきた選手ばかり。

体格も違う。

スピードも違う。

技術も違う。

練習への向き合い方まで、自分とは大きな差があるように感じました。

「同じ大学生なのに、ここまで違うのか。」

そんなことを何度も思いました。



もちろん、その差を埋めようと必死でした。

人より練習すれば追いつける。

そう信じて、できることは何でもやろうとしていました。

でも、思うようにはいきません。

努力をしているのは、自分だけではありませんでした。

周りも同じように努力を積み重ねている。

その現実を目の当たりにしたとき、初めて自分は、

「努力だけでは越えられないものがあるのかもしれない。」

そう感じるようになりました。



そんなことを考えていた一方で、

ありがたいことに一年生の春のリーグ戦から、何度か試合に出場する機会をいただきました。

結果は良いと言えるものではありませんでした。

それでも今でも鮮明に覚えているのは、これまで経験したことのない緊張感です。

技術以前に、自分の心が試合についていけていませんでした。

失敗を恐れる。

ミスをしないことばかり考える。

気づけば、自分から勝負するのではなく、その場をやり過ごそうとしている自分がいました。

そのとき初めて、

「自信がないから受け身になる。」

そんな自分の弱さに気づかされました。



高校までは、下級生として試合に出場することもありました。

でも大学では、その意味がまったく違いました。

自分にとっては一年生の春。

でも四年生にとっては、最後のリーグ戦です。

その一試合、一打席に、それぞれの想いが詰まっています。

その重みを感じながらグラウンドに立つことは、これまで経験したことのないプレッシャーでした。

野球の技術だけでは乗り越えられない世界が、そこにはありました。



春のリーグ戦は敗退し、秋のリーグ戦を迎えることになります。

その夏、自分にとって野球との向き合い方を大きく変える出来事がありました。

当時は、その経験が自分の人生にどれほど影響を与えるのか分かっていませんでした。

でも今振り返ると、あの出来事が今の自分につながる最初の転機だったように思います。

次回は、その出来事について書いてみたいと思います。

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