見出し画像

素材の声を聴く——タピオ・ヴィルカラと静謐なかたち

#展覧会レポート
東京駅直結の#東京ステーションギャラリーで開催中の、日本初の本格回顧展——#タピオヴィルカラ の世界を訪れました。
フィンランドの自然に耳を澄ませ、素材の声に寄り添ったヴィルカラの静かなデザインたち。
その軌跡をたどる、静謐な時間をお届けします。

静けさのデザイン——タピオ・ヴィルカラの世界

タピオ・ヴィルカラ。プロダクトデザインから彫刻的な造形までを手がけた、フィンランドを代表するデザイナーです。現在、東京ステーションギャラリーで開催中の展覧会は、日本初の本格的な回顧展となります。

ポスターを飾るのは、氷のように澄んだガラスボトル。展覧会チラシには「ラップランドの静寂をこよなく愛し、生命の神秘や大自然の躍動から得た」とあります。

静かな気配をまとった、ヴィルカラの世界へ。

「フィンランドの自然」と聞いて、私の中にまず浮かぶのは木。西欧建築が石と煉瓦の文化だとすれば、北欧は森の国。木の家、木の道具、そして静けさ。それはヴィルカラの作品世界にも息づいているように思えました。


扉の向こうにある、美しい実用品たち

展覧会は、彼の「ヘルシンキのオフィスの扉」から始まります。直方体の木片が無造作に積み上げられたような形状のその扉は、見る人を彼の工房に招く“入り口”のよう。

3階の展示室に広がるのは、イッタラをはじめとしたプロダクトデザインの世界。グラス、カトラリー、皿——どれも日常に寄り添いながら、素材の声に忠実に形作られたものばかり。機能的でありながら、静かに美しい。

整然と並べられた陳列棚に置かれた姿も潔いけれど、思わず想像したのは、木のテーブルにそっと並べられた光景。誰かの手にすっと収まるグラス。デザインとは、本来そうした風景の中でこそ生きるものかもしれません。


熱いガラス、凍てつくガラス

2階には、少数しか制作されなかったアートピースが並びます。

なかでも圧巻は、やはりガラス作品。Ultima Thule(ウルティマ・トゥーレ)は、氷の縁を模したかのような不規則なエッジを持ち、ラップランドの凍てつく風景を思わせます。けれど、その一方で《Tokio》と題された作品には、吹き上がるような熱気が宿っているようにも見える。

ヴィルカラは来日したことはないそうですが、東京という都市に、何か熱を帯びたエネルギーを感じ取っていたのでしょうか。

彼はまた、イタリア・ヴェネチアでも制作を行い、ガラス職人たちと共作しました。ベネチアングラスには、フィンランドとはまったく異なる色彩と奔放さが表れています。同じガラスでも、風土と手が変われば、こんなにも違う。

光に浮かび上がる、透明なかたちの連なり。

職人の手と、素材の不文律

「すべての素材には不文律がある。決して乱暴に扱ってはならない。デザイナーの意図は、素材と調和するものでなければならない」

1979年、ヴィルカラはそう語っています。そして、素材を最も深く理解していたのは、自らの手を動かす職人たちだったと。

ふと思い出したのは、「森の木琴」として話題になった2010年のNTTドコモの広告。間伐材で作られた巨大な木琴の上を木の球が転がり、バッハの「主よ人の望みの喜びよ」を奏でる作品です。ミリ単位の調整が必要な構造に、海外からも「信じられない」と驚きの声が寄せられたそう。

もしヴィルカラが日本に来ていたら。日本の木工や漆、陶器、布といった素材と、日本の職人と出会っていたら。
その出会いは、また新しい「素材の声」を引き出していたのかもしれません。

素材の声に耳を澄ませること。それは、森の静けさに身を委ねることに似ているのかもしれません。
ヴィルカラのデザインは、そんな自然との対話から生まれていたのでしょう。

いいなと思ったら応援しよう!