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白石雪妃個展『意臨形臨 第五帖 「 ダダイズム ~理性の破壊~ 」』 / 作家インタビュー

書家・白石雪妃が 2019年から取り組む個展シリーズ『意臨形臨』の第五弾を白白庵にて開催します。
『意臨形臨』とは、絵画を手本に書で表現することをコンセプトにした
白石雪妃オリジナルの造語であり、個展シリーズのタイトルです。
近現代の西洋美術の流れをなぞりながら、書の世界で表現してきた展覧会シリーズの「第五帖」として、今展ではダダイズムにスポットが当てられます。会期の前に行われた作家インタビューをどうぞお楽しみください。


【ダダイズム】
1910年代半ばに始まった芸術思想・芸術運動。第一次世界大戦に対する反発と、それによってもたらされた虚無感を背景に、既成の秩序や常識を否定し、攻撃、破壊する思想が大きな特徴とする。


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白石雪妃『欅書』


――まずは書家を目指したきっかけから。

小さい頃から書道教室に通って学んではいたんですけど、最初は当時習っていた先生みたいに「わたしもおばあちゃんになったら先生ができたらいいな」くらいのぼんやりとした気持ちだったんですよ。

それから大人になっても師匠について書は学び続けていたんですけど、当時はそう簡単には個展を開催したり作品発表をすることが許されなかったんですね。その世界においての奇抜なことを受け入れる気風でもなかったですし。
ただ、私が活動を始める前くらいから少しづつ風向きも変わって、いろんな方が書家と名乗って活動するようになり、私も書家一本で食べていきたいという気持ちが芽生えたんです。


白石雪妃『シャネルの言葉』

――書家としての活動を始めた頃から今のようにコラボを多くされてたんですか?

私にとっての「書道家宣言」みたいな初個展をした時、当時はサックスも吹いていたので、普段の感覚の延長で、個展会場で仲間内でのライブもやっていたんです。書だけじゃない、別の表現と何かをしようというのは私に取っては自然なことでした。それが2008年です。

その個展には当時四谷三丁目にあった「喫茶茶会記」というお店のオーナーさんもいらしていたんです。ライブもやっているジャズ喫茶みたいなお店だったんですが、そこで書のレッスンをやってほしいという依頼をいただいたんです。もちろんジャズミュージシャンも多くいらしてて、お店のweb番組にも出演させていただいたんです。そこで書とジャズの共通性、即興性や一回性についての対談もしたり。それをきっかけにレコードジャケットのお仕事や、ライブでのコラボ案件も広がっていきました。

――時は流れて、白白庵では2016年に二人展を開催していただいてます。

その頃は毎年二人展を開催していたんです。書以外の作品とどうやったら持続的に作品制作ができるかという試みでした。
沖縄の首里織作家と二人展企画を既に面識のあった石橋(白白庵主宰)さんに相談したことをきっかけに初めて白白庵で展示させてもらいました。



白石雪妃『花鳥風月』

――それが最初だったんですね。その後2018年には白白庵での個展も開催したり、様々な企画展へのご参加やコラボ制作も白白庵でしていただいています。そして今回は満を辞しての二回目の個展。まずは『意臨形臨』についてお伺いします。

まず「意臨」「形臨」というのは書をやっている方ならみんな知っている言葉なんです。
古典の書を見本にして練習する「臨書」というのがあって、その中に三種類あるうちの二つです。「形臨」というのは止めやハネなどの書の形をきっちりなぞって真似ること。「意臨」は作者の気持ちや意図だったりリズム感を汲み取って、時代背景なども学んで、作者の精神も真似て書く。
そこから「背臨」といって意臨・形臨で学んだことを自分に落とし込んで書く段階に入ります。お手本を見ないで自分のものとして出すんです。

書道の世界はこれが基本であり必要なのでずっとやってきたわけですが、それを絵画の世界に書に置き換えて表現してみようと思ったんです。
マーク・ロスコやピエール・スーラージュが元々好きで、それを見てイメージが湧いてきて、彼らの作品を書で表現してみたくなったんですね。

どんな表現に挑むにしろ、書の線というのは変わらず、書道の線であり続けるんですよね。塗り絵ではないし、絵を描いているわけでも形を真似て書いているだけでもない。あくまでも書道の線を使う中で、どこまで芸術運動やその思想、手法に近づけるのか。それらを書で表現するとどうなるかを今まで挑戦してきた形です。

――この試みは今回で五回目。テーマについてご教示ください。

今回はダダイズムです。技法ではなく思想的な側面が強く、かつ言葉として聞いたことがあってもダダイズムがどんなものかご存じでない方もいらっしゃいますので説明の塩梅が難しいんですけど。

今回は副題として「理性の破壊」と書いています。作品そのものを壊すわけではないんですが、既存の概念を覆していく結果としてそれに近いものあったりします。
私も元々ダダイズムについてはぼんやりとしか知らなかったんですけど、色々読んでみるとまず思想のあり方が凄いと思ったんです。例えばダダイズムは反戦運動の一貫で、戦争の原因が理性であると設定するんですね。理性があるから利益追求をする、それによって戦争に繋がる。だから戦争を起こさないよう、脳を働かせないことを試みたりするんです。
そんな風に当たり前と思っていることをいろんな角度から否定していくので全体を通じて難しいアプローチになりました。我ながら本当に「なんでダダイズムなんてやろうとしてしまったんだろう・・・」と思うくらいに笑 


白石雪妃『DADAの沈黙』

これまでの四回は具体的なアーティストや作品が好きでスタートしていたんですけど、今回は概念としての「ダダイズム」が面白いと思ってやってみようと思ったんです。ダダイズムの作品を見ても、「美しい」とか「感動する」とかはないんですよね。それを狙ってない地点からどんなアプローチができるかと色々と模索しました。

――ダダイズムという芸術運動に対してどのように「意臨」「形臨」するのだろうと作品が楽しみです。

それで言うと、作品を見て「形臨」したものもありますし、やり方や思想をなぞった「意臨」的アプローチもあります。さらに自分の解釈で表現しているものもありますね。ただ、ダダイズムに挑もうとすると決まった枠組みを外していく行為なので「これだ」と言う具体的なやり方にはならないですね。

――ダダとカテゴライズされる思想運動を「意臨形臨」していく、というイメージなんですね。

作品が額の中にあると思うなよ、みたいな挑戦的な態度ではありますね。
そして今回のテーマは次も踏まえて選んでいて、続くシュルレアリスムへの前段階でもあります。
そもそもダダ自体も長くは続かなかったんですよね。それでも歴史的にはとても重要な部分を占めていて強烈です。シュルレアリスムと一緒にまとめようかとも思ったんですけど、結果として展覧会を独立させることでより強くそのダイナミズムを感じながら制作することができて、個人的にも大きな転換点にできたのではないかと思います。



白石雪妃『ダダ降臨』

――では今回の作品について伺います。ダダの作品について。

まずダダの作品群についてより楽しんでいただくために、過去作品もたくさん出展します。一階をいろんなタイプの旧作中心に、三階がダダイズムをメインに意臨形臨の作品にすることで作品に起きた変化を対比して見ていただければと考えています。実際にインストールする際には変わるかもしれないですけど。

DMの表面になっているのもダダですね。墨をいろんな種類で作って「DADA」を重ねて書きながら、最後は混じっていくみたいな。最初はっきりしていた色味がだんだんと融合していくイメージですね。
裏面の箱に入ってる作品もダダのシリーズです。掛軸もいくつか出展予定です。


白石雪妃『DADAのいと』

――箱の作品は半立体といいますか、不思議な体裁になっています。

ダダイズムを表現しようと試みた一番最初の作品がこれなんです。
ダダの作品には詩とか写真とかいろんなアプローチがあるじゃないですか。
一通りそれらを大量に見た後に何も考えずに、ダダで頭がいっぱいになって作った作品です。
今まで線の美しさだったり、余白の美しさだったりそういうのを求めて作っていたのに、それを覆すってどういうことだろう、芸術ってなんだろう、みたいなことを思いながら。


白石雪妃『反DADA』

――意図の否定がここにあるわけですね。

書道と同じでこれも一回性が重要なんです。書道の一番の醍醐味はそこにありますけど、この方法で何回も試してみると、結局一番最初が良かったってなるんですよ。やっぱり一回じゃないとできなくて、即興性の部分もあります。

――書道とダダとで交わるのが即興性と一回性。ジャズにも通じますね。

そう、それがすごく面白いな、と思ったんですよ。

――他にはどんなダダ作品が?

これから仕上げます笑 
今乾かしてたり仕上げたりしてますのでお楽しみしてください。


――ダダのアプローチで即興性や意図の否定の他にも、何か新しい発見は重要なポイントはありましたか?

このアプローチで制作することで、自分の今までやっていたことがわかってきたということもあります。「私はこんなにこの線を大事にしていたのか」とか改めて思うところもあって、偶然性みたいなものと構築的な美意識は表裏一体だな、と感じましたね。
ダダ的なアプローチをすることでそれまでの価値観が浮き彫りになって、自分に取って美しいと思えるものが逆説的に炙り出されていくんです。


白石雪妃『愛しきDADA』


――その破壊的なアプローチによって見えてくるクリエイティビティは二律背反でありながら同一。禅的にも捉えられるお話です。書における根本的な精神性とかアプローチにも通じるところがある気がします。
守破離のフォーマットに当てはまるとしたら、ダダという極端な「破」をやることで守と離に繋がる部分が見えてきたのかな、と。

確かにそうですね。理性の破壊と言っても、結果的には壊すだけじゃなくて、生み出すために壊す。破壊したかったわけじゃないんですけど、壊さざるをえなくて、生み出そうとしてたら壊してたという感覚です。

――お話を伺うと、これまでの『意臨形臨』でスーラージュからキュビズムにまで取り組んだ流れの先に必然としてあるアプローチであるように感じます。

ただし、ダダをやる意味についてはどうやっても説明が難しいんですよね。言葉にしようとすればするほどダダの本質的な部分からは離れていくので。行為こそが重要で、説明した瞬間にダダでなくなってしまう部分もあります。


白石雪妃『記憶の一片』(スーラージュオマージュ)

――今回は過去の「意臨形臨」からの作品シリーズも出展されます。スーラージュとロスコについて伺います。

この二人については、作品がそもそも好きなので、絵画への直接的オマージュです。この二人はすごく対照的ですね。スーラージュは作品に何も意味を持たせないんです。光の魔術師と言われていて、作品が光によってどう変わるのかという視点で黒の質感を描いていきます。私は普段は墨と紙を使っているんですけど、キャンバスに直接アクリルで描いてみるとマットと艶を使い分けたりできるので、そんな風にスーラージュに寄せています。
スーラージュの作品に意味はなくても、書は文字であり意味を最初から内包していますので、私の場合は抽象的な線ではなくて、「一」をモチーフに抽象性を表現してます。


白石雪妃『人々の心の奥底にある感情と通じ合う』(ロスコオマージュ)

ロスコは逆に、抽象画家ですけど色の中にいろんな精神的なものが入っています。閉館したDIC川村記念美術館のロスコルームもすごく好きだったんです。作品を浴びる感じでずっといると涙が出てくるくらい。ロスコは作品
にいろんな精神的な意味合いを込めているから私以外にもそういう人が続出しているんですよね。
私はそのロスコのように色では描かず、それを文字に置き換えて、文字を重ねて重ねて重ねてロスコの世界を表現している。

――続いてフォーヴィスムについて

簡単に言えば自分の思っている色がどんなものなのかというところからスタートしました。参考にしたのはマティスとかです。「文字って何色なんだろう?」と考えてみたんですが、ただ色を入れれば良いわけではなくて、ここはこうだと決めつけないみたいなところで制作しました。今回の出展作品からこのシリーズは外しています。


白石雪妃『ダダとキュビズムの出逢い』

――そしてキュビズムへと続きます。

これまでではキュビズムが一番面白くてやりがいがありました。
文字の形を解体して立体にしていろんな角度から見て再構成していくんです。

文字を一旦立体的にして、斜めから見たりとかはわりと想像しやすいと思うんですよね。でもそれを真上から見たらどうなるかって考えると複雑になっていきます。そういうアプローチで制作しました。
二を上から見るとどうなるかとか。それを再構築して一つの平面に落とし込むんです。

――そこから最新の、今回のダダイズムに繋がっていく。これまでの「意臨形臨」では文字の形と意味を紡ぎ、今回はその関係性の捉え直しであり、一旦それらを手放した地点から始まるのがダダイズムのように感じます。

そう、だから本当に難しかったです。
ダダを取り入れることで何が起きたかは、実際に作品をご覧いただいて体験して欲しいです。今までの意臨形臨シリーズからの流れで見ていただいたらすんなり受け入れていただけるかもしれないですし、皆さんがどう思うのか全く想像できないんです。ぜひ皆さんのご感想を伺いたいです。




~ その筆は、指揮者のタクトのごとく ~

南青山・白白庵 企画
書家・白石 雪妃 展

『意臨形臨』
第五帖「ダダイズム ~理性の破壊~」


会期:5月3日(土)〜11日(日)
*会期中の木曜定休
時間:午前11時~午後7時
会場:白白庵、オンラインショップ特設ページ

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