見出し画像

【海のデジタルツイン】第2回:海のデータはどこから来るのか——観測の多様化と「データ供給」の新潮流

前回は、海洋デジタルツインという考え方の全体像を描きました。データで海の現実を再現し、意思決定に役立てる——その仕組みを成立させるには、まず「データが存在すること」が前提です。そこで今回は、海のデータソースについて見てみます。

宇宙から海を見る

海洋データの中心的な供給源のひとつが、人工衛星です。アメリカのNOAA(米国海洋大気庁)やヨーロッパのCopernicus Marine Serviceは、海面水温、波高、海流、植物プランクトンの分布などを継続的に観測・公開しており、世界中の研究者や行政機関が日常的に利用しています。日本では、JAXAの気候変動観測衛星「しきさい(GCOM-C)」が19種類のセンサーを搭載し、海の色や水温を高精度に捉えています。気象衛星「ひまわり」は噴煙や赤潮の広がりをリアルタイムで監視できます。

ただし、衛星データを意味ある情報に変えるには専門的な解析技術が必要で、時間とコストがかかることが課題でした。この壁を崩そうとしているのが、JAXAとNTTの共同研究です。NTT宇宙環境エネルギー研究所は、衛星データと画像解析AIを組み合わせ、河川が海に流れ込む「河川プルーム」の広がりや藻場の面積変化を効率的に推定する技術を開発中です。河川プルームには陸上から流れ出た栄養塩が含まれており、その分布が把握できれば人間活動の影響圏を空間的に可視化できます。衛星データの解析を「誰でも使える」レベルに引き下げるこの取り組みは、海洋データの民主化という点でも注目されています。

海の中のデータ——センサーと現場観測

衛星は広域を俯瞰しますが、海の中で何が起きているかを知るには、水中のデータが必要です。水温・塩分・溶存酸素などを計測するブイやアルゴフロート(自動昇降式の海中観測機器)、海底に設置されたセンサー、調査船による採水など、さまざまな手段が組み合わされています。

日本では、JODC(海洋データセンター)が国内外の海洋観測データを収集・管理し、研究機関や行政に提供しています。こうした公的機関のデータ基盤は、長期的な変化を追うための「記録の積み重ね」として欠かせない存在です。

海底地形に関しては、GEBCO(General Bathymetric Chart of the Oceans:全海洋水深図)が世界標準のオープンデータとして広く使われています。国際水路機関(IHO)とユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)が共同で運営するこのプログラムは、海底の山脈、深海盆地、海溝といった地形を網羅したデータセットを無償公開しており、海流の動きや津波リスクの評価、沿岸防災の計画にも活用されています。「海底の地図」の世界標準として、海洋デジタルツインの地理的な骨格を支えるデータのひとつです。

「水を汲むだけ」で分かる生き物の情報

海洋生態系の観測に革新をもたらしているのが、環境DNAです。生き物は皮膚や排泄物などを通じてDNAを環境中に残します。海水をその場で採取して分析するだけで、そこにどんな生き物がいるかを調べることができる技術です。

この手法を全国規模の観測ネットワークに育てたのが、東北大学が運営するANEMONE(All Nippon eDNA Monitoring Network)です。全国1,000地点超、検出種数は2,800種を超えます。観測には市民ボランティアが参加しており、専門家でなくても「水を汲む」だけで生物多様性のビッグデータに貢献できる仕組みになっています。

同様に市民の観察データを活用するプラットフォームがBIOMEです。スマートフォンで撮影した生き物の写真をAIが識別し、データとして蓄積されます。国内130万人以上のユーザーが参加し、5万種以上のデータが日々更新されています。衛星や専門機器では捉えにくい「現場で見える生き物の姿」を記録できる点が強みです。

海洋データのビジネス化——TCarta の登場

公的機関が担ってきた海洋データの整備に、民間企業が参入し始めています。その代表例がアメリカのTCartaです。同社は、衛星リモートセンシングを活用して沿岸水深(SDB: Satellite-Derived Bathymetry)や海岸線データを商用サービスとして提供しており、未測量の沿岸域を含む世界中の海域を対象にしています。航海の安全、エネルギーインフラの計画、環境評価など、幅広い用途に対応できる「海のデータ商品」として注目を集めています。

こうした民間データビジネスの台頭は、これまで整備が遅れていた沿岸域のデータ空白を埋める可能性を開くとともに、海洋データを「公共財」から「市場で流通するもの」へと変えていく潮流を示しています。

データは揃ってきた。では、どう使うか

衛星、センサー、環境DNA、市民科学、民間データ——海のデータ供給源は急速に多様化し、量も増えています。しかし、データが増えるだけでは、海洋デジタルツインは成立しません。バラバラに存在するデータを、意味のある空間単位で整理し、比較・評価できる形にまとめる仕組みが必要です。

次回は、そのための「空間の区切り方」——Coastal Frameworkという考え方を紹介します。


このシリーズの記事一覧


📩 お問い合わせ

デジタルツイン、GIS、地理空間データの活用のことなら Pacific Spatial Solutions までお気軽にご相談ください。