見出し画像

短歌の聖地、平和園のトイレを改修工事したら短歌できた話

わたしは2019年から2024年まで名古屋に住んでいた。
「全国転勤ばっちこい」の総合職。浜松からの引っ越しだった。

名古屋に来て、短歌好きなら行かねばならぬのが中華料理店「平和園」

緊張しながら通い、
カウンターで爆裂にうまいチャーハンとにんにくの茎炒めでハイボールを3杯あおる。
そして会計時、「トイレを変えるときは言ってくださいね」と毎回声をかけては笑われていた。

平和園のトイレは和式。見るたびに「変え甲斐のあるトイレだ」と、トイレウーマンとしての血が密かに昂っていた。
2022年、売上が上がるにつれて爪は派手になり、髪は金や緑になった。「実績とルールの狭間で、本物になりてえ」と叫んでいたあの頃、誰が呼んだかあだ名は「コミュニケーションモンスター」。
コミュモンの本領を発揮し、店主のちゃありぃとしっかり連絡先を交換していた。

トイレ交換したいんやけど見積もらえるかなー?笑

きたきたきたきた!!
3年通って、本当にきたのだ、トイレ交換の依頼が。

しかし忘れていた。わたしは「メーカー」の人間。工事はできない。

焦った。わたしにはトイレの希望小売価格しか見積もれない。だが、営業マンに「できません」は御法度だ。
「わかりました!短歌っぽいトイレがいいとかありますか?普通のトイレですか?」
いま見返すと「短歌っぽいトイレ」って何だ。冷静さもへったくれもない。返事はすぐ来た。 

普通で(笑)

後日、店舗リフォームが得意な工務店の社長を巻き込み、平和園へ向かう。
昂りに昂りを重ねたタイル張りの和式!!!
社長と舐めるように見渡して、採寸する。限られたスペース。社長は図面を、わたしは最適な器具を提案することになった。
打ち合わせ2回目。社長から「壁を金に塗ってはどうか」と提案があった。
ちゃありぃは「この金額でやってもらえるなら、プロに任せます」と言った。痺れる。男前がすぎる。
わたしは一つ、気になっていたことを聞いた。

なんで金なんですか?

社長「黄金の壁に、金に輝くトイレって、聖地って感じがするじゃないですか!」
ちゃありぃのお母さんが笑った。

「ああ、この壁の色、金じゃなくて、ヤニよ。」

ヤニ〜〜〜〜!!!
社長はひっくり返っていたが、
結論「金、良いじゃん」となった。

「金にも種類がありまして……」とアンミカじみた社長がサンプルを出したときも、ちゃありぃは「任せます」の一言。キレ味がよすぎる。

図面、壁色、器具が決まり、7日間の改修工事が始まった。

わたしは毎日平和園にいた。オフィスと現場を往復する日々。
壊して、直して、線を引いて、削って、繋いで……。
わたしの仕事は最後のピースであって、メーカーだけではトイレは作れないと改めて思った。

というか、知らないことがまだまだあった。
比較的現場にはいく方だと思っていたのだけれど…。
職人さんたちに支えられ、お金を払ってくださるお施主様がいて、ここにいるんだと痛感する日々だった。
あたかも自分が水回りの豊かさを創っているかの如く勘違いしていた自分に気づいたりもした。

上本セレクト商品は非常に施工が困難だった。
実際には施工をしない暴力的なメーカーの提案を、大工のキオさんは疲弊しながらも「知らないことは楽しいっす」と笑ってくれた。

最終日、塗装屋さんがドアまで金色に塗り上げていく。トイレはトイレらしからぬ輝きを放ち始めた。

2022年4月4日、引き渡し。
しばしの休息から戻ったちゃありぃも笑っていた。
掃除をして養生を取り、生まれ変わったトイレを誰よりも先に拝んだ。
4月5日、この新たなトイレになった平和園で、人類最速のハイボールを頼んだ。
17:30、わたしの喉は潤っていた。
そこへ上司、先輩、後輩が集まってきた。みんな料理を絶賛し、トイレを見て笑顔になった。「そりゃ、毎日来るわな」と。
先輩たちはわかっていたのだと思う、
本来はメーカーの仕事ではないかもしれないが、
上本彩加とってこの工事を毎日見届けることは、必要なことかもしれない
、と。

翌日、工務店の社長、キオさんと平和園で打ち上げた。
完成したトイレに順に入っては出て、「良いトイレだわぁ」と何度も何度も、乾杯する。

わたしも、自分が選んだ便座に座り、壁を眺めた。
ああ、光ってんなあ。

一部だけをみて、すべてだと思いこんでいた自分を知り、
やっと、仕事の「全容」を見ることができた気がした。本物になる権利を得た気がした。
席に戻ると、テーブルに短歌ノートが置いてあった。
何か伝わってしまったのだろうか。わたしは、その時、3年ぶりに歌が降ってきていた。

おしりから作る未来もあるのかと眺めてしまう金色の壁(上本彩加)

その後、この工事は社内で大きな話題になり、上層部が集う場所になった。末端の平社員だったわたしが、上場企業の取締役に「いい仕事をしましたね」と言われたのだ。
この工事以来、仕事への向き合い方が少し変化した。
職人さんや工務店さんの「使いやすさ」、
お施主様の「使いやすさ」、同じ商品でも双方同じ評価ではない。立場が違えば要望も違う。
だからこそ、相手の視点を考える必要があると、
新人研修から言われ続けたことを少しも体現するように働けるようになった、気がする。

ちゃありぃが、「トイレをリフォームしてから忙しい」と笑っていた。

それから1年、わたしは関東に栄転した。

おしりからつくる未来は、本当にあった。
社長、キオさん、たくさんの職人さん、そしてちゃありぃ、お母さん。
たくさんの人と作った未来に、いま、わたしはいる。
平和園は、わたしのふるさとになったわけだ。

あの歌ができたことで、名古屋で7年ぶりの歌会に参加させてもらったり、
人生で初めて新人賞に出したりと、短歌も前に進み始めた。

短歌の聖地は、本当に「聖地」だったのだ。

なお、この話は実話であり、金色に輝くトイレは実在する⇩
https://jp.toto.com/reform/case/view/137276/

いいなと思ったら応援しよう!