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『しずこさん』『「暮らしの手帖」とわたし』『戦争中の暮らしの記録』を読んで


父の白湯

小学校に上がる頃でしょうか。空腹で目が覚めます
家の中に食べ物が無いことは分かります
父を起こします
父は鉄鍋でお湯を沸かし湯冷ましにし
白湯を飲ませてくれたことがあります
明日、何とかするから寝なさいと

農地開放があったとはいえ、結核で妻を亡くして
父子家庭で子育てをするには田畑が足りません
二毛作で大麦を作り、豊作だと大麦を少し
農協に買って貰えるくらいの状況でした

息子の視点、私の思い

息子のトラガラに「母さんは物がない時代に
育ったと言うけど、たしかに物はないけど
ほぼ自給自足で有機栽培で無農薬の野菜や穀物で
衣類や寝具もおじいちゃんが農閑期に縫ってくれているので
手をかけて育てて貰ってるよね」と言われ
「息子は物が有る時代の子だからそう思うのかしら」と
思ったこともありました

暮しの手帖社刊行の『戦争中の暮らしの記録』を読んで
息子の視点も一理あると感じました

父は「お前は線が細い(過敏だ)」と
私を評すことがあり、守ろうとしてくれました
父や伯母達の世代が何を生き抜いてきたのか
私の1950年代に30代で結核で亡くなった母が
なぜ命を落とすことになったのか
本書を通して再認識しました

戦後の貧しさは知っていても戦争自体を知らない私が
読んでも苦しい本ですから
この本をよく編集し遺して下さったと
畏敬の念を抱いています

羽仁もと子さんの影響下で主婦として生きました

80年代の私のコミュニティでは「友の会」(全国友の会)だったので
羽仁もと子さんの影響下で主婦として経験を積みました
学生時代のように自分に本代を使えませんし
図書館の雑誌コーナーに立ち寄る時間が持てなかったので
子どもの通院の際に待合室に『暮しの手帖』があると
良い本なのは知っているので迷わず手にとる
そんな距離感でした

真逆の人

連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のモデルになられた
大橋鎭子さんは10歳で喪主を務めお母様と妹さん達を守ると
決意されています

当時の長女という役割
生まれ持った世話好きな性格

などがあると思いますが
起業家として活躍していくことで
守れる人の範囲も広くなり

他人に肩入れというか
共感し、まるで家族のように
例えば病院の紹介だけで終わらせず
付きそうなど、人との関わりで労を惜しまないこと
他人を信じてみようという姿勢

そして「人混みがあったら見に行く(取材)」
という点が、体が弱く、足の制約があるため
混雑した場所で急に動けないので人混みは
離れるように生きている私から見ると
大橋鎭子さんは逆の方で
だからこそ惹かれました

言い換えると、私は末っ子だから
家族としての関係性はあっても
面倒を見る責任までは負いません
昔のことだから
嫁に出たら義理の両親のお世話を
させて頂けと送り出されます

これは家族に面倒をかけないこと
遠慮をする側の立場です

大橋鎭子さんは、面倒を見る側
遠慮をさせない側と言うことも出来ます

晩年の友

そして、ペンや雑誌を通して戦争を繰り返さない・防ぐ
という抽象的な理念を
暮らしという具体的な手にとって感じ味わえる細部に
落とし込んだことが、大橋鎭子さんと花森安治さんの
名コンビの偉業だと感じました

78にもなると眠りは浅く夜中に目がさめることがあります
kindleで買ったので、iPadでアプリを開けば
好きな時間に好きなだけ読むことが出来ます
幼い日に父が与えてくれた白湯のように
これらの本が晩年の眠れぬ夜の友になってくれそうです


(大橋鎭子さんのお写真は、どれも瞳が美しく感じられました)


本書は、最後にとっておいたので、これから読みます


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