食の記憶の旅――1950年代から2020年代
目がある。生きてたじゃない
物心ついた私は、絵が浮かぶものですから
肉も魚も食べられませんでした
父が料理を工夫してくれたのですが
困っている様子を覚えています
でも無理なものは無理でした
給食は選べないので
本当に困りました
令和のネットスーパー
ヒカリを亡くして70歳になりました
トラガラは急に老けたと記憶しています
子を亡くすショックもありますし
私が守らないとと、気を張り詰めていたから
気が抜けたのでしょう
車が無くても近所にスーパーがあると
喜んでいたのに
自転車で運べる量が減りました
だからネットスーパーで届けていただけるのは
感謝なことです
口コミの八百屋さん
1990年代、友達から教わって
隣町の団地にある
箱で買うと安い八百屋さんを
利用していました
この頃は車で行動しています
いちごなら4パックで1箱
スウィーティー箱に20個
りんご(フジ)20個くらい
冬みかんはS,M,Lがあり
小さいので数は覚えてないです
私はMが気に入っていました
スイカは重いので1個のネット売りでお得です
箱売りなら2個入りでした
こうして果物などを箱買いし
鮮度のいい野菜をついでに買っていました
生協
戸建てに引っ越すまで
班で届けてもらっていました
利用者の声が届きやすいと感じていました
引っ越すと車で生協へ買いに行けるので
生協の配達は利用していませんでした
大型スーパー
イオンみたいに1Fに食品
上のフロアに家電もお洋服もあり
車を一度停めれば
用事が済んでしまうのが便利でした
コンビニ
1980年代後半から駅前にあった
記憶はあるのですが
徒歩圏に出来るのは1990年代でした
トラガラやヒカリは利用しますが
私は車でスーパーを使うので
コンビニに車を停めてまで行くことは
稀でした
コンビニで話題になるようなものは
子ども達が買ってきてくれますし
駅前商店街
1961年から結婚するまで
銭湯まで3分、駅まで5分、その周辺が商店街
そんな環境でした
冷蔵庫いらないくらいです
昔のことだから
女性が一人で外食するのは稀で
中華食堂にラーメンやチャーハンを出前してもらっていました
使い捨て容器ではなく食器を玄関先に出すと
取りに来て下さる時代です
半チャーハンという言葉を知らないし
メニューにも無いので
ラーメンとチャーハンを両方食べていました
中学2年生ですから
半分残すと思いつかず食べてました
育ち盛りなので食べられたのですね
でも偏食なので
チャーシューは困りますし
私の地元の中華食堂のチャーハンは
ナルトなのでかろうじて食べられました
商店街と弁当
都会の中高は弁当で牛乳だけ出ます
クラスは50人以上いるので
当番がその本数の牛乳を取りに行きます
パン屋さんが来てくれて
ねじってある揚げパンに砂糖をまぶしたものか
コッペパンを買えます
コッペパンは一斗缶の
イチゴジャム、マーガリン、ピーナツバターを
選ぶと、たっぷり塗ってもらえます
弁当は自分で用意します
父は仕事で早いので
電気炊飯器があるので
前の晩にタイマーセットしてあるから
6時半に起きると炊けています
佃煮、筑前煮、コロッケなど
行きつけの駅前スーパーの惣菜店で
前日に買ったものを詰め
卵焼きを焼く程度で弁当が作れます
田舎は給食だったので
偏食の私は、選べないからとても困りました
絵が浮かぶから
農作物も命なのは理解しています
ただ鶏肉なら飼育していた鶏が目に浮かぶし
魚も泳ぐ姿が目に浮かぶし
牛は飼っていますし
生きてたし動いてたじゃないと
物心つくと偏食で
父が料理を工夫してくれたのですが
卵は食べられても
他の動物製蛋白は駄目でした
お魚の目など、目のついたものは
とくに無理でした
山育ちなので
ワカメさえ、慣れるのに数年かかりました
「母さんは、言葉で絵が浮かぶタイプだから
認知特性の視覚優位とかが関係するかもしれませんね」と
本稿の準備をする際にトラガラが申しておりました
言われてみればそうかもしれませんが
絵が浮かぶし
その感覚を説明出来ないし
都会に出てきて好きなだけ煮豆や
コロッケ(ひき肉なし)を選べるのは嬉しかったです
偏食の克服
子どもが偏食で同じ思いをしないよう
子どもに出しますし
食べさせる時に美味しそうに装いますから
だんだんと慣れることが出来ました
今も豆が好きですし
牛は食べられません
鳥と豚と魚は大丈夫になりました
大きな煮干しで出汁をとった時期もありますし
きびなごの佃煮をよく作っていました
まとめ
今は便利で豊かです
1960年代の商店街は顔を覚えてくれて
佃煮をひつまみオマケしてくれるなど
買い物に交流がありましたね
どの時代がいいというよりも
お銭湯が徒歩3分なら
お風呂洗いやカビ対策は不用ですし
冷蔵庫無くてもコンビニ無くても
駅前商店街で足りるのです
時代により徒歩と電車から
車社会の郊外に移動していますし
娘時代と子育て時代と今は
ライフスタイルも違います
この時代の変化は
日本の中で旅をするような楽しみがあります


