言葉を失わなかった世界線のわたし
私が生まれたのは、日本海側にある離島で、島というからには信号機もないような場所なんでしょう、と冗談半分で言われるけど、これがなかなかみんなが思うよりはでっかい島で、「モスバーガーもミスドもありますよ」というと、聞いた人は「ええっ!」と大抵目を丸くする。
(書きながら思ったけど、ここでモスとミスドを出す辺りが、自分がマジの田舎ものという感じがして、ふふっとなってしまう)
そんな私の生まれ故郷は、遠い昔に、島流しの行き先(っていうのかしら)になったらしい。
京の都から、偉い人やすごい人が、どんぶらこっこと流されて、だからかどうかは知らないが、地元の言葉は、どちらかというと関西の訛りに近い。
18歳で島を出て、関東の大学に通うようになっても、私の訛りは抜けなかった。
同級生たちが綺麗な標準語を話すなか、「○○でや〜」「○○だねんや」と、地元の言葉を話し続け、30歳で結婚して地元を離れるまで、私は訛って訛って、訛り続けた。
このまま、ずっとこの調子でいくんだろうと思っていたのに、私は、地元の言葉を失くしてしまった。
夫は、東北の人間で、私は結婚を機に夫の地元に引っ越した。最初は、周りの人の東北訛りに面食らった。何を言っているのかわからないのだ。
「○○だばい?」「○○ない」って言われても、何がばいで何が無いのやら。ちんぷんかんぷんで、非常に心細かったのを覚えている。
それでも、幸か不幸か、私は中途半端に耳がよかった。東北訛りの海に揉まれるうちに、私は耳コピで、なんとなくのイントネーションを習得することに成功した。
職場にやってくるお年寄り相手に「マイナのカード、あるかい?わかんねかったら一緒にやりましょね」とスムーズに言えるようになるのと引き換えに、私は地元の言葉を話せなくなった。
久しぶりに帰省し、昔の知り合いに「もう東北のイントネーションだね」と言われたとき、なんだかさみしかった。
私の東北弁は、きっと、東北にずっと住んでいた人からしたら、ちょっと変だと思う。
だって、私は、東北の人じゃなくて、みんなが喋ってるのを耳で聴いてマネしてるだけだから。
かといって、あんなに身体に染み付いていた地元の言葉も、なんだかうまく思い出せない。
喋ろうとしても、モノマネっぽくなってしまう。
帰る場所を失くしてしまったような気分になる。
どこにも行けず、宙ぶらりん。
だって、どんなに言葉を耳コピしたって、私は、いまいる場所のことを何にも知らない。
ライブを観るために、関西方面に出かけた。
私は、西の方の空気が好きだ。
住むのと旅行で出かけるのは、またちょっと違うのかもしれないけど。
なんとなく、おおらかな空気があるように思う。
それに、言葉。関西の言葉は、私の地元の言葉に近い。聞き慣れたイントネーションに、安心する。
もしも、と空想する。
私が、関西の方面で暮らしていたら、言葉を失くすことはなかったかもしれないな。
夫のことは好きだし、結婚したことを後悔しているわけではない。だけど、私は、知らない街で暮らす自分を想像することをやめられない。
旅が好きだ。私は、自分の意思でどこにでも行けるって思えるから。だけど、行ける範囲も、だんだん狭くなるような予感もしている。
だって実際、私は、かなりの確率で、関西に住むことは無い。夫の地元の東北で、ばあちゃんになるまで暮らすのだ。
私が、五人くらい居てほしかった。
五人の私は、それぞれ別の街で、別の生活をしている。それで、時々、こっそり入れ替わって、別の暮らしを体験したりする。
私は私だけど、でも、どの個体もちょっとずつ違う部分があるだろうから、それで入れ替わった先で、誰かにちょっと違和感を抱かせるかもしれない。
そのなかには、おそらく、関西で暮らしている私も紛れていて、彼女も中途半端な耳の良さで、関西のイントネーションを習得し、それでも変わらず私の生まれた土地の言葉を話し続けていただろう。
言葉ひとつで大げさかもしれないが、どこの言葉でもない、めちゃくちゃな方言で話す自分が、行き場をなくした根なし草って感じが、時々してしまう。
すっかり、私は自分の言葉をなくしてしまった気分でいたのだが、どうやら隠れていただけだったらしい。
夫と、漫才の練習をしていたとき。
私の口からは、すらすらと、忘れていたはずの地元の言葉が飛び出した。
おお、と思う。
おめ、そのんとこにおったのんか。
よかった。消えたわけではなかった。
まあそうか。人生の半分以上、私は地元で暮らしたんだから。
そうだ、このんかんじだったわ。
祖父母や両親と同じような口調で、長年染みついた訛りが、私の口からつらつらと流れる。
