筑波海軍航空隊記念館|資料館|茨城県笠間市旭町|歴史
名称:筑波海軍航空隊記念館(筑波海軍航空隊司令部庁舎跡)
所在:茨城県笠間市旭町
解説:筑波海軍航空隊司令部庁舎を活用した資料館。
筑波海軍航空隊は霞ヶ浦海軍航空隊の補助のために創設されたが、後に本土防衛部隊として方針転換された。
「永遠の0」や「ラプラスの魔女」の撮影に使用された。
筑波海軍航空隊は、現在の茨城県笠間市にあった大日本帝国海軍の航空部隊の一つです。
予科練養成を行っていた霞ヶ浦海軍航空隊の補助のために創設されましたが、日本が劣勢になってくると本土防衛部隊として方針転換します。
大本営により「天一号作戦」「菊水作戦」が発表されると、筑波海軍航空隊も参加することになります。
特攻攻撃により戦況を挽回させるものでしたが、日本は敗戦し多くの特攻隊員は命を落としました。
筑波海軍航空隊の司令部庁舎は残っており、資料館として活用されています。
また、「永遠の0」や「ラプラスの魔女」などの映画・ドラマの撮影にも使用されました。

’’特攻’’は爆弾を積んだ武器もろとも空母や戦艦、航空機へ突っ込み、命がけで致命傷を与えるものです。
いくつか種類をあげると
・航空機による特攻
・有翼爆弾(桜花)を使用した特攻
・木造合板製ボート(震洋・〇レ)による特攻
・有人魚雷(回天)による特攻
・敵陣に強行降下し、破壊工作にあたる空挺特攻
・飛来する爆撃機に突っ込む震天特攻
・炸薬と共に海底に潜伏し、信管を敵艇に着く伏龍
などが特攻作戦としてあげられます。
この死を前提とした作戦に対して、軍としては正式な軍隊編成と認識しませんでした。
陸・海軍の命令としてはもちろん、天皇の命としてでなく、あくまでも本人たちの志願であって、その同士集団という認識でした。
天皇の命により、人が死んでいくと考えられるのは不適だと考えたためです。

筑波海軍航空隊記念館は大きな病院の隣にあります。
メインの通りを進んでいくと記念館があります。
くすんだ白の建物が司令部庁舎で、隣の真新しいグレーの建物が受付になります。

グレーの建物の二階に特攻隊の資料館があります。


千人針は1m程の白布を千人の女性が1針ずつ縫い、結び目を作って完成させるお守りで「武運長久」が願われました。



他にもたくさんの資料がありますが、こちらでは割愛させていただきます🐶
次は旧司令部庁舎です。

映画の撮影も施設内で行われたので撮影スポットが随所にあります。
「永遠の0」にて、宮部久蔵(岡田准一)が殴られた頬を抑えながら登る階段や、宮部久蔵がお見舞いに訪れた部屋などが施設内に残されています。

指令室では、宮部久蔵が殴られるシーンを撮影しました。




副司令官室では、宮部久蔵への陰口を大石(染谷将太)が聞いてしまうシーンが撮られました。




旧司令部庁舎にも航空機のエンジンなどが展示されています🐶


零式艦上戦闘機21型全体の4分の1に及ぶ大きさの残骸です。
ニュージーランド空軍がソロモン諸島付近で回収し、戦後に大阪の個人が購入していた機体です。


R1340 ワスプ・エンジン

イギリス海軍航空隊で使用されていたアブロ社製の単発複葉機で、日本は同社とライセンス契約を結び、練習機として採用していました。

(通称:赤とんぼ)
93式中間練習機は操縦訓練に使用する練習用の機体です。
目立つように橙色に塗装していたため、その見た目から’’赤とんぼ’’という愛称がついた。
川西航空機(現:新明和工業)の「九一式中間練習機」の改良機。

屋外には航空隊の遺構も残っています🐶

多くの隊員が登り、集会を行ったのがこの「号令台」です。
後ろ側から内部に入ることができる構造です。



