子どもたちに会えなくても伝えたいこと
子どもたちへ、手紙を書いた。
手紙を出したい気持ちは、ずっとあった。
でも、いろんな事情が重なって、
出せる状況ではなかった。
そんなとき、
ようやく、出せるときが来た。
まず悩んだのは、便箋選びだった。
かわいいキャラクターものは、
それで興味を引こうとしている
と思われそうで避けた。
かといって、
大人っぽく地味すぎるのも違う。
かわいらしさと
落ち着きのバランスを探して、
棚の前で何度も手に取っては戻した。
自分の気持ちだけでは
どうにもならないことが
たくさんあるなかで、
いまできることは、
自分の気持ちを少しでも
伝えられるものを選ぶことだった。
気づけば1時間ほど、
同じ棚の前で迷っていた。
そして、
手紙の内容を考えるのは、
便箋選び以上に悩んだ。
一緒に暮らせなくなったのは、
子どもたちのせいでは絶対にない。
また、離れて暮らすことに
なってしまったことを、
申し訳なく思っている。
そのことだけは、
きちんと伝えたいと思った。
そのうえで、それぞれの子が
好きなこと、
得意なこと、
最近がんばっていること、
を思い浮かべながら、
一人ひとりに向けて書いた。
子どもたちのことは、
いつも思い出している。
でも、手紙を書くにあたって、
一緒に過ごしていた頃のことを
あらためていろいろ思い出していると、
いま元気にしているだろうかと
心配になったし、
思い出すことが増えるほど、
つらい気持ちにもなった。
会えない時間があっても、
大切に思う気持ちは変わらないこと。
困ったときは、いつでも力になること。
伝えたいことは同じでも、
年齢に合わせて言葉を選ぶのは
簡単ではなかった。
長々と書きすぎても読み切れず、
想いが伝わりづらいと思ったから
文字数も相当意識して考えた。
原稿ができてから、
便箋に手書きで清書した。
メールで書けば、
それほど多く感じない文字数のはずなのに、
いざ便箋に書くと
思った以上に文字数が多く感じられた。
書き慣れていない手書きで、
写し終えるまでに1時間ほどかかった。
でも、その労力の分だけ、
想いが手紙に残る気がした。
液晶画面で読むメッセージと、
手書きの手紙とでは、
同じ文章でも、受け止め方が
まったく違うのかもしれない。
そう感じながら、
一文字ずつ丁寧に書いた。
正直なところ、
この手紙が子どもたちの手に
ちゃんと渡るかどうかもわからない。
読んでもらえるかどうかは、
自分の力だけではどうにもならない。
そう思うと、複雑な気持ちになる。
それでも、
いま自分にできることとして、
心を込めて書いた。
この手紙が、子どもたちに届いて、
すぐに読んでもらえたらうれしい。
もし、いま読めなくても、
このnoteと同じように、
いつか目を通してくれる日が
来てくれるといいなと思う。
