【出張アスリートごはん始まり編】”やりたいです”と口に出た瞬間
私が「出張アスリートご飯」を始めるきっかけとなった時の話。
2024年12月。
驚きと不安、そして”やりたい”という気持ちが入り混じった初めての出張。
あの日から私のアスリートご飯作りは新しいステージに入っていきました。

出張アスリートご飯の依頼を受けて打ち合わせの際に作った「初めての出張ご飯」
2024年12月初旬
「いい?今からとんでもないこと言うよ。あのね、みきちゃんにご飯作って欲しいんよ」
私がアスリートご飯を作り始めるきっかけとなった選手のご家族がこの日OYOBARE(私のお店)に来てくれていて話をしていたら突然。
現在選手はアビスパ福岡に所属していて、オフの時など年2回ほどお店に会いに来てくださっていてブラジルから戻ったあとも交流は続いていた。
びっくりして一瞬、言葉が出なかったのを覚えている。
だって福岡にお住まいですよね??
ここ(鳥栖)まで食べに来る??
頭の中で?がぐるぐる回っていた。
そのあと話を聞き進めていく中で、なんと福岡まで!私が!通うことになった。
お店の営業のこと、仕込みのこと。シフトや家族のこと。
いろんな課題がいっぱい頭に浮かんでいたけど・・・
やりたいです。
と口から勝手に言葉が出ていた。
あの時どんな気持ちだったのかなと振り返った時に
私しかこの選手の要望に応えられる作り手はいないと思ったのと、
もしここで私が断って、他の人が作ることになったら嫌だな。
そういう気持ちだったと思う。
こうして12月の初旬にトントン拍子で話が決まり年末に実際に選手のご自宅まで打ち合わせに伺って久しぶりに私が作ったご飯を食べてもらった。
嬉しそうに食べてくださる姿を見ながらなんだか涙が出そうになったあの瞬間を私は一生忘れないと思う。
細かい部分を打ち合わせで詰めながら実際の出張ご飯が年明けすぐから
本格的に始まっていった。





泣いてても落ち込んでも出張ごはんは始まったばかり。
そんな暇はなく次のごはんが私を追いかけてくる。





6日目。
出張ご飯で初めて2名分作った日。
献立案の時点では足りると思っていたのに、いざ現地に行って盛り付けてみたらお盆の上はいつもよりかなり少なめ。
私が今まで担当した選手の中でこの選手が一番食べるので、もちろん足りなかった。
他になにかないですか?と冷蔵庫を見に来るほどで、せっかくチームメイトを連れてきてくれたのに役割を全う出来なかった自分に悔しくて
帰りの高速で泣きながら帰った。



もう毎日の記憶が飛ぶくらい目まぐるしい1月だった。
もちろん鳥栖の選手のごはんも並行して作っていたので頭の中がぐちゃぐちゃだった。
そしてキャンプに入り戻ってきたつかの間の日常。
思い返してみるとこの時のわたしはまだ、頑張っている自分に酔っていた。
がんばってるから、忙しいからみんな協力して~と。
もちろんスタッフはガラリと変わっていくお店のタイムスケジュールに懸命に応えて私を心から応援し支えてくれていた。
だけどそんなに簡単じゃなかった。
今まで朝から20時ごろまでかかっていた業務を(週末前などは23時くらいまで)出張の出発時間16時までに短縮するということ。
終わるわけなんかない。
このあたりの話は自分でもしっかり振り返りたいので
別の時に詳しくまとめようと思う。
そんなこんなでキャンプを終えた選手が戻り出張ご飯も再開。
いよいよシーズンが始まる。



愛猫に邪魔されながらもなんとか記録作成。



調理をしながら計量したりメモを取ったり。
字が汚すぎて夜中は解読に時間がかかる。
そしていよいよ開幕の日が近づいてきた。
勝手に私もソワソワ。
泣きながら帰った日もあれば、選手の笑顔に救われた日もあった。
私の中で確実に出張ご飯の物語は走り出していました。
でも、通い始めてから見えてきた”現実”
お店の営業と並行しながら福岡まで通うという新しい日常が待っていました。
次回は実際に「出張通勤」がどんな毎日だったのかを書いてみます。
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