介護職員等処遇改善加算を役員報酬に上乗せできる?――使用人兼務役員と別表四加算の線引き
※令和8年度の介護職員等処遇改善加算を前提に整理しています。
質問
A社は数年前、M&AによりH社を買収しました。
買収前のH社代表者S氏は、現在、A社の代表権のない取締役です。
S氏の状況は、次のとおりです。
A社の株式は保有していない
A社とは取締役としての委任契約を締結
雇用保険には加入していない
社内では「社長」と呼ばれているが、正式な役職ではなく通称
実態は、他の職員と同じ介護スタッフ
毎月、定額の役員報酬を受給
これまで役員賞与の支給はない
処遇改善分は既存の役員報酬に上乗せして支給する予定
次の点について、どのように考えればよいでしょうか。
役員であるS氏を処遇改善加算による賃金改善の対象にできるか
使用人兼務役員に該当すれば、上乗せ額を使用人分給与として損金算入できるか
既存の役員報酬に上乗せした場合、損金算入か別表四加算か
結論
論点
結論
S氏を賃金改善の対象にできるか
できる
使用人兼務役員である必要があるか
ない
賃金改善は努力義務か
努力義務ではなく算定要件
既存の役員報酬への上乗せ
原則として役員給与として判定
通常改定等に該当しない期中増額
増額部分を損金不算入として別表四加算
使用人兼務役員としての処理
該当余地はあるが、現在の資料では断定できない
介護報酬上の対象者判定と、法人税上の役員給与判定は別問題です。
S氏は、使用人兼務役員に該当しなくても、実際に介護事業所の業務を行っていれば賃金改善の対象にできます。
しかし、会社が「既存の役員報酬への上乗せ」として支給する以上、法人税上は役員給与として定期同額給与等の要件を判定するのが原則です。
Q1 法人の役員でも処遇改善加算による賃金改善の対象にできますか
回答
できます。
令和8年度の厚生労働省Q&A問2-9では、代表取締役等の役員であっても、処遇改善加算の算定対象となる事業所で実際に業務を行っていると判断できる場合には、賃金改善の対象に含めて差し支えないとされています。
したがって、次の事項だけで対象外にはなりません。
取締役であること
代表権を有していること
会社との契約が委任契約であること
法人税上の使用人兼務役員に該当しないこと
雇用保険に加入していないこと
中心となるのは、S氏が実際に処遇改善加算の対象事業所で介護業務を行っているかどうかです。
本件では、S氏は実態として介護スタッフの一員であるため、処遇改善加算による賃金改善の対象に含めることができます。
根拠:厚生労働省「介護職員等処遇改善加算に関するQ&A(第1版)」問2-9
Q2 処遇改善加算の対象にするには、使用人兼務役員に該当する必要がありますか
回答
必要ありません。
ここは、介護報酬と法人税を分けて考える必要があります。
制度
判断内容
介護報酬
対象事業所で実際に介護サービス等の業務を行っているか
法人税
支給した給与が役員給与か、使用人分給与か
雇用保険
労働者性があり、雇用関係が認められるか
処遇改善加算の対象者判定について、法人税法上の使用人兼務役員であることは要件とされていません。
したがって、
使用人兼務役員に該当しなければ、処遇改善加算の対象にできない
という理解は誤りです。
Q3 処遇改善加算は介護報酬として請求するものなので、賃金改善は努力義務ではありませんか
回答
加算額以上の賃金改善は努力義務ではなく、算定要件です。
令和8年度Q&Aでは、処遇改善加算を算定する事業者は、処遇改善加算の算定額に相当する賃金改善を実施しなければならないとされています。
さらに、賃金改善額が加算額を下回った場合は、原則として加算の返還対象になります。
ただし、不足額を賞与等の一時金として追加配分し、最終的に加算額以上の賃金改善を行えば、返還を求めない取扱いが認められています。
つまり、次のように整理されます。
内容
取扱い
処遇改善加算を介護報酬収入として計上する
そのとおり
加算額以上の賃金改善を行う
算定要件
加算収入の一円一円を特定の職員にひも付ける
不要
S氏一人に加算額の全額を支給する
不要
法人・事業所全体で加算額以上の賃金改善を行う
必要
職務内容や勤務実態に合わない著しく偏った配分
不可
「加算収入と賃金を一円単位でひも付ける必要はないが、総額では連動しなければならない」ということです。
根拠:厚生労働省「介護職員等処遇改善加算に関するQ&A(第1版)」問1-1、問1-9、問2-6
Q4 処遇改善分を既存の役員報酬に上乗せした場合、法人税上はどうなりますか
回答
役員給与として判定するのが原則です。
処遇改善加算を原資として支給したからといって、役員給与の損金算入要件が緩和されるわけではありません。
法人税上は、財源ではなく支給の性質で判断します。
支給方法
法人税上の取扱い
既存の役員報酬に上乗せ
役員給与
真正な使用人兼務役員の介護職員分給与として明確に区分
使用人分給与となる余地あり
役員に一時金として支給
原則として役員賞与
一般職員に手当・賞与として支給
通常の使用人給与
本件では、会社自身が「既存の役員報酬への上乗せ」と整理しています。
そのため、後日になって「介護職員としての使用人分給与だった」と主張するのは難しいと考えます。
根拠:国税庁「役員に対する給与」No.5211
Q5 期中に役員報酬を増額した場合、増額部分は損金になりますか
回答
通常改定又は臨時改定に該当しなければ、原則として増額部分が損金不算入になります。
例えば、従前の役員報酬が月額30万円で、事業年度の途中から処遇改善分として月額5万円を上乗せした場合です。
支給額
税務処理
従前からの月額30万円
定期同額給与として損金算入
期中に上乗せした月額5万円
通常改定等でなければ損金不算入
別表四加算額
5万円×支給月数
支給済みの上乗せ額は、通常、別表四で「役員給与の損金不算入額」として加算し、社外流出処理を行います。
損金算入できる可能性があるのは、主に次の改定です。
事業年度開始の日から3か月以内に行う通常改定
職制上の地位や職務内容の重大な変更等による臨時改定
経営状況の著しい悪化等による減額改定
真正な使用人兼務役員に対する相当額の使用人分給与
処遇改善加算を受けること自体は、通常、臨時改定事由には該当しません。
根拠:国税庁「定期給与の額を改定した場合の損金不算入額」
Q6 S氏は使用人兼務役員に該当しますか
回答
該当する余地はありますが、現在の資料だけでは断定できません。
法人税法上の使用人兼務役員とは、単に現場作業をしている役員ではありません。
役員であると同時に、部長、課長、支店長、工場長、主任その他の使用人としての職制上の地位を有し、常時、使用人としての職務に従事している必要があります。
ただし、使用人が少数で職制上の地位を特に定めていない法人では、他の使用人と同質の仕事に常時従事している役員を使用人兼務役員として取り扱える場合があります。
根拠:国税庁・法人税基本通達9-2-5、9-2-6
S氏への当てはめ
判定要素
確認された事実
評価
代表権
なし
有利
持株
なし
有利。ただし親族等を含む株主グループは要確認
実際の業務
他の介護スタッフと同質
有利
「社長」の名称
社内での通称
危険要素
契約
取締役としての委任契約のみ
使用人性を示す資料が弱い
雇用保険
未加入
決定打ではないが整合性に疑問
給与区分
全額を役員報酬として処理
使用人分給与との区分がない
指揮命令関係
未確認
追加確認が必要
勤務時間・シフト管理
未確認
追加確認が必要
「社長」が通称なら問題ないのか
「社長」が単なる呼び名であり、株主総会や取締役会で付与された正式な職制上の地位ではなく、実質的な経営責任者でもない場合には、法律上の「社長」ではないという主張は可能です。
しかし、次の資料で継続して「社長」と表示している場合は危険です。
名刺
メール署名
組織図
社内通知
契約書
会社案内
ホームページ
取引先への説明
法人税法34条6項は「社長」を使用人兼務役員から除外しています。
単なる通称か、実質的な職制上の地位かは、社内での呼び方だけでなく、決議、権限、表示及び業務実態を総合して判断されます。
根拠:e-Gov「法人税法34条6項」、国税庁「役員のうち使用人兼務役員になれない人」
Q7 委任契約しかなく、雇用保険にも加入していない場合は、使用人兼務役員になれませんか
回答
委任契約や雇用保険未加入だけで、税務上の使用人兼務役員を否定することはできません。
取締役と会社との基本的な関係が委任関係であることは、会社法上、通常の取扱いです。
ただし、使用人兼務役員として処理するには、役員としての委任関係とは別に、次のような使用人としての実態が必要です。
A社代表者又は事業所責任者の指揮命令を受けている
勤務時間、休日、シフトが他の職員と同様に管理されている
他の介護職員と同質の業務に常時従事している
役員報酬と介護職員給与が明確に区分されている
使用人分給与が同種の一般職員と比較して相当額である
雇用保険についても、取締役は原則として被保険者になりませんが、従業員としての身分を有し、労働者性が強く、雇用関係が認められる場合には加入対象となります。
したがって、使用人兼務役員としての労働者性を主張する一方で、雇用保険について何も確認していないという状態は、説明に一貫性を欠きます。
根拠:厚生労働省「雇用保険制度Q&A」Q4
実務上の落としどころ
1 現状のまま支給する場合
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