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アホ楽しい物語の必要性

「読むなら貸すけど」と渡されたのは、夜、お風呂に入る直前だった。

ふだん小説などほとんど読まない夫だが、本屋で目立つ場所に平積みされていて、さすがに気になり買ったのだという。

おー、これね。知ってる。SNSでも話題になっていたし、なにかすごい賞をとったんだよな(曖昧)。

どんでん返し系で、救いのないタイプの殺人。
事前情報で判断するなら、圧倒的にわたしの苦手分野である。自分から手を出すことはなかったけれど、話題作の棚ぼたなら話は別だ。それに、多くの人が「なにか」を語りたくなる本であることはまちがいない。オチに救いがなくても、どんでん返しがあるならば、それが救いになるはずだ。

「わーい、読む〜!」

夫から本を受け取り、風呂場に持ち込む。お風呂は貴重な読書タイムだ。紙がふにゃふにゃになるという致命的な欠点はあるものの、家で仕事をする日は、一日の中でひとり落ち着けるのが風呂場しかない。

結果から言うと、読み進められなかった。

おもしろくないとかではなく、お風呂でふらっと読むには少々酸素が薄くなる展開なのだ。ひ、人死ぬし、ご、ご、ごごご拷問器具出てくるし。

心臓をギュウギュウやりながら、なんとか4分の1ほどページをめくったものの、重圧に耐えられなかった。冒頭で殺人の様子が示されているが、殺されるのがひとりとは限らない。ずっと、からだの奥の方が、小刻みにカタカタいっている。

完全に湯が冷めきる前に、読了をあきらめることに決めた。後半に飛び、犯人を確認する。夫にはいつも「ありえない読み方」だと非難されるが、安心を手に入れなければ一歩も進めなくなる夜だってある。

ふむふむ、なるほど。犯人がわかればもう怖くないぞ。そうだ、オチにどんでん返しがあるんだっけな。最後まで一気に飛んでオチを確認してみよう、ええと、ん? 犯人の独白も確認した方がよさそうだな……え……つまり……そういうこと? ひぃぃ……


ずーーーーーーーーん……とした気持ちで風呂場を出る。まずい。こんな状態のまま寝てしまったら、悪夢をみること必須。なにかアホ楽しいことを頭に流し込まなければ、とてもじゃないが眠れない。

しかし、絶望的な気持ちの中、自力でアホ楽しいことを生み出すことは困難だった。どうしよう。お笑い動画? 子どもの赤ちゃん時代の写真? でも今は笑えなそうだし、子どもの画像なんか見てしまったら「この子が将来地下に閉じ込められたら……」みたいな発想になってしまって二次被害が出る。

万事休す……
だれか、オラにアホ楽しさをわけてくれ……


「ショートショート読みますか?」

その提案を目にした瞬間、パァァっと視界が明るくなった。ショートショート! なるほど。サクッと読めて、気分転換にぴったりだ。物語の心理的ダメージは、別の物語で中和する。なんて粋な発想だろう。

救済となる方舟を手にし、さっそく乗り込む。タイトルからクスッと頬がゆるむ。「地下に生き埋め、溺死」なんて単語に怯えきっていたせいで、地面が割れる描写に一瞬ひやっとしたものの、待っていたのはなんとも頼もしくプリティな結末だった。所要時間、約1分30秒。気分はすっかり愉快に変わっていた。


自分を取り囲む空気を重くし、呼吸さえ苦しくさせる文学がある。同時に、胸いっぱいに新しい空気を送り込んでくれる文学もある。

文字の羅列だけで、人はこんなにも違う世界を行き来できる。

重いミステリーは少し苦手だ。それでも、完全に手放したいとは思わない。苦しい読書の先にしか見えない景色もある。ただ、深く潜るときには、浮き輪のような一篇をそばに置いておきたい。アホ楽しい物語が、きっとその浮き輪になり得るのだと思う。

あなたのおすすめのアホ楽しい物語、ありますか?


※「アホ」は誹謗中傷の意味合いではなく、ポーンと別世界に飛ばしてくれるパワフルさを意味しています。
また、『方舟』を作品として否定しているわけではありません。再度チャレンジ予定です。未読で気になる方はぜひ手にお取りください。


わたしの大好きなアホ楽しいお話はこちらです。
ショートショートほぼ未体験時代に、ぐっと惹かれるきっかけになったお話。なんか元気になれるから、たびたび読んじゃう。

あと、お話じゃないけど、スネ夫の声真似。
『方舟』のあとにもお世話になりました。


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