がん手術の1例が“数字”になるまで 〜院内がん登録の舞台裏〜
はじめに
「もしあなたや家族が、がんで手術を受けたら、その出来事は“数字”として記録されることをご存じですか?」
治療方針の検討や国のがん対策は、実は患者さん一人ひとりの記録の積み重ねから成り立っています。
その裏側を支えているのが 院内がん登録 という仕組みです。
今回は、胃がん手術の1例がどのように“データ化”されるのかを、現場の視点からご紹介します。
1. 患者さんの物語(仮想ケース)
65歳の男性が、胃の不調を訴えて病院を受診しました。
• 内視鏡で腫瘍を発見
• 生検により 中分化型腺癌(tub2) と診断
• 画像診断で遠隔転移はなし
• 手術方針が決定 → 幽門側胃切除術 を実施
患者さんにとっては「がんと闘う人生の一大イベント」ですが、医療現場では同時に「詳細な記録を残すべき1症例」として扱われます。
2. 病院で残される“記録”
この患者さんの情報は、複数の職種によってカルテに書き込まれます。
• 医師:診断記録、手術記録、退院時要約
• 病理医:切除標本の診断(深達度、リンパ節転移の有無)
• 看護師:周術期の経過、合併症の有無
• 検査技師:画像診断レポート
これらが電子カルテに保存され、やがて「がん登録者」の手元に届きます。
3. 登録者の仕事(データ化のプロセス)
院内がん登録者は、診療録を読み込みながら必要な情報を抜き出します。
• 部位(Topography code):C16(胃)
• 組織型(Morphology code):8140/3(腺癌・悪性)
• 病期(TNM分類):T2N1M0 → Stage II
• 治療内容:初回治療=手術あり/化学療法なし/放射線なし
これらを専用ソフトに入力し、データベースへ登録します。
細かいルールがあり、例えば「病理所見を優先すべきか」「術前画像所見をどう扱うか」など、迷う場面も多くあります。
そのため、登録者は日々マニュアルを確認しながら慎重に作業しています。

4. “数字になる”ということ
こうして登録された1例は、翌年「全国がん登録」に提出されます。
最終的に「202X年、胃がんStage II、手術治療例」として統計に反映されます。
これにより、
• 胃がんの患者数の把握
• 年齢別・病期別の治療実績
• 5年生存率の集計
• 国のがん対策の立案
といった分析が可能になります。
つまり、患者さんの1例が医療全体を支える数字になるのです。
5. 現場で感じる難しさとやりがい
院内がん登録の現場は、地道で見えにくい仕事です。
• 医師の記録に曖昧な部分があり、病理所見と食い違うこともある
• 化学療法のレジメンが複雑で、どこまでを初回治療とするか判断が難しい
• 「正確に」「全国のルールに従って」登録することが常に求められる
しかし、やりがいも大きいです。
「この1例が、統計に加わることで治療方針の改善に役立つ」
「患者さんの経験が、未来の医療をつくる」
そう実感できるからです。
6. 患者さんにとっての意味
多くの患者さんやご家族は「手術したことが記録される」とまでは意識していません。
けれど、登録があるからこそ生存率データが公表され、病院の治療実績が比較できるのです。
それは患者さんが「どの病院で治療を受けるか」を選ぶ大切な情報にもなります。
つまり、院内がん登録は 患者さん自身の医療の質を守る仕組みでもあるのです。
まとめ

* 胃がんの1例は、診療録 → コード化 → データベース → 全国集計 という流れで“数字”になる。
* 院内がん登録は、見えないけれど医療を支える基盤。
* その数字は、治療成績の評価や国のがん対策に役立ち、最終的には患者さんに還元される。
このことを知っていただけたら嬉しいです。
次回予告
次回は「抗がん剤治療の登録の裏側」をお届けします。
「レジメンが複雑で迷いやすい」「初回治療の範囲をどう判断するか」など、現場ならではの視点を解説します。
行動のきっかけ
• 医療職の方へ:次にカルテを記録するとき、“この情報は登録でどう使われるか” を少し意識してみてはいかがでしょうか?
• 初めての方へ:病院の実績データや生存率の裏に、自分や家族の経験が活かされていることを知っていただけたら嬉しいです。
当たり前の今日に感謝🌱
