#06_AIが発達して人間の価値が上がってるって認識で大丈夫?【テクノロジー】
はじめまして おとなの現代文 です。
近年のAI技術の発展には目を見張るものがあり、こうしたテクノロジーの進歩によって現在進行形で人間の仕事が置き換えています。
今回は、「テクノロジー」について考えていきます。
置き換えられる仕事と役割
電車の改札が有人切符から自動改札になったことから端を発し、Amazon Goではレジという概念自体が無くなりました。
人間の仕事は徐々にテクノロジーに置き換えられていき、10年後にはいまある仕事が消失している可能性もあるとも言われています。
しかしアメリカの大手スーパーマーケットのウォルマートでは購入者の精算ミスによる万引きが多発したことで一部の店舗でセルフレジを廃止するなど、完全な機械化には未だ多くの課題が残っています。
一方で日本のコンビニにおけるレジは店員が商品を読み取り顧客が精算をするといった半自動化が主流となっており、機械化の流れとうまく共存したといっても過言ではないでしょう。
このように仕事や役割が人から機械に置換されるといっても、全て機械が行う仕事、半機械化となる仕事、全て人間が行う仕事というように段階的に行われていきます。
ベアリングという根幹パーツ
私は工具や精密機械が好きで、1番好きなパーツはベアリングという駆動系のパーツです。
ベアリング(bearing)とは、機械の回転部分や移動部分において、摩擦を低減し、スムーズな動作を実現するために使用される部品のことです。ベアリングは、回転軸やシャフトなどの動く部分と固定部分の間に設置され、荷重を支えながら摩擦を最小限に抑える役割を果たします。これにより、機械の効率向上や部品の寿命延長に寄与します。(ChatGPTより)
要するに小さい回転運動をより大きい回転運動に変換できるジョイントパーツになり、車や電車など、車輪がある乗り物には必ず必須であるパーツになります。

https://www.ntn.co.jp/japan/what_is_bearing/

https://www.ntn.co.jp/japan/what_is_bearing/
上記の図がベアリングの形になります。
内輪をシャフトに装着し、シャフトが回転すると内輪も回転し、ベアリング中のボールが動き、外輪も回転するという仕組みになっています。
ベアリングは内輪を動かしたとき、中のボールが動くことで外輪が駆動し、外輪を動かしたときはボールが動くことで内輪が駆動します。
つまりベアリングにとって重要なのは、常に動いているのは真ん中のボールであり、内輪を動かしても外輪を動かしてもボールが駆動するため、ボールがベアリングの本体といっても過言ではありません。
そして私がこのベアリングというパーツが好きな理由として、単純に見た目が可愛いというのもありますが、社会にはベアリングのような存在が必要であるからというものがあります。
例えばベアリングを人間社会に置き換えたとき、ボールのように軸からのエネルギーを外側に波及させるための支柱的なポジションは生活の最低基盤となるライフラインを整える製造業や医療関係などが挙げられます。
また人々の生活の基盤となる食や衣服を提供する仕事は内輪的であり、人々の生活を豊かにするサービス業やクリエイティブ職などは外輪的な職業と言えるでしょう。
つまり生活に直接関わる仕事が内輪、生活を安定・裕福にする仕事が外輪、その生活基盤を支える仕事がボールとなるのです。
さらにこのベアリング的ポジションをミクロに読み解いていくと、会社における常務や専務といった役員が内輪、現場で作業する事務員や作業員などが外輪であり、その中間管理を担う部長や課長などの役職がボールになり得るでしょう。
置き換えられる人
近年AIなどテクノロジーの発展により、実務作業のDX化(デジタルトランスフォーメーション)としてデータ入力や生産ラインの自動化が押し進められており、10年後には現在の仕事で存在しない仕事もあると言われています。
ではこうしたテクノロジーに置換される仕事や役割とはどういった仕事なのでしょうか。
先述のベアリングの例で言うとボール部分に該当する仕事は人間が行う必要があり、外輪にあたる仕事から順番にAIに仕事を奪われていくのではないでしょうか。
一方でボールは言わば全体の繋ぎであり、最も消耗が激しい部品ですので、メンテナンスを怠ると全体にガタが出てしまいます。
故にこのボール部分こそ人間の意思が必要のないAIやロボットによる自動化を図るべきという意見もあります。
しかし先ほどのベアリングを社会の職種で見た際にボール部分には医療関係の仕事が例として挙げられ、医療従事者を完全に自動化することは非常に難しく、テクノロジーの導入に関する議論が重ねられています。
こうした配置に関する例えはどこに何を置くかで捉え方が大きく変わるでしょう。
つまりボールに位置する役割が全体を見た際に最も重要であるということです。
ボール部分を医療関係の仕事とした時と、企業の中間管理職とした時では、ベアリング全体で見た時の役割は大きく異なります。
テクノロジーに置換される仕事とは、社会的なマクロで捉えた際には外輪的職業からであり、ミクロで捉えた際には中間管理業務であるということです。
しかしそれでもテクノロジーに置き換えられる職種においてもそれを凌駕する実力があれば人間でも置換されずにいられます。
例えば外輪的職種であるクリエイターに対して絵画や音楽においてAIによる作成が可能であっても、画家や音楽家といった存在は消失せず、むしろその価値が高くなることが予想されます。
また中間管理業務においてもDX化され管理が電子化されたとしても、組織構築において橋渡しとなるポジションは必要であるため、その存在が消失することはないでしょう。
つまりテクノロジーにおいて置換されるのは仕事そのものではなく、実務そのものであり、その作業に準ずる存在自体は価値が高くなるのではないでしょうか。
そして価値が高くなることに比例して、高価値な存在でなければ淘汰されていくということです。
テクノロジーの発展によりその仕事のボーダーラインが上がり、スキルが必要となり、一定以上の価値が必要となっていきます。
冒頭でも述べたように全て機械が行う仕事、半機械化となる仕事、全て人間が行う仕事というように段階的となり、今後多くの職種が半機械化すると、大半の仕事は機械を扱うことが仕事になり、すべて人間が行う仕事はこれまでよりもハードルが上がるということです。
こうしたテクノロジーと仕事の置き換えに関しては多くの議論がなされています。
あなたはテクノロジーについてどう考えますか?
