読書感想文 曲亭の家
あらすじ、ネタバレありの読書感想文です。
あらすじ
医者の父親と明るい母に、笑いの絶えない家で育てられたお路。持ち上がった縁談の相手は、人気戯作家滝沢馬琴の息子で医者の宗伯である。真面目そうな宗伯に、良縁だと思って嫁いだお路だったが、滝沢家は不機嫌と不満が淀んだ、笑いのない家だった。
夫の宗伯は病気がちで、酷い癇癪持ちだった。父である馬琴を尊敬しているが、父の理想の息子になれていない事実に葛藤し、不満は妻のお路に向かって吐き出される。お路の口答えで、夫婦仲は悪くなる一方。だが、子供にも恵まれて、我が子とは離れられないお路であった。
義父馬琴は、気難しく、厳しく、格式にこだわる頑固者だった。買い物の店まで指定され、その厳しさに女中もいつかない。体の弱い宗伯の看病や、馬琴の卒中の看病など、お路は病人の世話に明け暮れている。
しかし、宗伯は病で他界してしまう。馬琴とお路の仲を妄想した義母のお百は娘の家に家出し、お路は馬琴と子供たちの世話をする毎日だった。
馬琴の書く「南総里見八犬伝」は大人気だった。仕事に厳しくこだわりのある馬琴は他人を信用せず、馬琴の仕事を手伝うことが出来たのは宗伯一人だった。宗伯亡き今、馬琴はお路に口述筆記をするように命令する。馬琴は、失明していて自分で書くことができないのだ。完璧主義者で、厳しい馬琴相手にそんなことはできないと断るお路だが、結局承諾する。容赦なく叱る馬琴を相手に、なんとか物語を文字にしたお路。八犬伝は完成した。
馬琴が他界した後、版元に「仮名読八犬伝」を馬琴の弟子として書いてほしいと頼まれる。筆の立つ組仲間に助けられお路は書き上げる。
作者は曲亭琴童、お路の筆名であった。
感想
恐らく史実に基づいて書かれているのだろうと推測するが、天才的な芸術家の気難しさは、周りの人間のエネルギーを吸い取ってしまうようだ。
物書きとしては天才である馬琴だろうが、人間としては本当にいけすかない奴だ。難しい言葉を使って長々と説教する。プライドが高く、権力になびかないのかと思いきや、実利のある場合は受け入れる。自分のやりたいことは無理をしてでも推し進め、金銭的な損害が出ても知らぬ顔である。金にも細かい。自分は武士の血筋と誇りを持ち、町人を見下しこき使う。周りの親切や好意は当たり前のことだと、まるで感謝しない。
全く、人間としてはどこにも良いところがない。
しかし、息子の宗伯は父を尊敬しているのだ。
「この世に生を受け、為すべきことがある。他の誰にも真似できない、父上にしかできぬことがある。それは至上の喜びだ」
と父親を羨むのだ。そして、女は子をなすから、労せずとも自らの形代をこの世に残すことが出来ると言う。女には子をなすしか能がないとでもいうのかとお路は怒るが、その当時の感覚なら子をなさない女など、何の価値もないということか。時代とはいえ、子を持たない私は、複雑な気持ちになってしまう。そして、家を途絶えさせないということに懸命になる馬琴の姿とは裏腹に、息子は先立ち、孫も馬琴の死後まもなくこの世を去ってしまう。なんの因果か、馬琴の周辺の人物は早世してしまいます。馬琴の執着のエネルギーが命を吸い取るかの如く……
お路に口述筆記をさせながら、叱り、罵り、いたわりの言葉一つかけない馬琴にお路は言います。
「八犬伝はまるで血吸い草です。人の生き血を吸い取り糧として、どんどん大きくなっていく化け物です。宗伯様は、一滴残らず血を絞られて、八犬伝の血肉とされて命を奪われたのです」
「どんなに名を上げたところで、たかが戯作。名の通り戯れにすぎません。絵空事ではありませんか。仮にこの世から消えたところで困るものなどおりません。そんなものの為に何人の命が奪われるのですか」
「八犬伝はすべてその頭の中にあると。実も形もない絵空事でありましょう?そんなもののために、身を削れと私にお命じになる」
お路の怒りの言葉は、凄まじい。家を飛び出すお路。
だが、町をふらつくお路は、八犬伝の愛読者である大工たちが、楽しそうに八犬伝の続きを読みたいと話す姿を見る。八犬伝が、まるで読者の生きがいであるかのような感じるのだ。
「八犬伝だけは終わらせる」馬琴の覚悟の源が読者にあると思うお路。
「馬琴の生きた証が八犬伝であり、読者にとってはそれが渇いた喉を通るいっぱいの水であり、空腹を満たす米であり、凍えた体を温める炭となりうる。読物、絵画、詩歌、芝居、舞踊、音曲……衣食住にまったく関わりのないこれらを、人はなぜ求めるのか? それは心にひびくからだ」
そう悟ったお路は馬琴に詫びを入れて口述筆記を再開し、八犬伝は完成する。
ここのところ、響きました。芸術の存在意義はなんなのか?
この物語は、馬琴の嫁であったお路の人生を描いています。
天才芸術家とその周辺の人物の生きざまを、美しい文章と、現代の人間に置き換えたかような感情表現で読者を引き込みます。
でも、作家はどうして小説を書いているんだろう?
小説を書く意義はどこにあるんだろう?と西條さんが自問自答している小説であるようにも感じました。
芸術が不要不急ではないと判断されたコロナ禍での経験は、芸術を作り出す創作者の心に、何か重いおもりをつけたのではないか?とふと思いました。
関係ないかもしれないけれど……
