見出し画像

読書感想文 水たまりで息をする

ネタバレ、あらすじありの読書感想文です。

タイトル 水たまりで息をする
作者   高瀬隼子
出版社  集英社

第165回芥川賞候補作です。

あらすじ

結婚して10年、35歳の衣津実は仕事をし夫と良好な関係を保ちながら生活している。子供はいないが快適な生活のはずだった。
ある日、夫が言う。
「風呂には、入らないことにした」
水がカルキ臭いと風呂に入らない夫はどんどん臭くなっていく。風呂場でペットボトルの水をかけるにも限度がある。雨に打たれるのが好きな夫は自ら雨に濡れに出かける。夫の会社では匂いもハラスメントだと責められ、夫は退職を決める。衣津実の祖母の使っていた家は現在空き家で川の傍にある。川で水浴びすることにはまった夫は、その空き家に引っ越すことに決め衣津実もついていく。地元で就職し、夫との生活を続ける衣津実。
大雨でダムが放流した日、家に戻った衣津実は夫がいないことに気づく。
水が引いた河原には大きな水たまりがあった。水たまりの中には魚がいた。水たまりに入れた衣津実の手にそっと近づいて来る魚を息を殺して見つめる衣津実だった。

感想

常識的な世界で、周りの人と同じ価値観を持って、当たり前の事に共感できればそれなりに快適に生活を送ることが出来るだろう。
仕事をする、生活をする、人と会話をする、そのすべてを当たり前のようにこなせる人間が、ただ一点、できないことがあれば社会から疎外されるのか?そんな疑問をつきつけられた気がした。

主人公の夫は、「風呂に入らない」以外は、ごく普通の常識的な人間なのだ。ある日夫は後輩に水をかけられる。
この事件の後、夫は風呂に入らなくなる。
水がカルキ臭く、肌にあたると痒いと言うのだ。
心理的なショック、後輩の悪意、あるいは会社での立場が彼の精神に何らかの影響を与えたのかもしれない。だが、主人公は夫を病院に連れて行くことはなく、とにかく淡々とした態度で夫を観察している。
義母からは「夫婦の問題」と責められるが、それを無視できる図太さを持つこの主人公だからこそ、この夫の傍にいられるのだろうと感じる。

風呂に入れない、だが雨や川など自然の水に浸ることはできる。
そんな設定が、様々な過敏症に悩む人々をイメージソースにしているのかもしれないと感じた。

印象に残ったのは、衣津実が子供の頃水たまりの中で拾った魚である。
家に持ち帰り、水槽で飼っていたこの魚は「全然大事にされない」にもかかわらずたくましく生き延びる。汚い水でも、カルキ臭い水でも、生き抜き最後は、川と海の境に捨てられるのだが、きっと生き延びているだろう。
大事にされなくてもたくましく生きられる命もあれば、大事にしても儚く消えてしまう命もある。
大事にされない魚の生まれ持った生命力の強さと、風呂に入れない繊細な感情を持つ人間とを対比させた面白い存在だと感じた。

しかし、生命力というものは、理不尽なものだと思う。
コロナで生死を分けるものが何なのか?はっきりしたことがわからない最近の報道を見ていると、個人の持つ生命力の差なのか?と思わずにはいられない。最近、何を読んでも「コロナ」と結び付けて考えてしまうのもなんだか恐ろしく思えてしまう今日この頃です。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集