読書感想 一度きりの大泉の話
ネタバレありの読書感想です。
タイトル 一度きりの大泉の話
作者 萩尾望都
出版社 河出書房新社
私が少女時代に読んだ漫画の作者、竹宮惠子と萩尾望都。どちらの作品も好きで、単行本で買ったり、本屋さんで立ち読みしていた。「ポーの一族」「トーマの心臓」「11人いる」「地球へ」など今でも手元に持っている。
そんな二人が共に生活し、多くの漫画家たちが集った大泉の話が語られる。作品は知っていてもお二人のことはあまり存じあげなかったので、事前知識を持たないままに読んで、驚いた!
親に漫画家になることを反対されていた萩尾さんを竹宮さんが誘い、大泉で同居し、作品を発表していく。近くに住む増山さんは、二人に大きな影響を与える人物だった。後に「風と木の詩」として発表される竹宮さんの作品のテーマとなる少年の同性愛。その耽美で倒錯した世界観は増山さん好みの世界だった。増山さんの求めに応じて、竹宮さんが絵にしては二人で盛り上がっていたという美少年たちの同性愛の世界。萩尾さんは少年の同性愛についていけず、理解しがたい世界だったという。
同じ資料を読み、デッサンを見せ合い、生活を共にしていれば、アイデアなど様々に交錯したことだっただろう。
「ポーの一族」「トーマの心臓」と、萩尾さんの作品にも少年が登場する。当時、私もこの二人の作品を、どことなく似ているなと感じて読んでいた記憶がある。そんな中で、竹宮さんが萩尾さんに、物申したのだ。同じ資料を読んでほしくない。デッサンを見て欲しくない。萩尾さんにとっては、何を言われているのか理解できない状況だったと言う。結局大泉での同居は解消され、二人の間に確執を残したまま月日はたった。萩尾さんは竹宮さんと会うことはなく、作品を読むこともなかった。
萩尾さんは、50年くらい前の、竹宮さんの行為が今でも赦せないのだろうか? 私は、萩尾さんのかたくななまでの思いに驚いた。
あまりにも長い……
この本は、インタビュー形式の口述筆記を、文章にし、それを丁寧に日記のようにまとめて書かれたようだ。
萩尾さんは、自分のことを、空気の読めない人間、鈍感な人間と否定的に評価している。天才肌の漫画家のイメージがあったので、意外だった。ただ、あまりに何度も自分に対する否定や、他者への謝罪が繰り返されると、本心なのかしら? と疑問に思った。
じゃ、萩尾さんはなぜこんな本を書いたかというと
竹宮さんが数年前に自伝を書いたことから、二人の対談や、ドラマ製作を考える人が増え、萩尾さんにコンタクトをとるようになった。だが、萩尾さんにとって大泉での話は、思い出したくない過去だった。断れど、断れど、次々に持ち込まれる企画に閉口して、この本を書くことにしたということだ。つまり、大泉が女版トキワ荘と言われ、それを元に何かを企画する人たちに、「私は何があっても絶対に関わりませんから、やりたいなら私抜きでやって下さい。どんなに説得しようとしてもダメですよ」ということを、本に書くことで宣言したわけだ。
萩尾さん抜きで、大泉の物語が完成することはないと思うから、そんな企画を立てていた人はがっかりだろう。
でも、この本を書き上げるパワーと、「私、空気の読めない鈍感人間なんです。ごめんなさい」というのが同じ人間から発されているという事実に、私は違和感を感じた。萩尾さんの本心はどこにあるのだろう?
本としては、途中に萩尾さんのデッサンなどが挟み込まれていて、見ていても楽しい。ロンドン在住時代に書いたという友人原作の漫画も載せられており、とても読みごたえがあった。
少女漫画転換期の、ある漫画家の目から見た、一種の資料という意味では、価値のある本だと思った。
本当に、これだけ月日が流れても萩尾さんは竹宮さんのことを許せないのだろうか?
否、許せないのはきっと、竹宮さんのことではない。
竹宮さんに、尊敬と感謝の念を持っておられることは、この本からも十分に伝わってきた。それでもなお、許さない、今後も許すことはないと受け取れてしまう本を書いたのは、許せない何かがあるのだと思った。
私は、大泉をトキワ荘のような物語にしたら面白いと感じる他者が押し付ける、「和解しましょうよ」という暴力が許せないのだと思う。
自分の論理で、そしてそれが正しい論理かのように思っている他者が、人の心に踏み込む、その残酷さが許せないのだ。
そして、まだ人気漫画家とはいえ、年若く未熟だった当時の竹宮さんや、増山さん、そして自分の思いをその時言葉にできなかった自分自身の未熟さも許せないのではないのかと感じた。
もちろん、それは私の感じ方で、全くの勘違いかも知れないけれど、萩尾さんは、人にも自分にもとても厳しく真面目な人のように思う。「私、空気の読めない人なのよ」で、逃げるような人には思えない。
だから、この本は何かに対する「怒り」が感じられた。それはきっと、「面白そうだから」という理由で、萩尾さん自身ですらけりをつけられていない過去の出来事を、ドラマティックに演出しようとする何者かに怒り、「竹宮さんを赦さない大人気ない人間」として戦いを挑んだのではないのだろうか?あくまで、想像だけれども……
もうこれで、そっとしてあげて欲しいなあ。
永久凍土に封じ込めた記憶を萩尾さんが掘り返す必要がありませんように。
今日、竹宮さんのマネージャーさんのブログの記事を見つけたので、リンクしておく。誤解が生じれば、言い訳もしたくなる。
「真実」というものなど、元々ないのかもしれない。
当事者たちの、気持ちのすれ違いや、誤解の中で、どれもが真実なのだ。
まだ血のにじんでいる傷ならば、どちらの傷にも触れないように、そっとしておいてあげたい。そう感じた。
http://www.tra-pro.com/blog/wanblog/Blog/entori/2021/5/25_wu_jietoiu_mo_wu.html
と書いたのだが、こちらのブログも現在は削除されています。
様々な批判をする人が存在したのかもしれません。
本当に、人の心は難しい。
