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愛ちゃんの「死」

なんで、いきなり、今更こんなタイトルかというと、録画していたカフェブレイクの愛ちゃん(愛月ひかるさん)の回を、やっと見たからだ。
本当に、今更なんだけれど、5月23日に東京宝塚劇場で千秋楽を迎えた、星組のロミオとジュリエットは、本当に素晴らしかった。

私は宝塚大劇場で、三度拝見したが、どれも役替わりAパターンで、愛ちゃんの「死」を見ることはできなかった。
それで、Bパターンの配信を観たのだけれど、その時ツイッターのトレンドに「愛ちゃんの死」が上がっていて、笑った。
だって、私もまさに、「愛ちゃんの死……最高やな」って呟いていたから、皆一緒なのね、って打ち合わせなしのヅカオタの感覚に笑ってしまった。

でも、本当に最高だったのだ。

カフェブレイクで愛ちゃんが話していたことに、まあ、もう、感心してしまった。たとえば、舞台から捌けると、次の出番までにずっとカツラの手入れをしていたというお話。
あの、銀髪の動き、乱れても生きているような髪から表現される美しさ、恐ろしさ。でも、動きが激しければ、激しいほどすぐに絡んでしまう髪。次の出番に備えて手入れして整え、また静かな荒々しさで乱し、表現する。
爪の先まで演じるどころか、髪の先まで演じるのだ。すごい!

知ってはいたけれど、愛ちゃーん。なんて素晴らしい表現者なんだ!

死は、セリフも歌もない、ダンスと動きだけで表現される役柄だ。
真風さんの死を意識したという愛ちゃんだが、あの「死」は愛ちゃんだけの死だった。凄みと存在感がすごくて、その場を支配してしまう。「死」の手のひらでつぶされ、喰われた魂が、死の体内に入って昇華したかのような印象すら受ける。私の魂も、愛ちゃんに喰らわれたい~

ぴーすけ(天華えまさん)の死もまた違った魅力があった。狂気をまといながら、どこか、優しく、どこか、よりそったような死。これもまた、魅力的な死だった。

演じる人のキャラクター、解釈で、様々に姿を変え、その瞬間瞬間のエネルギーをほとばしらせる「死」という役は、観客を楽しませてくれる。
そして、演者としてもやりがいがあり、やりたい役だろうなと推測する。

でも、宝塚歌劇のすごいところは、ロングランしても十分に観客を動員できる演目でも、きっぱりやめて、次の公演にうつる潔さにある。
次から次へ、楽しみな公演が続くところが良いし、時々駄作が混じってブーブー文句言うのも、また楽しい。

ロミジュリ終わっちゃったなあ。でも、スカステの過去作品連続放送という素晴らしい企画で、観ることにする。
なによりも今、一番の問題は、HDの空き容量なのだ。




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