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読書感想文 臨床の砦

ネタバレ、あらすじありの読書感想文です。

タイトル 臨床の砦
作者   夏川草介
出版社  小学館

神様のカルテの著者で現役医師である夏川草介さんの、ドキュメント小説です。ん?ドキュメント小説? 帯に書かれている表現を見て、ドキュメンタリーなのか小説なのか?ちょっとわからなかったのですが、読んでみると、使われている固有名詞は架空のもので、書かれている内容はドキュメンタリーなのじゃないかと思いました。
過酷なコロナ治療の前線にいる医師たちの姿が描かれています。

あらすじ

信濃山病院は、この地域で唯一コロナ患者の受け入れをしている小さな病院です。医師敷島が、日々コロナの治療に奮闘している姿が描かれています。信濃山病院以外にこの地域では受け入れ病院がない現状なのです。
かかりつけ病院を持つがん患者でも、かかりつけ病院から受け入れを断られます。保健所から次々に入る入院依頼になんとか病床をつくる敷島。
元々信濃山病院が持っている感染症病床は6床だが、患者受け入れの為に36床にまで増やすという内科部長三笠は、「当院が拒否すれば、患者に行き場はありません。それでも我々は拒否すべきだと思うのですか?」と問います。そして、コロナ診療を担当する医師たちの負担は膨大なものになっていきます。老人施設でのクラスターで、認知症、食事や排せつができない老人が入院してきます。感染症病床区域の清掃を清掃業者がしないことから、清掃まで看護師の仕事になっている上に、老人の介護が重くのしかかります。
そんな中、敷島が会話した人物の母親が陽性で入院し、敷島も陰性が確認されるまで隔離となります。車の中で宿泊し、敷島は精神的にも追い詰められていきます。幸い、会話した人物の陰性が判明し職場復帰する敷島。
だが、とうとう院内感染が発生します。他の科の医師たちが、感染症病棟を責めるそぶりを見せ、同じ病院内の空気も悪くなります。が、院長が自分の責任で新たな方針を打ち出し、なんとか前に進んで行きます。
患者の看取りに家族が付き添えない現実から、遺族の心のケアも必要だと考える敷島は、病床の患者と家族をオンラインでつなぎ会話ができるようにします。しかし、それに対しても賛否があり、何が正解かわからない事ばかりなのです。やっと、信濃山病院での戦いは落ち着きを取り戻します。三笠は、この戦いの中で、孤独はなかったと言います。正解ではなくても最善の道を選んだと言い切れるからなのです。だが、三笠と敷島は、この経験が次の波に生かされるかどうかはわからないと思っています。次の波をこの病院だけで戦うことはできない、それを変えていかなければいけないと考えているからです。そしてそれが、敷島の探していたささやかな正解なのでした。
信濃山病院の勤める人の子供と遊んではいけないという父兄がいる中、敷島の長女は元気に学校へ通っています。学校が楽しいかと聞く敷島に長女は口ごもります。長女は答えた嫌な事とは
「お父ちゃんが全然早く帰ってこない事」でした。
敷島は、今日も病院という名の小さな砦に向かいます。

感想

今、コロナ禍の医療従事者がどんな状況であるのかを知るために、多くの人が読むべき本だと感じました。
感染拡大防止と、経済の疲弊、どうバランスをとりながら進むべきなのか?
正解を出せる人間が存在するのか?
先日ローマの政治に関する講座で、今のコロナ禍の政治を誰に託したいか?というアンケートがありました。
①みんなで話し合って決める(ブルートゥス派)
②優秀な一人に決めてもらう。(カエサル派)
で、確か、②の方が多かったのです。恐らく、何が正しいかがわからないから、皆で相談しても結論が出そうにない。それなら、正しい判断ができる優秀な一人が決めればよい。という感じで、②が多かったのではないかな?と私は想像します。ただ、そんな神様みたいな正解を出せる優秀な政治家が存在するのか?といえば、否。
だから、世の中は右往左往しているのだと思います。
この本を読むと、感染症病棟の医療行為は使命感を持つ人でなければできない事で、使命感がある故の心の葛藤に苦しんでいると思います。
命の選別を目の前でしていかなければいけない医療現場。入院したい自宅待機の患者の話を聞き、納得させるのも医師。救急車に同乗しなければいけないのも医師。重症者の家族に説明をするのも医師。
まるで戦争で瀕死の兵士が次々運び込まれるような、凄まじい状況なのに、感染症病床の医師と世間の感覚とには大きなずれがあります。

そして「病院関係者の子供と遊んではいけない」と我が子に言う人間が存在すること。そんな人間の浅ましさ、そしてそんな浅ましい親に育てられる子供は、どんな人間に育つのか?

自分が一番大事。そんな人間が、人の為に働く人を壊そうとすることがとても恐ろしいです。

認知症はあるけれど食事も自分でとれる老女が、デイサービス先の老人施設で感染し、亡くなります。敷島が家族とオンラインでつないで、亡くなる前に会話をさせてあげます。
老女の設定が私の母のようで、自分の母ならと想像してしまうと、泣けました。元気な人との突然の別れは、誰にとっても辛いでしょう。

このウィルスは、通り魔のようだと表現されていました。突然道で通り魔に刺されて命を落とすようなものだと。誰が刺されるかは、わからないと。
本当に油断ならない、恐ろしい感染症なのだなと思います。

現実のニュースを見ていると、大変な状況でも我慢をして協力しようとする店がある一方で、協力しないことで利益を上げる店がある。支援金詐欺で懐を肥やす人がいる。公園や路上で、騒ぎながら飲む人がいる。

高潔な使命感を持つ人も人間なら、狡く薄汚い気持ちを持つ人も人間なのだということを、ひしひしと感じます。

小説ではなく現実として緊急事態宣言が今月20日までで解除されます。

この小説は現実への警告でした。
そして、病院だけで解決できないのだと語っていました。ウィルスと人間との戦争を、医療だけで解決することはできないのだと改めて心に留めて、生活しないといけない。そんな風に感じました。


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