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バスストップ

仕事で鹿児島まで出張することになった。昔から、屋久島に行くことが夢だった私は、これは良いチャンスだと、上司に許可を取り、有給をつなげ、夢の屋久島へ行くことにした。


日数や工程的に、縄文杉を見ることは叶わない。しかし、もののけ姫のモロ達が暮らす岩屋のモチーフになったと言われる太鼓岩までは行ける。絶景で有名な苔むす森にも行ける。それだけで私の心は高鳴った。


一年の殆どで雨が降っているという屋久島は、その日、一面の青空に覆われていた。屋久島が私を歓迎している。そんな気がした。


宿で事前に頼んでいた弁当をザックにしまい、バス停でバスの到着を待つ。すると遠くからカップルがやってくる。外国人のカップルだ。気さくに彼女が「ハイ」と声をかけてくる。少し気後れしながら「ハイ」と返す。


話すことなんてないぞ。頼むからこれで終わってくれと願うが、女性が英語で続ける。内容はこうだった。


「白谷雲水峡入口まで行きたいが、バス乗り場はこれであってるか」


聞き取れない単語に「へ?」と間抜けに答える私をよそに、言い方を何度も変えながら彼女が根気よく伝えた。丁度目指すのと同じ登山口である。私は己を指さし「セイムセイム」と言った。


バスが到着するまでの時間を思う。中途半端に会話をしてしまった。無言はこまる。どうしようか。そんな事を考えている内に予定より早くバスが到着した。天の助けだ。そう思い、「ジスバス!」といい飛び乗る。


しかし妙だ、行き先に白谷雲水峡入口が無い。出発しようとするバスの運転手さんに「ちょっとストップ!」とめったに出さない大声を出し、行き先はあっているか尋ねると、このバスは白谷雲水峡入口まで行かないという。


もうカップルも乗り込んでんぞ、どーすんだよ。青くなりながら引きつった口元をなんとか動かし「アゥ、ウロングバス」と腕でバッテンマークを作る。


最初に出会った瞬間から彼氏さんはこちらを睨みつけていた。おそらく彫りの深い端正な顔立ちと、小心な私の心がそう感じさせていただけだと願いたい。


だが、この「ウロングバス」と言った瞬間、彼氏さんは両の腕を広げ「やれやれ」というジェスチャーをした。


この後からの彼氏さんの顔は、確実に怒りに染められていた。非常に申し訳ないことをした、そう思いながらその様子をチラチラと見つめる。


その時私はなんとなく「この旅は終わりを迎えたな」と思った。


三人でウロングバスを降り、地獄のような無言の時間を終え、なるべく距離を取って正しいバスに乗り込む。そして白谷雲水峡入口に降り立ち、カップルと別れ、木々に囲まれながら晴天の中を歩く。


揺れる吊り橋に肝を冷やし「でも、カップルに間違えたバス案内したしな」と考える。


苔むす森の絶景に感動する老夫婦に写真を頼まれ、笑顔で写真を撮りながら「でも、彼氏さんすごい怒っていたな」と思い出す。


晴天の太鼓岩から見渡す山並みに言葉を失いながら「外国人さんて、本当に手を広げてやれやれってするんだ」と考える。


登山口に戻る頃にはすっかり疲れ切っていた。


すると、目前に見慣れた姿がある。朝のカップルだ。なんで前から来るんだ。そんな事をぐるぐる考えながらすれ違う。


すると彼女さんは朝とおなじように「ハーイ」と笑顔で声をかけてきた。しかし彼氏さんはやはりニコリともせずにこちらを見つめていた。


私はやはり引きつった顔で「しゅ…、ソーリー」と、すいませんとソーリの間のような返事をし、足早にその場を後にした。


苔むす森で、老夫婦がお返しに撮ってくれた写真がある。そこには何処か気も漫ろで、情けない笑顔の私が一人写っていた。

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