なぜスペシャルティコーヒーをカプセルにするのか

一杯のコーヒーが、人生を変えることがある。
大げさに聞こえるかもしれない。でも自分にとっては、本当にそうだった。場所は渋谷・富ヶ谷のFuglen Tokyo。あの一杯がなければ、ノルウェーに一人で飛ぶこともなかったし、焙煎機を個人輸入することもなかったし、カプセル工場に携わることもなかった。
すべては、一杯のコーヒーからはじまった。

コーヒーが、果実になった日
こんにちは、OTCの大橋です。
正直に言うと、高校生のころの自分はコーヒーが得意じゃなかった。
缶コーヒーは苦くて飲めない。かろうじてカフェラテなら、という感じ。コーヒーって大人が惰性で飲む、苦くて暗い飲み物。そういうイメージしか持っていなかった。
そんな自分が、渋谷・富ヶ谷のFuglen Tokyoで一杯の浅煎りを飲んで、完全に認識が崩れた。
苦くない。暗くない。フルーツみたいな酸味と、鼻を抜ける香り。「これ、コーヒーなの?」と思った瞬間、それまで自分が「コーヒー」だと思っていたものが、全部別の飲み物だったような感覚になった。
それからFuglenの毎週木曜日、Public Cuppingに通うようになった。豆の産地、焙煎の深さ、抽出の違い。少しずつ言葉と味が結びついていくのが、純粋に楽しかった。

オスロ、28杯のコーヒーの洗礼
スペシャルティコーヒーにのめり込んでいくなかで、いつか行かなければと思っていた場所があった。ノルウェー・オスロ。スペシャルティコーヒーの文脈では、ある種の聖地とも言える街だ。
一人で飛行機に乗った。
Fuglenの本拠地、Tim Wendelboe、Supreme Roastworks、Java、Solberg & Hansenなど、オスロのスペシャルティコーヒーシーンを代表する店を、一日かけて7店舗まわった。ノルウェー滞在の初日、興奮を抑えきれずに28杯飲んだ。エスプレッソは、ちゃんとした機材とバリスタがいないと飲めない。でもフィルターも、気になって仕方がないから飲む。

頭がくらくらして、平衡感覚がおかしくなって、そのままダウンした。翌日も懲りずに10杯以上飲んでいる。我ながらさすがにやりすぎだと思う。でも止まれなかった。焙煎が変わるたびに、抽出が変わるたびに、カップの中に知らない世界があった。全てが新鮮だった。

エスプレッソは、お店でしか飲めない
大学生になると、探求が実践に変わっていった。
飲食店の経営に携わるようになり、コーヒーの焙煎を手探りではじめた。当時日本に輸入代理店がなかったAilioの「Bullet」を個人輸入して、独学で使いはじめた。日本人でBulletを触っていたのは、おそらく自分が最初だったと思う。

携わったお店のコンセプトは「酸味のある液体と何か」。スペシャルティコーヒー、自然派ワイン、クラフトビールなど発酵や精製を経た複雑な味わいを持つ飲み物を軸に、タコスやクレープも出した。ジャンルは違っても、根っこでつながっている気がしていた。
でも、現実を調べるとすぐに壁にぶつかった。
スペシャルティコーヒーのエスプレッソを適切に抽出するには、業務用の高精度なエスプレッソマシンとグラインダーが要る。La MarzoccoやSlayerといった定番機はエントリーモデルでも100万円超。グラインダーまで揃えると、まともな環境を整えるだけで200〜300万円規模になることも珍しくない。
コーヒーをメインにしない小さなお店には、あまりにも現実的じゃない数字だった。「もっと多くの人に届けたい」という気持ちと、「機材だけでこんなにかかるのか」という現実が、ずっと頭のなかでぶつかっていた。
カプセルという、シンプルな答え
そのころ出会ったのが、英国・Colonna Coffeeのスペシャルティコーヒーカプセルだった。
Colonna Coffeeはバース(Bath)を拠点とする、業界でも評価の高いロースター。そのカプセルはネスプレッソ互換で、専門知識がなくても、機械にセットしてボタンを押すだけでスペシャルティコーヒーのエスプレッソが飲める。
オスロの7店舗をまわって感じたことがある。その店のエスプレッソは、その店に行かないと飲めない。腕のあるバリスタと、高価な機材があって初めて成立する一杯だ。それがカプセルになると、簡易的な機材で、自宅で、ボタン一つで飲める。
シンプルさと品質が、きちんと両立していた。

その後、OTC COFFEEとしてColonna Coffeeの日本輸入代理店を務めることになったのだけど、そのなかでひとつの問いがずっと頭から離れなかった。
「なぜ日本には、スペシャルティコーヒーのカプセルがほとんど存在しないのか」
欧米や東南アジアでは、サードウェーブコーヒーの文脈でカプセルはすでに市場に根付きつつある。でも日本では、カプセルコーヒー=大手ブランドの量産品、という認識がほとんどを占めていた。
スペシャルティコーヒーへの関心は確実に高まっている。家で良いコーヒーを飲みたいというニーズも育ってきている。それなのに、選択肢がない。
ならば、「自分たちでやるしかない」と思った。

カフェラテしか飲めなかった高校生が、Fuglenの一杯でひっくり返されて、ノルウェーを一人で7店舗まわって28杯飲んでダウンして。そこからずっとたどり着こうとしていた場所が、これだったのかもしれない。
